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希望と恋
【24】断片的な数ヶ月
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「羅凍様、おめでとうございます」
城内で人にすれ違う度に祝福の言葉を浴びたのは、結婚してから一ヶ月ほど経ったころだ。
──今なら、わかる。父上の抱き続けてきた思いが。
祝いの言葉に返答せず、表情は失われていく。
城外でも同じ言葉を聞くのかもしれないと思ったのか、城内籠るようになった。
無口になった。
何より、笑わなくなっていた。
──きっと、子どもが産まれても、その子に愛情は沸かないんだろう。このまま父上と同じ道を歩いて……。
つくづく、父に似ていると痛感し、心が悲鳴を上げる。外見は愚か、己の意に反した結婚をし、子を授かるとは、貊羅の人生そのものだ。
──どこをどうすればよかったのか。変えられたのか。
いくら悔いたところで、時間は戻らない。
「お久し振りですね」
そう声をかけられた玄と久しぶりに会ったのは、婚約した日だ。玄はうれしそうに微笑んでいたが、再会は姉の禾葩が亡くなったとき以来で──羅凍はぎこちなくとも笑えなかった。
ただでさえ作り笑顔が苦手だ。だから当たり前だろうが、羅凍自身はそこまで図太く開き直れない。
「ごめんなさい、ちょっと待っててくれますか。案内する部屋を、確認してきます」
何を言っても傷つける。──恐れ、羅凍は挨拶すら言えずに客間を飛び出した。
慌てた様子の羅凍の背中を見た玄が、『変わってないな』と照れて笑っていたことも知らず。
「はっ?」
珍しく羅凍が母の前で反抗的な声を出したのは、玄に会う直前のこと。哀萩と別れてから愬羅の部屋に行き、しばらくしたころだった。
愬羅は『聞こえなかったの?』と言うように、冷たく続けた。
「婚約者なんですから、同じ部屋で過ごしなさい」
尤も──といえば、尤もで。羅凍は思いを堪えるしかなかった。すると母は『ベッドはサイズアップをしておいたから』と羅凍を見ながら、優雅に扇子で仰ぎ、クスクスと笑った。
「ありがとうございます」
礼の言葉しか選択肢のない羅凍は、皮肉をたっぷり込め返答する。
母は『玄を待たせているのだから、はやく行きなさい』と、ようやく退出を許可した。散々、遅いと言い散らかし時間を消耗させていたのに。
羅凍は長時間の監禁からようやく放たれたが、行動の制限は継続され──玄を待たせている客間へと向かう。
苛立ちを収めようと努める。玄は物静かだ。大人しい。威圧する気はない。
ため息しかでない。
玄はどちらかといえば、ではなく、羅凍の苦手なタイプの女性だ。
そうして久しぶりに会ったものの、結局、どう接したらいいのかわからないまま羅凍は一分と持たずに客間を飛び出す。
けれど、自室へと向かう足に迷いが生じている。
──俺は失礼な態度をした。これから同じ部屋で過ごすなんて、玄さんの方が嫌に決まっている。
はた、と足が止まる。
いっそ、嫌われて破談になればいい、と。
そうして踵を返し、玄を自室に案内をしたが──玄の反応は、予想と真逆だった。
好みが分かれ、嫌がるだろうと思っていた羅凍の自室を、
「珍しい物が多いんですね!」
と、玄は喜んだ。
苦手だろうと羅凍が判断したクジャクの羽やオウムにさえ、玄の関心は向けられた。
──俺に、ひとりになる空間は……もうないのか。
幼少期を振り返り、『あのころはよかった』と嫌味のように思っていると、
「でも、私がここにいて……羅凍様は、本当にいいのですか?」
と、意外なことを玄が言う。
見透かされたように感じ、言い知れぬ罪悪感が沸いた。
「落ち着かないでしょ、こんな部屋」
玄の落ち着いた雰囲気にはまったく合わないと、羅凍続ける。すると、
「確かに、私には合わないかもしれません」
『でも……』と玄は続け、羅凍がドキリとする。
「羅凍様を知れる気がして、私はこの部屋が好きです」
現在、羅凍の部屋に、長年飼育していたオウムはいない。
玄の妊娠が判明してから、羅凍が野生に戻した。
極彩色がきれいだと、いつも眺めたオウムだった。己の存在をハッキリと誇示しているような姿に、羅凍は憧れていた。
「お前のことを……俺が、ずっと閉じ込めていたのかもしれないな」
沈痛な面持ちで籠に手を入れ、オウムを手に乗せた。
「折角、羽根があって自由に飛べるのに。ごめんな。もう、行っていいんだよ」
オウムは羅凍を見上げ。首を傾げる。
羅凍は微笑み、腕を高く上げる。
オウムは空を見上げてから一度、羅凍を振り返った。自由に憧れている羅凍が、己を放つように腕を動かすと、やがて大空へと飛び立って行った。
城内で人にすれ違う度に祝福の言葉を浴びたのは、結婚してから一ヶ月ほど経ったころだ。
──今なら、わかる。父上の抱き続けてきた思いが。
祝いの言葉に返答せず、表情は失われていく。
城外でも同じ言葉を聞くのかもしれないと思ったのか、城内籠るようになった。
無口になった。
何より、笑わなくなっていた。
──きっと、子どもが産まれても、その子に愛情は沸かないんだろう。このまま父上と同じ道を歩いて……。
つくづく、父に似ていると痛感し、心が悲鳴を上げる。外見は愚か、己の意に反した結婚をし、子を授かるとは、貊羅の人生そのものだ。
──どこをどうすればよかったのか。変えられたのか。
いくら悔いたところで、時間は戻らない。
「お久し振りですね」
そう声をかけられた玄と久しぶりに会ったのは、婚約した日だ。玄はうれしそうに微笑んでいたが、再会は姉の禾葩が亡くなったとき以来で──羅凍はぎこちなくとも笑えなかった。
ただでさえ作り笑顔が苦手だ。だから当たり前だろうが、羅凍自身はそこまで図太く開き直れない。
「ごめんなさい、ちょっと待っててくれますか。案内する部屋を、確認してきます」
何を言っても傷つける。──恐れ、羅凍は挨拶すら言えずに客間を飛び出した。
慌てた様子の羅凍の背中を見た玄が、『変わってないな』と照れて笑っていたことも知らず。
「はっ?」
珍しく羅凍が母の前で反抗的な声を出したのは、玄に会う直前のこと。哀萩と別れてから愬羅の部屋に行き、しばらくしたころだった。
愬羅は『聞こえなかったの?』と言うように、冷たく続けた。
「婚約者なんですから、同じ部屋で過ごしなさい」
尤も──といえば、尤もで。羅凍は思いを堪えるしかなかった。すると母は『ベッドはサイズアップをしておいたから』と羅凍を見ながら、優雅に扇子で仰ぎ、クスクスと笑った。
「ありがとうございます」
礼の言葉しか選択肢のない羅凍は、皮肉をたっぷり込め返答する。
母は『玄を待たせているのだから、はやく行きなさい』と、ようやく退出を許可した。散々、遅いと言い散らかし時間を消耗させていたのに。
羅凍は長時間の監禁からようやく放たれたが、行動の制限は継続され──玄を待たせている客間へと向かう。
苛立ちを収めようと努める。玄は物静かだ。大人しい。威圧する気はない。
ため息しかでない。
玄はどちらかといえば、ではなく、羅凍の苦手なタイプの女性だ。
そうして久しぶりに会ったものの、結局、どう接したらいいのかわからないまま羅凍は一分と持たずに客間を飛び出す。
けれど、自室へと向かう足に迷いが生じている。
──俺は失礼な態度をした。これから同じ部屋で過ごすなんて、玄さんの方が嫌に決まっている。
はた、と足が止まる。
いっそ、嫌われて破談になればいい、と。
そうして踵を返し、玄を自室に案内をしたが──玄の反応は、予想と真逆だった。
好みが分かれ、嫌がるだろうと思っていた羅凍の自室を、
「珍しい物が多いんですね!」
と、玄は喜んだ。
苦手だろうと羅凍が判断したクジャクの羽やオウムにさえ、玄の関心は向けられた。
──俺に、ひとりになる空間は……もうないのか。
幼少期を振り返り、『あのころはよかった』と嫌味のように思っていると、
「でも、私がここにいて……羅凍様は、本当にいいのですか?」
と、意外なことを玄が言う。
見透かされたように感じ、言い知れぬ罪悪感が沸いた。
「落ち着かないでしょ、こんな部屋」
玄の落ち着いた雰囲気にはまったく合わないと、羅凍続ける。すると、
「確かに、私には合わないかもしれません」
『でも……』と玄は続け、羅凍がドキリとする。
「羅凍様を知れる気がして、私はこの部屋が好きです」
現在、羅凍の部屋に、長年飼育していたオウムはいない。
玄の妊娠が判明してから、羅凍が野生に戻した。
極彩色がきれいだと、いつも眺めたオウムだった。己の存在をハッキリと誇示しているような姿に、羅凍は憧れていた。
「お前のことを……俺が、ずっと閉じ込めていたのかもしれないな」
沈痛な面持ちで籠に手を入れ、オウムを手に乗せた。
「折角、羽根があって自由に飛べるのに。ごめんな。もう、行っていいんだよ」
オウムは羅凍を見上げ。首を傾げる。
羅凍は微笑み、腕を高く上げる。
オウムは空を見上げてから一度、羅凍を振り返った。自由に憧れている羅凍が、己を放つように腕を動かすと、やがて大空へと飛び立って行った。
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