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伝説の終わり──もうひとつの始まり
【79】それが元来だとしても
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鴻嫗城のバルコニーが拍手喝采で包まれた日──大きな歓声を凪裟は城内でひとり聞いていた。
鴻嫗城に身を寄せてから、不安なことは多くあった。けれど、姫である恭良と親友のように仲良くなれて、不安は薄れていった。遠目で沙稀を追いかけては、その姿にときめいて──色々あった。本当に。
かつて初恋を応援してくれた親友と、長年想っていた人が結ばれる。婚約したと聞いたときから、悲しみよりも、やっとかとスッキリした気持ちになって、ようやく見届けられた。満足感の方が、今はとても大きい。
恭良と沙稀を出迎えようと決める。踏ん切りがついた。報告したいことが、凪裟にはできた。
心にぽっかりと穴が開いたような感覚があるが、それは虚しさというよりは清々しさで。よく晴れた空が、とても気持ちいい。
「こんな気持ちでいられるなんて、思ってもいなかった」
誰に言うわけではなく、凪裟はポツリと呟く。その表情も、実に晴れやかで──。
凪裟がバルコニーへと向かうと、賑やかな声が聞こえてきた。それは、沙稀と双子と発表されていた瑠既の聞きなれない声で。おしとやかな控えめの笑い声は、恐らく、その婚約者の誄の声で。舌足らずのように話す、どこか甘い声は恭良の声で。そこには、すっかりやわらかい表情になった沙稀がいて──白い軍服は、なんて似合うだろう。
「恭良様!」
駆け出した凪裟に、きょとんとした面識のないふたりに、大臣がさりげなく何かを言っていた。ジュストコールを羽織った長身の男性が、豊満な胸元をジュエリーで埋めた女性とともに離れていく。
大臣も、そのふたりのあとを追って右手へと歩いて行き。沙稀は横目でそれを見ていたが、恭良のとなりからは不動で。恭良はにこやかに、凪裟へと手を振った。
「沙稀も! ふたりとも、本当におめでとうございます!」
凪裟は拍手をして心から祝福する。
「ありがとう!」
恭良は両手で、凪裟の両手をぎゅっと包む。華奢な恭良らしい細い指に、凪裟は照れる。
「ありがとう」
横からの声に、反射的に凪裟は顔を上げてしまう。──なんて、やさしい表情をするようになったのかと、心臓が止まりそうになる。
だから、つい、
「私、沙稀が鴻嫗城の王様になっても、それが元来だとしても、呼び方を変える気はないから!」
と、照れ隠しが出る。
すると、沙稀は『ふふふ』とさもおかしそうに笑って、
「いいんじゃない? 長年の友人なんだし。俺としては、今後も恭良が鴻嫗城の姫だという認識で変わりないから」
と、実に楽しそうで。
──いつから沙稀は『恭姫』と呼ばなくなったんだろう。
大いに違和感があっても、聞くのは野暮だとさすがの凪裟も思えば、そこには触れず。
「幸せそうで、なにより」
と、受け流し、本題へと入る。それは、『鴻嫗城を出る』ということ。告げれば、ふたりは驚いたような顔に変わって、凪裟はにこりと微笑み、捷羅と結婚することにしたと告げた。
「幸せになるの、私も」
「おめでとう」
沙稀の声は、驚きに包まれていて。祝いらしからぬ声のトーンに恭良は納得いかなかったのか、
「沙稀は、さみしくないの?」
と、口を膨らませる。
恭良のその言葉は、凪裟には意外で。──しかし、考えてみれば恭良にとって『友』と呼べるのは凪裟くらいで。そう思えば、じんわりと恭良の言葉が染みた。
恭良も、ずっと沙稀が好きだったはずだ。なにせ、沙稀が恭良の護衛になる前、凪裟がふと『沙稀だ』と名を呼んだときの反応はすごかった。名を知らないころから、きっと恭良は沙稀を見ていた。
それなのに、恋敵だと知って──凪裟は恭良に嫌われる覚悟だったのに、応援してくれると言った。あれは、もしかしたら。恭良は凪裟がいなくなったら、さみしいと、その一心だったのだろうか。姫と護衛は、本来は結ばれないのだから。
じんわりと恭良の思いを感じていると、ふと現実に戻るような沙稀の声が聞こえる。
「よき友と離れるのは、さみしいよ。だけどさ、二度と会えないわけでもないし。凪裟と俺は似たところもあったから……そういう意味でも、凪裟にとっていい話だと思っているんだよ」
似たところ──身分を胸を張って言えなかったところだろうか。そうだとすれば、沙稀にとっては恭良以外の選択は、毛頭なかったのではないか。
凪裟に爽快感があふれるころ、
「そっか……凪裟、おめでとう」
と、物悲しそうな恭良の声が聞こえる。
凪裟は恭良の手から両手をするりと抜くと、今度は凪裟が恭良の両手を包む。
「ありがとうございます! 恭良様の幸せあふれるウエディングドレス姿、とっても楽しみにしています!」
凪裟は純粋にうれしかった。ずっと大好きで大切にしていたふたりが、同じように凪裟を思っていたと伝わってきて。
満面の笑みを凪裟は浮かべていたのに、対面する恭良は瞳いっぱいに涙をためている。──でも、懸命に恭良は笑おうとしていた。
だからこそ、凪裟は気づかないふりをした。『大好きです』と告げて、その場を立ち去る。──あとは、沙稀ならなんとかするだろう。
部屋へと戻る凪裟の足取りは、次第に重くなっていく。──本当は、まだ、凪裟は正式に婚約はしていなかった。
一種の賭けだ。
いくら吹っ切れたと思っていても、やはり沙稀の近くにいるのが辛い。
それに、もし、このまま捷羅と婚約に至らなかったとして。凪裟は鴻嫗城に居づらいと思っていた。
嘘をついた。
『捷羅の両親に会った』と、さも、気に入られたかのようにふたりに報告をした。それを、どの顔で『嘘でした』と言えるか。
王妃に会って、テストを受けてと言われたようなもので、その解答が未だなくて──テストは不合格だったと考えるのが無難だろう。捷羅はやさしいから、言い出せないだけで。
沙稀と恭良が結婚するまでには、決着をつけなくてはいけない。──そう思った途端に、捷羅からの連絡は何日か途絶えてしまった。
ふたりの結婚式は、半年後だ。それまでの間に、捷羅との答えを出さなくてはいけない。結婚するにしても、そうでないにしても。
鴻嫗城に身を寄せてから、不安なことは多くあった。けれど、姫である恭良と親友のように仲良くなれて、不安は薄れていった。遠目で沙稀を追いかけては、その姿にときめいて──色々あった。本当に。
かつて初恋を応援してくれた親友と、長年想っていた人が結ばれる。婚約したと聞いたときから、悲しみよりも、やっとかとスッキリした気持ちになって、ようやく見届けられた。満足感の方が、今はとても大きい。
恭良と沙稀を出迎えようと決める。踏ん切りがついた。報告したいことが、凪裟にはできた。
心にぽっかりと穴が開いたような感覚があるが、それは虚しさというよりは清々しさで。よく晴れた空が、とても気持ちいい。
「こんな気持ちでいられるなんて、思ってもいなかった」
誰に言うわけではなく、凪裟はポツリと呟く。その表情も、実に晴れやかで──。
凪裟がバルコニーへと向かうと、賑やかな声が聞こえてきた。それは、沙稀と双子と発表されていた瑠既の聞きなれない声で。おしとやかな控えめの笑い声は、恐らく、その婚約者の誄の声で。舌足らずのように話す、どこか甘い声は恭良の声で。そこには、すっかりやわらかい表情になった沙稀がいて──白い軍服は、なんて似合うだろう。
「恭良様!」
駆け出した凪裟に、きょとんとした面識のないふたりに、大臣がさりげなく何かを言っていた。ジュストコールを羽織った長身の男性が、豊満な胸元をジュエリーで埋めた女性とともに離れていく。
大臣も、そのふたりのあとを追って右手へと歩いて行き。沙稀は横目でそれを見ていたが、恭良のとなりからは不動で。恭良はにこやかに、凪裟へと手を振った。
「沙稀も! ふたりとも、本当におめでとうございます!」
凪裟は拍手をして心から祝福する。
「ありがとう!」
恭良は両手で、凪裟の両手をぎゅっと包む。華奢な恭良らしい細い指に、凪裟は照れる。
「ありがとう」
横からの声に、反射的に凪裟は顔を上げてしまう。──なんて、やさしい表情をするようになったのかと、心臓が止まりそうになる。
だから、つい、
「私、沙稀が鴻嫗城の王様になっても、それが元来だとしても、呼び方を変える気はないから!」
と、照れ隠しが出る。
すると、沙稀は『ふふふ』とさもおかしそうに笑って、
「いいんじゃない? 長年の友人なんだし。俺としては、今後も恭良が鴻嫗城の姫だという認識で変わりないから」
と、実に楽しそうで。
──いつから沙稀は『恭姫』と呼ばなくなったんだろう。
大いに違和感があっても、聞くのは野暮だとさすがの凪裟も思えば、そこには触れず。
「幸せそうで、なにより」
と、受け流し、本題へと入る。それは、『鴻嫗城を出る』ということ。告げれば、ふたりは驚いたような顔に変わって、凪裟はにこりと微笑み、捷羅と結婚することにしたと告げた。
「幸せになるの、私も」
「おめでとう」
沙稀の声は、驚きに包まれていて。祝いらしからぬ声のトーンに恭良は納得いかなかったのか、
「沙稀は、さみしくないの?」
と、口を膨らませる。
恭良のその言葉は、凪裟には意外で。──しかし、考えてみれば恭良にとって『友』と呼べるのは凪裟くらいで。そう思えば、じんわりと恭良の言葉が染みた。
恭良も、ずっと沙稀が好きだったはずだ。なにせ、沙稀が恭良の護衛になる前、凪裟がふと『沙稀だ』と名を呼んだときの反応はすごかった。名を知らないころから、きっと恭良は沙稀を見ていた。
それなのに、恋敵だと知って──凪裟は恭良に嫌われる覚悟だったのに、応援してくれると言った。あれは、もしかしたら。恭良は凪裟がいなくなったら、さみしいと、その一心だったのだろうか。姫と護衛は、本来は結ばれないのだから。
じんわりと恭良の思いを感じていると、ふと現実に戻るような沙稀の声が聞こえる。
「よき友と離れるのは、さみしいよ。だけどさ、二度と会えないわけでもないし。凪裟と俺は似たところもあったから……そういう意味でも、凪裟にとっていい話だと思っているんだよ」
似たところ──身分を胸を張って言えなかったところだろうか。そうだとすれば、沙稀にとっては恭良以外の選択は、毛頭なかったのではないか。
凪裟に爽快感があふれるころ、
「そっか……凪裟、おめでとう」
と、物悲しそうな恭良の声が聞こえる。
凪裟は恭良の手から両手をするりと抜くと、今度は凪裟が恭良の両手を包む。
「ありがとうございます! 恭良様の幸せあふれるウエディングドレス姿、とっても楽しみにしています!」
凪裟は純粋にうれしかった。ずっと大好きで大切にしていたふたりが、同じように凪裟を思っていたと伝わってきて。
満面の笑みを凪裟は浮かべていたのに、対面する恭良は瞳いっぱいに涙をためている。──でも、懸命に恭良は笑おうとしていた。
だからこそ、凪裟は気づかないふりをした。『大好きです』と告げて、その場を立ち去る。──あとは、沙稀ならなんとかするだろう。
部屋へと戻る凪裟の足取りは、次第に重くなっていく。──本当は、まだ、凪裟は正式に婚約はしていなかった。
一種の賭けだ。
いくら吹っ切れたと思っていても、やはり沙稀の近くにいるのが辛い。
それに、もし、このまま捷羅と婚約に至らなかったとして。凪裟は鴻嫗城に居づらいと思っていた。
嘘をついた。
『捷羅の両親に会った』と、さも、気に入られたかのようにふたりに報告をした。それを、どの顔で『嘘でした』と言えるか。
王妃に会って、テストを受けてと言われたようなもので、その解答が未だなくて──テストは不合格だったと考えるのが無難だろう。捷羅はやさしいから、言い出せないだけで。
沙稀と恭良が結婚するまでには、決着をつけなくてはいけない。──そう思った途端に、捷羅からの連絡は何日か途絶えてしまった。
ふたりの結婚式は、半年後だ。それまでの間に、捷羅との答えを出さなくてはいけない。結婚するにしても、そうでないにしても。
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