4 / 54
現世へ
しおりを挟む
「それで、どうやって現世に戻るの?見たところ出口らしきものは見当たらないんだけど」
雫はそう言って、辺りを見回した。やっぱり、何回も首を回しても光明らしきものは見当たらない暗闇。
不気味なほどの暗闇がもう慣れ始めていた。
「当たり前ですよ。出入り口なんてあるわけがない。ここは魂が自動的に送られる場所ではありますが、逆はありません。自由に行き来する力を持っているのは僕たち送り人だけです」
「じゃあ、なおさらどうやって?」
「僕の手を握ってください」
玖月はすっと右手の掌を上に向けながら差し出してきた。
「握ればいいの?」
雫はポンと自分の右手を置き、軽く握った。玖月が雫の右手を握り返した瞬間だった。
「飛びます」
雫が聞き返す暇もなく、玖月は膝を曲げていた。そして雫の右手を握ったまま高く飛び上がった。
「うわっ」
玖月が飛び上がったのと同時に突然の浮遊力が雫を襲う。確かにあったはずの足場がなくなり、声を上げずにはいられなかった。
「な、何?」
瞬きする暇もなく、景色も変わった。暗闇しかなかった景色に色が混ざり、星のような光が散りばめられている。きらきらふわふわとした光が散り、明暗入り混じった歪んだ空間。その中で、玖月と雫は手を握り合いながら浮遊している。
「手を絶対に離さないでください」
玖月は平淡な声と共に雫の手を強く握り締めた。手を置いたとき、ひやりとした冷たさを感じていたのに強く握られたせいでほんのりとした熱を感じる。
「わかった」
雫は小さく頷いた。そして、前触れもなく体が下に引っ張られるようにして落ちていった。
「わわっ」
「離さないで」
突然の感覚に手が緩みそうになったが、玖月は冷静な口調で離れないように力を込める。
雫は本能的に察した。『ここで手を離したら絶対に戻って来れなくなる。永劫にさ迷い続けることになるだろう』と。雫も痛いくらいに玖月の手を握り返した。
玖月と雫は落ち続ける。しかし、雫には恐怖心はなかった。
これは落ちているのではなくどこかに向かっているんだ。玖月の手を離さない限り、そこにたどり着くことが出来る。到着点があるから、恐怖はない。
「あれ?」
向かっていく場所にぽつんとした光が見えた。その光はだんだん大きくなり、目視できなほど眩しくなっていく。雫は光に目が眩み、目を瞑った。
「手はそのままで」
少年の声で雫はすぐに理解した。
きっとあそこが出口だ。現世に戻ることができる。
その光はもうすぐそばまで迫ってくる。
雫はその光に身を任せると光は身体を優しく包みこんでくれた。
「目を開けてください」
「……ん」
少年の声はまるで合図のようだった。雫は強張らせていた体を解き、目をゆっくり開ける。
「おお、戻ってきたんだ」
夕刻の空はすでに闇に変わっていた。この暗闇は生と死の狭間にあった暗闇ではなく、見慣れている夜闇であることに雫はほっと息を吐く。雫と玖月は街の上空で手を繋ぎあったまま漂っていた。
「すごい」
雫の下方には夜闇の中で宝石のように輝いている夜景が広がっている。上空に小さくまだらに散らばっている星々より、街を照らしている夜景のほうが煌びやかで思わず、見入ってしまう。
ここはおそらく住み慣れていた街。目を凝らすと見慣れた一際目立つ高いビルや大きなネオンサインの看板が目に入る。しかし、上空からの街の夜景を直に見るのは初めてだった。夜に変わっただけで住み慣れた街がこうも眩しく感じるなんて不思議な感覚だ。
「手を離しますね」
夜景に見入っていた雫に玖月は反応を待たずに手をさっと離してしまった。
「えっ、ちょっ」
突然離され、雫は戸惑う。戸惑うのも当たり前だ。こうやって、上空に浮かぶことができるのは送り人である玖月が手を繋いでいるおかげだと思っていたからだ。
「なぜ、驚くのですか?もう繋ぐ必要はありません。それにあなたはここでは幽霊なんですよ」
「あ」
玖月から手を離されても落下することはなかった。今の自分は現世でいうところの幽霊なんだ。身体は透けてはいないが、実体はないあやふやな存在。一瞬、自分が幽霊であることを忘れかけていた。
街の幻想的な夜景に思いのほか浮かれていたらしい。
「うわぁ、面白いね。これ」
雫は自分の意思で空中を行き来できることを純粋に楽しく感じた。空中を円を描くように回ったり、身体を反転させながら上へ下へと移動したりと生身の体では絶対にできないこと思う存分味わう。
「遊んでないで行きましょう」
玖月は暢気に飛び回っている雫に半ば呆れ顔で声をかけた。
「行くって、どこに?」
雫は飛び回るのを止め、玖月の方に身体を向けた。
「理解してますか?現世に戻ってきたのはあなたが死んだ真相を調べるためですよ」
「それはわかってるよ。まずはどこに行けばいいんだろうね」
雫は腕組しながら考え込んだ。戻ってきたとはいえ、幽霊である以上行動できる範囲は限られている。その限られた範囲で調べ、推測を立てることはかなり難しい。
「まずは確定書に書かれていたあなたが死んだ場所に行きましょう。ここからそう遠くはありません」
「そういえば、書いてあったね。私が死んだ場所」
二人同時に灯りが少ないぼやけた方向に目をやった。雫が死んだ場所は帰路についていた街道だった。
◇◇◇
「ここだね」
雫と玖月は確定書に書かれていた街道にたどり着いた。日が沈み、すっかり暗くなった街道を等間隔にある街灯の光がぼんやりと照らしている。照らされているのは街道だけではなかった。その場に立つ雫と玖月にも光が降り注いだ。しかし、幽霊である雫と人間ではない玖月には影はできなかった。
時間帯のせいか一人も行き来しておらず、足音や気配もしない。
幽霊である以上人がいる、いないは関係がないかもしれないがいないほうが調べやすくて良い。
「やっぱりここって私の記憶が途切れる前までいた場所だ」
スマホでメッセージを受け取りすぐに返信した直後にあの狭間に迷い込んでいた。
雫は辺りを見回した。
「本当にここなんだよね?私が死んだ場所って。死んだ時間はたしか18時35分だっけ?」
「はい、そのはずです」
雫は玖月に再度確認した。人が夕刻に死んだとは思えないほど、何かしらの変化がまったくなかったからだ。もし、突拍子もない事故が起こったのならその形跡は必ず残るはずだし、外部から傷を受けたなら血痕も落ちているはず。
しかし、その跡はまったく見当たらなかった。むしろ、何かあったと言われたほうが妙に思うほどだった。
「あ、そうだ」
雫はしばらく顎に手を当てて考えた後、何かを思いついたらしく辺りをきょろきょろ見回し始めた。
「なんですか?」
「ちょっと待ってて、20分ほど」
そう言って、一番距離が近い家のブロック塀をすり抜けた。
「すごいすごい、すり抜けられるなんて変な感じ」
おどけた口調で軽く笑いながら、家の中に入っていった。
「……20分はちょっとの時間じゃないと思うけど」
玖月は雫が入って行った方向を見ながらにそっと呟いた。
雫はそう言って、辺りを見回した。やっぱり、何回も首を回しても光明らしきものは見当たらない暗闇。
不気味なほどの暗闇がもう慣れ始めていた。
「当たり前ですよ。出入り口なんてあるわけがない。ここは魂が自動的に送られる場所ではありますが、逆はありません。自由に行き来する力を持っているのは僕たち送り人だけです」
「じゃあ、なおさらどうやって?」
「僕の手を握ってください」
玖月はすっと右手の掌を上に向けながら差し出してきた。
「握ればいいの?」
雫はポンと自分の右手を置き、軽く握った。玖月が雫の右手を握り返した瞬間だった。
「飛びます」
雫が聞き返す暇もなく、玖月は膝を曲げていた。そして雫の右手を握ったまま高く飛び上がった。
「うわっ」
玖月が飛び上がったのと同時に突然の浮遊力が雫を襲う。確かにあったはずの足場がなくなり、声を上げずにはいられなかった。
「な、何?」
瞬きする暇もなく、景色も変わった。暗闇しかなかった景色に色が混ざり、星のような光が散りばめられている。きらきらふわふわとした光が散り、明暗入り混じった歪んだ空間。その中で、玖月と雫は手を握り合いながら浮遊している。
「手を絶対に離さないでください」
玖月は平淡な声と共に雫の手を強く握り締めた。手を置いたとき、ひやりとした冷たさを感じていたのに強く握られたせいでほんのりとした熱を感じる。
「わかった」
雫は小さく頷いた。そして、前触れもなく体が下に引っ張られるようにして落ちていった。
「わわっ」
「離さないで」
突然の感覚に手が緩みそうになったが、玖月は冷静な口調で離れないように力を込める。
雫は本能的に察した。『ここで手を離したら絶対に戻って来れなくなる。永劫にさ迷い続けることになるだろう』と。雫も痛いくらいに玖月の手を握り返した。
玖月と雫は落ち続ける。しかし、雫には恐怖心はなかった。
これは落ちているのではなくどこかに向かっているんだ。玖月の手を離さない限り、そこにたどり着くことが出来る。到着点があるから、恐怖はない。
「あれ?」
向かっていく場所にぽつんとした光が見えた。その光はだんだん大きくなり、目視できなほど眩しくなっていく。雫は光に目が眩み、目を瞑った。
「手はそのままで」
少年の声で雫はすぐに理解した。
きっとあそこが出口だ。現世に戻ることができる。
その光はもうすぐそばまで迫ってくる。
雫はその光に身を任せると光は身体を優しく包みこんでくれた。
「目を開けてください」
「……ん」
少年の声はまるで合図のようだった。雫は強張らせていた体を解き、目をゆっくり開ける。
「おお、戻ってきたんだ」
夕刻の空はすでに闇に変わっていた。この暗闇は生と死の狭間にあった暗闇ではなく、見慣れている夜闇であることに雫はほっと息を吐く。雫と玖月は街の上空で手を繋ぎあったまま漂っていた。
「すごい」
雫の下方には夜闇の中で宝石のように輝いている夜景が広がっている。上空に小さくまだらに散らばっている星々より、街を照らしている夜景のほうが煌びやかで思わず、見入ってしまう。
ここはおそらく住み慣れていた街。目を凝らすと見慣れた一際目立つ高いビルや大きなネオンサインの看板が目に入る。しかし、上空からの街の夜景を直に見るのは初めてだった。夜に変わっただけで住み慣れた街がこうも眩しく感じるなんて不思議な感覚だ。
「手を離しますね」
夜景に見入っていた雫に玖月は反応を待たずに手をさっと離してしまった。
「えっ、ちょっ」
突然離され、雫は戸惑う。戸惑うのも当たり前だ。こうやって、上空に浮かぶことができるのは送り人である玖月が手を繋いでいるおかげだと思っていたからだ。
「なぜ、驚くのですか?もう繋ぐ必要はありません。それにあなたはここでは幽霊なんですよ」
「あ」
玖月から手を離されても落下することはなかった。今の自分は現世でいうところの幽霊なんだ。身体は透けてはいないが、実体はないあやふやな存在。一瞬、自分が幽霊であることを忘れかけていた。
街の幻想的な夜景に思いのほか浮かれていたらしい。
「うわぁ、面白いね。これ」
雫は自分の意思で空中を行き来できることを純粋に楽しく感じた。空中を円を描くように回ったり、身体を反転させながら上へ下へと移動したりと生身の体では絶対にできないこと思う存分味わう。
「遊んでないで行きましょう」
玖月は暢気に飛び回っている雫に半ば呆れ顔で声をかけた。
「行くって、どこに?」
雫は飛び回るのを止め、玖月の方に身体を向けた。
「理解してますか?現世に戻ってきたのはあなたが死んだ真相を調べるためですよ」
「それはわかってるよ。まずはどこに行けばいいんだろうね」
雫は腕組しながら考え込んだ。戻ってきたとはいえ、幽霊である以上行動できる範囲は限られている。その限られた範囲で調べ、推測を立てることはかなり難しい。
「まずは確定書に書かれていたあなたが死んだ場所に行きましょう。ここからそう遠くはありません」
「そういえば、書いてあったね。私が死んだ場所」
二人同時に灯りが少ないぼやけた方向に目をやった。雫が死んだ場所は帰路についていた街道だった。
◇◇◇
「ここだね」
雫と玖月は確定書に書かれていた街道にたどり着いた。日が沈み、すっかり暗くなった街道を等間隔にある街灯の光がぼんやりと照らしている。照らされているのは街道だけではなかった。その場に立つ雫と玖月にも光が降り注いだ。しかし、幽霊である雫と人間ではない玖月には影はできなかった。
時間帯のせいか一人も行き来しておらず、足音や気配もしない。
幽霊である以上人がいる、いないは関係がないかもしれないがいないほうが調べやすくて良い。
「やっぱりここって私の記憶が途切れる前までいた場所だ」
スマホでメッセージを受け取りすぐに返信した直後にあの狭間に迷い込んでいた。
雫は辺りを見回した。
「本当にここなんだよね?私が死んだ場所って。死んだ時間はたしか18時35分だっけ?」
「はい、そのはずです」
雫は玖月に再度確認した。人が夕刻に死んだとは思えないほど、何かしらの変化がまったくなかったからだ。もし、突拍子もない事故が起こったのならその形跡は必ず残るはずだし、外部から傷を受けたなら血痕も落ちているはず。
しかし、その跡はまったく見当たらなかった。むしろ、何かあったと言われたほうが妙に思うほどだった。
「あ、そうだ」
雫はしばらく顎に手を当てて考えた後、何かを思いついたらしく辺りをきょろきょろ見回し始めた。
「なんですか?」
「ちょっと待ってて、20分ほど」
そう言って、一番距離が近い家のブロック塀をすり抜けた。
「すごいすごい、すり抜けられるなんて変な感じ」
おどけた口調で軽く笑いながら、家の中に入っていった。
「……20分はちょっとの時間じゃないと思うけど」
玖月は雫が入って行った方向を見ながらにそっと呟いた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる