愉快な殺し屋幽霊

キリアイスズ

文字の大きさ
上 下
31 / 54

虚言と誘導

しおりを挟む
「いってきます」

「いってらっしゃい」

朝食を済ませた藍は玄関で靴を履きながら和彦に声をかけた後、家を出た。ドラム型の青いスポーツバックを肩にかけながら。
暑い日差しで目がくらみそうになりながら、藍は神社の石段を下る。

「それで、私はどうすればいいんだ」

すべての石段を下りた藍は二人に話しかけた。

「実は藍にまだ、話してないことがあるの」

雫は神妙な面持ちで藍に近づく。

「私を殺した犯人が身内の中にいるかもしれないってこと」

「え!?」

藍は驚きのあまり声を上げ、思わず立ち止まる。

「身内って家族の中に殺した人間がいるのか?副会長もその中に入っているのか?」

藍はちらほら歩道を歩く通行人がいるにもかかわらず、霊である雫をまっすぐに見つめ前のめりになる。

「落ち着いて、かもしれないって話。実は昨日の夜、玖月くんと一緒に家に行ってみたんだ。そこで私、家族の中の誰かが犯人かもしれないって思ったんだ」

「それって何?」

「それは遺体が家にあったからだよ。普通だったら家族の遺体を目にしたら警察を呼ぶものだよね。でも、私が行ったとき誰も警察を呼ぼうとも呼ぶ素振りもしていなかった。それに死体を動かし、しかも家に運ぶなんて変でしょ?」

「たしかに。不審死だとしたら尚更警察に頼るはず。それに遺体を動かすなんて普通しない」

藍は雫から視線を外し、思案に耽るように呟く。

「誰が遺体を運んだかはわからないけど、私から見て皆ちょっと変だったんだ。互いを様子見てるっていうか、もしかして皆、家の中に犯人がいるかもしれないから警察を呼ぶに呼べないって考えているのかもしれない」

「それじゃあ、やっぱり―」

「待って、話は最後まで聞いて」

雫は藍の顔に掌を突き出す。

「私は可能性があるとは言っただけで断定はしていない。警察を呼ばなかった理由はもう一つあるかもしれないって私、考えたんだ」

「その理由って?」

「前に話したことがあるよね。私の父親の前職のこと」

「そういえば前に話してくれたな。雫の父さんは若いころ探偵をしていたって」

「………探偵?」

玖月は訝しむような視線を雫に送る。

「うん、探偵時代色んな危ない橋を渡ってきているから、いまだに引退した父さんのことを恨んでいる人間は多いらしくて。本当に色んな事件に関わったらしいよ、政治家の不祥事とか警察の汚職とかの世間にs晒されたら一大スキャンダルになる情報もいっぱい持ってるらしくて。だから、今回の私の死には父さんのその探偵だったころに何か関係しているのかもって思ったんだ。もしかして、皆が警察を呼ばなかったのは警察の上層部からの圧力でもみ消されるか何かされて、逆に事件への解明が逆に難しくなると思ったからなのかもしれない」

「でも、それならどうして雫が狙われたんだ?それにお父さんが探偵をやっていたのはずいぶん前なんだよな。どうして今頃?」

「それは、まだわからない。まだ、一日だけじゃやっぱりまだ何もわからないよ」

雫は顔を背けながら呟いた。

「だから私、藍には犯人捜しをしてほしいってよりも私の家に行って私の家族が事件に関与してないっていう事実集めをしてほしいんだ。皆がちょっと今日余所余所しかったのも何か理由があるのかもしれない。それに私、藍に危ない橋を渡ってほしいわけじゃないし」

「雫………」

藍は心配そうに背けている雫の顔を覗く。

「私にできることがあったらなんでも言ってほしい。なんなら、今から雫の家に―」

「いや、さすがに朝から行くのはダメだよ」

雫の言葉に躍起になった藍を静かに止めた。

「部活が終わってからでいいよ。たしか土曜はミーティング重視だからそれほど遅くならないんだよね?」

「いいのか?」

「朝からいきなり訪ねるほうが変に思われるよ。終わったら家の近くの公園に来て。私たちそこにいるから」

「………でも」

「ほらほら、早く行きなって。部活に送れるよ」

雫は両手で躊躇する藍の背中を押す仕草をする。

「できるだけ早く行くから」

藍は後ろ髪を引かれるように何回も振り返りながら学校に向かった。


◇◇◇


「探偵って初耳なんですけど」

藍が見えなくなった途端、やりとりをずっと眺めていた玖月が話しかけ始めた。

「ああでも言わないと、警察に届けなかった理由とか説明できないでしょ。それに家族の中の犯人捜しって言うより、犯人じゃない証拠探しって言ったほうが最もらしいと思って」

家族の中に犯人いると断定させて協力させるよりも、犯人ではない証拠集めと言ったほうが必要以上に五月雨家に深入りさせないで済み、どうすれば良いか誘導しやすい。下手に五月雨家の内情を教えてしまっては警察に通報されかねない。そうなったら、藍の身の危険に及ぼすことになる。

「それにしてもいいんですか?何も言わなかった僕が言うのもどうかと思いますが、殺し屋である五月雨家に一般人に探りを入れさそうとするなんて。殺し屋の家であることを伏せさせながらなんて無理があると思いますけど」

雫が死んで昨日今日だ。藍が雫を訪ねても家には入らせてもらえないだろう。

「難しいだろうね。でも、調べるなら早いほうがいい。たぶん、来週あたりに闇医者に私の死体の処理をさせちゃうだろうから」

指先を顎に当てて、少し考え込む動作をする。

「たぶんなんとかなるよ、私がついているし。って言っても私は隣で耳打ちするだけだけど。でも、もし藍に何かあったら―――」

玖月は言葉を区切らせた雫を横目で見る。

「地獄で何万回も土下座して謝るよ。あの子は私と違って天国に逝けるだろうし」

普段と変わらない口調と声音で話す。違和感がないほどいつも通りに。

「………」

「軽蔑した?」

「いえ、別に」

玖月はふいっと視線を前に向ける。その方向は藍が向かっていった道だった。

「雫さん」

「何?」

「もしかして、送り人の能力を使わざるえないことになるかもしれない」

「送り人の能力?そんなのあるの?」

雫は興味深そうに玖月の顔を窺う。

「………はぁ、こんなに簡単に話す内容じゃないんですが」

玖月は軽く肩を竦めながら、ゆっくりと口を開く。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

憑代の柩

菱沼あゆ
ミステリー
「お前の顔は整形しておいた。今から、僕の婚約者となって、真犯人を探すんだ」  教会での爆破事件に巻き込まれ。  目が覚めたら、記憶喪失な上に、勝手に整形されていた『私』。 「何もかもお前のせいだ」  そう言う男に逆らえず、彼の婚約者となって、真犯人を探すが。  周りは怪しい人間と霊ばかり――。  ホラー&ミステリー

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...