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呈出と堅忍

【19】嫌な予感(1)

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 沙稀イサキルイ鴻嫗トキウ城に帰城し、三十分ほどが経過した。
 瑠既リュウキ沙稀イサキを追って行こうとしたが、大臣に心配され、ルイにも駆けつけられ──恭良ユキヅキが追っていくのを見送るしかなかった。
 出遅れた。
 率直な思いだが、大臣とルイを前に、そうは言えない。だから、言い方を変える。
沙稀イサキと話をしてきたい」
 ルイはしゅんとし、宮城研究施設で待っていると背を向けた。
瑠既リュウキ様は、沙稀イサキ様とお会いして来て下さい」
 心配しながらも、そう続けたルイ
 耳に残った言葉が、瑠既リュウキに追う先を迷わせる。
瑠既リュウキ様」
 大臣だ。
 大臣は瑠既リュウキの無傷を確認するように、全身を軽くはたく。その行動は、昔ながらの──実に過保護な行動だと、瑠既リュウキは眺める。
「今日のところはルイ姫とお帰りになったらいかがですか。沙稀イサキ様との修復よりも、ルイ姫との……」
「いいや。謝罪なら、はやい方がいい」
 ポンと、瑠既リュウキは大臣の手を払う。
 大臣は不思議そうに瑠既リュウキを見たが、見られた方は得意げに口角を上げる。
沙稀イサキがあれだけ怒ったんだ。俺に対して。……ってことは、それだけのことを俺がしちまったってことじゃん」
「ですが、あの言動はほめられたものでは」
「そうだな」
 ん~と背伸びをする瑠既リュウキ。つられて大臣の背もピッと伸びる。
「なんつーか、まぁ……それだけ仲良くいたいと思う俺は、沙稀イサキが大好きなんだろうな」
 じゃ、と瑠既リュウキは手を振る。スタスタと歩き始めたが、背後から大臣のため息が聞こえた。


 ──あと三十分か、一時間くらいかな。
 自室に向かいながら漠然と思う。『ふたりでとなりの部屋にいる』のだろうと、安易な想像をしながら。
 勝手に安易な想像をしつつも、もどかしさが沸く。理由は簡単で、瑠既リュウキ恭良ユキヅキを結局のところ好きになれていないわけだ。
 沙稀イサキのあの言動の根源を、大臣は気づかなかったのだろう。ルイにしても同じ。
 沸々と込み上げる、恭良ユキヅキへの憎しみ。
 ──ああなるように仕掛けたんだ、恭良アイツは。
 いいように利用された。だからこそ、沸々と憎しみが煮えてくる。けれど、たとえ沙稀イサキ瑠既リュウキの見解を話しても、鵜呑みにはしないだろう。
 沙稀イサキ瑠既リュウキに釘を刺して出て行った。だから、瑠既リュウキの見解を話したところで、流し指摘してくるに違いない。
 指摘されれば、瑠既リュウキはぐうの音も出ない。
 ならば、さっさと謝って、沙稀イサキと和解できた方が瑠既リュウキにはいい。

 自室に近づくと、意外なことに沙稀イサキ恭良ユキヅキがとなりの部屋から出てきた。恭良ユキヅキと遭遇することを想定していなかった瑠既リュウキは、足が止まる。
 ふたりはまだ瑠既リュウキに気づいていないのか。抱擁し、別れを惜しむ。いや、惜しんでいるのは沙稀イサキだけに見えて、瑠既リュウキの胸はズキリと痛む。
 沙稀イサキの幸せを願って背中を押し、恭良ユキヅキに協力してまで望んだかたちになったのに──心から祝福できていない。

 ふふふと、ちいさく楽しそうな声が聞こえた。
 いつの間にか恭良ユキヅキ瑠既リュウキの横を通り過ぎている。
 ──恭良アイツ、俺に気づいていたな。
 グツグツとなる胸の奥を堪え沙稀イサキを見れば、恭良ユキヅキへの怒りが飛んで行いく。
 沙稀イサキ瑠既リュウキに気づいていなかったのだろう。しばしの別れを惜しむ姿を見られたと、耳の先まで赤くしている。
 笑いそうになるのを耐える。謝罪しに来たのだから。
「ちょっと、話さねぇ?」
 俺の部屋で、と瑠既リュウキは親指で扉を示す。
 ぎこちなく首肯した沙稀イサキを見て、瑠既リュウキは扉を開け、招く。

 経過した時間の短さから、安易な想像は間違っていたかと、瑠既リュウキは下品な発想を内心詫びる。口に出して詫びるのは、別のことだ。ふうっと息を吐き奥のソファーに座ったが、沙稀イサキの姿が見当たらない。
 立ち上がり、時間を巻き戻すように扉が見えるところまで行けば、佇む姿がある。まるで、見えない扉がもうひとつあるかのように、沙稀イサキは入って来ようとしない。
 瑠既リュウキはサッと右腕を部屋の奥へと動かし、沙稀イサキを招く。すると、沙稀イサキの視線は上がり、瑠既リュウキは肯定するように頷く。
 沙稀イサキがおもむろに一歩を踏み出す。それを見届けて、瑠既リュウキが奥のソファーへ向かうと、
瑠既リュウキ
 と、呼び止められた。
 振り向くと沙稀イサキとはそれなりの距離が離れていて、扉は開いたままだ。

 沙稀イサキが何かを言った。──けれど、声は届かなかった。

「何?」
 聞き取れなかった瑠既リュウキは、聞き返す。意図的に聞き返したわけではないのに、沙稀イサキはすこし驚いたように見えた。
 ふと、沙稀イサキの視線は逸れて、表情が歪む。
「何でもない」
「あ~……恭良ユキヅキの髪に触ったの、悪かったな」
「別に」
 パタリと扉が閉まる。かと思えば今度は、早足で沙稀イサキが近づいてくる。
「いや、悪かった。ルイ姫に対してお前が『異性として触れた』と感じたら、俺も殴り倒したいと思う……と、思う。だからお前の立場になれば、俺だってきっと同じ行動に出る」
 瑠既リュウキは誠心誠意を込めて謝罪したが、沙稀イサキは不満げな表情を浮かべている。重たそうに左腕を上げ、拳で瑠既リュウキの胸を押した。
「土産」
 意外な沙稀イサキの行動に、瑠既リュウキは目を丸くする。けれど、次の瞬間には喜び、差し出された拳の下に両手を広げる。
 ポトリと手のひらに落ちてきたのは、片手に収まるサイズの小瓶。
 ふっと沙稀イサキの左腕が視界から消え、小瓶をまじまじと見れば意外な物だ。どういう発想で選んだのか、瑠既リュウキにはさっぱりわからない。
 すると、瑠既リュウキの様子を察したかのような声がかかる。
「変えなよ。ルイ姫が好きそうな物を買ってきたから」
 初めて香水を人からもらった日を思い出し、瑠既リュウキは呆然と小瓶を見入る。もらったときの言葉も、つけたときの言葉も、思い出がグルリと回って──『ルイ姫が』と、沙稀イサキの発言に戻る。
 沙稀イサキを見れば、変わらず不満そうな表情で。ただ、それは瑠既リュウキルイに対する態度を思ってのことかと感じれば、口調は自ずとあっけらかんとなる。
「そういうもの?」
「そういうもの!」
 なぜ、沙稀イサキがこんなにも怒っているのかと、瑠既リュウキは混乱する。
「香りは強く、その人の思い出が残る。だから、せめてルイ姫と一緒にいるときだけでも……」
沙稀イサキルイ姫を好きだったとは、初めて知った」
「は?」
 沙稀イサキには想定外な言葉だったのか、言動がピタリと止まる。その一方で、瑠既リュウキはひとりで納得し始めた。
「ふ~ん、そうかそうか」
「違う。そうじゃなくて、幼なじみとしてさ……」
 弁解しようとした沙稀イサキだったが、瑠既リュウキが聞く耳を持たないと気づいたのだろう。途中でため息に変わり、無駄話を好まない沙稀イサキらしい発言が出る。
「勝手に誤解したままでも構わないが、あらぬ誤解を招くようなことはするなよ」
「はい、迂闊に口外しないようにします」
「いや、それが迂闊だ」
「肯定するの?」
「断じて否定する」
 一時和らいだ不満が、また沙稀イサキの表情に浮かんでいる。これが本心かと瑠既リュウキはどこかで安心する。
「まぁ、いいけど」
 瑠既リュウキはさらりと流し、間が生じる。右手で髪を掻き上げ、瑠既リュウキはその間を埋めた。
「なぁ、俺がこんなことを言うのは何だけど……恭良ユキヅキと、別れたら?」
「今度は何……」
「今なら、まだやり直せる」
「どういう意味だ、それ」
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