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期待

【15】負託

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 再会を待ちわびた恋人のようにキスをして、抱きしめ求め合う。互いの存在を確認しているような感覚に、忒畝トクセは違和感を抱く。
 唇を離し、ルイを見つめる。すると、ルイは頬を赤らめ視線を落とした。
 忒畝トクセルイの右の頬に手を添える。
 ルイは拒まず、視線と顎を向ける。
 ──前にも、こんなことがあった。
 吸い寄せられるように唇を合わせながら、数ヶ月前のことが頭を過る。黎馨レイカが来たときと、何もかもが重なっていく。
 忒畝トクセの想いも、触れる相手の行動も。雪が降り始め、積もって行くかのような感覚に包まれていく。
 けれど、募る想いの中で、忒畝トクセは傍観しているかのように冷静でもあった。

 ──これは単に、お姫様の火遊びだ。

 徐々に込み上げる痛みは、苦しみは、体なのか心なのか。黎馨レイカと重なるルイを、忒畝トクセは求めながら、求められながら分離しようとする。
 黎馨レイカの現世がルイだと認識したからこそ、雪のように降りしきる想いは納得できる。手放したくなくなり、強く求めてしまう衝動も。
 だが、同時に拒む気持ちも湧く。黎馨レイカは過去生の妻だったが、ルイは違う。
 ルイは、既婚者だ。
 手を伸ばそうともしてはいけないし、手に入れたいと望むこともいけない。理屈は、わかっている。しかし、理屈は理屈であって──彼女の真意を知りたくなる。
 好きなのか、否か。

 いや、結論は最初に出している。

 だから真意を聞かないようにする。心を無にしていく忒畝トクセは、前世で叶わなかった願いを遂げようとするかのように彼女に吸い込まれていく。たとえそれが、彼女にとっては『単に火遊び』であったとしても結ばれたいと願う。
 会う度に想いが募る彼女と、一度でも結ばれれば──過去生からの想いが叶えば。
 想いは消えるかもしれない。
 一種の賭けに似た気持ちと、彼女になら遊ばれてもいいのかもしれないという気持ちが混ざる。

 求めて求められて、愛されているのかもしれないと感じ──ふと、立ち止まる。心を無にしていた忒畝トクセに、まだ極一部でも彼が残っていたから。
 結論を最初に出していておいて、転がり落ちれるほど彼は本能で生きていない。

 すっとルイから離れ、忒畝トクセは自我を食い止める。
「部屋を……案内します」
 はだけたストールを整え、咄嗟に背を向ける。
「一緒にいては……だめですかぁ?」
 寂しさを含ませた甘いルイの声が背後から聞こえたが、意識を取られないように忒畝トクセは聞き流して気を張った。
 間違いだったと痛感する。刺されるような痛みを感じるのは、肉体だけではない。唇を合わせ、より求めただけでこれだ。お姫様の危ない遊びにこれ以上関わるなら、身も心も、持たないだろう。

 忒畝トクセルイを置いて部屋を出る。少し待つと、ルイも部屋を出てきた。これでよかったと歩き始める。
 梛懦乙ナジュト大陸行きの船に乗ろうとするには、すこし時間が足らない。相当急げば間に合うかもしれないが、もとより日帰りは考えていないだろう。
 忒畝トクセは客間に案内しようと歩きながら、自己嫌悪する。終止符を打とうと思いながらも、彼女の気持ちを確認したいと気持ちがくすぶっているから。
 結局、軽い会話もできないまま目的地につき、忒畝トクセは扉を背にルイへと向き直す。
「本日は、こちらをお使い下さい」
 にこやかに案内したつもりが、ルイは眉を下げ、じっと忒畝トクセを見つめている。意図をつかめず、妙な間が空く。
「次回以降、いらしたときもこちらを……」
 ルイから扉へと視界を移したとき、ふと左腕に重みを感じ言葉が止まる。心ともなく左腕を見れば、寂しそうにつかむ可憐な手があった。
 グラグラと忒畝トクセの心がゆれる。先ほどの視線といい、この手といい、離れたくないと言っているようで。
 都合のいい方に、天秤が傾きかけようとする。そのとき、ルイの唇が開き、忒畝トクセは強制的に逆へと天秤を傾けた。
「ああ、すみませんでした。研究所内を案内もしないで……そうですね、ご案内します」
 敢えて乗せられた手に手を重ね、引っ張る。有無を言わさずに、歩き出す。
 驚くようなルイの声が微かに聞こえた。聞こえていないふりをして早足で歩き、忒畝トクセはするりと乗せた手を離す。
 向かう先は、人のいるところを第一の目的地に。案内順は二の次だ。

 そうして歩いて行くと、ルイの手が──名残惜しそうに離れていった。

 案内すると言っても、ルイは客人だ。客人に案内するような場所は限られている。いくつか適当な場所を回り、時間稼ぎのために食堂も案内する。だが、貴族は個室で食べるのが常。だからこそ、忒畝トクセタカルイの食事を依頼する。
 義弟は一瞬、何かを言いそうな表情を浮かべたが、黎馨レイカのときの二の舞を踏むと察したのか──形式的な返答をした。

「すこし遅い昼食になってしまいますね。申し訳ありません」
 忒畝トクセルイを再び客間へと送っていた。そうして、配慮が欠けたと詫び、部屋の鍵を渡す。
 じいっと忒畝トクセを見つめたままのルイが、すっと息を吸った。
「あの……」
「間もなく、運ばれてくると思います」
 笑顔で忒畝トクセが言うと、ルイの表情が曇り視線が落ちる。
「はい……」
 言葉をルイは飲んだ。忒畝トクセには、そうさせた自覚があるだろう。いや、そういう行動を選んだだろう。彼女と、もう一歩踏み込んだ関係にならないために。
 けれど、忒畝トクセは判断を彼女に託す。
「僕の部屋は向こうだけど……何かあれば、いつでも僕の部屋に来てくれて構わないから」
 ちいさな林檎のキーホルダーがついた鍵をルイに渡す。誰にも渡したことのない、忒畝トクセの部屋の鍵だ。
 息を飲んだルイが顔を上げる。そのふとした瞬間に、身長差のないふたりの視線が合う。
 目が泳いだ忒畝トクセは、そのままぎこちなく視線を逸らし、ルイに背を向けた。


 職場に戻る忒畝トクセの足は重かった。どうしてあんなことをしたのかと、自責の念に駆られている。気持ちを絶たなければいけないのは自身の方だと自覚しているのに、決定権を委ねた。人を試して、真意を探る行為をした。
 嫌いな行いをした。ルイを試す選択をしたのだ。困惑と落胆をしつつ、左手を強く握る。

 ──こんなにも自分自身を嫌な人間だと思ったことは、ない。
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