【女神回収プログラム ～三回転生したその先に～】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

清算と解放と

★【７５】苦しみと解放

　忒畝トクセはしばらくまぶたを閉じて、間もなく迎えようとしている終わりを噛みしめる。
　このときを昔から願っていた。しかし──。
　緊張感の先にあるものは、柵シガラミから解放されたという安堵だと思っていた。けれど、今の感情はそれとはかけ離れている。深い悲しみだ。
　今度は上着の左側に入っている注射器を握る。
「僕が母さんから『刻水トキナ』を……『四戦獣シセンジュウ』から開放したように、竜称カミナ、君を……。覚悟は、いいね？」
「覚悟がいるのはお前の方だろう、忒畝トクセ」
「覚悟なんて、ずっと昔にできている」
　上着から注射器を取り出し、蓋を外す。その手は迂闊にも慣れた手つきとは言えないほどで、なんとも忒畝トクセらしくない。
　だからこそ、竜称カミナがいつものように笑う。
「嘘を言え、手が震えているぞ」
「嘘じゃないさ」
　不思議と懐かしさを覚える。竜称カミナとは、ずっとこういうやりとりをしてきた。互いに互いが相容れないような──それが、最後の最後になって、こんな戦友のようになるとは思ってもみなかった。
　忒畝トクセは注射器から空気を抜く。
「もう……終わりにしよう」
　おだやかな声は、わずかに震えている。過去生から望んでいたはずの終止符。こういう終止符を望んでいたわけではないが、現世では、これが最善だ。
　竜称カミナに視線を移す。竜称カミナは涙を落としながら微笑んでいた。恐らく、竜称カミナも忒畝トクセと似た思いなのだろう。忒畝トクセにやるせなさが募る。
「どうだ？　昔から恐れていた私を葬る気持ちは」
　おだやかだ──実に。それは、死を受け入れているからこそで。
　──ああ、誰よりも『女悪神ジョアクシン』の血から解放を願っていたのは、竜称カミナだったのかもしれない。
　長い間苦しみ見守り、見届け、ひとりで最後まで『復讐』を演じていた。誰にも見届けられることも、理解されることもないままに果てていくつもりだったのだろう。
　ならば、よかったのか──今の竜称カミナは安堵しているようにも見える。

「もう……終わるから」

　聞こえないほどのちいさな音と同時に、セルリアンブルーの液体を竜称カミナの腕の中に注ぎ込む。忒畝トクセは最期の瞬間を刻み込むかのように凝視する。
「いいんだよ。もう、大丈夫だから。君の責任はすべて果たされたから。君が、どんなにやさしい人か……『聖蓮セイレン』に戻っても、母さんは覚えていたよ」
　注射器を抜くと、竜称カミナはふらふらと体が揺れ始めた。意識が朦朧としているのか、次第に焦点が合わなくなっていく。
　竜称カミナの腕を支える忒畝トクセは、違和感を覚えた。手元を見れば、徐々に竜称カミナの長い腕や指先が縮まっていく。それは、ゆっくりと竜称カミナが人の姿を取り戻し始めている証拠で。胸をなで下ろし、忒畝トクセは見守る。
「ゆっくりとおやすみ。永く眠るといいよ」
　竜称カミナの体をまとう毛が薄くなって皮膚が露わになってきたとき、キラキラとちいさな光が輝き、集まり、煌めく。強い光に竜称カミナの姿が覆われ、見えなくなる。その中で、ふと竜称カミナはおだやかな表情を浮かべた。
「ありがとう、忒畝トクセ」
　その声は、しなやかな気品あふれる、やさしい声で。永い間、竜称カミナを縛りつけた『力』が解き放たれているのだろう。
「おやすみ、竜称カミナ」
　忒畝トクセの目の前には、ただの少女がいた。その少女は涙を落としながら、安堵しているかのように微笑んでいる。
　次の瞬間、和らいだ表情の周囲に閃光が走った。目がくらむような激しい光が広がり、忒畝トクセは思わずまぶたを強く閉じる。

　だが、それはあまりにも短い間で。すぐにその強烈な光を感じなくなり、幻かのような感覚を覚えつつ忒畝トクセは目を開ける。
　竜称カミナは六百年の時を取り戻したのだろう。目の前には、ちいさな光がゆらめくだけで──竜称カミナは、静かに消えていた。






















【キャラクター紹介】
竜称カミナ
※昔描いたイラストをデジタルで塗ったものです。（アナログだけもアリ）描き直す予定ですが、参考まで※

（アナログのまま）

竜称カミナと龍声リュウナ

竜称カミナ※数年前に描き直したイラスト。加工で色が飛んでいる……。