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もう絶対に会いたくなかった男が目の前にいた
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季節は秋真っ只中。青い空、白い雲、高く昇っている太陽、爽やかな風。石畳に落ちた木の葉が舞い散り、踏みしめるとカサカサと音が鳴る。
今日は良い天気。良い気温。良い風。本当に素晴らしい過ごしやすい天気だ。
むかつくほどいい天気だ。ほんとむかつくわ。
「あ~あ、行きたくな~い、働きたくな~い、寝ていた~い、あ、やだやだ寝る寝る寝るやだやだ寝る寝る寝る、わた~しかわいそう―」
「なにそれ」
「私、かわいそうの歌。作詞作曲三波怜」
今日も町は人で溢れている。あちこちから人の話し声や笑い声が耳に入っている。
私はぜんぜん楽しくない。職場なんかに行きたくない。
今日、昼ギリギリまで寝ていた。かなりギリギリだったため家で昼食を取らず、バタバタ身支度をして家を出た。私は今、その昼食を広場にある屋台のケバフを買い、歩きながら食べているところだった。気だるい身体を無理矢理歩かせているため向かう足が重く、機嫌はすこぶる悪い。
降り注ぐ日光や爽やかな風を浴びるとどうしても思ってしまう。
まさに今日は最高の昼寝日和だと。
なんで行きたくも働きたくもないのに、あんなバタバタしなきゃいけなかったんだ。
マジで今日は何もしたくない。引きこもっていたい。30分も歩くなんてインドア派の私にとってはきつい。歩くたびに苛立ちが募るばかりだった。
でも、やっぱりこのケバフは上手い。いつのまにかあと一口まで食べて続けていた。あの屋台のケバフはしばらくは飽きることがないだろう。それほどこの味のケバフは美味だ。
「あ~あ、行きたくな~い、働きたくな~い、寝ていた~い、あ、やだやだ寝る寝る寝るやだやだ寝る寝る寝る、わた~しかわいそう………」
「またそれ?」
「それほど行きたくないってこと」
もごもごと口に頬張りながら言った。うさぎはそれを呆れながら聞いている。
なんかこのうさぎの視線も慣れてきたな。
「僕まで気が滅入っちゃうよ。陰気なオーラ纏ってると本当に悪いことが起きるよ」
余計な世話だ。無気力が基本私の通常運転なんだから。
ケバフの最後の一口を口の中に放り投げたとき、カフェの青いドアが目に入った。
目についた瞬間ますます気分が沈んでゆく。
働きたくない、めんどくさい、何もしたくない。
そう思いつつもドアの前で突っ立ってるわけにもいかず、とりあえずドアを開けた。
空席はあるがカウンターの席やテーブルに客がちらほら見える。昼時なのでパンケーキを食べている客が多い。
「レイ」
リーゼロッテは入ってきたのが私だとわかると手を振った。私は厨房に顔を出し、アルフォードにも声をかける。
「じゃあ、私今から店に入るから」
「………………ああ」
アルはこちらを振り返らず低い声で答えた。いや、声が低いだけではない。アルフォードが纏っている空気がどんよりとしており、何回もため息を吐いている。
手つきは一応、通常通りに見えるが。
「なんだ。あのわかりやすいくらいの落ちこみようは」
「実は昨日、ウィルくんと大喧嘩したの?」
リーゼロッテがこそっと耳打ちしてきた。
「喧嘩?」
「話は後で。とりあえず、着替えてきて」
「わかった」
私は着替えるため、奥の部屋に向かった。
ウィルと喧嘩?まぁ、喧嘩の内容はだいたいは予想できる。
★☆★☆★☆★
「昨日、ウィルくんを送り届けた時アルに何があったのか説明したの。全部話したとき寝ていたウィルくんをたたき起こしてものすごい剣幕で怒り出して。『あれほど迷子にならないように気をつけろって言っておいたのに勝手にいなくなって周囲に迷惑をかけるなんて何事だ!』って」
着替え終えて店内に入ったとき、リーゼロッテが昨日何があったのか説明してくれた。
案の定、私の予想通りの話だった。
「アルがウィルくんにあんな風に怒鳴ったのは本当に久しぶりだったから、傍にいた私もびっくりししちゃって。その時、ウィルくんも大泣きしちゃってね。なんとか、昨日は二人を宥めて孤児院に帰ったんだけど」
その光景、目に浮かぶ。
「今日もウィルくんを預けるために朝、孤児院にアルが来たんだけどずっと二人無言で気まずそうにしてた」
「それで今に至ると?」
「ええ。普段はウィルくんにあまり怒鳴り散らしたりしないから余計に落ち込んじゃってるみたい」
「怒ったこと後悔してるのあれ。兄貴として怒るのは普通だと思うけど」
兄として叱咤するのは当たり前のことだ。
ウィルは一度、攫われかけた。昨日はそのときと同じように勝手に一人で出歩き、ネコを追いかけて迷子になった。一度、厳しく言って聞かせたはずなのにまた同じことを繰り返したら身内だったら厳しく叱るべきだろう。逆に何も言わないほうがどうかしている。
「怒ったことというより怒り方がまずかったんじゃないかって思っているらしいの」
「怒り方?」
「ほら、怒鳴るのと叱るのはちょっと違うでしょ?アルってウィルくん叱るときは泣かせるような怒鳴り方しないようにしてたから。だから、ウィルくん大泣きしちゃったときはアル、すごく狼狽えちゃって」
「へぇ」
私はひょいと厨房にいるアルフォードの様子を窺った。
やっぱり、何回もため息を吐いている。確かに子どもに対しての叱り方は重要だ。子どものうちから萎縮するような叱り方をしてしまえば、反省や後悔の理由が『悪いことだから』ではなく『大人に叱られるのが怖いから』というものになってしまい、善悪の区別があやふやになる可能性がある。幼年期から植えつけられたものは大人になっても無意識にその記憶がこびりつき、その後の人生にも影響する。
アルフォードはそれを気にしているのか。
「アル、ウィルの親代わりの意識が強いから余計に気にしちゃってるみたいで」
「あいつは親じゃないだろ、兄貴だろ」
「そ、そうなんだけど」
リーゼロッテは心配そうにアルフォードを眺めている。
「ほっといたら?別に業務に支障が出てるってわけでもないだろ?」
「まぁ、一応は」
「それによく言うだろ?“兄弟喧嘩は犬も食わない”って」
「犬?何それ?」
あ、そうか。ここは私のいる世界じゃないからことわざなんてないんだ。
「気にしてもしかたがないってこと」
私はアルフォードから視線をはずした。
「それにあいつを気にしてこっちが業務に支障を出したら本末転倒だし」
「それはわかってる」
他人同士の喧嘩ではなく兄弟喧嘩ならそこまで深刻化することでもない。私だってよく小さい頃から姉と大喧嘩しているが、いつのまにか何事もなかったかのように元に戻る。変に第三者が口を出すよりも自然に身を任せたほうがいい。
「会計いいかしら」
「あ、はい」
客に呼び止められ、リーゼロッテは客の元に駆けた。さきほど心配そうにアルフォードを見ていたため、客に向ける笑顔がどうしてもぎこちなく見えてしまう。
「あそこの客、紅茶とかぼちゃのケーキだって」
「ああ」
客の注文を知らせるため、厨房に入った。
厨房にいるアルフォードは下げた皿を洗ってるところだった。
私は紅茶を入れるため棚から茶葉を出し、カップを用意した。
「………」
「………」
「………」
「………ねぇ、その顔のまま厨房から出ないでよ、マジ鬱陶しいから」
ティーポットに茶葉を入れながら淡々と言った。
「あ?」
「そのまずい顔のまま」
「まずい顔?」
アルフォードは眉根を寄せ、ピタッと皿を洗っている手を止める。
私はお湯が入った注ぎ口の細いポットを持ち上げティーポットにお湯を入れ、茶葉を蒸らすため、そのまま待った。ティーポットの注ぎ口から溢れるお湯をじっと見つめる。
「見てるとケーキがまずくなる顔だ」
「は?どんな顔だよ」
「鏡で見てこいよ。そのまんまの顔だ。自覚あるだろ?」
「………」
「………ったくどいつもこいつも少しはポーカーフェイスできるようにしろよ」
リーゼロッテといいアルフォードといい、なんでこうもわかりやすんだ。見てるとこっちまで気が滅入る。落ち込むのなら私がいないところで落ち込んで欲しい。
十分に茶葉を蒸らしゆっくりティーカップに紅茶を注いだ後、切り分けているかぼちゃのケーキの一切れを皿に乗せる。それをトレイの上に乗せ、注文した客のところに向かおうとする。
「なぁ」
声をかけられ、振り返る。見るとアルフォードは止めていた皿洗いを再開している。
「そんなに俺ってわかりやすい?」
「自覚はあるんだ」
アルフォードが吐いたため息はここ一番のものだった。
ほんと、どいつもこいつもめんどくさい。
「お待たせいたしました」
かぼちゃのケーキと紅茶をカウンターの席にいる客の目前に置いた。
「ごゆっくり」
ぺこりと頭を下げてその場を離れた。
そのとき、ドアを開ける音が聞こえた。
また客か。通常通りの接客をしようと身体を向ける。
「いらっしゃいま………せ」
その客の姿が目に入った途端声がだんだん小さくなる。
ふわっとしたキャラメル色の髪、紅茶色の瞳、人目を惹く容姿。
もう絶対に会いたくなかった男が目の前にいた。
今日は良い天気。良い気温。良い風。本当に素晴らしい過ごしやすい天気だ。
むかつくほどいい天気だ。ほんとむかつくわ。
「あ~あ、行きたくな~い、働きたくな~い、寝ていた~い、あ、やだやだ寝る寝る寝るやだやだ寝る寝る寝る、わた~しかわいそう―」
「なにそれ」
「私、かわいそうの歌。作詞作曲三波怜」
今日も町は人で溢れている。あちこちから人の話し声や笑い声が耳に入っている。
私はぜんぜん楽しくない。職場なんかに行きたくない。
今日、昼ギリギリまで寝ていた。かなりギリギリだったため家で昼食を取らず、バタバタ身支度をして家を出た。私は今、その昼食を広場にある屋台のケバフを買い、歩きながら食べているところだった。気だるい身体を無理矢理歩かせているため向かう足が重く、機嫌はすこぶる悪い。
降り注ぐ日光や爽やかな風を浴びるとどうしても思ってしまう。
まさに今日は最高の昼寝日和だと。
なんで行きたくも働きたくもないのに、あんなバタバタしなきゃいけなかったんだ。
マジで今日は何もしたくない。引きこもっていたい。30分も歩くなんてインドア派の私にとってはきつい。歩くたびに苛立ちが募るばかりだった。
でも、やっぱりこのケバフは上手い。いつのまにかあと一口まで食べて続けていた。あの屋台のケバフはしばらくは飽きることがないだろう。それほどこの味のケバフは美味だ。
「あ~あ、行きたくな~い、働きたくな~い、寝ていた~い、あ、やだやだ寝る寝る寝るやだやだ寝る寝る寝る、わた~しかわいそう………」
「またそれ?」
「それほど行きたくないってこと」
もごもごと口に頬張りながら言った。うさぎはそれを呆れながら聞いている。
なんかこのうさぎの視線も慣れてきたな。
「僕まで気が滅入っちゃうよ。陰気なオーラ纏ってると本当に悪いことが起きるよ」
余計な世話だ。無気力が基本私の通常運転なんだから。
ケバフの最後の一口を口の中に放り投げたとき、カフェの青いドアが目に入った。
目についた瞬間ますます気分が沈んでゆく。
働きたくない、めんどくさい、何もしたくない。
そう思いつつもドアの前で突っ立ってるわけにもいかず、とりあえずドアを開けた。
空席はあるがカウンターの席やテーブルに客がちらほら見える。昼時なのでパンケーキを食べている客が多い。
「レイ」
リーゼロッテは入ってきたのが私だとわかると手を振った。私は厨房に顔を出し、アルフォードにも声をかける。
「じゃあ、私今から店に入るから」
「………………ああ」
アルはこちらを振り返らず低い声で答えた。いや、声が低いだけではない。アルフォードが纏っている空気がどんよりとしており、何回もため息を吐いている。
手つきは一応、通常通りに見えるが。
「なんだ。あのわかりやすいくらいの落ちこみようは」
「実は昨日、ウィルくんと大喧嘩したの?」
リーゼロッテがこそっと耳打ちしてきた。
「喧嘩?」
「話は後で。とりあえず、着替えてきて」
「わかった」
私は着替えるため、奥の部屋に向かった。
ウィルと喧嘩?まぁ、喧嘩の内容はだいたいは予想できる。
★☆★☆★☆★
「昨日、ウィルくんを送り届けた時アルに何があったのか説明したの。全部話したとき寝ていたウィルくんをたたき起こしてものすごい剣幕で怒り出して。『あれほど迷子にならないように気をつけろって言っておいたのに勝手にいなくなって周囲に迷惑をかけるなんて何事だ!』って」
着替え終えて店内に入ったとき、リーゼロッテが昨日何があったのか説明してくれた。
案の定、私の予想通りの話だった。
「アルがウィルくんにあんな風に怒鳴ったのは本当に久しぶりだったから、傍にいた私もびっくりししちゃって。その時、ウィルくんも大泣きしちゃってね。なんとか、昨日は二人を宥めて孤児院に帰ったんだけど」
その光景、目に浮かぶ。
「今日もウィルくんを預けるために朝、孤児院にアルが来たんだけどずっと二人無言で気まずそうにしてた」
「それで今に至ると?」
「ええ。普段はウィルくんにあまり怒鳴り散らしたりしないから余計に落ち込んじゃってるみたい」
「怒ったこと後悔してるのあれ。兄貴として怒るのは普通だと思うけど」
兄として叱咤するのは当たり前のことだ。
ウィルは一度、攫われかけた。昨日はそのときと同じように勝手に一人で出歩き、ネコを追いかけて迷子になった。一度、厳しく言って聞かせたはずなのにまた同じことを繰り返したら身内だったら厳しく叱るべきだろう。逆に何も言わないほうがどうかしている。
「怒ったことというより怒り方がまずかったんじゃないかって思っているらしいの」
「怒り方?」
「ほら、怒鳴るのと叱るのはちょっと違うでしょ?アルってウィルくん叱るときは泣かせるような怒鳴り方しないようにしてたから。だから、ウィルくん大泣きしちゃったときはアル、すごく狼狽えちゃって」
「へぇ」
私はひょいと厨房にいるアルフォードの様子を窺った。
やっぱり、何回もため息を吐いている。確かに子どもに対しての叱り方は重要だ。子どものうちから萎縮するような叱り方をしてしまえば、反省や後悔の理由が『悪いことだから』ではなく『大人に叱られるのが怖いから』というものになってしまい、善悪の区別があやふやになる可能性がある。幼年期から植えつけられたものは大人になっても無意識にその記憶がこびりつき、その後の人生にも影響する。
アルフォードはそれを気にしているのか。
「アル、ウィルの親代わりの意識が強いから余計に気にしちゃってるみたいで」
「あいつは親じゃないだろ、兄貴だろ」
「そ、そうなんだけど」
リーゼロッテは心配そうにアルフォードを眺めている。
「ほっといたら?別に業務に支障が出てるってわけでもないだろ?」
「まぁ、一応は」
「それによく言うだろ?“兄弟喧嘩は犬も食わない”って」
「犬?何それ?」
あ、そうか。ここは私のいる世界じゃないからことわざなんてないんだ。
「気にしてもしかたがないってこと」
私はアルフォードから視線をはずした。
「それにあいつを気にしてこっちが業務に支障を出したら本末転倒だし」
「それはわかってる」
他人同士の喧嘩ではなく兄弟喧嘩ならそこまで深刻化することでもない。私だってよく小さい頃から姉と大喧嘩しているが、いつのまにか何事もなかったかのように元に戻る。変に第三者が口を出すよりも自然に身を任せたほうがいい。
「会計いいかしら」
「あ、はい」
客に呼び止められ、リーゼロッテは客の元に駆けた。さきほど心配そうにアルフォードを見ていたため、客に向ける笑顔がどうしてもぎこちなく見えてしまう。
「あそこの客、紅茶とかぼちゃのケーキだって」
「ああ」
客の注文を知らせるため、厨房に入った。
厨房にいるアルフォードは下げた皿を洗ってるところだった。
私は紅茶を入れるため棚から茶葉を出し、カップを用意した。
「………」
「………」
「………」
「………ねぇ、その顔のまま厨房から出ないでよ、マジ鬱陶しいから」
ティーポットに茶葉を入れながら淡々と言った。
「あ?」
「そのまずい顔のまま」
「まずい顔?」
アルフォードは眉根を寄せ、ピタッと皿を洗っている手を止める。
私はお湯が入った注ぎ口の細いポットを持ち上げティーポットにお湯を入れ、茶葉を蒸らすため、そのまま待った。ティーポットの注ぎ口から溢れるお湯をじっと見つめる。
「見てるとケーキがまずくなる顔だ」
「は?どんな顔だよ」
「鏡で見てこいよ。そのまんまの顔だ。自覚あるだろ?」
「………」
「………ったくどいつもこいつも少しはポーカーフェイスできるようにしろよ」
リーゼロッテといいアルフォードといい、なんでこうもわかりやすんだ。見てるとこっちまで気が滅入る。落ち込むのなら私がいないところで落ち込んで欲しい。
十分に茶葉を蒸らしゆっくりティーカップに紅茶を注いだ後、切り分けているかぼちゃのケーキの一切れを皿に乗せる。それをトレイの上に乗せ、注文した客のところに向かおうとする。
「なぁ」
声をかけられ、振り返る。見るとアルフォードは止めていた皿洗いを再開している。
「そんなに俺ってわかりやすい?」
「自覚はあるんだ」
アルフォードが吐いたため息はここ一番のものだった。
ほんと、どいつもこいつもめんどくさい。
「お待たせいたしました」
かぼちゃのケーキと紅茶をカウンターの席にいる客の目前に置いた。
「ごゆっくり」
ぺこりと頭を下げてその場を離れた。
そのとき、ドアを開ける音が聞こえた。
また客か。通常通りの接客をしようと身体を向ける。
「いらっしゃいま………せ」
その客の姿が目に入った途端声がだんだん小さくなる。
ふわっとしたキャラメル色の髪、紅茶色の瞳、人目を惹く容姿。
もう絶対に会いたくなかった男が目の前にいた。
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