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前世との決別
【Program3】1(1)
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灯台下暗しとは、まさにこのことだ。女悪神の力を制御するのに、女悪神の男の血が必要なら、男が産まれにくい理由や短命なことも種の保存の原理からすれば納得できる。なるほどとしか言葉が出ない。
必要なものがわかれば、方法は自ずと導かれる。──血清だ。応用すれば、力からの解放もできるようになるかもしれない。忒畝が望むことは、制御よりも解放。より体に負荷のかからない方法を選びたい。
ただし、忒畝には不安なことがひとつ。果たして、自身の血がまだ使える状態なのかどうか。採血は、黎馨の来る直前にしていて、結果は悪いとしか言えなかった。
不安はあるが、挑戦するしかない。忒畝しかいないのだから。──けれど、別の不安も過ぎる。父や母はともかく、他の人の前で自身の血の色をさらしたことはない。ただ、協力を要請した以上、今更拒否をするわけにもいかないだろう。
心が揺れる。──それでも。
「黎馨、ありがとう。早速取りかかろう」
忒畝の答えはひとつ。
元々、手詰まり状態だった。可能性がわずかでもあるのであれば、始めるしかない。
「はい!」
喜びにあふれる黎馨の声と表情が、忒畝を更に後押しする。──よくよく考えてみれば、黎馨は琉菜磬のそばにいた。それならば、琉菜磬の血を見たこともあっただろう。好奇の目を気にする必要はないかもしれない。
まずは、採血の準備にかかる。
──血清もその応用も、すぐにうまくはいかないかもしれない。
そう懸念すれば、一滴でも多くほしい。足りなくてまた取るには、時間も手間もかかる。幸い、全面的に頼れる助手がいる。ここは無理のし甲斐があると判断すれば、忒畝に迷いはない。
黎馨は忒畝の用意した採血バッグの量を見て、疑いの眼差しを向けた。
それに返すのは、笑み。
黎馨がどうにか思いを言葉にしたくても、それらを呑み、忒畝の心意気にただ感謝するしかない。
こうして始まる採取。ベッドの前にちいさなテーブルを置き、その上に採血バッグと採血の道具を載せたトレーを置く。
忒畝はベッドの上に座り自身の右腕、血管の上をアルコールを含んだ脱脂綿で拭く。手慣れた手つきで針を刺す。針の固定と採血バッグの取り付けを黎馨が行う。
黎馨が背を向けている間に、細いチューブを上がっていく血液。その色を見て、忒畝は驚いた。──以前に採血したときは群青と言うべき色だった。けれど、チューブに流れていく色は、一般的な青と呼べる色に戻っている。
ふと黎馨を見上げると、それを可否の判断と思ったようで。黎馨は忒畝にただ、にっこりと微笑んだ。
安堵──その一言では言い表せない安心感。血が使い物になるという安心でもあり、一歩前進したという安心でもあり、好奇の目を向けられなかったということでもあり、失敗作ではないという肯定でもあり、妹を母を救えるという達成感でもあり、それは色んな感情が混ざったものであって。
眼鏡を外して、フワリとベッドに身を委ねる。
──ああ、よかった。
まだ達成してはいないが、張り詰めていた緊張が一気にゆるんでいく。ウトウトすれば、ふんわりとあたたかいものが頭をやさしくなでて。こういう感覚は、いつ振りか。
──そうだ、まだ父さんが元気だったころ。
そうして父を思い出しているうちに、忒畝は眠りへと落ちていく。
夕日が毒々しいほどに赤い。色濃くにじむ赤を見つめているのは、克主だ。
『もう、これで本当にさようなら。夢は、おしまい』
夢現に聞いた言葉が浮かんでいるようなうつろな柳葉色の瞳。琥珀色の髪は寝ぐせがついている。──刻水は、すでにいない。
足を引きずって半ば無意識のように歩きだす。フラリフラリと。
克主が研究所に戻ると、待ちわびていたかのような人々が殺到し、取り囲む。
「君主、貴男しか人々を守れる人はいない」
「どうにか『四戦獣』を殺めてほしい」
助けを求め、すがりつく村人たち。
「その話は、何ヶ月も前からまだ準備中だと……」
「いや、今すぐに!」
「もう待てない!」
村人たちは我先にと言わんばかりに叫び、克主の言葉を抑え込む。
「私たちは平穏な日々をはやく取り戻したいんだ!」
克主はグッと右手を握る。震えるほど。左手も強く握り、叫びたい気持ちを必死に抑えているのか。──それは、誰もが同じ気持ちだと。
「今晩、一夜だけ。時間をください」
その夜、克主は苦悩していた。
「僕は、彼女たちを『人』の姿に戻したい」
一本の巻物と、何十枚の呪符を前にして、克主は呟く。
「この解決策は完成していない」
積み上げられた本に囲まれて。
「現状のままで術を彼女たちにかければ、死を与えてしまうかもしれない。それは、僕の望むこととは違う」
何冊も何冊も広げて並べる。これは、順番なのか。けれど、何ヶ所か飛ばしたように空いた場所。漁るように本を新たに広げては、血眼で何かを探している。
「村の人たちは、いざとなれば自爆行為すら厭わないかも知れない」
埋まらない空白。髪をグシャグシャにして頭を抱えるその形相は、悲しみと怒り。
「彼女たちは自ら存在を消そうとしている……」
刻水の言葉から察した不安。
明りも灯さぬ部屋の中で、克主は月に救いを求めるように、ソッと窓に近寄る。見上げれば、昨夜より微かに欠けた月。
「あの教会で十字架を見上げたときと、僕は何も変わっていないのか。彼女たちを救いたいと願っていても、僕は……」
あのとき、掲げられた十字架に深く頭を下げたときのように、克主は受け止めようしている。封印する場所は決めているようだ。研究所のすぐ近くにある森の中の塚。
刻水と少しでも近くに、そばにいられるようにと克主は望んでいたのか。いや、万が一のときの責任は、取れるようにと選んだのか。
「未完成の術を……彼女たちに。一度、封印を。今の最善の方法は、これしかない」
必要なものがわかれば、方法は自ずと導かれる。──血清だ。応用すれば、力からの解放もできるようになるかもしれない。忒畝が望むことは、制御よりも解放。より体に負荷のかからない方法を選びたい。
ただし、忒畝には不安なことがひとつ。果たして、自身の血がまだ使える状態なのかどうか。採血は、黎馨の来る直前にしていて、結果は悪いとしか言えなかった。
不安はあるが、挑戦するしかない。忒畝しかいないのだから。──けれど、別の不安も過ぎる。父や母はともかく、他の人の前で自身の血の色をさらしたことはない。ただ、協力を要請した以上、今更拒否をするわけにもいかないだろう。
心が揺れる。──それでも。
「黎馨、ありがとう。早速取りかかろう」
忒畝の答えはひとつ。
元々、手詰まり状態だった。可能性がわずかでもあるのであれば、始めるしかない。
「はい!」
喜びにあふれる黎馨の声と表情が、忒畝を更に後押しする。──よくよく考えてみれば、黎馨は琉菜磬のそばにいた。それならば、琉菜磬の血を見たこともあっただろう。好奇の目を気にする必要はないかもしれない。
まずは、採血の準備にかかる。
──血清もその応用も、すぐにうまくはいかないかもしれない。
そう懸念すれば、一滴でも多くほしい。足りなくてまた取るには、時間も手間もかかる。幸い、全面的に頼れる助手がいる。ここは無理のし甲斐があると判断すれば、忒畝に迷いはない。
黎馨は忒畝の用意した採血バッグの量を見て、疑いの眼差しを向けた。
それに返すのは、笑み。
黎馨がどうにか思いを言葉にしたくても、それらを呑み、忒畝の心意気にただ感謝するしかない。
こうして始まる採取。ベッドの前にちいさなテーブルを置き、その上に採血バッグと採血の道具を載せたトレーを置く。
忒畝はベッドの上に座り自身の右腕、血管の上をアルコールを含んだ脱脂綿で拭く。手慣れた手つきで針を刺す。針の固定と採血バッグの取り付けを黎馨が行う。
黎馨が背を向けている間に、細いチューブを上がっていく血液。その色を見て、忒畝は驚いた。──以前に採血したときは群青と言うべき色だった。けれど、チューブに流れていく色は、一般的な青と呼べる色に戻っている。
ふと黎馨を見上げると、それを可否の判断と思ったようで。黎馨は忒畝にただ、にっこりと微笑んだ。
安堵──その一言では言い表せない安心感。血が使い物になるという安心でもあり、一歩前進したという安心でもあり、好奇の目を向けられなかったということでもあり、失敗作ではないという肯定でもあり、妹を母を救えるという達成感でもあり、それは色んな感情が混ざったものであって。
眼鏡を外して、フワリとベッドに身を委ねる。
──ああ、よかった。
まだ達成してはいないが、張り詰めていた緊張が一気にゆるんでいく。ウトウトすれば、ふんわりとあたたかいものが頭をやさしくなでて。こういう感覚は、いつ振りか。
──そうだ、まだ父さんが元気だったころ。
そうして父を思い出しているうちに、忒畝は眠りへと落ちていく。
夕日が毒々しいほどに赤い。色濃くにじむ赤を見つめているのは、克主だ。
『もう、これで本当にさようなら。夢は、おしまい』
夢現に聞いた言葉が浮かんでいるようなうつろな柳葉色の瞳。琥珀色の髪は寝ぐせがついている。──刻水は、すでにいない。
足を引きずって半ば無意識のように歩きだす。フラリフラリと。
克主が研究所に戻ると、待ちわびていたかのような人々が殺到し、取り囲む。
「君主、貴男しか人々を守れる人はいない」
「どうにか『四戦獣』を殺めてほしい」
助けを求め、すがりつく村人たち。
「その話は、何ヶ月も前からまだ準備中だと……」
「いや、今すぐに!」
「もう待てない!」
村人たちは我先にと言わんばかりに叫び、克主の言葉を抑え込む。
「私たちは平穏な日々をはやく取り戻したいんだ!」
克主はグッと右手を握る。震えるほど。左手も強く握り、叫びたい気持ちを必死に抑えているのか。──それは、誰もが同じ気持ちだと。
「今晩、一夜だけ。時間をください」
その夜、克主は苦悩していた。
「僕は、彼女たちを『人』の姿に戻したい」
一本の巻物と、何十枚の呪符を前にして、克主は呟く。
「この解決策は完成していない」
積み上げられた本に囲まれて。
「現状のままで術を彼女たちにかければ、死を与えてしまうかもしれない。それは、僕の望むこととは違う」
何冊も何冊も広げて並べる。これは、順番なのか。けれど、何ヶ所か飛ばしたように空いた場所。漁るように本を新たに広げては、血眼で何かを探している。
「村の人たちは、いざとなれば自爆行為すら厭わないかも知れない」
埋まらない空白。髪をグシャグシャにして頭を抱えるその形相は、悲しみと怒り。
「彼女たちは自ら存在を消そうとしている……」
刻水の言葉から察した不安。
明りも灯さぬ部屋の中で、克主は月に救いを求めるように、ソッと窓に近寄る。見上げれば、昨夜より微かに欠けた月。
「あの教会で十字架を見上げたときと、僕は何も変わっていないのか。彼女たちを救いたいと願っていても、僕は……」
あのとき、掲げられた十字架に深く頭を下げたときのように、克主は受け止めようしている。封印する場所は決めているようだ。研究所のすぐ近くにある森の中の塚。
刻水と少しでも近くに、そばにいられるようにと克主は望んでいたのか。いや、万が一のときの責任は、取れるようにと選んだのか。
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