完結まで5話【女神回収プログラム ~三回転生したその先に~】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

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譲れないもの

★【14】譲れないもの

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 沙稀イサキと別れ自室に戻った忒畝トクセは眠らずにいた。忒畝トクセにとっては、特に気になることではない。研究に没頭してしまうあまり、睡眠や食事を忘れてしまうことがままある。
 夜がふけていっても眠気は襲ってこず、幼いころの思い出がよみがえっていた。

「今度会ったときは……私を殺して。ごめんね、忒畝トクセ

 母が行方不明になる直前、忒畝トクセが聞いた最後の母の言葉だ。誰にも言えない、胸に秘めるしかできない言葉。
 両親はとても仲がよかった。今でも理想の夫婦だと忒畝トクセは思っている。憧れそのものだ。
 母の失踪──それは、母の過去と繋がる。失踪する前、母はある存在に怯えていた。その存在は最初のころ、なぜか忒畝トクセを怯えさせていた存在だったのに。

 忒畝トクセは亡き父の写真を手に取る。
「父さん、僕はどうしたらいいのでしょうか。僕は……父さんが僕を救ってくれたように、僕も救いたいんです」
 髪も、瞳も薄荷色の父。若葉を思わせる色彩通り、春のようにとてもあたたかい人だった。写真を眺めれば、父が口癖のように言っていた言葉を思い出す。

「愛しているよ」
 生前、父、悠畝ヒサセが子どもたちに惜しみなく言っていた言葉。それは言葉だけではなく、深い深い愛情の表れだった。
 女悪神ジョアクシンの研究をしていた父。その研究は、母と出会ってまもなくから始まったと、後に忒畝トクセは知った。それから、父が必死に忒畝トクセの命を救っていたと知り、母と妹のことも守ろうとしていたと知った。
 父に憧れ、父の背を追って懸命に学び、君主代理の座を若干十四歳で取得した忒畝トクセ。となりには、笑顔の父がいつもいてくれた。

 トントントン

 突如鳴ったノックに、忒畝トクセは写真を置き、扉を開ける。すると、
「お兄ちゃん、やっぱり起きてたんだ」
 と、高音でかわいらしい声が聞こえた。
悠穂ユオ
 悠穂ユオと呼ばれた少女は瞳をつぶしてにこりと笑う。
「こんな遅い時間に、どうしたの」
 問いかけに瞳がぱっちりと開く。丸く、まだ大人の気配を感じさせないその瞳の色は──アクアだ。そして、髪は白緑色。長い髪を何ヶ所かゴムで留め、一本にまとめている。
 えへへと笑う悠穂ユオからは、甘い香りが漂ってきた。
「実はね、アップルパイを焼いたの。なんだかお兄ちゃんが元気ないな~と思って。ねぇ、一緒に食べよう」
 後ろに隠していたお手製のアップルパイをド─ンと忒畝トクセの目の前に出す。深夜に焼き立てのアップルパイを見て、忒畝トクセはつい笑ってしまう。
「ありがとう。悠穂ユオの焼いてくれるアップルパイは、母さんが作ってくれたみたいに美味しいから楽しみだよ」
「本当? や~ん、うれしい。じゃ、アップルティ─入れるね」
 パアッと明るい悠穂ユオの笑顔に、忒畝トクセの重かった影は消えていく。
 テ─ブルの上にはあっという間にアップルティ─も並び、部屋はやさしく甘い香りに包まれ、兄妹の夜食会は始まる。
「美味しい」
「ありがとう」
 照れ笑いをする悠穂ユオ。アップルパイ好きの彼女は、
「本当だ。美味しい」
 と、自画自賛しつつ好物を嗜む。そんな姿を忒畝トクセは微笑ましく眺める。
「そうだ、お兄ちゃん」
 ふと思い出したように、悠穂ユオはフォ─クを止めた。
「お兄ちゃんが私を大事に思ってくれているように、私もお兄ちゃんを大事に思ってるんだからね。充忠ミナルさんと馨民カミンさんだって一緒だよ。だから……あんまりひとりで何でも抱えこもうとしちゃ駄目だからね」
「どうしたの、急に」
「急でもなんでもないの。ほら、いつもお父さんも言っていたでしょ? 大事な人には、いつだってどんな時だって、大事なことを伝えないといけないって。『いつでも言えるから言わないは間違いで、なんてない』って」
 忒畝トクセはまた父の声が聞こえてきそうな気がした。いや、声は聞こえなくとも、父を思い出すだけで心がおだやかになる。
「ありがとう。僕も困るようなことがあったら、みんなに助けてもらうよ」
「約束だよ? 絶対の」
「うん、約束。絶対ね」
 悠穂ユオ忒畝トクセの言葉に満足気な表情を浮かべ、食べる意気込みを新たにアップルパイに視線を移した。



 翌日、忒畝トクセ恭良ユキヅキたちとあいさつを交わし、見送っていた。忒畝トクセの背後には、半立体の彫刻が顔を出している。
「お忙しい中、ありがとうございました」
 礼を言うのは恭良ユキヅキだ。続いて沙稀イサキ凪裟ナギサは会釈をする。
「こちらこそ。遠くから来てもらったのだから、ゆっくりしていってもらえたらよかったんだけど」
「充分ゆっくりさせていただきました。それと、いつものアップルティ─も美味しかったです」
「それはよかった」
「今度は是非、こちらでもゆっくりしていってくださいね。忒畝トクセ君主が今度いらっしゃるときは……お姉様の挙式のときなのかしら。きっとウエディングドレス姿もすてきなんですよ」
 恭良ユキヅキは、うっとりと妄想に浸る。ほんのりと染まる頬。
「楽しみなんですね、ユキ姫は」
「うん」
 弾む声は、語尾に音符がついていそうだ。
「ああ、あの噂のルイ姫?」
「はい。お兄様の婚約者様なので、お姉様と呼ばせていただいているんです」
鴻嫗トキウ城に最も近い、鐙鷃トウアン城の姫君。美人と名高く、公の場には一切姿を現さないので、年々、噂は広まっているようですね」
 忒畝トクセの質問に恭良ユキヅキが答え、沙稀イサキが補足する。凪裟ナギサは、忒畝トクセを前にして大人しい。
「お姉様は、本当にきれいな方なんですよ。ね? 沙稀イサキ
「そうですね」
 唐突な同意を求める言葉に対して、沙稀イサキはおだやかに答える。すると、ようやく凪裟ナギサが口を開く。
沙稀イサキは知っているの?」
「それは……ユキ姫の側近ですから」
 沙稀イサキの回答は理由としては不足している気がしたが、凪裟ナギサはあえて言わないことにした。
「そう言われると、一度お目にかかりたくなるね」
「一度会ったら、絶対忘れられない人になりますよ」
 恭良ユキヅキのお姉様自慢は止まらない。
 船の時間を考慮した沙稀イサキは、凪裟ナギサに声をかける。そのさりげない言葉は、恭良ユキヅキの耳にきちんと入り、
「あっ」
 と、恭良ユキヅキは声を上げた。改めて、恭良ユキヅキ忒畝トクセに深く一礼する。沙稀イサキ凪裟ナギサも続き、三人は帰路へと向かう。

 遠ざかっていく三人の背中。仲がよいその賑やかな姿を見て、忒畝トクセは咄嗟に声をかける。
沙稀イサキ
 走り出した忒畝トクセに、沙稀イサキは振り返り駆け寄る。走り出した沙稀イサキは半立体の彫刻が見える位置まで戻ってきた。恭良ユキヅキ凪裟ナギサはすでに正門に近く、距離が離れている。
 悩むような表情の忒畝トクセが口を開く。
沙稀イサキ恭良ユキヅキを守っているように、僕にも守りたい人がいる。これは譲れない。望んで敵対しようとは思っていないけれど、僕だって守るためなら手段は選ばない。これだけは覚えておいて」
 昨夜のような雰囲気ではなく、沙稀イサキの前にいるのは、ただ、必死な忒畝トクセだ。
 誰にでも踏み込んでほしくないことがある。踏み込めば、必要以上に警戒をするだろう。忒畝トクセにとっては、昨夜のことだったのかもしれない。
「承知しておく。ただ、俺はできれば忒畝トクセとは敵対したくない。可能であれば今のまま、よい友であろう」
 しっかりと忒畝トクセの気持ちを受け止め、沙稀イサキは微笑んで手を差し出す。その行動は忒畝トクセには意外だったのか、一瞬息を呑んだ。
 そして、忒畝トクセはうなずくと手を伸ばす。
 ふたりの握手は、友の証。たとえいつか敵対してしまっても、友であったことを忘れずにいようと。






















【キャラクター紹介】

悠穂ユオ


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