完結まで5話【女神回収プログラム ~三回転生したその先に~】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

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兄と罪、罪と弟

【65】一秒でも長く

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「どうして?」
「どうしてって?」
 きょとんと聞き返す捷羅ショウラに悪気はない。
 哀萩アイシュウの顔に嫌いなものを噛んだかのような表情が浮かぶ。渋々、哀萩アイシュウは更に言いにくい言葉をなんとか発していく。
「その……相性があると言うし。捷羅ショウラはそういうの、大事にしそうって……思っているから、その……」
「相性、か」
 捷羅ショウラは天井を見上げる。ぼんやりと空でも見上げているかのような、どこか遠くに視線を投げる。
 ぼんやりしている捷羅ショウラ哀萩アイシュウは見つめた。すると、しばらくしてクスクスと捷羅ショウラは笑う。
 そうかと思えば、今度は哀萩アイシュウを見て──にっこりと微笑む。
哀萩アイシュウ以上に相性のいい人はいないと思うよ?」
「もう」
 意味深に言う捷羅ショウラに、哀萩アイシュウは頬を膨らませる。その頬は苺のように赤い。
「あはは……でも、哀萩アイシュウはどうだろうね? 一度くらい羅凍ラトウに抱かれてみたら?」
「悪趣味ね」
「だって、哀萩アイシュウは……」
「私は、捷羅ショウラのことが好きよ」
 まっすぐな視線を向けて哀萩アイシュウはキッパリ言うと、捷羅ショウラの唇を唇で塞ぐ。強引な行動は無味だが、無意味ではない。
 脈が二拍打ったころ、哀萩アイシュウはスッと唇を離す。そうして、再び捷羅ショウラをまっすぐと見て、問う。
「信じてないの?」
「信じているよ」
 悪びれる様子もなく捷羅ショウラは微笑み、哀萩アイシュウの頬に唇をソッと落とす。──単にあいさつだ。
『またね』と行動で示し、捷羅ショウラはそっけなく出て行く。



 扉が空間を区切る。廊下に出れば、これまでいた場所と一切を遮断しかたのように──捷羅ショウラはまるで何事もなかったかのように、平然と羅暁ラトキ城の廊下を歩く。

 自室に戻れば凪裟ナギサに電話をして、また数日経てば哀萩アイシュウと一夜を過ごして。また凪裟ナギサに電話をする。

 射止めたい人に電話をしても、結果を伝えるに至らず。いや、射止めたいからこそ、言えずにいて。

 消化できない思いを、哀萩アイシュウの肌で汗とともに流し、繰り返す。──そんな月日が過ぎて。また黒いカーテンが光を拒むかのような部屋にいた捷羅ショウラは、唐突な言葉を聞く。
「え?」
 それは、父、貊羅ハクラが倒れたという知らせで。捷羅ショウラ羅凍ラトウも父から呼ばれなければ部屋には入れないが、哀萩アイシュウは別だ。
 養女と言えども、貊羅ハクラにとって哀萩アイシュウは特別。それも、段違いに。そう、哀萩アイシュウだけが自由にいつでも貊羅ハクラの部屋に出入りができる。
「母上は……知っているの?」
「さあ? え、まさか、私からは言えないわよ」
 捷羅ショウラ愬羅サクラのことを言っただけで、哀萩アイシュウはたじろぐ。──それはそうだ。哀萩アイシュウは、愬羅サクラを恐れているのだから。
 哀萩アイシュウの返答をそうだねと言うように、捷羅ショウラは二度うなずく。そうして哀萩アイシュウの頬に唇と落とし、黒いカーテンに背を向けた。



 哀萩アイシュウの部屋を出て向かったのは、貊羅ハクラの部屋。倒れているのが本当ならば、貊羅ハクラ捷羅ショウラを拒みたくても拒めないだろう。
 哀萩アイシュウの言葉を信じないわけではない。けれど、母に報告するならば、捷羅ショウラは自らの目で確認する必要がある。

 重厚な扉の前に立ち、ノックをする。

 返答を待つが、辺りには静寂が流れたまま。もし、貊羅ハクラが倒れているならば、寝込んでいて返答できる状態ではないのだろう。
 もし、寝込んでいるなら──世話をする使用人が出入りしやすいように、鍵は開いているはず。

 ドクン──捷羅ショウラの胸が高鳴る。
 父と、いい思い出などない。

 念願が叶って、羅凍ラトウと二度目に会えたとき──貊羅ハクラ悠畝ヒサセの質問に曖昧に答えていた。

『ねぇ、貊羅ハクラくんの息子は、六歳……だっけ?』
『え? あぁ、そう……かな』

 こんな、息子の年齢すら覚えていない父親が、他にどこにいるだろうか。
 忘れもしない──結局、あの日も貊羅ハクラ捷羅ショウラとも、羅凍ラトウとも目を合わせなかった。

 ドアノブに手を伸ばす。鼓動を強く感じながら。

 あれは、禾葩カハナがこの世を去って、しばらくしてからのことだ。母の期待にも応えられなかったと窒息しそうになりながらもなんとか呼吸をして生きながらえて。それでも、どうにかして母の期待に今後応え、城を継げば──貊羅ハクラも振り向いてくれるのではないかと、心の奥深くに持っていた期待を、たったいくつかの言葉で打ち砕かれた。
 耳を疑いながら脳裏に通過した貊羅ハクラの言葉は、これまでの貊羅ハクラの言動を理解するのに妙に納得がいって。腑に落ちて。
 初めて、貊羅ハクラをしっかりと見つめた。あふれ出た憎しみを瞳にためて──。

『貴男が、俺たちのことを愛してくれていない理由が……ようやくわかりました』

 捷羅ショウラは自身で言いながら、どこか他人が言っているような気がしていた。そのあとは、どこかプツリと切れてしまったかのように──戻れなくなってしまった。
 犯した罪は、重罪だったと自覚はあった。けれど、思ってもいなかった加重が降ってきて──苦しみが増した。
 だから、捷羅ショウラは繰り返す。貊羅ハクラが一番大事にしているものを、壊すのを。羅凍ラトウが愛しているものを、奪うのを。母が憎しんでいるものを、憎しむことを。──存在するものを存在しなければと望み、家族が『家族』と再生できるような幻に囚われてしまって、実態を幻影であればいいと願って切り刻む。
 見えない鮮血は、聞こえない悲鳴は、上がり続けているのに──やめられず、近頃では加速している。

 ドクンドクンと高鳴る鼓動を抑えきれないまま、捷羅ショウラはドアノブを押す。すると、重い扉はずっしりとしながら開いていく。
 尚も高鳴り続ける鼓動。
 呼吸がしにくくても、窒息しそうだったあの日々に比べたらなんてことはない。

 室内には、かすかな光が灯っている。
 一歩一歩と歩けば、視界が一歩また一歩と広がってくる。

 やがて、大きなベッドの前に辿り着く。
 聞こえてくるのは安らかな眠りではなく、呼吸しにくそうなザワザワとした吐息。
 捷羅ショウラは吐息の聞こえる間近まで足を伸ばし、醜いものを見るように見下す。
「苦しいですか? 母上も、俺たちも、長く長く苦しんだんです」
 人は、最後に聴覚が残るという。それを知っていて、捷羅ショウラはわざわざ言葉を紡ぐ。
「一秒でも長く、苦しんでくださいね」
 苦しみに耐える貊羅ハクラのまぶたが、かすかに動いた気がした。



 翌日、捷羅ショウラは母の部屋を訪ね、報告をする。直後、愬羅サクラは顔面蒼白にし、慌ただしく走って行った。
 愬羅サクラは、やはり貊羅ハクラが倒れたことを知らなかったのだろう。
 貊羅ハクラ愬羅サクラを見たがるとは思えない。あんな状態になっても、きちんと使用人に愬羅サクラに言わないようにと告げていたに違いない。

 愬羅サクラは、貊羅ハクラの面倒を甲斐甲斐しくみるだろう。捷羅ショウラは、今度は哀萩アイシュウにそれを報告しにいく。
 愬羅サクラ哀萩アイシュウが鉢合わせをしたら、展開するのは地獄絵図。ただし、この期に及んでも捷羅ショウラが庇いたいのは愬羅サクラだ。

 一週間が経ち、二週間が経ち──捷羅ショウラから見て、愬羅サクラはやつれていった。
 父の状態は思わしくないのだろう。だが、捷羅ショウラにとっては、どうでもいい。ただ、母のやつれていく姿を見たまま放置は──できない。

 父を助けたくはない。苦しみ、苦しみに沈んでいけばいい──これは、捷羅ショウラの本心だ。けれど、母を苦しみ続けさせたくはない。

 共倒れか、救うかしかない二者択一で、捷羅ショウラの出した結論は──。



 捷羅ショウラは城内を走る。もしかしたら、宮城研究施設の辺りにいるかもしれないと願いながら。その人物は──。
羅凍ラトウ
 案の定、愛しの人物に会いに行こうとしているところだった。
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