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笑いこらえるのに必死だったわ
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「変わってなかった」
「うん」
ここだけ女性の声が一際ざわめき、予想通りの長蛇の列が長く延びている。
客が減る気配がしない。むしろさきほどよりも列が長くなっている気がする。
ある光景に目がいった。燕尾服の男性が扉から出て先頭の女性客の一人を案内しようとしている。その振る舞いはスマートで女性は頬を紅潮させ、男性をぼうと見つめながら店内に入っていった。
「ここって一応料理店だよな」
来店したことがないためわからないが店側にとっても客にとっても料理の味が二の次になっているのではないのか。別のところに金をかけている気がするのは気のせいか。私はどこまでも続いている列から視線を離さないまま歩いた。
「怜、あぶない」
「え?」
どん。
「痛って」
うさぎが声を発したのと同時にだれかにぶつかった。
(もっと早めに声を掛けろよ)
私は心の中でうさぎに毒づいた。
私は顔に手を当てながらその人物を見上げた。
「うげっ、おまえは」
思わず声を出してしまった。目の前の人物も目を見開いている。
昨日、私が毒づきまくったシオンがそこにいた。シオンは昨日のラフな服装ではなくここの従業員として燕尾服を綺麗に着こなし、髪も整えている。元々が端麗な顔立ちなためその姿は意外と様になっている。
ここで働いていることは知っていたけどいきなり会う羽目になるとはヒロイン補正というものはなんてやっかいな体質なんだ。
シオンは私をじっと見据えていた。その瞳から何を考えているかわからない。昨日の今日だから正直居心地が悪い。紅茶色の瞳が揺れ、視線をゆっくりと地面に落とした。地面に何かあるのか?私もつられてシオンの視線を追った。
「メガネ?」
メガネが落ちている。シオンはそのメガネを拾い上げた。よく見るとフレーム部分にヒビが入っている。もしかしてこのメガネはシオンのものでぶつかった拍子に落としてヒビが入ったのか?
「それあんたの?」
気まずい空気を感じながらも口を開いた。
「まぁね。仕事の時しかかけないけど」
シオンは怒るわけでも落ち込むわけでもなく淡々と答えた。
「といっても今は休憩中だけど」
メガネのフレームを動かしながら言った。やっぱり落としたときに壊れたのか?落としただけでヒビが入るなんてなんて脆いメガネだ。
「もしかして、私が踏んで壊した?それなら謝るけど」
私は心にもない謝罪を口にする。
「俺ね、別にメガネをかけないと見えないってわけじゃないんだ」
シオンはにっこりと笑った。
なぜだろう。その笑顔がかなり意味深に見えるのは。
「このメガネ金貨8枚だけど気にしないで」
今なんて言った。金貨8枚って聞こえたぞ。たしか金貨1枚が私の世界のお金で換算すると8万円。
ということは8万!?メガネを買ったことがないためそれが平均的に高いかわからないが、8万は高い。
シオンは呆気にとらわれている私にかまわず話を続ける。
「君って優しいね」
「は?」
「ぶつかっただけの人間にそうやって謝れるなんてびっくりしたよ。感心する」
なんだか嫌味っぽく聞こえる。
「そんな優しい君だから」
シオンはいきなり距離を詰めてきた。その距離は互いの服が擦れそうなほどの距離だ。
「メガネが自分のせいで壊れたことに責任を感じてくれてるよね」
シオンはにんまりと嫌らしい笑顔を向けてきた。
「今手持ち少ないから弁償は無理」
「まさか、お金なんて取らないよ」
ぐっと体ではなく顔を近づけてくる。
「お金以外の誠意の見せ方って知ってる?」
シオンは目の前でこれ見よがしにネクタイを緩める。
「金貨8枚分の誠意なんて君次第ですぐにチャラになるよ」
「………」
「今日の仕事が終わったら僕の家に」
「………ちっ」
私はシオンの指に掛けられていたメガネを素早く抜き取った。
「!?」
突然の私の行動に目を丸くしている。
「れ、怜?」
うさぎも同じような反応をしている。ちらりと横目でうさぎを見ると少女漫画のワンシーンを見ているかのように頬を赤らめさせていた。たしかに今のシーンは完全少女漫画の王道シーンだ。
今の場面はよく見かける。例えば、ヒロインが男性キャラの私物をあやまって汚し又は壊してしまい、そのお詫びとして男性キャラの相手をすることになる。最初は男性キャラの意地悪な注文や性格に悪い印象しか抱けないが日に日に意地悪なだけではなく優しい一面があることに気づき惹かれていく。男性キャラも暇潰し程度のヒロインに対しても同じような感情を抱くことになる。
そして紆余曲折を得てハッピーエンド。
今のはまさにそれに近い。ぶつかった拍子にメガネが壊れ、その弁償代としてカラダ?を要求する。ベタにもほどがある。もしかしたら元の身体の持ち主である「レイ・ミラー」だったら要求をしぶしぶながらも受け入れていたかもしれない。
でも、私は違う。たしかにメガネを壊したことに対して罪悪感はあるにはある(砂粒程度の)。
でも、それ以上にこの上なく、ムカついた。侘びを入れる気が失せるほど。
私は奪い取ったシオンのメガネを思いっきり床に叩きつけた。
「なっ」
非難を受ける暇もなく追い討ちをかけるように右足で思いっきり踏みつけた。
パキンと金属音の割れる音が聞こえた。ゆっくり足を退かすと粉々に壊れたレンズとフレームがそこにあった。
「な、な……」
シオンは顔をひきつらせながらワナワナと震えている。私は被っていた帽子を脱ぎ、顔を覆うように押し付けながら、勢いよく上体を曲げ、頭を下げた。
「ごめんなさいっ」
大声で叫んだ。
「は?」
見えないがシオンの呆気にとらわれている姿が目に浮かぶ。それに突然の大声に一斉に視線が集まるのを感じる。
「私とぶつかった拍子に落とされたメガネを間違って踏みつけてしまって本当に申し訳ございません」
淡々とだが、できるだけ周りに聞こえるようにわざと声を大きくする。
。
「そしてありがとうございます。こんなに粉々にしてしまったのにわざとじゃないから弁償しなくていいなんて。銅貨一枚も払わなくていいなんて私、嬉しくて涙が出てしまう」
小刻みに震えて見せた。もちろん演技だ。周りはこちらを見ながらひそひそ話している。
「ねえ、あの人、あの服」
「シオンさんよね。女性に優しいって評判の」
「メガネを壊されてもお金はいらないなんて……やっぱり優しい人なのね」
「わざとじゃないからお金はいらないなんてなかなかできないわ」
「あの子、シオンさんに感謝しないと」
「そうよ、お金を払わなくて済んだんだから」
周りの野次馬、特に列に並んでいた女性客はシオンに尊敬と好意の声を上げている。私はちらっと帽子をずらし、シオンを見た。
絶句している。私のあまりにもの突飛な行動に感情が追いついていないようだ。周囲の声はもちろんシオンの耳にも届いていたはずだ。
「本当に申し訳ございませんでした。そしてありがとうございます。そしてさようなら」
私は帽子を顔に押し付け、顔を下げたままその場を去った。
☆★☆★☆★☆
「……っ、笑いこらえるのに必死だったわ」
私はもうバロンが見なくなった場所まで来た瞬間、顔を覆っていた帽子を取り払った。
「怜、どうして帽子を顔に押し付けたの?」
帽子の軽いシワを伸ばし、被り直したときうさぎが聞いてきた。
「念のためだ。あれだけ目立つことしちゃったんだから顔とか覚えられたら面倒だろ。それに演技もしやすいし」
途中で笑いがこぼれそうになっても帽子で顔を覆っていたため小刻みの震えを泣いていると勘違いしやすい。
「僕びっくりしちゃったよ。突然足で踏みつけるなんて」
「私も最初は踏みつける気はなかったけど」
「けど?」
「途中からどうしようもなくイラっとしたんだからしかたがない」
少女漫画とか乙女ゲームで男キャラに攻められてヒロインがドキっとしているシーンがあるけど、あれの一体どこにドキっとする要素があるんだ。実際にやられるとイラっとしかしなかった。
正直ぶん殴りたいと思うほど。
よく考えたら落としただけでメガネのフレームにヒビが入るってなんか嘘くさいな。
最初から壊れていたんじゃないのか?それを考えたらまたイライラしてきた。
「うん」
ここだけ女性の声が一際ざわめき、予想通りの長蛇の列が長く延びている。
客が減る気配がしない。むしろさきほどよりも列が長くなっている気がする。
ある光景に目がいった。燕尾服の男性が扉から出て先頭の女性客の一人を案内しようとしている。その振る舞いはスマートで女性は頬を紅潮させ、男性をぼうと見つめながら店内に入っていった。
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「え?」
どん。
「痛って」
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(もっと早めに声を掛けろよ)
私は心の中でうさぎに毒づいた。
私は顔に手を当てながらその人物を見上げた。
「うげっ、おまえは」
思わず声を出してしまった。目の前の人物も目を見開いている。
昨日、私が毒づきまくったシオンがそこにいた。シオンは昨日のラフな服装ではなくここの従業員として燕尾服を綺麗に着こなし、髪も整えている。元々が端麗な顔立ちなためその姿は意外と様になっている。
ここで働いていることは知っていたけどいきなり会う羽目になるとはヒロイン補正というものはなんてやっかいな体質なんだ。
シオンは私をじっと見据えていた。その瞳から何を考えているかわからない。昨日の今日だから正直居心地が悪い。紅茶色の瞳が揺れ、視線をゆっくりと地面に落とした。地面に何かあるのか?私もつられてシオンの視線を追った。
「メガネ?」
メガネが落ちている。シオンはそのメガネを拾い上げた。よく見るとフレーム部分にヒビが入っている。もしかしてこのメガネはシオンのものでぶつかった拍子に落としてヒビが入ったのか?
「それあんたの?」
気まずい空気を感じながらも口を開いた。
「まぁね。仕事の時しかかけないけど」
シオンは怒るわけでも落ち込むわけでもなく淡々と答えた。
「といっても今は休憩中だけど」
メガネのフレームを動かしながら言った。やっぱり落としたときに壊れたのか?落としただけでヒビが入るなんてなんて脆いメガネだ。
「もしかして、私が踏んで壊した?それなら謝るけど」
私は心にもない謝罪を口にする。
「俺ね、別にメガネをかけないと見えないってわけじゃないんだ」
シオンはにっこりと笑った。
なぜだろう。その笑顔がかなり意味深に見えるのは。
「このメガネ金貨8枚だけど気にしないで」
今なんて言った。金貨8枚って聞こえたぞ。たしか金貨1枚が私の世界のお金で換算すると8万円。
ということは8万!?メガネを買ったことがないためそれが平均的に高いかわからないが、8万は高い。
シオンは呆気にとらわれている私にかまわず話を続ける。
「君って優しいね」
「は?」
「ぶつかっただけの人間にそうやって謝れるなんてびっくりしたよ。感心する」
なんだか嫌味っぽく聞こえる。
「そんな優しい君だから」
シオンはいきなり距離を詰めてきた。その距離は互いの服が擦れそうなほどの距離だ。
「メガネが自分のせいで壊れたことに責任を感じてくれてるよね」
シオンはにんまりと嫌らしい笑顔を向けてきた。
「今手持ち少ないから弁償は無理」
「まさか、お金なんて取らないよ」
ぐっと体ではなく顔を近づけてくる。
「お金以外の誠意の見せ方って知ってる?」
シオンは目の前でこれ見よがしにネクタイを緩める。
「金貨8枚分の誠意なんて君次第ですぐにチャラになるよ」
「………」
「今日の仕事が終わったら僕の家に」
「………ちっ」
私はシオンの指に掛けられていたメガネを素早く抜き取った。
「!?」
突然の私の行動に目を丸くしている。
「れ、怜?」
うさぎも同じような反応をしている。ちらりと横目でうさぎを見ると少女漫画のワンシーンを見ているかのように頬を赤らめさせていた。たしかに今のシーンは完全少女漫画の王道シーンだ。
今の場面はよく見かける。例えば、ヒロインが男性キャラの私物をあやまって汚し又は壊してしまい、そのお詫びとして男性キャラの相手をすることになる。最初は男性キャラの意地悪な注文や性格に悪い印象しか抱けないが日に日に意地悪なだけではなく優しい一面があることに気づき惹かれていく。男性キャラも暇潰し程度のヒロインに対しても同じような感情を抱くことになる。
そして紆余曲折を得てハッピーエンド。
今のはまさにそれに近い。ぶつかった拍子にメガネが壊れ、その弁償代としてカラダ?を要求する。ベタにもほどがある。もしかしたら元の身体の持ち主である「レイ・ミラー」だったら要求をしぶしぶながらも受け入れていたかもしれない。
でも、私は違う。たしかにメガネを壊したことに対して罪悪感はあるにはある(砂粒程度の)。
でも、それ以上にこの上なく、ムカついた。侘びを入れる気が失せるほど。
私は奪い取ったシオンのメガネを思いっきり床に叩きつけた。
「なっ」
非難を受ける暇もなく追い討ちをかけるように右足で思いっきり踏みつけた。
パキンと金属音の割れる音が聞こえた。ゆっくり足を退かすと粉々に壊れたレンズとフレームがそこにあった。
「な、な……」
シオンは顔をひきつらせながらワナワナと震えている。私は被っていた帽子を脱ぎ、顔を覆うように押し付けながら、勢いよく上体を曲げ、頭を下げた。
「ごめんなさいっ」
大声で叫んだ。
「は?」
見えないがシオンの呆気にとらわれている姿が目に浮かぶ。それに突然の大声に一斉に視線が集まるのを感じる。
「私とぶつかった拍子に落とされたメガネを間違って踏みつけてしまって本当に申し訳ございません」
淡々とだが、できるだけ周りに聞こえるようにわざと声を大きくする。
。
「そしてありがとうございます。こんなに粉々にしてしまったのにわざとじゃないから弁償しなくていいなんて。銅貨一枚も払わなくていいなんて私、嬉しくて涙が出てしまう」
小刻みに震えて見せた。もちろん演技だ。周りはこちらを見ながらひそひそ話している。
「ねえ、あの人、あの服」
「シオンさんよね。女性に優しいって評判の」
「メガネを壊されてもお金はいらないなんて……やっぱり優しい人なのね」
「わざとじゃないからお金はいらないなんてなかなかできないわ」
「あの子、シオンさんに感謝しないと」
「そうよ、お金を払わなくて済んだんだから」
周りの野次馬、特に列に並んでいた女性客はシオンに尊敬と好意の声を上げている。私はちらっと帽子をずらし、シオンを見た。
絶句している。私のあまりにもの突飛な行動に感情が追いついていないようだ。周囲の声はもちろんシオンの耳にも届いていたはずだ。
「本当に申し訳ございませんでした。そしてありがとうございます。そしてさようなら」
私は帽子を顔に押し付け、顔を下げたままその場を去った。
☆★☆★☆★☆
「……っ、笑いこらえるのに必死だったわ」
私はもうバロンが見なくなった場所まで来た瞬間、顔を覆っていた帽子を取り払った。
「怜、どうして帽子を顔に押し付けたの?」
帽子の軽いシワを伸ばし、被り直したときうさぎが聞いてきた。
「念のためだ。あれだけ目立つことしちゃったんだから顔とか覚えられたら面倒だろ。それに演技もしやすいし」
途中で笑いがこぼれそうになっても帽子で顔を覆っていたため小刻みの震えを泣いていると勘違いしやすい。
「僕びっくりしちゃったよ。突然足で踏みつけるなんて」
「私も最初は踏みつける気はなかったけど」
「けど?」
「途中からどうしようもなくイラっとしたんだからしかたがない」
少女漫画とか乙女ゲームで男キャラに攻められてヒロインがドキっとしているシーンがあるけど、あれの一体どこにドキっとする要素があるんだ。実際にやられるとイラっとしかしなかった。
正直ぶん殴りたいと思うほど。
よく考えたら落としただけでメガネのフレームにヒビが入るってなんか嘘くさいな。
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