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『第二部【後半】幻想と真実』 未来と過去に向かって
【9】数日間の意味
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夕刻になり、姉の連れて来た人物は先に戻って行った。
姉は珍しく数日このまま鴻嫗城にいるらしい。颯唏はよく考えもせず、
「久し振りに姉上と何日もまだいられるなんて、うれしいです」
と、頬をやわらかくした。
そうして、再び庾月が『出かける』と聞いていた日を迎える。
けれど、『今度の帰城の予定はない』と大臣から聞き、颯唏の顔色が変わった。慌てて庾月のもとへと駆けつけ、困らせるように服を引っ張る。
「姉上、行かないで下さい!」
颯唏は必死だ。
誄と凰玖に慌てて礼をした庾月は、宮城研究施設から出て、ぐずる颯唏を中庭へと連れて行く。その間も、颯唏は叫んだ。
「姉上は、鴻嫗城の跡継ぎです。どうして行かれるのですか」
煌めく光を全身で浴びながら必死に叫ぶ颯唏と庾月は向き合う。颯唏の視線と合わせるようにしゃがみ、慰めるようにやさしく頭をなでた。
「私は鴻嫗城の責務を放棄するわけではないの。でもね、彼もそれは同じ。だから、あなたが鴻嫗城にいてくれる間だけ、私があなたに甘えるのよ、颯唏」
颯唏には、意味がわからない。ただ込み上げてくる涙を感情のままに落とす。
「必ず私は鴻嫗城に帰ってくるわ」
「本当ですか?」
「ええ、約束」
不安そうな弟に姉は微笑む。
「私が約束を破ったことがある?」
安堵を与えるやさしい声。
姉の笑顔が眩しく、颯唏は目が眩みそうになる。流れる涙を堪えようと颯唏は視線を伏せた。
「いいえ」
まだまだ颯唏は幼い。けれど、姉は頼もしそうに颯唏を眺め、にこやかに笑った。
その夜、颯唏は大臣の部屋を訪れた。
今にも泣きそうな幼い姿に大臣は悲しく微笑む。颯唏をやさしく部屋の中へと入れ、ホットミルクを入れてテーブルへと置く。
「どうしましたか? 眠れないのですか」
大臣の柔らかな声に対し、颯唏の拗ねるような小声がもれる。
「姉上……どうして結婚しちゃうの?」
「庾月様がご結婚なさるのは、不思議でも何でもないでしょう?」
『そうだけど』と消えそうな声がもれ、伏せていた顔をグッと上げる。
「でも、お嫁に行っちゃうんでしょう?」
駄々をこねる幼子に、大臣の口元がふとゆるむ。
「留様も、綺にとっては大切な跡取りということです。しかし、庾月様が完全にお嫁に行かれる……というわけではありません」
「どういうこと?」
幼い声に、大臣は眉を下げた。
「期限つきなのです。由緒正しい鴻嫗城が、正統な継承者を簡単に手放すなんてこと、あり得ません」
大臣は安心させるかのように笑っている。
『期限』――とはいつだろうと颯唏は思ったが、『いずれ姉が戻って来るのであればいい』と思えた。
「貴男のお父様は、貴男の年齢のころには、すでに自立されていましたよ」
颯唏は大臣の言葉にムッとする。
「知らないよっ! 父様なんて……父様なんてっ、俺にはいないも同然だもん」
涙を必死に耐え、涙を拭う。
大臣はそんな颯唏の様子に沙稀を重ねる。
「貴男のお父様も、そう言いたいときがあったのかもしれませんね」
ポツリ、と雫が落ちた。
涙を落としたのは大臣の方で、颯唏は驚く。
「颯唏様のお父様は、もっとちいさなころから素直には……何事も我慢をして言わない子どもでした。今の貴男を見たら、素直に成長されていることを、喜ばれるかもしれません」
「大臣?」
颯唏の困惑を感じ取ったのか、大臣はサッと涙を拭う。
「けれど私は、貴男が沙稀様を軽視される発言をなさるのは、許しませんよ」
大臣はそう言いながら微笑む。まるで、颯唏の成長を見守れることをうれしそうに。
その後、自室に戻った颯唏は、ベッドの中で大臣の言っていたことが頭から離れなかった。
「期限……」
姉が戻って来るときは、いつなのか。はやくその日が来るといいと、ぼんやり思う。
答えの出ない問いを前に、颯唏はあたたかい思いに包まれ眠りに落ちた。
姉は珍しく数日このまま鴻嫗城にいるらしい。颯唏はよく考えもせず、
「久し振りに姉上と何日もまだいられるなんて、うれしいです」
と、頬をやわらかくした。
そうして、再び庾月が『出かける』と聞いていた日を迎える。
けれど、『今度の帰城の予定はない』と大臣から聞き、颯唏の顔色が変わった。慌てて庾月のもとへと駆けつけ、困らせるように服を引っ張る。
「姉上、行かないで下さい!」
颯唏は必死だ。
誄と凰玖に慌てて礼をした庾月は、宮城研究施設から出て、ぐずる颯唏を中庭へと連れて行く。その間も、颯唏は叫んだ。
「姉上は、鴻嫗城の跡継ぎです。どうして行かれるのですか」
煌めく光を全身で浴びながら必死に叫ぶ颯唏と庾月は向き合う。颯唏の視線と合わせるようにしゃがみ、慰めるようにやさしく頭をなでた。
「私は鴻嫗城の責務を放棄するわけではないの。でもね、彼もそれは同じ。だから、あなたが鴻嫗城にいてくれる間だけ、私があなたに甘えるのよ、颯唏」
颯唏には、意味がわからない。ただ込み上げてくる涙を感情のままに落とす。
「必ず私は鴻嫗城に帰ってくるわ」
「本当ですか?」
「ええ、約束」
不安そうな弟に姉は微笑む。
「私が約束を破ったことがある?」
安堵を与えるやさしい声。
姉の笑顔が眩しく、颯唏は目が眩みそうになる。流れる涙を堪えようと颯唏は視線を伏せた。
「いいえ」
まだまだ颯唏は幼い。けれど、姉は頼もしそうに颯唏を眺め、にこやかに笑った。
その夜、颯唏は大臣の部屋を訪れた。
今にも泣きそうな幼い姿に大臣は悲しく微笑む。颯唏をやさしく部屋の中へと入れ、ホットミルクを入れてテーブルへと置く。
「どうしましたか? 眠れないのですか」
大臣の柔らかな声に対し、颯唏の拗ねるような小声がもれる。
「姉上……どうして結婚しちゃうの?」
「庾月様がご結婚なさるのは、不思議でも何でもないでしょう?」
『そうだけど』と消えそうな声がもれ、伏せていた顔をグッと上げる。
「でも、お嫁に行っちゃうんでしょう?」
駄々をこねる幼子に、大臣の口元がふとゆるむ。
「留様も、綺にとっては大切な跡取りということです。しかし、庾月様が完全にお嫁に行かれる……というわけではありません」
「どういうこと?」
幼い声に、大臣は眉を下げた。
「期限つきなのです。由緒正しい鴻嫗城が、正統な継承者を簡単に手放すなんてこと、あり得ません」
大臣は安心させるかのように笑っている。
『期限』――とはいつだろうと颯唏は思ったが、『いずれ姉が戻って来るのであればいい』と思えた。
「貴男のお父様は、貴男の年齢のころには、すでに自立されていましたよ」
颯唏は大臣の言葉にムッとする。
「知らないよっ! 父様なんて……父様なんてっ、俺にはいないも同然だもん」
涙を必死に耐え、涙を拭う。
大臣はそんな颯唏の様子に沙稀を重ねる。
「貴男のお父様も、そう言いたいときがあったのかもしれませんね」
ポツリ、と雫が落ちた。
涙を落としたのは大臣の方で、颯唏は驚く。
「颯唏様のお父様は、もっとちいさなころから素直には……何事も我慢をして言わない子どもでした。今の貴男を見たら、素直に成長されていることを、喜ばれるかもしれません」
「大臣?」
颯唏の困惑を感じ取ったのか、大臣はサッと涙を拭う。
「けれど私は、貴男が沙稀様を軽視される発言をなさるのは、許しませんよ」
大臣はそう言いながら微笑む。まるで、颯唏の成長を見守れることをうれしそうに。
その後、自室に戻った颯唏は、ベッドの中で大臣の言っていたことが頭から離れなかった。
「期限……」
姉が戻って来るときは、いつなのか。はやくその日が来るといいと、ぼんやり思う。
答えの出ない問いを前に、颯唏はあたたかい思いに包まれ眠りに落ちた。
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