クズヒロインなのになぜか人が寄ってくる

キリアイスズ

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オマエら、最近私に対して図々しいぞ

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「今日は帰らせてほしい。ていうか帰らせろ」

早々に厨房の中に入り、開口一番に言った。正直、今日一日分の気力体力全部さっきの騒動で全部使い切ってしまった。

「マジで心身共に疲弊してるわ。とてもじゃないけどもう仕事するのは無理」

「俺の目がおかしいのか?そんなに疲弊しているようには見えないんだが」

私は現在、腕組みしながらじっと挑むような姿勢で見上げている。

「ま、いいや。今日は帰って良いぞ」

私は少々呆気に囚われた。絶対難色を示すと思っていたのに、意外にもすんなり受け入れられたからだ。

「レイ、アルは何にしろレイをすぐ帰らせるつもりだったんだよ。さすがに怖い目にあったばかりで仕事なんてできないだろうからって」

リーゼロッテはこそっと私に耳打ちしてきた。

「ふぅん。そう」

私はじっとアルフォードの横顔を見つめた。普段どおりに見えるが、そういう気遣いはできるのか。

「じゃ、帰るわ」

そのおかげで私は帰ることができる。

「でも、そのかわり」

着替えるために奥の部屋に行こうとした私をアルフォードは呼び止めた。

「ウィルを迎えに行ってくれないか?」

「は?なんで?」

私は店内の時計をちらりと見た。現在15時45分。迎えに行くにはかなり早い時間帯。
第一、その役目は私には関係ないはずだ。

「ちょっと今日、夕方から忙しくなるんだ。親父の知り合いが遠征漁業から戻ってきたんだ。昨日、久しぶりに会って今日来ることになったんだ。同業者も数人引き連れてな。今からちょっと準備しなきゃいけなんだ。迎えにいくのがかなり遅くなるはずだから、今明るいうちに迎えに行きたいんだ」

「だからってなんで私が?リーゼロッテが行けば良いのに」

「私は今から足りない材料の買出しに行くから。荷物が多くなると思うから遅くなると思うし」

何?あんたも私に迎えに行けっていうのか。

「迎えって言ってもここから孤児院は近いんだ。送り届けてくれればそのまま帰路についてくれていい。鏡で院長に連絡しておくから行ってくれないか?」

「私をすぐ帰らせるつもりじゃなかったのかよ」

だんだんオマエら私に対して図々しくなってきてないか。
ウィルの名前を出せば私がなあなあで了承すると思っているのか。

『レイ』はそうかもしれないが『三波怜』は違うぞ。
(でも、ウィルを迎えにか)

私は膨れ始めた苛立ちを沈静化させ、考え込んだ。

「わかった。送り届けたら帰るから」

「いいのか?もっと嫌がると思ってたけど」

アルフォードは意外そうな顔を向けてくる。

「ちっ」

なんかむかつくわ。

「とりあえず、着替えるわ」

私は二人に背を向け厨房を出ようとしたが、途中で足を止めた。

「オマエら、最近私に対して図々しいぞ」

背を向けず言い放った。これくらいは良いだろ。


☆★☆★☆★☆


「寒っ」

現在、16時。カフェを出て、左通りをまっすぐ歩いている。向かい風がびゅんと音を立てながら吹き乱れ、被っていた帽子が飛ばされないように強く抑えながら前進する。空を仰ぐと太陽は雲に隠れ、どこまでも同じ空模様が続いていた。

「それにしても意外だったよ」

「あ?」

隣にいるうさぎが話しかけてきた。向かい風のせいでうさぎの耳が強く揺れている。耳だけではなく顔もだ。ブサイクうさぎ。
風のせいで声が掠れて聞こえるため口調を強めにしながら聞き返す。

「アルフォードと同じ。迎えにいくことに対してもっと渋るかと。最悪了承したと見せかけて帰ると思ってた」

「最初はそうしようと思ってた」

向かい風がだんだん弱くなってきた。屈んでいた腰を伸ばし、早足で歩く。風が弱くなっても帽子に当てている右手は離さなかった。

「やっぱりさ、昨日のこと一言言ってやりたいんだよ。私によくも迷惑かけやがったなって。場合によっては尻たたく」

私は昨日のことについてあの子にまだ何も言っていない。私がとっくに許していると思っているのなら大間違いだ。

「叩くの?」

「まぁ、叩くは別として。昨日のこと思い出したらムカついてきて」

「子ども相手に?思い出し怒りはやめなって」

「うるさい」

この際、泣こうが喚こうが関係ない。もういい加減分からせてやらないといけない。私は決して優しい善人ではないということを。

「たしか、白樺の木が目印だって言ってたな」

真っ直ぐの街道を歩き、周囲を見回しながら歩いた。この通りは賑やかなメインストリートと違いどこか清閑な佇まいを感じ、等間隔で家々が並んでいる。

「怜、あそこじゃない?」

うさぎが指差した方向を見た。

「ああ、あそこだ」

大きな門構えに白樺の細い木が見えた。辺りを一度、見回し確認する。樹皮が白い木があるのはあそこだけだった。
足を進めて行くにつれ、子どもたちの楽しそうな話し声が耳に入ってくる。
低い柵の前に立ち、庭を覗いた。広い芝生の上で数人の子どもたちが遊んでいるのが目につく。かけっこをしていたり、歌を歌っていたり、寝っ転がっていたりなど様々だ。
庭のちょうど真ん中に大きな石造りの建物が見えた。大きな三角屋根に窓にはステンドグラスがはめ込まれている。
私は芝生の上に一歩足を踏み入れた。足を踏み入れるたび、子どもが一人、また一人と振り向いてくる。私はできるだけ子ども達の視線と合わないように辺りを見回した。

ウィルはいないみたいだ。ウィルは赤毛で目につきやすい容姿をしている。一瞥したら庭にいないことがすぐに理解できた。

(子どもの視線が痛い)
視線が私に集まりつつあった。帽子を深々と被った人間が黙って孤児院の敷地に入ってきたためか子ども達の視線は好奇のものと不審のものに分かれている。

見るな。こっちを見るな。遊んでいろよ、動きを止めてこちらを見るな。
ていうか、大人いないのか大人。
私がここに来ることは事前に連絡が入っているはずだ。

「あなたがレイさん」

建物の中から年配の婦人がゆっくりと歩いてきた。白髪の気品溢れた佇まいで口元のシワでさえ優雅さを感じる婦人だ。婦人は穏やかに微笑みながら近寄ってくる。

「アルフォードくんから話は聞いています。私はこの院の園長をしています」

深々と頭を下げられた。

「どうも」

仰々しく接され一瞬戸惑ってしまったが、私も帽子を取り軽く頭を下げた。

「あの子は?」

「はい、後ろに」

園長が後ろを振り返ると、とぼとぼと歩くウィルがそこにいた。
ウィルは顔を上げず、ずっと俯いたままだ。アルフォードとの喧嘩がいまだに尾を引いているらしく目を少し泳がせ、唇をきつく結んでいる。

「帰るよ」

ウィルの頭上から一言、声を掛けた。
帰りたくないってごねられたらどうしよう。

しかしそんな心配は無用のようで私の言葉にウィルはゆっくりと小さく頷いた。
一応、帰る意思はあるみたいだ。
ウィルは顔を上げ、縋るような大きな瞳で見つめてきた。そしてすっと右手も上げてくる。その動きに何をしてほしいのか察した。

「抱っこはしないよ」

ウィルはわかりやすいくらいショックを受けたような表情を見せた。
揺らいでいる瞳に多少気持ちが傾きかける。しかし傾きかけただけで要望を叶える気はまったくなかった。

「では」

私は園長に軽く頭を下げた。

「はい。ウィルくん、さようなら」

「ばいばい」

穏やかに微笑む園長にウィルはおずおずと小さく手を振った。

横に並んで歩くウィルは再び視線をこちらに向けてきた。今度は私の顔ではなくジャケットに突っ込まれている手のほうをじっと見つめている。

「手も繋がないよ」

「………っ」

私は視線を前に向けたまま淡々と答えた。

街道を私たちは淡々と歩いている。孤児院を出てからすれ違う人が一人もいないため清閑な通りからは私達の二人分の足音しか聞こえない。迎えの時吹いていた風も今は緩んでいたので帽子を手で押さえなかった。

決して早足で歩いているつもりはないが、歩幅がウィルよりある私は追い越すような形になり、横に並んでいたウィルは今は私の後ろを付いてくるように歩いている。

「あのさ―」

「ごめんなさい、おねえちゃん」

昨日の件について切り出そうとした矢先、ウィルが私の言葉を遮った。やっと絞り出たような謝罪の言葉は震えていた。私が厳しい言葉を浴びせようとしたのを察したのだろうか。

「きのうはほんとうにごめんね」

振り返ると大きな紫の瞳に涙が溢れている。瞳だけではなく、ふるふると小刻みに体も震えていた。
私は両手をポケットに突っ込んだまま肩を揺らし、息を吐いた。

「それ、兄貴に言ったら?」

そう言うとウィルはびくりと肩を震わせ、黙り込んでしまった。

「悪いと思ってるなら、謝ったら?」

「おにいちゃんにきらわれちゃった」

「嫌われても謝るべき。それが本当の意味の謝罪だ」

私はくるりと踵を返し、視線を前に向ける。

「謝んないと私も君を嫌う」

「え?そんなのやだっ!」

「じゃあ、ちゃんと兄貴に言いな。帰ったらすぐにでも」

今にも泣き出しそうな声に追い討ちをかけるように声を固くする。


「だいたい、嫌ってるか嫌われてないかくらいわかるだろ」

「え?」

「早く帰るよ。もうすぐだ」

固くした声を少し緩くしながら歩き出した。

「怜」

「なんだよ。うさぎ」

視線だけうさぎに動かしながら、聞き返す。

「泣き出すまで怒鳴りつけるんじゃなかったの?」

「………なんかめんどくさくなった。それにどこで人が見てるかわからないし」

視界に入っていないだけで近くに人がいるかもしれない。往来で姉でもない私が怒鳴りつけでもしたら、下手したら通報ものだ。それにさっさと帰りたい。
だから私はウィルを怒鳴りつけるのをやめた。

「おねえちゃん」


いつのまにかウィルが隣りで並んで歩いている。
ウィルは大きな澄んだ瞳でじっと見上げてきた。

「ぼくのこときらいになった?もう手、つないでくれない?」

「もう二度と私に迷惑をかけなかったら」

「うん」

あ、やってしまった。ここで『嫌いになった』って言えばよかった。言い放った後、すぐ後悔した。
攻略キャラクターならともかくフィクションとはいえ、自分に懐いている子どもにそんな言葉をぶつけるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
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