上 下
232 / 349

【48】やさしい夢

しおりを挟む
 普段と変わらぬ光景に忒畝トクセは安堵していた。今日は月に一度の、図書室での定例会。
 前には君主代理の充忠ミナルがいる。はっきりとした二重を持つ彼は、女子からの人気が高い。その人気は忒畝トクセと二分すると研究所内では囁かれている。愛想のいい忒畝トクセと、愛想笑いをしない充忠ミナル。二極化するのは、当然かもしれない。
 右には助手の馨民カミン。垂れ目の彼女はやさしく大人しい性格に見られがちだが、思いの外、言いたいことをしっかりと言う。ふたり共、忒畝トクセとは長い付き合いであり、親友だ。
 ひとつの大きな机に集まっている彼らは、白衣を着用している。机の上には資料とあたたかいアップルティー。仕事中であっても、忒畝トクセの心が安らぐひとときだ。
「じゃあ、充忠ミナル。これをお願いね」
 忒畝トクセは笑顔だ。しかし、言われた方はおだやかではないようで、
「ちょ……忒畝トクセ、最近俺に振るの多くねぇ?」
 と苦笑いを浮かべている。
 定例会といえど、かしこまらずに気さくな口調で話すのが彼らだ。忒畝トクセは満面の笑顔を浮かべて楽しそうに言う。
「優秀な人を代理で持つと幸せだね」
「よかったわね、充忠ミナル。君主が認めてくれてるわよ」
「はい。とても光栄です」
 冗談ばかりのやり取りに、忒畝トクセは声を出して笑う。
「お兄ちゃん、これで全部?」
 悠穂ユオが五冊の本を抱えて来た。
 確認するように忒畝トクセが覗き込むと、悠穂ユオは机の上に本を並べる。
「そうそう、これ。ありがとう、悠穂ユオ
 忒畝トクセは笑顔で返す。──そのとき。

忒畝トクセ
 聞こえたのは、悠畝ヒサセの声。

「あ……父さんが呼んでる。行かなくちゃ」
 忒畝トクセは立ち上がる。
「まぁた、お前は」
 充忠ミナルは笑う。
「ちょっと、行ってくるよ」
 忒畝トクセは笑って言うが、悠穂ユオが止める。
「お父さんも、来てくれれば……」
悠穂ユオ、またね」
 妹の声を遮り、忒畝トクセはうれしそうに駆け出す。

忒畝トクセ!」
 馨民カミン充忠ミナルが叫ぶ。


 ふと、忒畝トクセは振り返り、叫び返す。

「大好きだよっ! みんな、ありがとう! また、いつか会おうねっ!」

 無邪気に大きく手を振り、背を向ける。その姿は、光の中に消えていった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

発展休憩

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:4

初陣

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

【完結】花水木

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:9

土方の性処理

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:37

妄想日記5<<DISPARITY>>

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:22

宿屋の下働き

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

ハメられたサラリーマン

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:36

夜が連れてきた男

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

処理中です...