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君を殺したのは
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雫は腕組みをしながら時計をちらりと見た。
「10時か。12時くらいになってると思った」
全員が食卓についてから今まで、まだ1時間ほどしか経っていなかった。時間が早く感じてしまうほど、目まぐるしい1時間だった。
「今日はもう、調べるのは止めにしようか。これ以上はいっぱいいっぱいって感じだし」
「はい」
今日、一日でずいぶんな収穫を得ることができた。予想外のもの含めて。
「どうする。ここにいる?それとも私の部屋にいく?」
「外に出ましょう」
「だよね」
雫は軽く笑い、ベランダの窓を通り抜けた。すぐ後に通り抜けた玖月は雫の耳に入るほど、息を一気に吐きだした。
「適当にぶらつく?」
「ええ」
二人は五月雨家を後にした。
閑静な住宅街はしんと静まり返っている。家に入るまで確かにあった家々の生活音はほとんど耳に入ることはなかった。しかし、22時は寝静まるには少し早い時間なのか、窓明かりをよく目にする。
雫は周囲を見回しながらぴょんと小さく跳んだり、浮遊しなりなどを繰り返していた。
「あ、忘れてたけど吹雪くんの性癖のことちゃんと言ってなかったよね。吹雪くんは………って実際見たから言わなくてもわかるね」
霞は斜め後ろにいる玖月に話しかけた。
「ええ、あの人が変態だってことがわかりました」
「ははっ、正直だね。ねぇ、どうだった?私の家族を実際見て」
雫は歩く玖月の前に浮遊したまま、回り込んだ。
「正直に言っていいですか?」
「いいよ」
玖月は雫の目線の合わせた後、立ち止まる。
「異常ですね。あなたも含めて」
「ほんと正直だね」
霞は玖月が立ち止まると、浮遊するのをやめて向かい合わせになるように立った。
「いつもああいう感じなんですか?」
「だいたいはね。ただね――」
霞は考え込むように視線をそらす。
「なんか皆、機嫌が悪かったな」
「機嫌が?皆って言いますけど、あの長男の人はずっと笑顔で不機嫌とは縁遠い人だったと思いますが」
零時は終始冷静で傍観を貫き、緑が本性をあらわにした時も薄い笑みを浮かべていた。
まるで凄惨な状況を愉しんでいるかのように。
「いやいや、私から見たらずっとあの人がご機嫌斜めだったよ。かなりわかりにくいと思うけど。でも、面白いものが見れた。私が死んだとき皆、ああいう感じで調子を崩すって」
霞の態度は実に飄々としたものだった。今しがた、凄惨な現場を目にしたとは思えないほどだ。
「いずれは彼女にも担当の送り人が迎えに来るはずです」
玖月は振り返る。五月雨家を後にしてからそれほどの距離は歩いていないため、遠目で薄暗くてもすぐにスタイリッシュなコンクリート壁を見つけることができた。1階のベランダ窓から明かりが灯っているのを目にする。おそらく、穂積が食卓を片付けたり床の大量の血痕を掃除したりしているはずだ。
一見、普通の住宅。まさかあの家の地下でまさに今、惨たらしい拷問が繰り返されているなんて誰も思わないだろう。
「やっぱり緑さんも地獄逝き?」
「彼女は実の両親を殺し、悪事を重ねてきたんです。当然でしょう」
玖月は目を細めながら吐き捨てる。
「そういえば、彼女の本名は緑ではないんですよね。弟のほうの穂積という名も」
あの姉弟は日本人ではなく中国人。おそらく『緑』も『穂積』も五月雨家に潜入するための偽名だろう。
「ああ、確か………えっと、忘れちゃった」
雫は指先で頬を掻きながら呟いた。
「穂積さんがなんか言っていたけど本名で呼ばれるの、嫌ってたみたいだから本名で呼んだことがないんだ。それに緑さんの本名なんて覚える必要ないと思ってたし」
「必要ない?」
「だって意味ないでしょう」
意味がない。それはまるで「いなくなる人間だから」と言っているようだった。
無意識なのか意図して口に出しているのか判断できない。
あまりにも淡々としているからだ。
一見、唯の女子高生にしか見えない雫もあの殺し屋一家と過ごしてきた以上、どこか一般社会からずれた価値観を持っている。あっさりとはしているが酷薄。
それが五月雨家の次女、雫。
「それで、客観的に見てあの中に犯人はいると思う?」
「最初は吹雪さんが一番怪しいと思っていましたが、改めて考えると全員怪しく思えますし、怪しくないようにも思えます」
「おや意外、はっきりしない答え」
「僕もこんなあやふやな答えを言いたくありませんが、現状的に説明が付かないことがたくさんあります」
吹雪が言っていた。
“痕跡らしい痕跡は残ってなかった ”
“まるで透明人間が雫に抵抗も何もさせず、痛みという痛みを感じさせないで首に刃物を突き立てた感じだった”
経験を積んでいた殺し屋でさえ、奇妙と感じさせる雫の死。その謎を解かない限り、犯人にはたどり着けないだろう。
「家族以外に思い当たる人物はいませんか?殺しの方法抜きで」
「私、考えてたことがあるんだよね」
家を眺めていた雫が玖月に背を向け、歩き出した。
「何ですか?」
玖月も後を追うように進む。
「今回の私の死について、理屈に合わないことや科学的に証明できないところが多すぎる。いまだに、殺された瞬間が思い出せないし。そこで私、ある一つの推測を立ててみたんだ。それを考えたら色んな辻褄が合ってきたんだよね」
雫は振り向かずゆっくりとした足取りで続ける。
「科学的に証明できないなら、そういうものから外れた力が関係してるって考えればいい」
「言っている意味がわかりません」
「だから、人間ではない存在の何かが関係してるって言ってるの。そうだとしたら、殺しの方法とか理屈とか全部解決する」
雫はわざと勿体ぶった話し方をする。まるで玖月に意図を察しさせるように。
そしてゆっくりと振り向き、にやりと笑う。
「私の言ってる意味、わかる?」
「人間ではない存在………つまり、僕のような存在ってことですか?」
玖月はじっと笑みを浮かびながら顔を覗き込んでくる雫に表情筋や口調をまったく動かさずに応える。
「君のような存在っていうよりも、君自身とか」
「僕が犯人ですか?」
「ここにきて、オカルトだったっていうオチも面白いかもね」
玖月の口調や表情からは怒りや呆れは表れなかった。変わらずにじっと雫を見据えている。
「オカルトって、漫画か映画の見過ぎです。それに僕以外にも送り人はたくさんいます。だいたい、なんで僕があなたを殺すんですか?」
「そんなの君が一番、わかってるんじゃないの?」
雫は指先で玖月の胸元をつつく。そのつついた胸部はちょうど心臓の位置だった。
その仕草にも玖月は表情を変えない。
「だって、君を殺したのは私なんだから」
そう告げた後、雫は掌を広げ胸元を掴む。その瞬間、玖月は目を見開く。
雫が今掴んでいるのは服ではなく心臓だった。
「………殺した人間のことは忘れるんじゃなかったんですか?」
「うん、でも私はだいたい忘れるって言ったんだよ。つまり、ときどきは思い出すこともあるってこと。でも、実は半信半疑だったんだよね。だからちょっとカマかけてみた」
玖月の反応に雫は満足そうに口角を上げ、胸元から手を離した。
「いつ、思い出していたんですか?」
「緑さんが穂積さんを罵倒して、目を潰された時かなぁ。それを見たときちょっとしたフラッシュバックが起きて」
「それを見て、ですか」
「ごめんね、まともな思い出し方じゃなくて。というか、やっぱり君は私に気づいてたんだ?」
「ええ、割と初めから」
「あらら」
雫は申し訳なさそうに苦笑する。
振り返ると、最初に会った時から玖月の態度の節々に苦り切った雰囲気があった。雫もそれを感じ取っていたがさして気に留める必要もないと思い、口に出すことはしなかった。
「正直、驚きました。まさかここで思い出されるなんて思ってなかったので」
「まぁ、あの時の状況はなかなか、ないことだったからね。こういうなかなかない今の状況だから、なかなかないことが思い出せたのかも」
雫は過去を振り返るかのように上空を仰ぐ。
「そんなに、なかなかないことだったんですか?」
雫は上空を仰ぐ視線を再び玖月に合わせる。
「うん。ターゲットとは関係ない目撃者を殺すなんてあんまりしないから。後味かなり悪いし」
玖月と雫が通ってきていたのは外灯が等間隔にある細い道。その一つである外灯が雫と玖月の真上にあり、チカチカとした音とともに点滅していた。
二人は生身の体を持たない、言うなれば魂だけの存在。しかし、そんな二人には暗闇も外灯も関係なく、互いをはっきりと視認できた。雫のわずかに笑みが薄らいだ瞬間も目にできるほど。
「10時か。12時くらいになってると思った」
全員が食卓についてから今まで、まだ1時間ほどしか経っていなかった。時間が早く感じてしまうほど、目まぐるしい1時間だった。
「今日はもう、調べるのは止めにしようか。これ以上はいっぱいいっぱいって感じだし」
「はい」
今日、一日でずいぶんな収穫を得ることができた。予想外のもの含めて。
「どうする。ここにいる?それとも私の部屋にいく?」
「外に出ましょう」
「だよね」
雫は軽く笑い、ベランダの窓を通り抜けた。すぐ後に通り抜けた玖月は雫の耳に入るほど、息を一気に吐きだした。
「適当にぶらつく?」
「ええ」
二人は五月雨家を後にした。
閑静な住宅街はしんと静まり返っている。家に入るまで確かにあった家々の生活音はほとんど耳に入ることはなかった。しかし、22時は寝静まるには少し早い時間なのか、窓明かりをよく目にする。
雫は周囲を見回しながらぴょんと小さく跳んだり、浮遊しなりなどを繰り返していた。
「あ、忘れてたけど吹雪くんの性癖のことちゃんと言ってなかったよね。吹雪くんは………って実際見たから言わなくてもわかるね」
霞は斜め後ろにいる玖月に話しかけた。
「ええ、あの人が変態だってことがわかりました」
「ははっ、正直だね。ねぇ、どうだった?私の家族を実際見て」
雫は歩く玖月の前に浮遊したまま、回り込んだ。
「正直に言っていいですか?」
「いいよ」
玖月は雫の目線の合わせた後、立ち止まる。
「異常ですね。あなたも含めて」
「ほんと正直だね」
霞は玖月が立ち止まると、浮遊するのをやめて向かい合わせになるように立った。
「いつもああいう感じなんですか?」
「だいたいはね。ただね――」
霞は考え込むように視線をそらす。
「なんか皆、機嫌が悪かったな」
「機嫌が?皆って言いますけど、あの長男の人はずっと笑顔で不機嫌とは縁遠い人だったと思いますが」
零時は終始冷静で傍観を貫き、緑が本性をあらわにした時も薄い笑みを浮かべていた。
まるで凄惨な状況を愉しんでいるかのように。
「いやいや、私から見たらずっとあの人がご機嫌斜めだったよ。かなりわかりにくいと思うけど。でも、面白いものが見れた。私が死んだとき皆、ああいう感じで調子を崩すって」
霞の態度は実に飄々としたものだった。今しがた、凄惨な現場を目にしたとは思えないほどだ。
「いずれは彼女にも担当の送り人が迎えに来るはずです」
玖月は振り返る。五月雨家を後にしてからそれほどの距離は歩いていないため、遠目で薄暗くてもすぐにスタイリッシュなコンクリート壁を見つけることができた。1階のベランダ窓から明かりが灯っているのを目にする。おそらく、穂積が食卓を片付けたり床の大量の血痕を掃除したりしているはずだ。
一見、普通の住宅。まさかあの家の地下でまさに今、惨たらしい拷問が繰り返されているなんて誰も思わないだろう。
「やっぱり緑さんも地獄逝き?」
「彼女は実の両親を殺し、悪事を重ねてきたんです。当然でしょう」
玖月は目を細めながら吐き捨てる。
「そういえば、彼女の本名は緑ではないんですよね。弟のほうの穂積という名も」
あの姉弟は日本人ではなく中国人。おそらく『緑』も『穂積』も五月雨家に潜入するための偽名だろう。
「ああ、確か………えっと、忘れちゃった」
雫は指先で頬を掻きながら呟いた。
「穂積さんがなんか言っていたけど本名で呼ばれるの、嫌ってたみたいだから本名で呼んだことがないんだ。それに緑さんの本名なんて覚える必要ないと思ってたし」
「必要ない?」
「だって意味ないでしょう」
意味がない。それはまるで「いなくなる人間だから」と言っているようだった。
無意識なのか意図して口に出しているのか判断できない。
あまりにも淡々としているからだ。
一見、唯の女子高生にしか見えない雫もあの殺し屋一家と過ごしてきた以上、どこか一般社会からずれた価値観を持っている。あっさりとはしているが酷薄。
それが五月雨家の次女、雫。
「それで、客観的に見てあの中に犯人はいると思う?」
「最初は吹雪さんが一番怪しいと思っていましたが、改めて考えると全員怪しく思えますし、怪しくないようにも思えます」
「おや意外、はっきりしない答え」
「僕もこんなあやふやな答えを言いたくありませんが、現状的に説明が付かないことがたくさんあります」
吹雪が言っていた。
“痕跡らしい痕跡は残ってなかった ”
“まるで透明人間が雫に抵抗も何もさせず、痛みという痛みを感じさせないで首に刃物を突き立てた感じだった”
経験を積んでいた殺し屋でさえ、奇妙と感じさせる雫の死。その謎を解かない限り、犯人にはたどり着けないだろう。
「家族以外に思い当たる人物はいませんか?殺しの方法抜きで」
「私、考えてたことがあるんだよね」
家を眺めていた雫が玖月に背を向け、歩き出した。
「何ですか?」
玖月も後を追うように進む。
「今回の私の死について、理屈に合わないことや科学的に証明できないところが多すぎる。いまだに、殺された瞬間が思い出せないし。そこで私、ある一つの推測を立ててみたんだ。それを考えたら色んな辻褄が合ってきたんだよね」
雫は振り向かずゆっくりとした足取りで続ける。
「科学的に証明できないなら、そういうものから外れた力が関係してるって考えればいい」
「言っている意味がわかりません」
「だから、人間ではない存在の何かが関係してるって言ってるの。そうだとしたら、殺しの方法とか理屈とか全部解決する」
雫はわざと勿体ぶった話し方をする。まるで玖月に意図を察しさせるように。
そしてゆっくりと振り向き、にやりと笑う。
「私の言ってる意味、わかる?」
「人間ではない存在………つまり、僕のような存在ってことですか?」
玖月はじっと笑みを浮かびながら顔を覗き込んでくる雫に表情筋や口調をまったく動かさずに応える。
「君のような存在っていうよりも、君自身とか」
「僕が犯人ですか?」
「ここにきて、オカルトだったっていうオチも面白いかもね」
玖月の口調や表情からは怒りや呆れは表れなかった。変わらずにじっと雫を見据えている。
「オカルトって、漫画か映画の見過ぎです。それに僕以外にも送り人はたくさんいます。だいたい、なんで僕があなたを殺すんですか?」
「そんなの君が一番、わかってるんじゃないの?」
雫は指先で玖月の胸元をつつく。そのつついた胸部はちょうど心臓の位置だった。
その仕草にも玖月は表情を変えない。
「だって、君を殺したのは私なんだから」
そう告げた後、雫は掌を広げ胸元を掴む。その瞬間、玖月は目を見開く。
雫が今掴んでいるのは服ではなく心臓だった。
「………殺した人間のことは忘れるんじゃなかったんですか?」
「うん、でも私はだいたい忘れるって言ったんだよ。つまり、ときどきは思い出すこともあるってこと。でも、実は半信半疑だったんだよね。だからちょっとカマかけてみた」
玖月の反応に雫は満足そうに口角を上げ、胸元から手を離した。
「いつ、思い出していたんですか?」
「緑さんが穂積さんを罵倒して、目を潰された時かなぁ。それを見たときちょっとしたフラッシュバックが起きて」
「それを見て、ですか」
「ごめんね、まともな思い出し方じゃなくて。というか、やっぱり君は私に気づいてたんだ?」
「ええ、割と初めから」
「あらら」
雫は申し訳なさそうに苦笑する。
振り返ると、最初に会った時から玖月の態度の節々に苦り切った雰囲気があった。雫もそれを感じ取っていたがさして気に留める必要もないと思い、口に出すことはしなかった。
「正直、驚きました。まさかここで思い出されるなんて思ってなかったので」
「まぁ、あの時の状況はなかなか、ないことだったからね。こういうなかなかない今の状況だから、なかなかないことが思い出せたのかも」
雫は過去を振り返るかのように上空を仰ぐ。
「そんなに、なかなかないことだったんですか?」
雫は上空を仰ぐ視線を再び玖月に合わせる。
「うん。ターゲットとは関係ない目撃者を殺すなんてあんまりしないから。後味かなり悪いし」
玖月と雫が通ってきていたのは外灯が等間隔にある細い道。その一つである外灯が雫と玖月の真上にあり、チカチカとした音とともに点滅していた。
二人は生身の体を持たない、言うなれば魂だけの存在。しかし、そんな二人には暗闇も外灯も関係なく、互いをはっきりと視認できた。雫のわずかに笑みが薄らいだ瞬間も目にできるほど。
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