完結まで5話【女神回収プログラム ~三回転生したその先に~】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

文字の大きさ
上 下
144 / 383
清算と解放と

【77】幸せになった意味

しおりを挟む
 コンコンコン

 夕飯後、ノックが聞こえた。夕食の前に眠ったあと、目覚めるときに浮かんだあれは何だったのか──と思考していた忒畝トクセは現実に意識を戻す。
 顔を出したのは捷羅ショウラだ。
「父の意識が戻りました。忒畝トクセ君主がよろしければ、会っていただけないでしょうか?」
 忒畝トクセはうなずき捷羅ショウラに同行する。夕食の前に少し休んだのがよかったのか、体調は改善している。

 向かう先は、来たときに向かった場所──王の間。扉の前に到着すると、捷羅ショウラはていねいに会釈をして下がっていく。
 忒畝トクセも会釈を返しながら、やはり違和感が拭えない。父と息子の関係は希薄に思え、寂しい気持ちになる。──だが、抑える。案内されたのだから、貊羅ハクラを待たせるわけにいかない。
 忒畝トクセはノックをし、扉を開ける。中にはベッドの上で上半身を起こした貊羅ハクラがいた。
「ご気分は……いかがですか?」
「ありがとう。ごめんね、こんな姿のままで。久しぶりに会えて、うれしいよ」
 貊羅ハクラが無理に微笑む。苦しみで歪み、やつれた今でさえ整った顔立ちは美しい。
「私はね、思い残すことはないから。よかったんだよ、あのままで」
 諦めたような声の貊羅ハクラ
 忒畝トクセの眉間にしわが寄り、悲痛な思いを声に出す。
貊羅ハクラ様……何をおっしゃるのですか」
 父、悠畝ヒサセの最期の姿と重なり、忒畝トクセ貊羅ハクラの右手を両手で取り、握る。言葉を詰まらせる忒畝トクセに、貊羅ハクラは悲しそうな笑みを浮かべた。
「やさしいね。でも、本当にね、何も未練はないんだよ。かえって……向こうの方が会いたい人がいてね……」
「そんなに苦しい状態で、何がいいのですか。貊羅ハクラ様がこんなに苦しむことはないのです」
 こんなにやつれ、まして死の淵をさまよっていたことに対しても、忒畝トクセは責任を感じている。鴻嫗トキウ城でも、羅暁ラトキ城までも──そう思えば多くの人を巻き込んでしまったと。
 自責の念にかられている忒畝トクセに、貊羅ハクラはやさしく話す。
「それは違う……」
 まるで、自責している忒畝トクセを救うような、貊羅ハクラの言葉。
「それは……違うよ。私は苦しみながら死んでいくのが当然なんだ。私ほど、ひどい人間はいないのだから」
貊羅ハクラ様」
 忒畝トクセは更に表情を悲痛に歪ませる。──貊羅ハクラに何があったのかは、わからない。安易に慰めの言葉をかけるなど、忒畝トクセには到底できない。だからこそ、口を閉じることでなんとかもどかしさを封じようとする。
 すると、貊羅ハクラは意外にも幸せそうに笑って、こんなことを言った。
忒畝トクセ君。君を見ていると、悠畝ヒサセ君を思い出すよ」
 その表情はとても楽しそうで、忒畝トクセが美しさに見とれるほどで。やさしくやわらかな声とともに、夢心地になる。
「君が生まれてから悠畝ヒサセ君は変わってね。幸せに笑うことが多くなったんだよ」
「父が……ですか?」
 忒畝トクセには驚くことだ。幸せそうではない父の方が、想像できない。
悠畝ヒサセ君には、こんなにいい息子がいて幸せだね。君を見ていると悠畝ヒサセ君がとても幸せになった意味がよく伝わってくる」
 ふと、忒畝トクセは幼いころを思い出す。父、悠畝ヒサセに連れられて羅暁ラトキ城に来たときのこと。
 忒畝トクセが言葉の意味を理解せずに、ただ耳に流しているだけだったのに、あのときも貊羅ハクラはこんな風にやわらかな物腰で、やさしく微笑む美しい人だった。
「いつでもここに来てね。忒畝トクセ君とは、いつでも会いたい」
 幸せそうに笑う貊羅ハクラは、悠畝ヒサセと重なるほど、おだやかでやさしい。まるで、会いたかった父に会えたかのようで、忒畝トクセは声を弾ませる。
「はい」
 忒畝トクセはより強く手を握り、礼を言う。
「会えてよかったのは……僕の方です。ありがとうございます」

 そうして、王の間を退室しようとしたとき、貊羅ハクラの声がふいに聞こえた。
「ああ、でも。私の愛娘の哀萩アイシュウには近づかないでね」
「え?」
 忒畝トクセは再び驚き、思わず振り向く。
 そんな忒畝トクセの反応などお構いなしに、貊羅ハクラは微笑んで手を振っていた。またね、と親しい友人との別れかのように。その姿はあまりに無邪気で、幸せそうで、美しくて。
 忒畝トクセは理解できないまま、
「はい」
 と、了承する。
 苦笑いしかできなかったが、感謝で胸を満たし退室した。

 貊羅ハクラは、公の場にあまり姿を現さない。王位にいるのは貊羅ハクラなのに、公の場に姿を現すのはいつのころからか嫡男の捷羅ショウラだ。
 捷羅ショウラは公の場で要領がいい。ただ、体よく接するのは否めないが、人間関係を無難に済ますなら必要なこととも言える。双子の羅凍ラトウとは真逆だ。羅凍ラトウは要領や無難という言葉と程遠い。どちらかといえば、考えるより口が出るタイプで、よく言えば偽りがなく情があるように感じる。だからこそ、沙稀イサキ充忠ミナルとも交流が深いのだろう。冗談を言いやすくて、探り合いをせずにいられるから付き合いやすい。
 だが、忒畝トクセには捷羅ショウラの気持ちもわからなくはない。どちらかと言えば、忒畝トクセ羅凍ラトウよりも捷羅ショウラの方が近いタイプだと感じている。一歩引いている捷羅ショウラには、忒畝トクセも一歩踏み込んでいけない。それだけだ。
 貊羅ハクラが公の場に姿を滅多に現わさなくなった理由は知らない。それこそ、悠畝ヒサセが他界してからは皆無かもしれない。
 王位を貊羅ハクラが死守しようとも、捷羅ショウラが奪おうとしているようにも感じられないが──羅暁城ココに来てから伝わってくる違和感は、父と息子の溝なのだろうか──と、忒畝トクセは仮説を立てる。

 それと、もうひとつ。
 貊羅ハクラが妙なことを言っていた。
「愛娘……」
 ぼんやりと言葉が出るが、これにも違和感しかない。
 哀萩アイシュウとは面識はないはずだと忒畝トクセは記憶を辿る。そうして何度か繰り返し、ようやく聞いたことがあると思い当たる。
 ──あれは、十五歳のときだ。父さんの勧めで一ヶ月の講義を開いたとき。
 本来なら『哀萩アイシュウ』も来ると、その名を確かに悠畝ヒサセから聞いていた。羅凍ラトウと一緒に羅暁ラトキ城から来ると聞いていたのに、結局は来なかった。急遽、都合が悪くなったと──『哀萩アイシュウ』の名を聞いたのは、それきりだ。
 いや、他にも聞いたような気がした。なんだったかと忒畝トクセは記憶を早送りしていく。
 ──あれは……確か羅凍ラトウが話をしていたような……。
 ぼんやりとしか思い出せない記憶に考えがまとまらない。そのとき、視界に見知った人物が飛び込んできた。

 羅凍ラトウだ。前方に羅凍ラトウの姿がある。あの真っ赤なマントは間違えようがない。──その姿は忒畝トクセを待っていたように見えて、駆け寄る。
 すると、羅凍ラトウ忒畝トクセに会釈をした。
「ありがとう」
 忒畝トクセは首を振る。
「間に合ってよかった」
 その言葉に羅凍ラトウは『そうだね』と言う。落ち着きを払う笑顔は、安堵からの微笑みに忒畝トクセには見えた。
「また、昔みたいに……皆で集まって話せる機会があれば楽しいんだろうね」
 忒畝トクセは昔を懐かしむ。それは、現状では互いに難しくなってしまったことだが、『いつがいいかな?』と羅凍ラトウ忒畝トクセの厚意を受け止めた。
「そういえば」
忒畝トクセは知っている?』と羅凍ラトウは続けた。それは、忒畝トクセにはドキリとする話で。──羅凍ラトウが口にしたのは、四戦獣シセンジュウ伝説と、絵本童話の話だった。
「前に凪裟ナギサが伝説を知りたいって兄上に話したみたいでさ、鴻嫗トキウ城に四戦獣シセンジュウ伝説を話しに行ったことがあるんだけど」
 話を聞きながら、『なるほど』と忒畝トクセは思う。恭良ユキヅキたちが突然、克主ナリス研究所に来たのはそういうことだったのかと。
梓維大陸ココにはどっちも言い伝えが残されているんだけど……梛懦乙ナジュト大陸には絵本童話、楓珠フウジュ大陸には伝説が残っていると聞くからさ。やっぱり凪裟ナギサが伝説を知らなかったみたいに、忒畝トクセは絵本童話は知らないの?」
 羅凍ラトウにとっては、単なる世間話だ。それ以上でも、それ以下でもない。けれど、忒畝トクセに嫌な予感を覚えさせる。
 突如、再動したかのようだった四戦獣シセンジュウ伝説。この予感が正しいのなら、絵本童話も無関係には思えない。
「そうだね」
「じゃ、忒畝トクセが今度向こうに行ったら、見せてもらえるように沙稀イサキ様に話してみるよ。あれは俺も初めて最近手に取ったけど、なんか、感動するから」
 感動──それは忒畝トクセには想定外の言葉で。羅凍ラトウがそう感じるのであれば、胸騒ぎを起こさせるようなものではないだろうと忒畝トクセは解釈した。
「わかった。よろしくね」
 久しぶりに会った旧友とのかけがえのない時間──結局ふたりは忒畝トクセの客間の前まで、時を気にせずに会話を楽しんだ。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます

柚木ゆず
恋愛
 ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。  わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?  当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。  でも。  今は、捨てられてよかったと思っています。  だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...