30 / 54
協力と朝食
しおりを挟む
二人が部屋をすり抜けるとすでに藍は身支度を整えていた。寝ぐせのあった髪を直し、黒に染まる前の雫と同じセーラー服を綺麗に着こなしている。振り返った藍の顔立ちはさきほどまでの寝起き顔ではなく、凛としたすっきり顔になっていた。
藍はじっと二人を交互に見据え、口を開く。
「ます、聞きたいことがある」
「何?」
「彼は誰だ」
「そっちか」
藍は玖月に視線を定める。
「彼は玖月くん。送り人なんだ」
「送り人………」
玖月は無言で軽く会釈をした。
「私をあの世の送る担当らしい。」
「じゃあやっぱり雫………」
「そう、残念なことにね。だから、こんな制服が黒くなっちゃったんだ」
苦笑いを浮かべる雫に対し藍は目を見開き、呆然とする。目を伏せ口元を手で覆う仕草をし、ショックを隠そうとしない。静かな沈黙がその場に流れる。
「昨日の夕方、一体何があったんだ」
その沈黙を破ったのは藍だった。
「それがわからくて」
「え?」
「実は藍に協力してほしくてここに来たの」
雫は藍に昨日、何があったのかを話した。
携帯のメッセージを送った後、いつのまにか生と死の狭間に迷い込んだこと。その直前の記憶が切り取られたみたいになくなっていること。死の真相を究明しないと、あの世に逝けないこと。
地獄に逝くことには一切話題に出さずに。
藍はそんな雫の話を真剣な表情で聞き入る。
「真相を解明しないと私、カゲオチになっちゃうらしんだ」
「カゲオチ?」
「黒くてのっそりとした動きをしている存在。自我のない悪霊みたいな感じかな」
「………時折、見たことがある。あれってそんなに危険な存在だったのか」
「霊を喰らうんだって」
「霊を!?」
強い霊感の持ち主である藍はもちろん、カゲオチも見たことがあるだろう。しかし、藍の様子から察するにカゲオチが一体なんなのか知らなかったようだ。送り人という存在も含めて。どうやら、藍はただ視えるだけの人間らしい。
「私、カゲオチになりたくないし食べられたくないもない。だから霊が視える藍に協力してほしくて―」
「わかった」
「はやっ」
迷いのない即答だった。
「いいの?」
「藍は私にとって大切な友達だ、カゲオチになんてさせたくない。それに藍が死んだ理由も私を知りたい。だから、協力する。いや協力させてほしい」
藍には雫の死は事故ではなく事件である可能性を伝えている。雫たちに協力するということは危険が伴うということでもある。藍だってそれを十分理解しているはずだ。藍はそれを承知の上で協力を申し出している。藍は真剣な眼差しで雫を見つめていた。その面持ちからは恐怖心や躊躇が全く感じ取れない、芯の強さが見え隠れしていた。
「ありがと」
雫はふわりと微笑んで見せた。雫が藍の元に赴いたのは霊が視えるからだけではなかった。
藍の真っ直ぐな性格を承知したうえで、藍を拒絶したりしないと踏んでいたからだった。
「まずは………」
「藍、まだなのかい?もうとっくに朝食の用意はできてるよ」
藍が言葉を発しようとしたとき扉の奥から藍の父親の声が響いた。
「まずは腹ごしらえだ」
藍の凛とした表情が父親の声を聴いた途端、表情が幼くなった。
藍は廊下を軽やかな足取りで居間にやってきた。藍と玖月も一緒に。
「おはよう、藍。今日も暑いね」
藍が居間に入ると、キッチンで紅茶を淹れていた藍の父である和彦は背中を向けながら穏やかに話しかける。
「おはよう、父さん」
藍は返事を返しながらテーブルについた。
「本当に藍さんにしか見えないんですか?」
玖月は隣にいる雫に話しかけた。
「そのはずだよ。たしか親族の中では藍にしか見えないって言ってたから。そうだよね?藍」
「うん」
話を振られ、藍は小さく頷いた。
藍がいる居間はダイニングと兼ねて6畳ほどの広さだった。
古めかしく且つ整頓された家具が整然と配列されていた。部屋の中央には四角テーブルがあり、その上には朝食が並んでいる。朝食は半分に切ったフレンチトースト、ポテトサラダ、コーンスープ、ハチミツ入りのヨーグルト。
「いいな、藍のお父さん料理が上手で」
雫は藍の後ろに立ち、朝食を羨ましそうに眺める。
藍の父、和彦は小鳥遊神社の宮司。全体的に伸びた髪を頭下部で束ね、穏やかさが漂った目元に眼鏡をかけている。普段は白い着物に紺色の袴という姿だが今は鶯色の作務衣を着用し、キッチンに立っている。
「優しくてなによりお菓子作りが得意で―」
突然、ガチャンと何かが割れた音がキッチンから聞こえた。目を向けると和彦がカップを床に落としていた。床は紅茶で滴り、破片が散らばっているのが見える。
「大丈夫?父さん。またやったの?」
藍はキッチンを覗こうと顔を動かす。
「ああ、ごめん。またやっちゃったよ」
キッチンから和彦の申し訳なさそうな声が耳に入る。
「気をつけて」
「ちょっとドジなところもいいかもね」
昨日、雫が訪れたとき藍の父親はコップを3枚割っていた。それは日常茶飯事らしく割れる音が聞こえるたび、藍は苦笑いを浮かべていた。
「アラフォーなのにドジなのがいいのか?」
「少なくてもうちの父さんよりはいいって。あの人、料理とかできないし子供に対する優しさとかもあんまりないし。ちょっとした隙があったほうが人間味があると思うよ」
「そういうものか」
藍はいただきます、と両手を合わせ朝食を食べ始めた。
「そういえば、昨日廊下に落ちてたキーホルダーって雫ちゃんのだったんだよね?」
和彦はカップの欠片を拾いながら話しかける。どうやら、キーホルダーを最初に見つけたのは和彦だったらしい藍はトーストをごくんと飲み込んだ後、ちらりと雫を気にしながら口を開く。
「うん、今度学校で渡すつもり」
「そっか。じゃあ、その子に伝えて。腕をふるってまたドーナツもごちそうするからいつでも家においでって。本当にドーナツが好きだったからね、雫ちゃん」
「ん」
藍は和彦に聞こえるかわからないくらいの声で返事をし、もそもそとトーストを口に運び、雫はその様子をただぼんやりと眺めた。
藍はじっと二人を交互に見据え、口を開く。
「ます、聞きたいことがある」
「何?」
「彼は誰だ」
「そっちか」
藍は玖月に視線を定める。
「彼は玖月くん。送り人なんだ」
「送り人………」
玖月は無言で軽く会釈をした。
「私をあの世の送る担当らしい。」
「じゃあやっぱり雫………」
「そう、残念なことにね。だから、こんな制服が黒くなっちゃったんだ」
苦笑いを浮かべる雫に対し藍は目を見開き、呆然とする。目を伏せ口元を手で覆う仕草をし、ショックを隠そうとしない。静かな沈黙がその場に流れる。
「昨日の夕方、一体何があったんだ」
その沈黙を破ったのは藍だった。
「それがわからくて」
「え?」
「実は藍に協力してほしくてここに来たの」
雫は藍に昨日、何があったのかを話した。
携帯のメッセージを送った後、いつのまにか生と死の狭間に迷い込んだこと。その直前の記憶が切り取られたみたいになくなっていること。死の真相を究明しないと、あの世に逝けないこと。
地獄に逝くことには一切話題に出さずに。
藍はそんな雫の話を真剣な表情で聞き入る。
「真相を解明しないと私、カゲオチになっちゃうらしんだ」
「カゲオチ?」
「黒くてのっそりとした動きをしている存在。自我のない悪霊みたいな感じかな」
「………時折、見たことがある。あれってそんなに危険な存在だったのか」
「霊を喰らうんだって」
「霊を!?」
強い霊感の持ち主である藍はもちろん、カゲオチも見たことがあるだろう。しかし、藍の様子から察するにカゲオチが一体なんなのか知らなかったようだ。送り人という存在も含めて。どうやら、藍はただ視えるだけの人間らしい。
「私、カゲオチになりたくないし食べられたくないもない。だから霊が視える藍に協力してほしくて―」
「わかった」
「はやっ」
迷いのない即答だった。
「いいの?」
「藍は私にとって大切な友達だ、カゲオチになんてさせたくない。それに藍が死んだ理由も私を知りたい。だから、協力する。いや協力させてほしい」
藍には雫の死は事故ではなく事件である可能性を伝えている。雫たちに協力するということは危険が伴うということでもある。藍だってそれを十分理解しているはずだ。藍はそれを承知の上で協力を申し出している。藍は真剣な眼差しで雫を見つめていた。その面持ちからは恐怖心や躊躇が全く感じ取れない、芯の強さが見え隠れしていた。
「ありがと」
雫はふわりと微笑んで見せた。雫が藍の元に赴いたのは霊が視えるからだけではなかった。
藍の真っ直ぐな性格を承知したうえで、藍を拒絶したりしないと踏んでいたからだった。
「まずは………」
「藍、まだなのかい?もうとっくに朝食の用意はできてるよ」
藍が言葉を発しようとしたとき扉の奥から藍の父親の声が響いた。
「まずは腹ごしらえだ」
藍の凛とした表情が父親の声を聴いた途端、表情が幼くなった。
藍は廊下を軽やかな足取りで居間にやってきた。藍と玖月も一緒に。
「おはよう、藍。今日も暑いね」
藍が居間に入ると、キッチンで紅茶を淹れていた藍の父である和彦は背中を向けながら穏やかに話しかける。
「おはよう、父さん」
藍は返事を返しながらテーブルについた。
「本当に藍さんにしか見えないんですか?」
玖月は隣にいる雫に話しかけた。
「そのはずだよ。たしか親族の中では藍にしか見えないって言ってたから。そうだよね?藍」
「うん」
話を振られ、藍は小さく頷いた。
藍がいる居間はダイニングと兼ねて6畳ほどの広さだった。
古めかしく且つ整頓された家具が整然と配列されていた。部屋の中央には四角テーブルがあり、その上には朝食が並んでいる。朝食は半分に切ったフレンチトースト、ポテトサラダ、コーンスープ、ハチミツ入りのヨーグルト。
「いいな、藍のお父さん料理が上手で」
雫は藍の後ろに立ち、朝食を羨ましそうに眺める。
藍の父、和彦は小鳥遊神社の宮司。全体的に伸びた髪を頭下部で束ね、穏やかさが漂った目元に眼鏡をかけている。普段は白い着物に紺色の袴という姿だが今は鶯色の作務衣を着用し、キッチンに立っている。
「優しくてなによりお菓子作りが得意で―」
突然、ガチャンと何かが割れた音がキッチンから聞こえた。目を向けると和彦がカップを床に落としていた。床は紅茶で滴り、破片が散らばっているのが見える。
「大丈夫?父さん。またやったの?」
藍はキッチンを覗こうと顔を動かす。
「ああ、ごめん。またやっちゃったよ」
キッチンから和彦の申し訳なさそうな声が耳に入る。
「気をつけて」
「ちょっとドジなところもいいかもね」
昨日、雫が訪れたとき藍の父親はコップを3枚割っていた。それは日常茶飯事らしく割れる音が聞こえるたび、藍は苦笑いを浮かべていた。
「アラフォーなのにドジなのがいいのか?」
「少なくてもうちの父さんよりはいいって。あの人、料理とかできないし子供に対する優しさとかもあんまりないし。ちょっとした隙があったほうが人間味があると思うよ」
「そういうものか」
藍はいただきます、と両手を合わせ朝食を食べ始めた。
「そういえば、昨日廊下に落ちてたキーホルダーって雫ちゃんのだったんだよね?」
和彦はカップの欠片を拾いながら話しかける。どうやら、キーホルダーを最初に見つけたのは和彦だったらしい藍はトーストをごくんと飲み込んだ後、ちらりと雫を気にしながら口を開く。
「うん、今度学校で渡すつもり」
「そっか。じゃあ、その子に伝えて。腕をふるってまたドーナツもごちそうするからいつでも家においでって。本当にドーナツが好きだったからね、雫ちゃん」
「ん」
藍は和彦に聞こえるかわからないくらいの声で返事をし、もそもそとトーストを口に運び、雫はその様子をただぼんやりと眺めた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる