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「はぁ、なんか眠くなってきた」

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パチンと薪が大きく爆ぜる音に無意識に肩が動く。

…………この暖炉の火も音も見納めか。

私はテーブルで暖炉の火をぼんやりと見つめながら頬杖をつき、最期の一口であるクロワッサンを口に放り込む。一口を喉に通すとコップに注いでいた残ったミルクすべてを口に注ぎ込んだ。

うさぎを待っている間、私はクロワッサンとミルクで軽めの朝食をとっていた。
お腹は一応膨れた、けど。

うさぎが娯楽の神に私の伝言を伝えるために戻って、だいたい1時間。1時間近く暖炉の火を見つめていたためか、興奮の熱はだいぶ引っ込んだ。しかし、熱が引っ込むと次にゆっくりと押し寄せてきたのは何をするのも億劫な、嫌なだるさだった。

ただ立つだけの動作も妙な疲労感を私に感じさせる。

「…………はぁ、気持ち悪っ……ごほっ」

か細い声で呟いた。
このだるさの原因は徹夜のせいか眠気のせいか疲労のせいかストレスのせいか感情の浮き沈みのせいか長い時間走ったせいか咳が止まらないせいか。

…………たぶん全部だな。咳もいまだに止まらないし。

まぁ、頭に血が状態のままよりはマシな状態かもな。イライラしっぱなしだとハゲるって言うし。

うさぎが戻ってきたら私は神に直談判をすることになっている(それまで絶対に戻って来るなと滅茶苦茶言っておいたから絶対に戻ってこないだろう)。それが明日になるのか明後日になるのかわからないけどそれに備えて頭の中でシミュレーションしておかないと。

一体どう言えば、トントン拍子に帰してもらえるのか。
でもその前に先に文句や罵倒が口からどんどん出てきそうな気がするな。帰るためにそれをぐっと我慢するべきか。でも今まで我慢という我慢をしてきたから神との正念場で我慢なんてしたくないな。いや、正念場だから抑えるべきか。でも一発ぐらいはぶん殴らないと気が収まらないし。でもこんな世界に私を送り込んだクソヤロウと言っても相手は曲がりなりにも神だからな。う~む。

……考えないといけないけど。だるくて頭がうまく働かない。

「はぁ、なんか眠くなってきた」

うさぎが娯楽のところに行って1時間、かなりの回数のため息を吐いたと思う。

私はそのまま、テーブルに置いた懐中時計に手を伸ばした。

10時40分。

「……バイトは1時から。はぁ、今日バイトの日じゃなくてよかった……ん?」

…………って、いやいやいやおかしいおかしいおかしい!
なんでもう帰るのにバイトがあるのかないのか気にしないといけないんだ。
別に今日バイトがあっても関係ない。もう行かないって決めたんだから。

「あぁ、ダメだ。また頭に血が上ってきそう」

このままじゃ帰る前に鬱になりそう。

「寝よ」

朝からずっと気分の浮き沈みが激しいのは一睡もしてないせいだ。
ひと眠りしたら少しはスッキリするだろう。どうせうさぎはしばらくこっちに来れないと思うし。

その場から動く気になれない私はテーブルに突っ伏してひと眠りすることを選んだ。顔を伏せると急激な眠気が私を襲ってきた。暖炉のほうからパチンと再び薪が大きく爆ぜる音が耳に入る。でもその音にもう体は一切反応しなかった。

5分後。

「……ねぇ怜!」

「……」

「……ねぇ……ねぇってば」

「……ん」

伏せていた顔を上げてパチッと目を開けて見ると、うさぎが目の前にいた。

「いじっ!?」

私は思わず目の前のうさぎの耳を素早い動きで掴んだ。

「おう、幻じゃなかったのか」

「痛い!いきなりひどいよ!せっかく神様の承諾を得たっていうのに!」

「……はやっ」

ごしごしと目をこすりながらうさぎの耳を放す。

「もう、なんでそんな無反応なの?もっと喜んでくれたっていいじゃん。けっこうはやく戻ってきたんだよ」

涙目になりながらうさぎは顔を近づけて憤慨してきた。

「もっとかかるかと思っていた」

ていうかもっと遅くてもよかった。ぐっすりと寝ようとしていたんだから。

「説得するのに時間がかかるって僕も思っていたんだけど、話してみたら二つ返事で承諾してくれんだよ。一度君に会ってみたいんだって」

なんだよ。そんなに簡単に会えるって知っていたらもっと早く思いついて言い出せばよかった。

「それじゃあ、行こっか」

「は?行くって……」

「君も行ったことがある場所だよ。人間界と二次元世界の中間地点である、あの次元の狭間」

「ああ、あそこか」

「そう。あそこでなら会えるよ」

あそこ好きじゃないんだよな。あの独特な浮遊感はどうしても好きになれない。

「……今から?」

「……?うん、神様にすぐに向かわせるって言ったし、君だって早く神様と話したいんでしょう」

「…………2時間後にしてくれる?」

たしかに早く直談判したいと思っていたけど、こんなに早く会えることになるなんて思っていなかった。まだ、神と話をつけるためのシミュレーションを頭の中でしていない。
何より、眠い。少しぼうっとしている状態なのにまともに神と話なんてできるだろうか。

「眠いんだけど」

再び顔を伏せようとする私の頬をうさぎはむにゅっと挟んで、持ち上げた。

「何言ってるの!君があんなに会わせろって言ったから、こうやって神様との交渉の場を設けたんだよ!?」

「……」

「ちょっとちょっと!瞼を閉じないで! こう見えてけっこう危ない橋を渡ってるんだからね!もし、神様と人間を会わせようなんてことが他の神様たちに知られれば、裁判沙汰になる可能性が高いんだから!僕、神様の世界から追放されるかもしれないんだよ!」

「……」

「だから寝ようとしないでよ!」

「……ちっ」

「舌打ちしないでよ!神様に直談判できたくていいの!?今しかできないんだよ!」

「……はぁ」

ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあうるせぇな。うるさいから眠気が覚めちゃったじゃないか。

「さっさと神と話をつけて、さっさと家に帰る。さっさと連れて行って」

「よし!」

完全に頭が冴えたわけではないが一ついい方法を思いついた。
いざとなったらうさぎを人質に取ればいい。いや、この場合はうさぎ質か。

「じゃあ怜、僕と手を合わせるために右手を出して」

私が右手を出すとうさぎも右手を出して合わせてきた。そうすると手の周囲に一瞬で光が集まってくる。そしてその周囲に光が弾け、魔法陣のようなものが現れた。

その魔法陣の光がどんどん強くなっていく。

デジャブだ。そういえばこれが始まりだったな。
右手を突き出したら、いつのまにか次元の狭間に送られたんだった。

……あ、ヤバイ。だんだんムカついてきた。せっかく落ち着いていたのにまたイライラしてきたじゃないか。どうしてくれるんだ、うさぎ。オマエのせいだぞ。あとでぶん投げてやる。
苛立ちが沸き上がってきたがそれよりも早く光が私の体を包み込み、私の意識がぷつっと消えた。



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