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伝説の真実へ

【Program2】3(1)

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「いつも、ありがとう」
 やや照れ微笑む少女を見て、克主ナリスはうれしそうに笑う。
刻水トキナの役に立てるなら、どんなことだって……」
 相変わらずハキハキしない克主ナリスだが、明かに仲は深くなっている。見れば、刻水トキナの背後には、一軒の家が見える。家の近くまで送っていく間柄であれば、刻水トキナ克主ナリスを信用しているのか。
 ただ、恋人同士には見えない。互いにどこか遠慮し、何かを言い出せないでいる。要は、両想いであるのに、一歩踏み出せないような関係か。
悠水ユナ!」
 突如聞こえたそれは、刻水トキナの悲鳴とも言える驚きの声。
 克主ナリスは周囲を見渡す。すると、右手側にちいさな子どもがいた。刻水トキナの膝の辺りをギュッと握っている。
 刻水トキナは、悲しそうに左下を見る。しゃがみ『悠水ユナ』と呼んだ子の両肩に手を乗せた。
「どうしたの? やたらに外へ出ては駄目よって、いつも言っているでしょう?」
 悠水ユナ刻水トキナに抱きつく。悠水ユナは五歳くらいだろうか。クリッとしたアクアの瞳、肩ほどの長さのサラサラとした白緑色の髪。その様子は、親子にも見える。
「あ……その子は?」
 克主ナリスは尋ねにくそうに聞く。
 刻水トキナ克主ナリスを見上げ、すぐに悠水ユナに視線を戻す。答えるかどうするか、戸惑っているのか。少しの間があく。
 刻水トキナが口を開きかけたとき、悠水ユナ刻水トキナの腕にじゃれた。その仕草に刻水トキナは笑顔になり、悠水ユナをなでる。悠水ユナは満足そうに笑う。
 ポツリと刻水トキナの声がする。
「妹……なんです。十歳以上も離れているから、姉妹には見えないですよね。……普段はちゃんと、家の中で待っているのに」
 悠水ユナをなでながら、刻水トキナ克主ナリスの質問に答える。
 克主ナリスは安堵したのか、笑みが出る。刻水トキナに近づいていき、しゃがみ込むと悠水ユナにやさしく話しかける。
「そう、悠水ユナちゃんっていうんだ。僕はね、克主ナリスっていうんだ」
 すると、悠水ユナ刻水トキナから離れ、克主ナリスに手を伸ばした。
 悠水ユナに答えるように克主ナリスは手を差し出し、握手をする。無邪気に笑うかわいい幼子を克主ナリスは抱き上げる。
 一瞬、悠水ユナは息を呑んだが、次の瞬間には、とてもうれしそうにはしゃぎだす。
 初めは戸惑っていた刻水トキナだったが、ふたりの楽しそうな光景に、笑みがこぼれた。──そのまま克主ナリスは、悠水ユナと日が落ちるまで遊び続けた。

悠水ユナは、私たち家族以外の人と会うのが初めてなんです。かわいがってくださって、ありがとうございます」
 伏し目がちに刻水トキナは言う。そうして、刻水トキナは家族の話をし始める。──病弱な母と、勤勉な父がいて、幼い妹と、今はもう起き上がれない母の面倒は刻水トキナがみていると。
悠水ユナにとっては、私が母親みたいなものかもしれない」
 と笑う姿は、どこかさみしげで。──刻水トキナは、これからを案じしているのか。
 克主ナリスは、グッと手に力が入っていた。刻水トキナを見つめて、強く。

 歳月はおだやかに流れ、幸せは思ったよりも永く続いていた。いつも偶然にしか会わなかったふたりが、どこかへ出かけようと話している。
 ふたりは幸せそうに笑い合い、傍から見れば恋人同士のように歩いている。克主ナリスが持っている荷物は、いつものように刻水トキナの買い物の荷物なのだろう。刻水トキナの家に向かう風景だ。けれど、ふたりの間にはぎこちない雰囲気が未だ色濃く、『友人』であるものの『恋人』までの距離は遠そうだ。
 刻水トキナの家庭の事情上、そう遠くには行けないが、それは克主ナリスも同じらしい。遠出できないのを謝る刻水トキナに、
「僕も母ひとりを置いて、遠くには行きたくないから」
 と話している。
 近場であっても、ふたりには特別な時間になる。些細な会話は、互いに少し照れを含みつつも弾んでいる。──『あそこに行きたい』、『ここがいいと思う』、『少し遠いかな』、『いつか、行ってみたい』──そんな折、克主ナリスは言ってはいけない言葉を口にする。
「今度、学会に参加するから」
 だから、この日は都合が悪い──そう克主ナリスは言葉を続けたが、刻水トキナの足は止まっていた。
 顔面蒼白になり、微かに震えている。
「え……克主ナリスさんって……学者さんか何かだったの?」
 刻水トキナの呟きに、克主ナリスは息を呑む。──口にしてはいけないことを言ってしまったと。それは、誤解を招く言葉。特に、刻水トキナには。
「違う。僕は研究者を目指しているけれど、開発者では……」
 克主ナリスが弁解しようとしたが、すでに遅い。
「何よ! 私をいずれ開発所か戦地へ連れて行くために近づいていたのでしょう? ああ……どうしよう、大変なことをしてしまったわ。私、悠水ユナのことまで……貴男を信じてしまったばかりに」
 錯乱している。これまでの、おだやかな刻水トキナの面影はない。
「もう、私に構わないで!」
 ヒステリックに叫ぶと、刻水トキナは走っていく。逃げるように、買った物に構わずに。

 克主ナリスはひとり佇んだ。持っていた荷物を抱え、次第に大きく息を吸い、少しだけ息を吐き──呼吸は荒くなるものの、じんわりとこみ上げる辛さに耐えるようにたまに息を止める。
 しばらくそうしたあと、克主ナリスは歩いていく。それは、刻水トキナの家へと向かう道。家が見え一度足を止めたがまた歩き、玄関先に荷物を静かに置いた。

 そうして克主ナリスが去った夜、扉を開いた刻水トキナは荷物に気づき、息を呑む。警戒して周囲を見渡し、おそるおそる荷物に手を伸ばす。中身を確認し、異常がないと確認したのか、途端に涙を落とした。



克主ナリス! 父ちゃんの功績が認められたんだよ! 父ちゃんの研究が医学でとっても役に立つものだったんだって!」
 場面は変わり、突如、太い声の女性の声が聞こえた。
「見てよこれ! こんな大金が入るんだよ! ほら、アンタ『いつか世界で初めての研究所を建てるんだ』ってずっと言っていたじゃないか。ちいさくてもこれで建てられるよ!」
 恰幅のいい女性と青年になった克主ナリスの微笑み合う姿が見える。みすぼらしい生活風景が垣間見れる部屋の中で、ふたりは抱き合い、涙を流して喜び合っていた。

 場面は写真を切り取るように森の中を映し、昼と夜を繰り返してちいさな建物がひとつ建った。研究所と名乗るにはちいさなものだが、個人が立てた世界で初めての施設だと考えたら、とても立派なものだろう。
 その後も、とても苦しそうな生活風景は流れたが、克主ナリス緋倉ヒソウに時折り顔を出しても、刻水トキナに会うことはなかった。

 人々の声が雑多に聞こえ始める。どのくらい歳月が流れたのか。場所は緋倉ヒソウなのだろうが、その光景はだいぶ変わっていて。古めかしい雰囲気ながらも、新しい建物が緋倉ヒソウには増えていた。
 行き交う人々が見える中、ひとつの色が妙に目立って見える。──白緑色の髪だ。この少女は、刻水トキナで間違いない。
 刻水トキナは周囲をキョロキョロと見渡していた。警戒して見渡しているのとは違う。誰かを探しているのか、人々を見ては視線を外し、歩き続けている。
 ふと、刻水トキナが声にならぬ声を出し、スッと腕を伸ばした。
 刻水トキナに腕を捕まれた人物は足を止めて振り返る。──その人物は大きな丸い眼鏡をしていて。相変わらず、琥珀色の髪を無造作に伸ばしていて。
 刻水トキナ克主ナリスの腕をつかんだまま、次第に赤面していく。一方の克主ナリスは言葉が浮かばないのだろう。ただ、刻水トキナを見つめている。
 雑踏の中、刻水トキナは恥ずかしそうに声をやっと出し始めた。
「ごめんなさい。私……貴男のことを誤解してしまって……酷いことを言った。すごく、傷つけてしまった。それなのに、貴男は……」
刻水トキナさん」
 克主ナリス刻水トキナの言葉を遮ると、やさしく微笑む。
「僕は、貴女と話ができた日々が楽しくて、幸せでした。あの日からも一日として貴女を忘れられなかった。貴女への想いが……募っていくばかりでした」
 更に顔を赤くした刻水トキナにつられ、克主ナリスも赤面していく。それでも、克主ナリスは懸命に想いを伝えようとする。
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