完結まで5話【女神回収プログラム ~三回転生したその先に~】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

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再認と期待

【11】懐かしい声

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 夕食を終えた充忠ミナルは、心に苦しみを抱えていた。今年の誕生会は遠慮すると、忒畝トクセがポツリと言ったせいだ。
 自室に戻り、眠りにつこうとしても頭から離れず。むしろ、モヤモヤが増してくる。あまりにもサラリとしていて、素っ気なかったあの態度。
 今更だ。『家族』の認識に、差がありすぎると実感するのは。
 忒畝トクセは『家族』という括りに一線を引く。忒畝トクセらしいと言えば、実に忒畝トクセらしく、本当に今更だとしか言えない。そうして、痛感する。理解しようとしてみても、どうしたって充忠ミナルには『家族』がわからないのだと。
 だから、遠慮すると申し出た忒畝トクセを、引きとめることができなかった。

 眠れずに思い出すのは、馨民カミンに告白した日のこと。ポロリと言ってしまったと。あれは、見知らぬ女性、黎馨レイカ克主ナリス研究所に来たときだ。



「何あの態度」
「さぁ。……まぁ、俺としては祝福できるけど」
 充忠ミナルは本心を言ったが、となりで頬を膨らませる馨民カミンの熱は下がらないと気づいた。
「そんな様子じゃ、『忒畝トクセが誰かと付き合う』ってなったら、まずはお前の面接に合格しないと駄目そうだな」
 笑いながら冗談を言って馨民カミンをからかうと、怒りの矛先が充忠ミナルに向く。そこまではよかったが、馨民カミンの頬が更に膨らみ──それを見て、充忠ミナルはかわいいと思った。
 こんなことは何度もこれまであったのに、どうしてか口が開いた。
「俺、お前のこと好きだわ」
 なぜか思ったままに、ポロリと口から出てしまって。
 目の前の馨民カミンがあまりに驚いた顔をしたものだから、充忠ミナルはどうしたものかと考え、自身の発言に気づき驚いた。

 馨民カミンは出会ったときから、忒畝トクセに好意があると一目瞭然だった。けれど、忒畝トクセときたらあまりに鈍感そうで、充忠ミナルは単刀直入に『付き合っているのか』と聞いた。忒畝トクセはポカンとしていたが、馨民カミンは真っ赤になって否定していたものだ。
 だから、馨民カミンのことを時間の経過とともにいいなと感じても、言うつもりは微塵もなかった。そもそも、馨民カミンの所作を追えば追うほど、馨民カミンの中には忒畝トクセしかいない。
 玉砕するのが目に見えていて、想いを告げたいと思う方が珍しいだろう。それに、玉砕すれば馨民カミンとの関係は変わる。忒畝トクセとの関係も、変わるかもしれない。充忠ミナルが言わないでおけば、いずれ忒畝トクセ馨民カミンと付き合うかもしれない。
 ふたりとの関係が変わるより、ふたりの関係が変わる方が、充忠ミナルにはいいと思えていた。
 それに、馨民カミンが憧れているものを知っている。それを、充忠ミナルがまったく知らないことだということも、知っている。
 まったく知らないことなら知りたいと、何とか知ろうとするほど、充忠ミナル自身が馨民カミンの憧れと遠い位置に存在すると知っていった。
 共通することと言えば、どちらも父親を知らないことだが、克主ナリス研究所で生まれ育った馨民カミンには、父親のように慕う人がいる。
 生まれ育った環境の差は、どれだけ遠いか。克主ナリス研究所の出身でもなければ、帰れる場所もない。学費や生活費を出世払いにしてもらい、悪縁を切るために大金を何度か払ってきた充忠ミナルには、先立つものもない。
 もし、ふたりとの関係がこじれれば、職を失うことになるかもしれない。職まで手放すとなれば、生きていける保証までなくなる。感情に比重を置くより、現状維持を望んできた。

 けれど、出てしまった言葉は馨民カミンの耳に、脳に、しっかりと届いている。
「あ~……、いや、返事は今じゃなくていい」
 充忠ミナルは痒くもない頭を右手で掻く。左手は馨民カミンを拒否するように上げ、一歩、二歩と後退していく。
 言ってしまえば、この気楽な関係は終わるとずっと思ってきた。要は、返事を聞きたくないと逃げたのだ。できれば、一生聞きたくないと。
 気づけば充忠ミナルは、行く当てもなく研究所内を走っていた。

 馨民カミン充忠ミナルの思考を汲んだのか否かは不明だが、とにかく、しばらく返事を聞かずに済んでいた。充忠ミナルに対し、馨民カミンは特に変わらず。いや、相変わらずというべきか。
 馨民カミンはやはり忒畝トクセのことしか頭にないようで、タカから噂を聞き、充忠ミナルの仕事部屋に飛び込んで来たほどだった。
 ふてくされている馨民カミンに、
「何? お前は、忒畝トクセが幸せになるって想像しても、本当に祝う気持ちがわかねぇの?」
 と言えば、渋々首を横に振って。そうして今度は自棄になったのか、悠穂ユオにも噂を話しに行き。バタバタと騒がしく戻ってきたと思えば、
忒畝トクセが話してくれたらお祝いしよう!」
 と、提案するほど、今度は無理をしてでも前向きだった。だが──忒畝トクセの噂が所詮、噂話になって。
 スーッと空気が抜けてしぼんでいく風船かのように、馨民カミンから気力が抜けていった。見かねた充忠ミナルは、
「妙な噂話を本気にして悪かった」
 と謝る。
「いいの」
 馨民カミンは言葉少なに立ち去っていく。トボトボと歩く馨民カミンの後ろ姿に、充忠ミナルはついうっかり口にしたことを思い出し、単に友人としてそばにいられなくなったと感じて更に後悔した。

 それから数週間が経ち、馨民カミンは突然、了承の返事をしてきた。驚き、信じられずに充忠ミナルが何度も聞き返したものだから、
「うるさいな! じゃ、もう、なしってことでいいんじゃないかしら!」
 と、馨民カミンを怒らせたほど。
 ただ、馨民カミンのこの答えは、あとになって腑に落ちた。忒畝トクセの話を聞いて、ああ、忒畝トクセ馨民カミンの背中を押したのだと伝わってきた。

 付き合って数ヶ月経っても、何も変わっていない。変わったのは、充忠ミナルの心境くらいだ。
 彼女だと思えば変に意識してしまって、妙な緊張をする。悟られないように、変わらないように振舞う。たまに手を伸ばしそうになっても、馨民カミンの気持ちは見て取れて、ブレーキがかかる。
 充忠ミナルには、結婚願望がない。けれど、忒畝トクセから託されたような意識があり、尚且つ、馨民カミンは結婚願望が強いと知っていた。
 付き合っている実感がなく、好きかとも聞けない充忠ミナル馨民カミンに問いかけた。
「俺と結婚する気、ある?」
 と。
 馨民カミンが驚いて固まるものだから、
「結婚するか? って聞いてんの」
 と言い直せば、馨民カミンは信じられなさそうにうなずいて、いつになくはしゃぎだした。
 そんな馨民カミンを見て、『人生の大事なことなんだから、もっと考えて返事しろよ』と思う反面、即答してくれた喜びは大きかった。

 後悔した分、その反動でいいように事態が好転した気になっていた。都合のいいように捉えていただけかもしれないと、今になって充忠ミナルは舞い上がっていたと痛感する。
 忒畝トクセがあそこまで一線を引いてくるとは思っていなかった。軽率だったのは、馨民カミンではなかったと頭を抱えている。


 ──そういえば。

 似たような後悔は、ずい分前にも──ウトウトしながらそう思っていると、遠くから懐かしい声が聞こえてくる。
充忠ミナル
 誰の声かと忘れもしない。もう聞くことのできない声。唯一、『家族』だと充忠ミナルが口にする人。
「もう……考えは変わらないの?」
「変わらない」
 充忠ミナルは返事をする。古びたちいさいテーブルの上に置いた本を、大きな鞄に詰めながら。
「長いお休みには、普通の学生みたいに……帰って来られるのよね?」
 涙をこらえているかのような震える声に、視線を向けない。それどころか、言葉すら返さない。帰って来る気はないとは、さすがに言えなかった。
『迎えに来るよ』
 その一言が、どうしても口に出せない。『立派になるから』、『待っていて』、いくつも言いたい思いはあるのに、言ってしまえば『離れたくない』とも言ってしまいそうで。
 泣き声がこぼれて聞こえてくる。充忠ミナルもつられて泣きそうになる。グッと耐えて、黙々と荷物を鞄に入れていく。
 ギイっと、風呂場の扉が開く音がして、またギイと閉まる音がした。こぼれて聞こえていた、泣き声が聞こえなくなった。
 ポツンと、鞄に何かが落ちた。ポツンポツンとはやく落ちても、充忠ミナルはそのちいさな手を止めない。声を上げずに、ただ黙々と胸に宿した炎だけを信じた。
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