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伝説の真実へ

【Program2】5

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 悲痛な声が荒れ果てた戦野に響く。
 聞き覚えのある声。ただし、その姿は変わり果てている。腕や足からは白緑色の毛が濃く生え、爪は長く。地についている両手の指も、伸びる腕も異様に長い。以前の面影は、極僅かだ。
 座って泣きわめいている前には、白緑色の髪の毛を無造作にして横たわっている少女が。その先には、彼女の持っていたであろう斧がある。周辺は、魔物の肉や血と思われるものが散乱していて──。

 そこへ、駆けつける者がいた。竜称カミナだ。
 刻水トキナ竜称カミナに気づかず、這いつくばって躯に手を伸ばす。抱えて、更に泣き叫ぶ。
「やっと……覚醒したか」
 悲しみが多く含まれているその言葉が刻水トキナの耳に届いたのか。刻水トキナはキッと竜称カミナを睨みつける。
 躯を大切そうに地に置き、唐突、竜称カミナに襲いかかる。──が、飛びかかってきた刻水トキナ竜称カミナはサッと避け、更には頭をペシンと軽く叩く。
「目を覚ませ。私を忘れた……とは言わせないぞ」
 竜称カミナは横目で刻水トキナを捉える。一方、竜称カミナに避けられた刻水トキナは、倒れるように両手を地面についていた。その両手と体を繋ぐ異常に長い両腕が、震え始める。
「ひどいじゃない」
 絞り出すような声。澄み渡るような美しい声は失われ、ガラガラと雑音が混じっている。
 刻水トキナは勢いよく顔を上げ、竜称カミナを鋭く見た。涙が頬から飛び、土へと染みていく。
「貴女は知っていたはずよ! それなのに、私になにも教えてはくれなかった!」
「戯言を」
 竜称カミナの返答は、嘲笑うような冷たいもの。
「お前に槍を与えた時点で、あのときは充分だったはずだ」
 刻水トキナ竜称カミナを睨むのを止めない。けれど、言いたい思いは言葉にならないのか。悔しそうに唇を噛んでいる。
 ただ、風が刻水トキナの頬から涙を落としていく。
刻水トキナも、大切な人を失ってしまったんだね」
 どこからか聞こえた沈んだ声は、龍声リュウナのもの。龍声リュウナ刻水トキナの背後にいた。
 刻水トキナの視線は、竜称カミナから龍声リュウナへと動く。
「来い。誰もこのまま独りでいろとは言っていない。辛いのなら一緒に来ればいい。すくなくとも、龍声リュウナはお前のことも元気にしてくれるぞ」
 竜称カミナは悲しい瞳をしていた。ふと、差し出された手に刻水トキナが見上げると、竜称カミナはいつになくやさしい微笑みを浮かべる。それは、一瞬だけ──知らない彼女の元の姿が重なって見えるような、おだやかな笑顔で。


 三人が歩いてたどり着いたのは、ひとつの洞窟。その奥まで行き、奥でちいさな焚火を起こす。火が燃え始めて、竜称カミナはポツリポツリと語り始めた。
「覚醒は、大切な誰かを失って、それを乗り越えなければだめなんだ。精神の強さがなければ『力』に負け、発狂してしまう。ときには『力』があふれすぎて、自然発火のように燃えてしまうこともあるんだ」
 刻水トキナの表情が悲しさを浮かべる。竜称カミナは幾度、救えない悲しい状況を間近で見てきたのだろうと。
 ちいさな炎が、竜称カミナの横顔を悲しげに照らす。
「もし、私がこれを話していたら……お前は生きていられたか? 誰にも頼らないまま、話そうともしないまま、生きたいと願いながらも死んでいただろう。もしくは、大切に思う娘が生きていけるように、その娘がの覚醒できれば……と、死を自ら選んだ。違うか?」
「ごめんなさい」
 刻水トキナは恥じるように詫びる。
 竜称カミナはそんな様子を見て、ため息をついた。静かに首を縦にする。──許すと言葉にする柄ではないのだろう。
 腕を組み、竜称カミナは壁に寄りかかる。すると、刻水トキナが体を反転させて口を開いた。
「貴女は、誰を失ったの?」
 竜称カミナはなにかを警戒して、周囲を一瞥する。龍声リュウナが入口の方へ歩いているのを見つめる。
 龍声リュウナは木の実を料理していて、ふたりの会話には無関心だ。その様子を無表情で見つめながら、竜称カミナはちいさな声を出す。
「妹だ。ふたりの……妹たちだよ」
 竜称カミナの言葉に、刻水トキナは息をのむ。その表情は鬼気迫るものになり、悲しみで染まり、うつむいていく。
「貴女も、妹を守るために?」
 刻水トキナが戦地に来たのは、悠水ユナを守る一心だったのだろう。同じ境遇だったのではと、刻水トキナ竜称カミナに尋ねる。
 竜称カミナはすぐには答えない。視線を流し、答えるか迷っているのか。長く裂けた口を一度、ぐっと閉じ、ゆるめる。
「そのはずだった」
 おもむに口を開いた竜称カミナは、言葉を続ける。
「私はこの血筋の本家の者でな。私が跡取りだった。良家から縁談もきていてな、式の日取りが決まりそうなころ、母に言われた」
 刻水トキナは息を吞む。
「良家の婚約を断り、私ひとりが戦地に赴けば……妹たちを開発所には行かせない。守ると。……母は当主だ。逆らえるわけもなく、疑ったこともなかった。だからこそ、私はその言葉を信じて。……それなのに、あとから次女がここに……それで、私は覚醒した。けれど、それだけではなく、もうひとりの妹まで。その末の妹は、私に事情を根こそぎ話してくれた。話し終わると、自分から魔物に飛び込んで行った。……無抵抗に殺されたんだ」
 気丈な竜称カミナの瞳に、涙がたまっている。
「母が助かりたい一心でしたことだったんだ、すべて。最後の最後に、私は……家族に、いや、両親に裏切られていたのさ」
 竜称カミナは力無く笑った。この地に来る前の自分を全否定するように。

 竜称カミナが落ち着くまでには時間が必要だった。その間、刻水トキナはそっと竜称カミナに寄り添っていた。



 覚醒した後の刻水トキナは、ひとりで戦地を駆け抜けていけるほどに強かった。精神的にも安定し、成長している。
 ここに来た当初の彼女とは違い、とまどいなく戦う心強い戦士。いつしか竜称カミナの右腕のような存在として、側にいるようになった。

 ある日の夜、刻水トキナ竜称カミナとまた話をしていた。──龍声リュウナのことだ。
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