【女神回収プログラム ～三回転生したその先に～】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

兄と罪、罪と弟

★【６２】女帝

　愬羅サクラは捷羅ショウラを見送ってから、自室で凪裟ナギサを連れて来るのを待っていた。
　忘れもしない、捷羅ショウラが初めて愬羅サクラに意見した日を思い出しながら。

　あれは、禾葩カハナがこの世を去ってしばらくしてからだ。
　羅暁ラトキ城には親族専用の大浴場がある。けれど、捷羅ショウラはずっと自室の浴場を使用していた。それに気づいた愬羅サクラは顔面を蒼白にし、捷羅ショウラを自室から連れ出す。そこは、捷羅ショウラが国王になってから使用する予定の部屋で。
「ここを、今日から使用しなさい」
　と告げたにも関わらず、当の本人には生気が感じられず。
　焦った愬羅サクラは大きなテーブルの前に捷羅ショウラを座らせると、
「ちょっと、このまま待ちなさい。……待っているのよ！」
　と、返事のない捷羅ショウラに念押しをして、いつになく廊下を走り。乱れる髪も、衣服も気にせずに自身の部屋を漁り。散らかり放題にして、あるものを抱え一刻を争うかのように再び捷羅ショウラのもとへと戻った。
「ほら、どう？　この子とか、この子とか……いえ、この子がいいかしら！」
　次々に見合い写真を捷羅ショウラの前に広げる。それでも、捷羅ショウラの虚ろな目は変らず、愬羅サクラの気は焦るばかりで──捷羅ショウラは愬羅サクラにとって、いい息子だった。不満を言わず、はいと了承の返事を笑顔でする。素直で聞き分けがよくて、愬羅サクラがダメと言えばすぐに謝る。行動も正す。学力も愬羅サクラの求めるものに達していないと判定されれば、寝る間を惜しまずに努力する。だからこそ、愬羅サクラは期待していた。捷羅ショウラは、裏切らないと。
「母上」
　ようやく捷羅ショウラが口を開いて。愬羅サクラは口元がゆるみかけた。──が、続いた言葉に、愬羅サクラはドキリとする。
「お願いがあります」
　今の今まで、捷羅ショウラが愬羅サクラに何かを願ったことなどない。これまで、愬羅サクラの言うことに、すべて『はい』と言ってきた。もちろん、意見を言うなどなかったわけで。
　愬羅サクラはこの期に及んでも、捷羅ショウラが無理なことを言うはずがないと高を括っていた。
「な、なにかしら？」
　ひきつる愬羅サクラの笑顔。
　その笑顔に向けられる、無表情の瞳。
「次・の・結婚相手は、自分で選ばせて下さい」
　愬羅サクラは、呆気にとられた。もしかしたら『勝手にしろ』と、『どうでもいい』と──貊羅ハクラのときのように──言われるのではないかと怯えたから。
　きょとんとしていたら、再び捷羅ショウラの視線は下がり。それは、望んではいけなかったかと思っているかのようで。
「い、いいわ」
　ただ、捷羅ショウラを引き留めていたくて、愬羅サクラは咄嗟に返事をした。すると、捷羅ショウラの瞳は上がって。疑うような視線を向ける。
「なによ。いいわよって言ったのよ？　聞こえなかったかしら」
　フンと視線を背け、乱れた髪を、服を気にする。
　愬羅サクラからすれば、『次は』と捷羅ショウラが言うのであれば、また結婚をする気があるという判断で。もう結婚したくないとか、継ぎたくないとか、言うことを聞きたくないとか、そういうことを言われるよりは断然歩み寄れる範囲で。
　こんな状態になっても、捷羅ショウラは愬羅サクラを見捨てない。それがわかっただけで充分だった。
「いいえ、きちんと聞こえました。……ありがとうございます」
　頭を下げた捷羅ショウラを横目で見て、愬羅サクラは扇子を広げて口元を隠す。
「やめなさい。貴男は羅暁ラトキ城の国王になる人ですよ？」
　捷羅ショウラが頭を上げれば、愬羅サクラはどこか気恥ずかしそうで。落ち着かなさそうに、こう言った。
「ただし。あまり待たせるようなことは、しないでちょうだいね」
　鼻を鳴らして部屋を出る。優雅に、扇子を仰ぎながら。

　あのとき、捷羅ショウラは何を思っていたのか。絶望ではなかったことだけは確かで。
　国のことは愬羅サクラが一任している。羅暁ラトキ城は城下街を抱える商いを回す国。その他にも、梓維シンイ大陸の統治までしている。捷羅ショウラが行う公務は、愬羅サクラの握っている量から考えれば僅かと言っていい。
　国王になる捷羅ショウラには、それがわかっているのか。ただ、一国の姫だった愬羅サクラの苦労を感じ取っているのか。捷羅ショウラはただただ、いい息子だった。

　ひとつ、難を上げるなら、火遊びをし過ぎただろうということで。
　ひとつ、難を上げるなら、待たされたということで。

　いや、そのくらいのこと、愬羅サクラは笑って流せる。けれど、捷羅ショウラが凪裟ナギサを選んだことだけは、難癖をつけないと気が済まなかった。

　貊羅ハクラの愛をもらえなかったとはいえ、嫁いだ責務を果たし。国民をも見捨てるかのように、国務を放棄しようとした貊羅ハクラに変わって必死に、それこそ死ぬ思いで傾きかけた羅暁ラトキ城を立て直してきた。
　国務だけでも手が回らないのに、子育てをふたりいっぺんになど到底できない。けれど、嫡男には、後継者としての自覚を持ってもらわなければ意味がない。二男に野心を持たれても意味がない。
　愬羅サクラは王ばかりの大陸で、なめられては統治などできないと女帝と化した。己のせいで惚れた人の城を潰すなどしたくないという一心で。

　それなのに、捷羅ショウラの選んだ人物は──。

　愬羅サクラは凪裟ナギサを前にして、足元から顔までを舐めるようにじいっと見つめる。






















【キャラクター紹介】

愬羅サクラ
※2014年に描いたイメージ画です。描き直す予定ですが、参考まで※

女　41歳　Ａ型
髪：黒檀　瞳：黒檀　170㎝　右きき
梓維シンイ大陸　羅暁ラトキ城　王妃