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思い出
【40】思い出の日2
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ふと、瑠既は目を開けた。荷物を整理していて、いつの間に寝てしまったのだろうか。
けれど、体はベッドの中にある。──シングルサイズだ。狭いと感じたのもつかの間、体温を感じて胸元を見る。
手だ。右側には、寄り添って寝ている倭穏がいる。
瑠既は体勢を変え、倭穏を見下ろす。気持ちよさそうに眠っていて、瑠既の頬はゆるむ。
──幸せそうだなぁ。
眺めている方が幸せになって、そのお礼とばかりに唇を合わせる。それでも、倭穏はすやすやと眠っていて、瑠既はポンポンと頭をなでる。
ゆるりとベッドから降り、シャワーを浴びに行く。
熱いシャワーをさっと浴び、浴室から出た瑠既が服を着終わったころ、倭穏が上半身を起こしていた。胸元を隠し、ぼうっとした視線は壁を見ているようだ。
「起きてたのか?」
瑠既は声をかける。すると、倭穏はゆっくりと瑠既を視界の中に入れた。
「つい、さっき起きたの」
タオルケットで体を隠し、ベッドから足を出す。倭穏はそのまま立ち上がり、ゆったりと瑠既に近づく。片腕ほど離れた距離で足を止め、右手をすっと上げる。
「瑠既がシャワーから出たところから……ずっと、見てたわよ?」
倭穏の指が、瑠既の顎下に触れる。その指は、首筋に沿って下へと動いた。
「瑠既は全然、気づかなかったみたいだけど」
倭穏の指が鎖骨で円を描く。指が止まると、倭穏は瑠既を見上げた。
じっと、ふたりの瞳は絡み、倭穏は背伸びをする。けれど、ふたりの身長差はそれだけでは埋まらず──瑠既は倭穏を受け止めるように屈み、唇を合わせる。
次第に倭穏の力が抜けいていったのか、足の裏がペタリとつき──瑠既がより前屈みになる。
パサリと、倭穏の体からタオルケットが落ちた。
倭穏の膝が曲がっていけば、瑠既は屈みながらしゃがんでいく。もっちりとした肌に身を沈め、快楽の海をふたりで泳ぐ。
水中から顔をやっと出したかのように、瑠既は大きく息を吸った。咄嗟に起き上って、風呂場を開ける。
だが、そこに倭穏の姿はない。
──いつもああして……ひたすら互いの感触を求めていた……。
いないとわかっていたはずなのに、落胆する。
倭穏を失ってから、忘れたふりをしてきた。しかし、決して忘れられなかった。体を重ね、愛しさを囁く時間が、過去の深い傷を癒していくようだった。
早朝に瑠既は、綺を出る。
叔とは、初めて『客』と『宿屋の亭主』だった。いや、これからは──そう思って歩いていると、
「待って!」
と、倭穏の声が聞こえた気がした。瑠既は無意識で振り返る。
「あんたでしょ、俺の父ちゃん」
子どもの勘とは恐ろしい。だが、叔の思いを汲み、瑠既は肯定できない。幼いながらに、留は瑠既を知っているはずだ。祝い事があれば、盛大に世界中で報道がされる。黎の誕生のときではないにしても、彩綺の誕生のときには、瑠既を目にしているはずだ。
「大好きだよ! じゃ~な~」
留が大きく手を振る。
大人が口外できないことを、肌で敏感に感じていた──瑠既は周囲を一切気せずに返す。
「またな~!」
瑠既は留に負けないくらい大きく手を振った。いつか、また──互いが思っていればいつでも会えると、伝えたかった。
夢見心地で船に乗った瑠既は、呆然と時間を流す。頭の整理が追い付かぬままに絢朱に着き、時折道を確認しながら鴻嫗城へと着いた。
大臣が慌てた様子で出てきて、瑠既は鼻で笑う。
「瑠既様! ご連絡を頂けなかったのは、なぜですか?」
綺から連絡を入れたのは、鐙鷃城だけだった。とはいえ、誄が鴻嫗城に念のため連絡しないはずがない。
他でもない、瑠既だ。連絡一本入れなければ、またかと、心配されるのは明白。それは本人もわかっていて、綺だと言わずに一泊して帰るとだけ告げた。そうすれば、誄は克主研究所に泊まると思うだろうと推測して。
けれど、大臣は違う。綺を知っている。
「わかってるだろ? だから、こうして直接来たんだ」
「なんのことですか?」
「大臣。……俺に話さないといけないことがあんだろ?」
「瑠既様に……ですか?」
「倭穏の子のことだよ」
もし、瑠既が綺に泊まると知ったら。大臣はどんな手段を使ってでも、瑠既を綺に泊めないようにしただろう。瑠既に知られないように、隠していたことがあったのだから。
「発見されてしまいましたか」
大臣は苦い表情を浮かべる。
「どういうつもりだった?」
「私に貴男の子は殺せません」
「そうじゃなくて。どうして、教えてくれなかった?」
「貴男を再び失うのは嫌だったので」
大臣の返答に、瑠既は眉間に皺をよせる。
「知っていたら、貴男はあの宿屋の息子になったでしょう? そして、鴻嫗城には二度と戻らなかった、違いますか?」
瑠既は言葉を返せない。──図星だ。
「存在を知ったら、愛した人の子と離れている辛さがわかったでしょう?」
「え?」
大臣から出た言葉とは思えず、瑠既は聞き返す。すると、すぐさま大臣は言い直した。
「紗如様が悲しむと思いませんか」
「それは、遺言か何か? 大臣の意思ではなく?」
「私の意思など……とっくの昔に失ったのかもしれませんし、単に私が傲慢になりすぎたのかも知れません。とにかく、無事に帰って来られて何よりです」
そう言うと、大臣は職場に来るよう告げる。歩き出した大臣に瑠既がついていくと、大臣は出した書類にチェックを入れて差し出す。
「何?」
「認知、されるのでしょう? 顔に書いてあります」
受け取った書類に瑠既は目を落とし、不服な顔をした。
「認知するなら……親権放棄、しろって?」
チェックのある欄を読み上げ確認する。
「あの宿屋の亭主に、一任してきたのではありませんか?」
大臣の意見ではないと言うかのように、問いかける。
確かに、親権放棄せずに認知をすれば、叔に不安を与えるだけになり兼ねない。叔の気持ちを汲み、任せてきておいて親権を握るのは不誠実だ。
「誄姫には、きちんとお話を。もちろん、私の勝手にしたことだとお伝え頂いて結構です」
『では』と一礼し、大臣は早々に扉を閉めた。
けれど、体はベッドの中にある。──シングルサイズだ。狭いと感じたのもつかの間、体温を感じて胸元を見る。
手だ。右側には、寄り添って寝ている倭穏がいる。
瑠既は体勢を変え、倭穏を見下ろす。気持ちよさそうに眠っていて、瑠既の頬はゆるむ。
──幸せそうだなぁ。
眺めている方が幸せになって、そのお礼とばかりに唇を合わせる。それでも、倭穏はすやすやと眠っていて、瑠既はポンポンと頭をなでる。
ゆるりとベッドから降り、シャワーを浴びに行く。
熱いシャワーをさっと浴び、浴室から出た瑠既が服を着終わったころ、倭穏が上半身を起こしていた。胸元を隠し、ぼうっとした視線は壁を見ているようだ。
「起きてたのか?」
瑠既は声をかける。すると、倭穏はゆっくりと瑠既を視界の中に入れた。
「つい、さっき起きたの」
タオルケットで体を隠し、ベッドから足を出す。倭穏はそのまま立ち上がり、ゆったりと瑠既に近づく。片腕ほど離れた距離で足を止め、右手をすっと上げる。
「瑠既がシャワーから出たところから……ずっと、見てたわよ?」
倭穏の指が、瑠既の顎下に触れる。その指は、首筋に沿って下へと動いた。
「瑠既は全然、気づかなかったみたいだけど」
倭穏の指が鎖骨で円を描く。指が止まると、倭穏は瑠既を見上げた。
じっと、ふたりの瞳は絡み、倭穏は背伸びをする。けれど、ふたりの身長差はそれだけでは埋まらず──瑠既は倭穏を受け止めるように屈み、唇を合わせる。
次第に倭穏の力が抜けいていったのか、足の裏がペタリとつき──瑠既がより前屈みになる。
パサリと、倭穏の体からタオルケットが落ちた。
倭穏の膝が曲がっていけば、瑠既は屈みながらしゃがんでいく。もっちりとした肌に身を沈め、快楽の海をふたりで泳ぐ。
水中から顔をやっと出したかのように、瑠既は大きく息を吸った。咄嗟に起き上って、風呂場を開ける。
だが、そこに倭穏の姿はない。
──いつもああして……ひたすら互いの感触を求めていた……。
いないとわかっていたはずなのに、落胆する。
倭穏を失ってから、忘れたふりをしてきた。しかし、決して忘れられなかった。体を重ね、愛しさを囁く時間が、過去の深い傷を癒していくようだった。
早朝に瑠既は、綺を出る。
叔とは、初めて『客』と『宿屋の亭主』だった。いや、これからは──そう思って歩いていると、
「待って!」
と、倭穏の声が聞こえた気がした。瑠既は無意識で振り返る。
「あんたでしょ、俺の父ちゃん」
子どもの勘とは恐ろしい。だが、叔の思いを汲み、瑠既は肯定できない。幼いながらに、留は瑠既を知っているはずだ。祝い事があれば、盛大に世界中で報道がされる。黎の誕生のときではないにしても、彩綺の誕生のときには、瑠既を目にしているはずだ。
「大好きだよ! じゃ~な~」
留が大きく手を振る。
大人が口外できないことを、肌で敏感に感じていた──瑠既は周囲を一切気せずに返す。
「またな~!」
瑠既は留に負けないくらい大きく手を振った。いつか、また──互いが思っていればいつでも会えると、伝えたかった。
夢見心地で船に乗った瑠既は、呆然と時間を流す。頭の整理が追い付かぬままに絢朱に着き、時折道を確認しながら鴻嫗城へと着いた。
大臣が慌てた様子で出てきて、瑠既は鼻で笑う。
「瑠既様! ご連絡を頂けなかったのは、なぜですか?」
綺から連絡を入れたのは、鐙鷃城だけだった。とはいえ、誄が鴻嫗城に念のため連絡しないはずがない。
他でもない、瑠既だ。連絡一本入れなければ、またかと、心配されるのは明白。それは本人もわかっていて、綺だと言わずに一泊して帰るとだけ告げた。そうすれば、誄は克主研究所に泊まると思うだろうと推測して。
けれど、大臣は違う。綺を知っている。
「わかってるだろ? だから、こうして直接来たんだ」
「なんのことですか?」
「大臣。……俺に話さないといけないことがあんだろ?」
「瑠既様に……ですか?」
「倭穏の子のことだよ」
もし、瑠既が綺に泊まると知ったら。大臣はどんな手段を使ってでも、瑠既を綺に泊めないようにしただろう。瑠既に知られないように、隠していたことがあったのだから。
「発見されてしまいましたか」
大臣は苦い表情を浮かべる。
「どういうつもりだった?」
「私に貴男の子は殺せません」
「そうじゃなくて。どうして、教えてくれなかった?」
「貴男を再び失うのは嫌だったので」
大臣の返答に、瑠既は眉間に皺をよせる。
「知っていたら、貴男はあの宿屋の息子になったでしょう? そして、鴻嫗城には二度と戻らなかった、違いますか?」
瑠既は言葉を返せない。──図星だ。
「存在を知ったら、愛した人の子と離れている辛さがわかったでしょう?」
「え?」
大臣から出た言葉とは思えず、瑠既は聞き返す。すると、すぐさま大臣は言い直した。
「紗如様が悲しむと思いませんか」
「それは、遺言か何か? 大臣の意思ではなく?」
「私の意思など……とっくの昔に失ったのかもしれませんし、単に私が傲慢になりすぎたのかも知れません。とにかく、無事に帰って来られて何よりです」
そう言うと、大臣は職場に来るよう告げる。歩き出した大臣に瑠既がついていくと、大臣は出した書類にチェックを入れて差し出す。
「何?」
「認知、されるのでしょう? 顔に書いてあります」
受け取った書類に瑠既は目を落とし、不服な顔をした。
「認知するなら……親権放棄、しろって?」
チェックのある欄を読み上げ確認する。
「あの宿屋の亭主に、一任してきたのではありませんか?」
大臣の意見ではないと言うかのように、問いかける。
確かに、親権放棄せずに認知をすれば、叔に不安を与えるだけになり兼ねない。叔の気持ちを汲み、任せてきておいて親権を握るのは不誠実だ。
「誄姫には、きちんとお話を。もちろん、私の勝手にしたことだとお伝え頂いて結構です」
『では』と一礼し、大臣は早々に扉を閉めた。
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