上 下
41 / 379
招かざる者

★【24】噂の姫君

しおりを挟む
 一方、大臣はルイの待つ部屋に向かった。部屋の中には思った通り、沙稀イサキがいる。尚且つ、そのとなりには恭良ユキヅキもいて、なんともおだやかな空気が流れていた。
 ふと、沙稀イサキが立ちあがる。その反応で女子たちは大臣が来たと気づく。
 恭良ユキヅキのうしろから、ルイが恐る恐る顔を出す。──しかし、想像した人物はいない。大臣と沙稀イサキは交代するようにすれ違い、沙稀イサキは扉の前で止まる。大臣はルイの視線に気づくと、一礼をして沙稀イサキの座っていた席へと座る。
「お連れできませんでした。すみません」
 大臣の声に合わせ、沙稀イサキも頭を下げる。
「そう……ですか」
 落ち着きを含む、美しい声が部屋を支配する。毛先の軽い横髪は、ルイの整った顔を隠す。それに胸を痛めたのは、恭良ユキヅキだ。
「お姉様……」
 悲痛な声は、沙稀イサキの心をエグる。しかし、パッと明るい声は広がった。
「大丈夫です。予想はしていました」
 その笑顔はこの場をおさめるためのものに過ぎないのだろう。もしくは、ルイ自身を慰めるための。
 払拭するように、ルイは言う。
「私、十八年も待っているんです。たとえ今日お会いしてもらえなくても、明日でも、明々後日でも、その先でも……私はまだ待てますよ」
 クスリと笑いながらの声は、言い聞かすようにも聞こえて。恭良ユキヅキは思わず、あとを押す。
「そうですよね! 明日だって、その先だって、お兄様がいる限り。……ねぇ、大臣」
「申し訳ありません」
 大臣は机に頭をつけるほど下げる。突然のことに、ルイ恭良ユキヅキはどうしたものかと動揺する。
 ──まさか。
 大臣の行動に、沙稀イサキは嫌な予感がして声を荒げる。
「大臣!」
瑠既リュウキ様は、おひとりでご帰城されたのではありません! 尚且つ、ルイ姫がお会いになれば、心を大変痛めるような髪をしております」
 沙稀イサキの声は一歩遅かった。ルイの疑問は口からもれる。
「それはどういう……」
 大臣は頭を上げない。
ルイ姫、また日を改めて……」
 沙稀イサキが声をかけるが、ルイの表情はみるみる曇っていく。ついには立ち上がり、一目散に部屋を出ていく。
「お姉様!」
 追っていきそうな恭良ユキヅキ沙稀イサキが止める。
「俺が送ってきます」
「でも……」
ユキ姫は、これから瑠既リュウキ様との夕食のご準備を」
「それなら、お姉様もお誘いすればよかったのに……お兄様と会える日がくるのをどれほどお姉様が楽しみにしていたか、沙稀イサキも知っているでしょ」
 じんわりと恭良ユキヅキの瞳に浮かぶ悲しみに、沙稀イサキは動揺しそうになりながらも堪える。
「今の状況で、お会いしていただくわけには……」
沙稀イサキも来るわよね? 夕食」
 これは沙稀イサキに拒否権はない。この場合は、ある種の脅しとも言える。
「お誘いいただけるのであれば、謹んで同席させていただきます」



 ほぼ同時刻、忒畝トクセは夕食へと向かっていた。

 鴻嫗トキウ城は、基本的に客間に食事を出さず、別に食事の場を用意する。忒畝トクセの通された客間は、倭穏ワシズの用意された部屋とは間逆に位置していた。

 忒畝トクセのいた場所から食事の場までは、距離がある。だが、道は単純で案内人を必要とはしない。廊下をしばらくまっすぐ歩き、十字路に差しかかろうとしたそのとき──忒畝トクセは見慣れない人物を発見する。

 年齢は恐らく上。しかし、どこか幼い雰囲気を醸し、ソワソワと落ち着かない様子をしている。身長は同じくらいか──もしくは少し低いだろうか。腰に届かない長さのクロッカスの髪。そして、恐らくは瞳もクロッカス。
 どこの姫だろうと記憶をいくら辿ってみても、一度も目にしたことがない。
「こんばんは」
 社交場に姿を現したことのないだ──そう推測しながら忒畝トクセは声をかける。独特の人懐っこい笑顔を浮かべて。
 一方の女性は、忒畝トクセの気配を感じていなかったようで、驚いたのがあからさまだった。
「あ、驚かせてしまいました……よね。ごめんなさい」
 忒畝トクセが謝ると、慌てているように首を横に振ったが、一向に言葉を発しようとはしない。しかも、じんわりと瞳が潤んでいる。
 ──声をかけない方がよかっただろうか。
 瞬時で生じた後悔の念。だが、後悔先に立たずだ。場の雰囲気を変えようと忒畝トクセは努める。
忒畝トクセと申します。貴女は?」
 その言葉に女性は初対面であると、やっと理解したようだ。ハッとして口を開く。
「私は……」
ルイ姫」
 彼女の名を呼んだのは、沙稀イサキだった。ルイはその声に、思わず沙稀イサキの方を向く。
沙稀イサキ様ぁ」
 助けを求めるように声を発し、視線の先へと駆けて行く。忒畝トクセの前をすり抜ける、ほんのりと甘い香り。
忒畝トクセ君主、お話のところ失礼いたしました」
 沙稀イサキは人前では相手を立てることを忘れない。彼なりの公私の区別だ。忒畝トクセもそれは理解している。
「いいえ」
 ルイの手前、互いに社交辞令を交わす。
 ──何があろうと、なぜか世間に姿を現さなかった姫君。それが、どうしてここに。
 そう思ってから、恭良ユキヅキとの先日の会話を思い出す。──『お兄様の婚約者様なので、お姉様と呼ばせていただいているんです』
 忒畝トクセは合点がいく。このタイミングで鴻嫗トキウ城にいる意味も。
「ご案内することになっておりますので、失礼いたします」
 沙稀イサキの声で忒畝トクセは我に返る。
 沙稀イサキは一礼し、ルイ沙稀イサキをふしぎそうに見たが、同じく会釈をした。忒畝トクセも会釈を返し、ふたりは姿を消していく。

 だが、忒畝トクセの心の中には説明のしがたい何かをルイは残していった。彼女があとにしたところには、微かに甘い香りが漂っていた。






















【キャラクター紹介】

 ルイ

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

敏腕ドクターは孤独な事務員を溺愛で包み込む

華藤りえ
恋愛
 塚森病院の事務員をする朱理は、心ない噂で心に傷を負って以来、メガネとマスクで顔を隠し、人目を避けるようにして一人、カルテ庫で書類整理をして過ごしていた。  ところがそんなある日、カルテ庫での昼寝を日課としていることから“眠り姫”と名付けた外科医・神野に眼鏡とマスクを奪われ、強引にキスをされてしまう。  それからも神野は頻繁にカルテ庫に来ては朱理とお茶をしたり、仕事のアドバイスをしてくれたりと関わりを深めだす……。  神野に惹かれることで、過去に受けた心の傷を徐々に忘れはじめていた朱理。  だが二人に思いもかけない事件が起きて――。 ※大人ドクターと真面目事務員の恋愛です🌟 ※R18シーン有 ※全話投稿予約済 ※2018.07.01 にLUNA文庫様より出版していた「眠りの森のドクターは堅物魔女を恋に堕とす」の改稿版です。 ※現在の版権は華藤りえにあります。 💕💕💕神野視点と結婚式を追加してます💕💕💕 ※イラスト:名残みちる(https://x.com/___NAGORI)様  デザイン:まお(https://x.com/MAO034626) 様 にお願いいたしました🌟

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...