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砂霧の性格
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「雫さんをどれほど嫌っていたのかわかる内容ですね。そして、犯人ではなさそうですね」
「うん、ないね」
砂霧は表面上では悪意を見せないように繕っているが、日記には内心の毒をすべて吐き出すようにしている。もし、砂霧が雫を襲撃したのなら己の手で仕留めたことを嬉々として書き連ねるはずだ。でも、このページには雫が死んだことに対してだけが語られている。
嘘や建前がなく、こうも悪意をすべて暴露されたページはわかりやすく犯人ではないとすぐ答えが出せる。
「このページを見るまで、私の中で一番姉さんが容疑者として挙がってたんだけどなぁ」
雫は自分の当てが完全に外れ、落胆して見せる。
「でも、わずかですが情報を得ることができました」
玖月は何度もページの文字を目で追った。
「まぁね、ちょっとだけど」
「どうやら雫さんの言う通り、あなたのお兄さんの吹雪さんが雫さんの遺体を回収したみたいですね」
「うん、やっぱり虎次さんも一緒だったんだ。穂積くんも一緒だったのは意外だったな」
雫の予想がほぼ当たっていた内容だった。日記を読む限り、仕事の帰りに雫と待ち合わせしていたが指定した場所には来ず、雫は近くの街道で死亡していた。そのままにすることにはせずに雫の遺体を車に乗せて回収という手段を取り、家に運びこんだ。唯一、予想が外れていたことがあるとすれば車には穂積も乗車していたことだった。つまり、3人の人間で雫の身体を回収し現場の痕跡を消したということだ。
「たぶん、偶然スーパーの買い出しの帰りだったのを見て拾ったんだろうね……あ~、そっか。だからか」
雫は得心がいったという表情で日記から視線をずらした。
「穂積くんも一緒だったから、現場には何もなかったんだ」
「どういうことです?」
「言ったでしょ。彼“掃除が上手い”って」
「掃除って、もしかして」
「うん、そっち方面での掃除も含まれてるよ。現場に何もなかったのは穂積くんが一緒だったからだ。彼、短時間での後処理が早いから」
五月雨家で雇っている手伝いは二人。穂積と緑。住み込みで働かせている人間が一般人であるはずがなかった。
「つまり、掃除のプロと運転手と殺し屋の3人が同時に行動していたということですね」
「まぁ、そうだね」
「これって偶然でしょうか」
「どうだろう」
玖月はページを読む目を細めた。おそらく、玖月は3人が結託して雫の暗殺に関わっているのではないかと考えているのだろう。状況的にそう推測されても不思議ではない。雫も穂積が現場に加わっていた事実が発覚し、玖月が疑いを深めていることを察した。しかし、玖月は疑いを深めているだけで犯人だと断言はしていない。あくまで状況的に可能性が高いと予想しているに過ぎなかった。物証も証拠もない現時点では断言できず、遠回しのいいかたしかできなかった。
「他に何か気づいたこととかある?」
雫は埒が明かないと考えたのかあえて話題を変え、逸らしていた視線を日記のページに戻した。
「この日記にはよく零時兄さんという単語が出てますね。砂霧さんはよっぽどこの人のことを慕っていたんですね」
玖月はページに記されている『零時兄さん』という文字を指さした。
「うん、かなりね。だからこそ、目をかけられていた私のことが余計に気に食わなかったんだろうね」
雫はやれやれといった感じで肩をすくめた。
「日記には雫さんのほうが殺しの腕が上だと書かれていましたね。実際そうだったんですか?」
「ちょっと違うかな。姉さんは私たち兄弟の中では殺し腕は一番下だったんだ。姉さんもそれを自覚してた。だから足りない殺しの能力を補うため毒をよく使っている」
「毒ですか?」
「あれだよ。あの棚にあるやつだよ」
雫は大きな収納棚のガラスキャビネットに置かれた大小、形、色などが違う、様々なガラス瓶を指さした。ガラス瓶にはそれぞれ毒の名称のラベルがわかりやすく張られており、液体やカプセル、草花が入っている。
「これ、全部毒ですか?」
玖月は棚に近寄り、一つ一つ確認するようにガラス瓶のラベルを目で追った。
「そう。だから、そこのどれかの毒を私に使ったのかなぁって思ってたんだ。私の意識がぷつっと部分的に切れた原因が神経毒なのかなって」
毒を仕込まれたかどうかはまだわからないが砂霧が容疑者から外れた以上棚の毒が使用された可能性は薄いだろう。
「姉さんの性格はわかりやすくいうと―」
雫はゆっくりと振り向き、人差し指を立てた。
「捨てられている可哀そうな子犬を拾ったはいいけど絶対に懐かれなくて、最終的にしつけと称して虐待するタイプかな」
「つまり、偽善者ということですか」
玖月は声に不快な色を混ぜ、眉をわずかにひそめた。
「だから、本当の意味で殺しに対しての罪悪感はないっぽいんだ。本人は気づいているかわかんないけど」
「雫さんはお姉さんのこと、嫌いではなかったのですか?理不尽に近い憎悪を抱かれていたのに、雫さんからはお姉さんに対しての悪意をあまり感じられません」
玖月は振り向きざまに問いかけた。日記を読む限り、砂霧が雫を憎む理由は嫉妬や逆恨みが入り混じった理不尽なものだった。表面上では見せないようにしていてもこれほどの悪意をすべて覆うことはできるだろうか。おそらく、言動の節々から雫に伝わっていたはずだ。しかし、当の本人である雫はそんな悪意を歯牙にもかけていないように見える。自分に対しての罵詈荘厳の日記のページを目にしても、青ざめることもショックを受ける様子もなくむしろ、そんなに姉の言動を可笑しく眺めているみたいだった。
「別に嫌われているからって嫌う必要はないでしょ」
「たしかに雫さんからはお姉さんに対しての嫌悪や憎悪は感じ取れませんけど―」
玖月は言葉を一度区切り、雫の心根を見透かすように目を細める。
「見下してはいますよね」
「見下す?」
玖月のきっぱりとした口調と思いがけない言葉にわずかに目を見開いた。
「そう見える?」
「はい」
強い動揺は見せないが玖月の発言が思いのほか予想外だったらしく、考え込むように虚空を見つめる。
「いまいちしっくりこないなぁ。そもそも家族に見下すも見上げるもないと思うし」
雫は玖月の言葉に肯定はしなかったが否定もしなかった。雫は砂霧の悪意に歯牙にもかけなかったのは見下していたというよりもそれほど問題視するほどでもないと思っていたからだった。
砂霧は表面上を必死で繕っていたため、嫌悪は抱いても直接的に雫を害することはしなかった。雫にしつこい偽善的な振る舞いをされても適当にあしらっておけば、目に見えるほどの酷い波風は立たなかった。
「でも、ちょっと愉しみだったんだ。絶対いつかは日記の通りに爆発すると思ってたから。その時にどんな感じになるのかなって」
「それを見下しているって言うと思いますよ」
「そう?」
雫は玖月に聞き返した後、ゆっくりと視線を日記のページに移していった。
見開いたページは風のせいでふわふわと動いていた。まるで、雫に対しての暴言をこれ見よがしに示しているように。
「時々は思ってたんだよね。この日記に書いてある鬱憤を全部ぶちまけてくれたら、お互いちょっとはマシになるんじゃないかなってね」
雫は息を吐きながら零した。
その時、音が耳に届くほどの突風が部屋に入ってきた。カーテンは乱れ、部屋にある小物はカタカタと小刻みに動く。デスクの上に置かれた日記の見開いたページも風に煽られ、ぺらぺらと勢いよくめくれていった。それはまるで、雫の言葉を拒絶するかのような素早さとタイミングだった。
「まぁ、そんな日は永遠に来なくなったんだけど」
雫は捲れていく日記を眺めながらふっと軽く口角を上げた。徐々に弱まりつつある風に合わせ、ページが捲れるスピードが落ちてゆき、最後の裏表紙が閉じると同時に風は止んだ。
風が止むと雫はデスクから体を離し、部屋の中央に移動した。
「いろいろグダグダしゃべったけど、日記以外は特に気になるものはないかな」
雫はぐるりと部屋を見回した。
「では、次の部屋に移動しましょう」
「そうだね」
雫はデスクの上にある閉じた日記を一瞥した後、玖月とともに部屋を出た。次の部屋は吹雪の部屋だ。
吹雪の部屋は砂霧の隣の部屋だ。つまり、雫の向かいの部屋。
「うん、ないね」
砂霧は表面上では悪意を見せないように繕っているが、日記には内心の毒をすべて吐き出すようにしている。もし、砂霧が雫を襲撃したのなら己の手で仕留めたことを嬉々として書き連ねるはずだ。でも、このページには雫が死んだことに対してだけが語られている。
嘘や建前がなく、こうも悪意をすべて暴露されたページはわかりやすく犯人ではないとすぐ答えが出せる。
「このページを見るまで、私の中で一番姉さんが容疑者として挙がってたんだけどなぁ」
雫は自分の当てが完全に外れ、落胆して見せる。
「でも、わずかですが情報を得ることができました」
玖月は何度もページの文字を目で追った。
「まぁね、ちょっとだけど」
「どうやら雫さんの言う通り、あなたのお兄さんの吹雪さんが雫さんの遺体を回収したみたいですね」
「うん、やっぱり虎次さんも一緒だったんだ。穂積くんも一緒だったのは意外だったな」
雫の予想がほぼ当たっていた内容だった。日記を読む限り、仕事の帰りに雫と待ち合わせしていたが指定した場所には来ず、雫は近くの街道で死亡していた。そのままにすることにはせずに雫の遺体を車に乗せて回収という手段を取り、家に運びこんだ。唯一、予想が外れていたことがあるとすれば車には穂積も乗車していたことだった。つまり、3人の人間で雫の身体を回収し現場の痕跡を消したということだ。
「たぶん、偶然スーパーの買い出しの帰りだったのを見て拾ったんだろうね……あ~、そっか。だからか」
雫は得心がいったという表情で日記から視線をずらした。
「穂積くんも一緒だったから、現場には何もなかったんだ」
「どういうことです?」
「言ったでしょ。彼“掃除が上手い”って」
「掃除って、もしかして」
「うん、そっち方面での掃除も含まれてるよ。現場に何もなかったのは穂積くんが一緒だったからだ。彼、短時間での後処理が早いから」
五月雨家で雇っている手伝いは二人。穂積と緑。住み込みで働かせている人間が一般人であるはずがなかった。
「つまり、掃除のプロと運転手と殺し屋の3人が同時に行動していたということですね」
「まぁ、そうだね」
「これって偶然でしょうか」
「どうだろう」
玖月はページを読む目を細めた。おそらく、玖月は3人が結託して雫の暗殺に関わっているのではないかと考えているのだろう。状況的にそう推測されても不思議ではない。雫も穂積が現場に加わっていた事実が発覚し、玖月が疑いを深めていることを察した。しかし、玖月は疑いを深めているだけで犯人だと断言はしていない。あくまで状況的に可能性が高いと予想しているに過ぎなかった。物証も証拠もない現時点では断言できず、遠回しのいいかたしかできなかった。
「他に何か気づいたこととかある?」
雫は埒が明かないと考えたのかあえて話題を変え、逸らしていた視線を日記のページに戻した。
「この日記にはよく零時兄さんという単語が出てますね。砂霧さんはよっぽどこの人のことを慕っていたんですね」
玖月はページに記されている『零時兄さん』という文字を指さした。
「うん、かなりね。だからこそ、目をかけられていた私のことが余計に気に食わなかったんだろうね」
雫はやれやれといった感じで肩をすくめた。
「日記には雫さんのほうが殺しの腕が上だと書かれていましたね。実際そうだったんですか?」
「ちょっと違うかな。姉さんは私たち兄弟の中では殺し腕は一番下だったんだ。姉さんもそれを自覚してた。だから足りない殺しの能力を補うため毒をよく使っている」
「毒ですか?」
「あれだよ。あの棚にあるやつだよ」
雫は大きな収納棚のガラスキャビネットに置かれた大小、形、色などが違う、様々なガラス瓶を指さした。ガラス瓶にはそれぞれ毒の名称のラベルがわかりやすく張られており、液体やカプセル、草花が入っている。
「これ、全部毒ですか?」
玖月は棚に近寄り、一つ一つ確認するようにガラス瓶のラベルを目で追った。
「そう。だから、そこのどれかの毒を私に使ったのかなぁって思ってたんだ。私の意識がぷつっと部分的に切れた原因が神経毒なのかなって」
毒を仕込まれたかどうかはまだわからないが砂霧が容疑者から外れた以上棚の毒が使用された可能性は薄いだろう。
「姉さんの性格はわかりやすくいうと―」
雫はゆっくりと振り向き、人差し指を立てた。
「捨てられている可哀そうな子犬を拾ったはいいけど絶対に懐かれなくて、最終的にしつけと称して虐待するタイプかな」
「つまり、偽善者ということですか」
玖月は声に不快な色を混ぜ、眉をわずかにひそめた。
「だから、本当の意味で殺しに対しての罪悪感はないっぽいんだ。本人は気づいているかわかんないけど」
「雫さんはお姉さんのこと、嫌いではなかったのですか?理不尽に近い憎悪を抱かれていたのに、雫さんからはお姉さんに対しての悪意をあまり感じられません」
玖月は振り向きざまに問いかけた。日記を読む限り、砂霧が雫を憎む理由は嫉妬や逆恨みが入り混じった理不尽なものだった。表面上では見せないようにしていてもこれほどの悪意をすべて覆うことはできるだろうか。おそらく、言動の節々から雫に伝わっていたはずだ。しかし、当の本人である雫はそんな悪意を歯牙にもかけていないように見える。自分に対しての罵詈荘厳の日記のページを目にしても、青ざめることもショックを受ける様子もなくむしろ、そんなに姉の言動を可笑しく眺めているみたいだった。
「別に嫌われているからって嫌う必要はないでしょ」
「たしかに雫さんからはお姉さんに対しての嫌悪や憎悪は感じ取れませんけど―」
玖月は言葉を一度区切り、雫の心根を見透かすように目を細める。
「見下してはいますよね」
「見下す?」
玖月のきっぱりとした口調と思いがけない言葉にわずかに目を見開いた。
「そう見える?」
「はい」
強い動揺は見せないが玖月の発言が思いのほか予想外だったらしく、考え込むように虚空を見つめる。
「いまいちしっくりこないなぁ。そもそも家族に見下すも見上げるもないと思うし」
雫は玖月の言葉に肯定はしなかったが否定もしなかった。雫は砂霧の悪意に歯牙にもかけなかったのは見下していたというよりもそれほど問題視するほどでもないと思っていたからだった。
砂霧は表面上を必死で繕っていたため、嫌悪は抱いても直接的に雫を害することはしなかった。雫にしつこい偽善的な振る舞いをされても適当にあしらっておけば、目に見えるほどの酷い波風は立たなかった。
「でも、ちょっと愉しみだったんだ。絶対いつかは日記の通りに爆発すると思ってたから。その時にどんな感じになるのかなって」
「それを見下しているって言うと思いますよ」
「そう?」
雫は玖月に聞き返した後、ゆっくりと視線を日記のページに移していった。
見開いたページは風のせいでふわふわと動いていた。まるで、雫に対しての暴言をこれ見よがしに示しているように。
「時々は思ってたんだよね。この日記に書いてある鬱憤を全部ぶちまけてくれたら、お互いちょっとはマシになるんじゃないかなってね」
雫は息を吐きながら零した。
その時、音が耳に届くほどの突風が部屋に入ってきた。カーテンは乱れ、部屋にある小物はカタカタと小刻みに動く。デスクの上に置かれた日記の見開いたページも風に煽られ、ぺらぺらと勢いよくめくれていった。それはまるで、雫の言葉を拒絶するかのような素早さとタイミングだった。
「まぁ、そんな日は永遠に来なくなったんだけど」
雫は捲れていく日記を眺めながらふっと軽く口角を上げた。徐々に弱まりつつある風に合わせ、ページが捲れるスピードが落ちてゆき、最後の裏表紙が閉じると同時に風は止んだ。
風が止むと雫はデスクから体を離し、部屋の中央に移動した。
「いろいろグダグダしゃべったけど、日記以外は特に気になるものはないかな」
雫はぐるりと部屋を見回した。
「では、次の部屋に移動しましょう」
「そうだね」
雫はデスクの上にある閉じた日記を一瞥した後、玖月とともに部屋を出た。次の部屋は吹雪の部屋だ。
吹雪の部屋は砂霧の隣の部屋だ。つまり、雫の向かいの部屋。
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