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呈出と堅忍
【20】詮索
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「珍しいですね」
大臣は眼鏡を外し、瑠既を視界に入れる。座るよう動作で促されたが、瑠既は従おうとしない。
「恭良は、本当に王の連れ子か?」
「どうしたんですか?」
「ちょっと気になって」
大臣は不思議そうに首を傾げる。
「そうですが?」
「母親は?」
詰問に聞こえたのか、言葉を選んでいるような間が開いた。
「存じません」
「亡くなったっていう、王の前妻?」
「そうだと思いますよ」
「そう……」
初めてに会ったとき、恭良はまだ一歳だった。つまり、大臣の発言が正しいのなら、恭良を産んだ母親は、恭良が産まれてから一年以内に亡くなったことになる。
──そんなに短い間で、母上との婚約が決まるのは不自然だ。
ざわつく。いくつもの可能性が浮き上がってきて──父親は偽りの王ではなく──いや、『クロッカスの色彩を持つ娘』が目的だったのかもしれないと、問題すら入れ替わる。
娘を得るための婚約だったのなら、母親を公言できないだろう。ただ、それも腑に落ちない。後継者を決めたのは他でもならぬ母であり、母が存命している間覆ることはなかった。
「どうしたんですか?」
珍しく瑠既が思案し、大臣は疑問を投げかける。
「ああ……恭良って、誄姫のことを『姉』として慕っているのはわかるんだけど……俺のことを『本当の兄』と思っているように振舞うからさ。正直、俺はやっぱり好きになれないっつーか。まぁ、沙稀の妻になったし『義妹』として接しようと思っているんだけど……妙な違和感っていうか、予感っていうか、とにかく嫌な感じがしてさ……」
うまく言えない言葉は徐々に消えていく。
だが、大臣は黙って瑠既に耳を傾ける。
「いいんだ、王の子なら。きっと、そのせいだ。王が嫌だって気持ちが、消えていないだけだ……」
「そうですか」
大臣は同意だけをする。
一方の瑠既は恭良のことをこれ以上聞いても無意味と判断し、話題を変える。
「そうだ、あの子は?」
そう、婚礼前に瑠既が聞き、大臣に流された件。大臣はまたその話かと苦笑いを浮かべる。
「今度は何ですか」
「ほら、前に聞いたリラの天パの……」
「琉倚ですか」
「え?」
こんな誘導尋問に大臣が引っかかったと、瑠既は目を丸くした。その表情を見て、名を口にしたと大臣は気づいたのか、すっと視線を逸らす。
「琉倚って言うんだ? あの子」
聞き捨てならない名に、瑠既は聞き返す。
「そうですが……瑠既様には関係のない人物です」
「でも、沙稀には関係あったんだろ?」
「そんなことを聞いて、どうするのですか?」
「だって、気になるよ。沙稀に関係があった人物なら」
双子なのに無関係と言われのが不満なのか、瑠既は不機嫌になる。
不服そうな瑠既の表情に、大臣は観念したのか。諦めるようにため息を吐き、渋々続けた。
「私の姪です。剣士として一度、沙稀様に会いたいと言っていたので……あの機会に会わせただけです」
「大臣って姪っ子がいたんだ」
瑠既にとっては深い意味はない。しかし、大臣は違う受け止め方をしたのだろう。今度は大臣が珍しく不機嫌になった。
「いけませんか?」
「いや、意外っていうか……」
瑠既は言葉に詰まる。大臣の様子に引くべきかとも考えたが、冗談のように言葉を続ける。
「もしかして、父上の遠い親戚?」
「瑠既様、詮索は程々になさった方がいいですよ?」
「でも、もしそうならさ。沙稀だけじゃなくて、俺にも関係あんじゃん!」
姿を見たことさえない父。その親族にあたるならと、瑠既は必死になる。
けれど、対照的に大臣は冷たい。
「会いたかったのですか?」
「まぁ、遠くても親戚なら」
大臣は気持ちを整えるようにため息を吐く。
「瑠既様が鴻嫗城を去ってから間もなく、涼舞城は堕ちました。……ご存知ですね?」
瑠既はうなずく。
「詮索しても、あるのは悲しい結末だけです。生き残りはいません。……それは沙稀様もご存知です。父、唏劉剣士をずっと追ってきたのは沙稀様ですから。……琉倚は、同じ剣士として沙稀様に会ったに過ぎません。剣士として沙稀様に会いたいと志願する者は、少なくないのですよ」
確かに──と瑠既は納得する。
「そっか。じゃあ、これも俺の気のせいだったんだ」
「どう思っていたのですか?」
「ん~、そうだな。リラの髪と瞳が目についた。沙稀は恭良にしか意識のいかないようなときだったから、気にかけもしなかったと思うけど……沙稀とあの子が並んだ姿を見たとき、俺にはリラの色が涼舞城の象徴みたいに見えた」
「そうでしたか」
大臣は眼鏡をかけ、机に向かう。話が終わったと判断したのか、業務を再開しようとする。その姿があまりにも淡々としすぎていて、瑠既は思いつきを口にする。
「もうひとつ」
無表情で振り向いた大臣に、瑠既はにっこりと笑ってみせる。
「沙稀の本来の婚約者ってあの子だったのか? 名前を聞く限り、そうも思えなくもない」
「瑠既様は、発想が豊かですね」
笑顔を大臣も返してきたが、伝わってきたのは威圧。『これ以上の詮索はするな』と言っているような。
何をそんなに隠したいのか。いや、そもそも大臣は隠し事ばかりだ。
瑠既は大臣に負けじと笑顔を作る。
「まぁ、俺の想像だ」
「そうですね」
大臣は何事も聞かなかったかのように淡々と業務を再開する。
──図星かな?
大臣は頑なに『剣士として』と言ったが、琉倚は剣士とは思えぬ格好だった。ただ、祝いの場となれば話は別なのか。
それに、どこかで大臣の図星をついたとしても、瑠既の仮説では、そもそも年齢が釣り合わず考えがちぐはぐになる。
結局、何ひとつ知れないまま、瑠既は部屋を出て行くしかなかった。
大臣は眼鏡を外し、瑠既を視界に入れる。座るよう動作で促されたが、瑠既は従おうとしない。
「恭良は、本当に王の連れ子か?」
「どうしたんですか?」
「ちょっと気になって」
大臣は不思議そうに首を傾げる。
「そうですが?」
「母親は?」
詰問に聞こえたのか、言葉を選んでいるような間が開いた。
「存じません」
「亡くなったっていう、王の前妻?」
「そうだと思いますよ」
「そう……」
初めてに会ったとき、恭良はまだ一歳だった。つまり、大臣の発言が正しいのなら、恭良を産んだ母親は、恭良が産まれてから一年以内に亡くなったことになる。
──そんなに短い間で、母上との婚約が決まるのは不自然だ。
ざわつく。いくつもの可能性が浮き上がってきて──父親は偽りの王ではなく──いや、『クロッカスの色彩を持つ娘』が目的だったのかもしれないと、問題すら入れ替わる。
娘を得るための婚約だったのなら、母親を公言できないだろう。ただ、それも腑に落ちない。後継者を決めたのは他でもならぬ母であり、母が存命している間覆ることはなかった。
「どうしたんですか?」
珍しく瑠既が思案し、大臣は疑問を投げかける。
「ああ……恭良って、誄姫のことを『姉』として慕っているのはわかるんだけど……俺のことを『本当の兄』と思っているように振舞うからさ。正直、俺はやっぱり好きになれないっつーか。まぁ、沙稀の妻になったし『義妹』として接しようと思っているんだけど……妙な違和感っていうか、予感っていうか、とにかく嫌な感じがしてさ……」
うまく言えない言葉は徐々に消えていく。
だが、大臣は黙って瑠既に耳を傾ける。
「いいんだ、王の子なら。きっと、そのせいだ。王が嫌だって気持ちが、消えていないだけだ……」
「そうですか」
大臣は同意だけをする。
一方の瑠既は恭良のことをこれ以上聞いても無意味と判断し、話題を変える。
「そうだ、あの子は?」
そう、婚礼前に瑠既が聞き、大臣に流された件。大臣はまたその話かと苦笑いを浮かべる。
「今度は何ですか」
「ほら、前に聞いたリラの天パの……」
「琉倚ですか」
「え?」
こんな誘導尋問に大臣が引っかかったと、瑠既は目を丸くした。その表情を見て、名を口にしたと大臣は気づいたのか、すっと視線を逸らす。
「琉倚って言うんだ? あの子」
聞き捨てならない名に、瑠既は聞き返す。
「そうですが……瑠既様には関係のない人物です」
「でも、沙稀には関係あったんだろ?」
「そんなことを聞いて、どうするのですか?」
「だって、気になるよ。沙稀に関係があった人物なら」
双子なのに無関係と言われのが不満なのか、瑠既は不機嫌になる。
不服そうな瑠既の表情に、大臣は観念したのか。諦めるようにため息を吐き、渋々続けた。
「私の姪です。剣士として一度、沙稀様に会いたいと言っていたので……あの機会に会わせただけです」
「大臣って姪っ子がいたんだ」
瑠既にとっては深い意味はない。しかし、大臣は違う受け止め方をしたのだろう。今度は大臣が珍しく不機嫌になった。
「いけませんか?」
「いや、意外っていうか……」
瑠既は言葉に詰まる。大臣の様子に引くべきかとも考えたが、冗談のように言葉を続ける。
「もしかして、父上の遠い親戚?」
「瑠既様、詮索は程々になさった方がいいですよ?」
「でも、もしそうならさ。沙稀だけじゃなくて、俺にも関係あんじゃん!」
姿を見たことさえない父。その親族にあたるならと、瑠既は必死になる。
けれど、対照的に大臣は冷たい。
「会いたかったのですか?」
「まぁ、遠くても親戚なら」
大臣は気持ちを整えるようにため息を吐く。
「瑠既様が鴻嫗城を去ってから間もなく、涼舞城は堕ちました。……ご存知ですね?」
瑠既はうなずく。
「詮索しても、あるのは悲しい結末だけです。生き残りはいません。……それは沙稀様もご存知です。父、唏劉剣士をずっと追ってきたのは沙稀様ですから。……琉倚は、同じ剣士として沙稀様に会ったに過ぎません。剣士として沙稀様に会いたいと志願する者は、少なくないのですよ」
確かに──と瑠既は納得する。
「そっか。じゃあ、これも俺の気のせいだったんだ」
「どう思っていたのですか?」
「ん~、そうだな。リラの髪と瞳が目についた。沙稀は恭良にしか意識のいかないようなときだったから、気にかけもしなかったと思うけど……沙稀とあの子が並んだ姿を見たとき、俺にはリラの色が涼舞城の象徴みたいに見えた」
「そうでしたか」
大臣は眼鏡をかけ、机に向かう。話が終わったと判断したのか、業務を再開しようとする。その姿があまりにも淡々としすぎていて、瑠既は思いつきを口にする。
「もうひとつ」
無表情で振り向いた大臣に、瑠既はにっこりと笑ってみせる。
「沙稀の本来の婚約者ってあの子だったのか? 名前を聞く限り、そうも思えなくもない」
「瑠既様は、発想が豊かですね」
笑顔を大臣も返してきたが、伝わってきたのは威圧。『これ以上の詮索はするな』と言っているような。
何をそんなに隠したいのか。いや、そもそも大臣は隠し事ばかりだ。
瑠既は大臣に負けじと笑顔を作る。
「まぁ、俺の想像だ」
「そうですね」
大臣は何事も聞かなかったかのように淡々と業務を再開する。
──図星かな?
大臣は頑なに『剣士として』と言ったが、琉倚は剣士とは思えぬ格好だった。ただ、祝いの場となれば話は別なのか。
それに、どこかで大臣の図星をついたとしても、瑠既の仮説では、そもそも年齢が釣り合わず考えがちぐはぐになる。
結局、何ひとつ知れないまま、瑠既は部屋を出て行くしかなかった。
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