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希望と恋
【26】願いのような一言
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真っ黒なマントを翻していく羅凍の背中を、凪裟は見えなくなるまで眺めていた。
生来の華やかさを消してしまいたいと願っているように思えるほど、羅凍は黒を好むようになっている。
──他人には気づかない変化を感じ取った……って考えると、やっぱり捷羅は羅凍と双子なのね。
凪裟はおざなりな言葉で自身を納得させようとする。
バルコニーに取り残された凪裟は、ため息をひとつ。
「はぁ、捷羅の心配は、正しかったんだ……」
凪裟はひとり、呟く。そうして、羅凍を心配している捷羅のもとへと向かう。
捷羅は何やら落ち着かない様子だった。まるで重体患者の容体を医師から聞こうと待っているかのよう。
凪裟は『可愛らしい』と笑い、
「捷羅」
と笑いかけ、座って話そうと言って落ち着かせる。
「大人しいっていうか」
捷羅の左側に並んで座り、首を傾げながら凪裟は続けた。
「もっと表情も豊かだった印象が……強かったんだけど……」
鴻嫗城に捷羅たちが伝説を話しに来たときと、先ほどの羅凍を比較しつつ話す。いや、それよりも前の羅凍を思い出そうする。
これまで羅凍と会ったのは、克主研究所だった。三年前に祝辞に行ったときと、七年前に一ヶ月の学びに行ったとき。
初めて会ったのが七年前。初対面にも関わらず、羅凍に出身を聞かれ、何と失礼な人だと怒った。思い出せば、懐かしい。
「羅凍は変わってしまった」
捷羅の呟きにドキリとする。まるで、捷羅まで変わってしまったように思えて。
すると、捷羅は凪裟が思ってもいなかったことを話し始めた。
捷羅と羅凍が初めて会ったのは、四歳だったこと。
「双子だったと母上から聞いたことが、一番古い記憶で……」
それは、二歳くらいだったと捷羅はポツリポツリと話す。
もうひとりの自分が生活をしているのは、少し離れた棟だったこと。
捷羅は時間ができれば、ぼうっと眺めたのだろう。
「羅凍……」
いつか会いたいと、当時もこう呟いていたのか。
三歳の誕生日の翌日、女官が普段よりも少なくなると気がづいたと、捷羅は続ける。これまで大人しく母の教えに従ってきた捷羅は、翌年のこの日、初めて母の教えに背いた。
棟へと駆け出していた。もうひとりの自分に会いたい一心で。
城と離れた棟の間には、一面にシロツメクサが広がっていた。緑と白に囲まれて座る、黒い長髪の姿に目を留め、捷羅は足を止めた。
視線が合った。
でも、鏡を見るかのようで、言葉がうまく出なかった。
気づけば、捷羅は駆け出していて、積み重ねてきた思いを伝えるように、抱きつく。
「でもね……」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、捷羅は怖くなったと言う。母に知られたらと思い、母を裏切った気持ちになった、とも。
『もう行かないと』と、言うと『うん』とだけ聞こえた。
捷羅は立ち上がろうとして驚く。となりに座る羅凍が、行かないでと言うように、捷羅に寄りかかっていたから。
「また、必ず……すぐにでも来るから!」
必死な捷羅の言葉に、羅凍は花開くように笑った。
それから捷羅は、城に戻る。その後、羅凍の誕生日だったと初めて知った。
「嘘を言ったつもりはなかった。でも、ずっと行けなくて……また羅凍に会えたときには、もう、心を閉ざしていた」
それでも会える度に捷羅は笑顔で話しかけた。だが、初めて会ったときのような笑顔を羅凍は向けてくれなかった。
『双子』として接してもらうのは無理だとしても、せめて『兄弟』として仲良くいたいと、いつしか願うようになっていたと続ける。
影を増していく捷羅の嘆きは、徐々に涙へと変わっていく。
「羅凍が少しでも俺に視線を向けてくれれば、うれしかった。言葉を崩してくれたときには、やっと『兄弟』になれたと喜んだ。それから、ふたりのときにだけは、やっと『兄貴』呼んでくれるようになって……その言葉を、俺は宝物のように感じていたんだ。なのに……」
築いてきた絆を振り返り、脆さを思い知っているのか。悲しみの雫は、言葉をともにこぼれ落ちる。
「『兄貴』とは、呼んでくれなくなった」
再び、羅凍が遠い存在になってしまったのだろう。
凪裟は、そっと捷羅を抱きしめる。
「羅凍に激しい憎しみを抱かれていても、俺は、弟の中に存在していたい……」
凪裟の胸の中で悲しみに暮れる捷羅の一言は、願いのようだった。
生来の華やかさを消してしまいたいと願っているように思えるほど、羅凍は黒を好むようになっている。
──他人には気づかない変化を感じ取った……って考えると、やっぱり捷羅は羅凍と双子なのね。
凪裟はおざなりな言葉で自身を納得させようとする。
バルコニーに取り残された凪裟は、ため息をひとつ。
「はぁ、捷羅の心配は、正しかったんだ……」
凪裟はひとり、呟く。そうして、羅凍を心配している捷羅のもとへと向かう。
捷羅は何やら落ち着かない様子だった。まるで重体患者の容体を医師から聞こうと待っているかのよう。
凪裟は『可愛らしい』と笑い、
「捷羅」
と笑いかけ、座って話そうと言って落ち着かせる。
「大人しいっていうか」
捷羅の左側に並んで座り、首を傾げながら凪裟は続けた。
「もっと表情も豊かだった印象が……強かったんだけど……」
鴻嫗城に捷羅たちが伝説を話しに来たときと、先ほどの羅凍を比較しつつ話す。いや、それよりも前の羅凍を思い出そうする。
これまで羅凍と会ったのは、克主研究所だった。三年前に祝辞に行ったときと、七年前に一ヶ月の学びに行ったとき。
初めて会ったのが七年前。初対面にも関わらず、羅凍に出身を聞かれ、何と失礼な人だと怒った。思い出せば、懐かしい。
「羅凍は変わってしまった」
捷羅の呟きにドキリとする。まるで、捷羅まで変わってしまったように思えて。
すると、捷羅は凪裟が思ってもいなかったことを話し始めた。
捷羅と羅凍が初めて会ったのは、四歳だったこと。
「双子だったと母上から聞いたことが、一番古い記憶で……」
それは、二歳くらいだったと捷羅はポツリポツリと話す。
もうひとりの自分が生活をしているのは、少し離れた棟だったこと。
捷羅は時間ができれば、ぼうっと眺めたのだろう。
「羅凍……」
いつか会いたいと、当時もこう呟いていたのか。
三歳の誕生日の翌日、女官が普段よりも少なくなると気がづいたと、捷羅は続ける。これまで大人しく母の教えに従ってきた捷羅は、翌年のこの日、初めて母の教えに背いた。
棟へと駆け出していた。もうひとりの自分に会いたい一心で。
城と離れた棟の間には、一面にシロツメクサが広がっていた。緑と白に囲まれて座る、黒い長髪の姿に目を留め、捷羅は足を止めた。
視線が合った。
でも、鏡を見るかのようで、言葉がうまく出なかった。
気づけば、捷羅は駆け出していて、積み重ねてきた思いを伝えるように、抱きつく。
「でもね……」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、捷羅は怖くなったと言う。母に知られたらと思い、母を裏切った気持ちになった、とも。
『もう行かないと』と、言うと『うん』とだけ聞こえた。
捷羅は立ち上がろうとして驚く。となりに座る羅凍が、行かないでと言うように、捷羅に寄りかかっていたから。
「また、必ず……すぐにでも来るから!」
必死な捷羅の言葉に、羅凍は花開くように笑った。
それから捷羅は、城に戻る。その後、羅凍の誕生日だったと初めて知った。
「嘘を言ったつもりはなかった。でも、ずっと行けなくて……また羅凍に会えたときには、もう、心を閉ざしていた」
それでも会える度に捷羅は笑顔で話しかけた。だが、初めて会ったときのような笑顔を羅凍は向けてくれなかった。
『双子』として接してもらうのは無理だとしても、せめて『兄弟』として仲良くいたいと、いつしか願うようになっていたと続ける。
影を増していく捷羅の嘆きは、徐々に涙へと変わっていく。
「羅凍が少しでも俺に視線を向けてくれれば、うれしかった。言葉を崩してくれたときには、やっと『兄弟』になれたと喜んだ。それから、ふたりのときにだけは、やっと『兄貴』呼んでくれるようになって……その言葉を、俺は宝物のように感じていたんだ。なのに……」
築いてきた絆を振り返り、脆さを思い知っているのか。悲しみの雫は、言葉をともにこぼれ落ちる。
「『兄貴』とは、呼んでくれなくなった」
再び、羅凍が遠い存在になってしまったのだろう。
凪裟は、そっと捷羅を抱きしめる。
「羅凍に激しい憎しみを抱かれていても、俺は、弟の中に存在していたい……」
凪裟の胸の中で悲しみに暮れる捷羅の一言は、願いのようだった。
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