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久しぶりにこれ以上ないほど自分自身に呆れた。

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「また泣くほど?」

「え」

バスティアンはハッと自分の目元を拭った。

「嘘」

自分が泣いていることに気づいていなかったらしい。
何回も何回も拭っているが、涙は零れ続けている。

辺りは真っ暗闇。それを照らしてくれるのはランタンに灯した一本の蝋燭。いつまで経っても助けが来る気配がしないこの状況にセンチメンタルな気持ちになってしまったのだろうか。溜め込んでいたものを涙とともに零れ落とすことによって不安定な心を防衛しているのかもしれない。

私はその涙を凝視する。近くで見たいがため、座りながら少しずつ移動した。ゆっくりと移動し、私と彼の間にあったランタンを追い越すほどバスティアンに近寄った。

「なっ、何?」

私が音もなく近づいたことにぎょっとしている。

「私さ、男の泣き顔って見苦しくてうざくてみっともないって思ってたんだ」

私の言葉を聞いた途端、動かなかった表情筋が動き出し、歪んでいった。
しかし、それでも私は続ける。

「またバカにするの?」

「いいや、今度はバカにしない。今はその………面白い」

「は?」

「あんたの涙、面白い」

「やっぱり、バカにしてるじゃん」

「いや、普通におもしろって思った。なんか猫みたいなつんつんしている男子が涙を流す理由が客が寝ていたからなんて面白い。しかも、さっきとは泣き方が違うし」

面白いとは違うかの知れない。興味深いといった表現のほうが正しいかもしれない。出会って序盤で2回も醜態を晒す攻略キャラクターなんて面白い。変にかっこ付けるキャラクターよりも親近感が沸く。
でも、やっぱり乙女ゲーム。普通、男の泣き顔なんで無様でかっこ悪いものなのに、まるでグラフィックが引き立つような様になった繊細で綺麗な泣き顔だ。ランタンの淡い光が宝石のような瞳と合わさり、より彩って見える。男のくせに泣き顔がきれいってなんか悔しいな。

「ていうか、泣くほどのこと?そんなにムカついた?」

「ムカついたっていうよりも悔しい、自分自身に対して」

「そんなことで?」

私の言葉を聞いた途端、ピクッとバスティアンの肩が揺れた。

「そんなこと?そんなことって何?僕たちがやっているのはお遊戯会じゃないんだ。客は僕たちの舞台を見るためにお金を払い、足を運んでくれているんだ。僕たちはそんな客の期待に応える責任を常に背負っている。たかが一回なんて思ったらプロ失格だよ。同じ演目の劇でも同じ舞台はできないからね」

「………それで?」

「その一度きりしか見れないものを客は見に来ているんだ。そのときだけの舞台を、役者の芝居を、時間を。僕たちは舞台に立つとき常にそう心がけているんだ。だから今日、あんたが眠っている姿を見たとき、すごく悔しかった。眠ってしまうほど今日の舞台は退屈なものだったのかって」

ぎゅっと悔しそうに唇を噛んだ。
それほど悔しかったのか。

「あのさ、訂正するけど私、お金は払ってないから」

「え?」

「私、カフェで働いているんだけど今日の舞台チケットは客からの貰いものなんだ。だから私は一銭もお金を出していない。それに私がここに来たのは一緒に来た二人の付き添い………ていうか半強制的に連れてこられた感じなんだ。だから、好きでここに来たわけじゃない。それにつまんないから寝たっていうよりも眠くなったから寝たって感じなんだよ。分かりやすく言うと肌に合わないんだよ、舞台観劇が」

「だとしたら」

「私みたいなのはそうはいない。ていうかいなかったろ?私以外に寝てる人間」

「だとしたら余計悔しい」

「は?」

「舞台に興味のない人間にだって、満足させる自信はあったんだから」

バスティアンは再び項垂れてしまった。
だんだんめんどくさくなってきた。舞台に対しての感性なんて人それぞれだ。いくら役者でも客の感性にまで口出しはしてほしくない。そもそもリーゼロッテが言うのはカーテンコールの際に、スタンディングオベーションが起こったらしいじゃないか。
ぜんぜん気づかなかったけど。

何百人もの総立ちの賛辞よりも何で女一人の居眠りにここまでこだわるんだよ。

「かわいそう。明日舞台を観劇する客」

「は?」

私の言葉に項垂れていた顔を上げ、睨み付けてくる。

別に慰めるつもりも励ますつもりもない。そもそも嫌われてもいいって思っていたんだから本来ならこのまま放置してもよかった。しかし、ずっと暗い密室の中で隣でウジウジウジウジされると、こっちまで気が滅入る。とりあえずウジウジをやめさせようと思い、そのまま続ける。

「私、舞台に対してまったくの素人だから今から言うことはただの戯言だと思ってくれてもいいから。舞台ってある種の料理みたいなものだと思う。料理人が役者でさ。提供する料理が舞台上の演劇。一流のコックが作った料理を大概の客はうまいって言うだろうね。でもやっぱり料理が口に合わない客だっていると思う」

「何が言いたの?」

「オマエめんどくさい。今日出した料理にこだわり続けて明日見に来る客の腹を満足させられんの?料理を出す客は今日だけじゃないんだろ?」

役者は最高のコンディションで舞台に臨むもの。しかし、どうしても目の前の役者のコンディションが良いとは思えない。

「主役がこれじゃあ、私みたいにただ単に眠かったから寝るんじゃなくて、退屈で寝るって客がたくさんでるかもな。なんか今のオマエ見ているとまずい芝居しそう」

舞台を見に来た客が全員爆睡なんてある意味見ものだ。その光景を思い浮かべ、ハッと鼻で笑った。

「バカにしないでくれる?」

バスティアンはキッと私を睨み付けた。その目元からはもう涙は零れていなかった。

「いつまでも一人の客の態度に引きずるような女々しさ、あるわけない」

「あ、そう。がんばれよバスティ………泣きティアン・泣きタス」

「ちょっ、なんで言い直したの!そのまま言えばよかったのに!」

「なんだよ。さっきまでわんわん泣いてたくせに」

「わんわんは泣いてない!」

「目元、明日腫れるかもよ?」

バスティアンは目を大きく見開き、がばっと立ち上がった。ランタンを持ち上げ、置いてある棚の中を探っている。

「ここら辺に鏡あったと思うけど」

どうやら鏡を探しているらしい。涙で濡らしてしまった目元を一度、確認しようとしている。

鏡?

………………鏡?

「あ」

なんてことだ。

「目元、確認したい?」

「は?何?」

鏡を捜索中に話しかけられたため、返した言葉に苛立ちが交じっている。

「私、持っている」

ごそごそとポケットの中をまさぐると右ポケットに丸鏡の硬い感触が手に当たった。

「ついでに言うと数分でここを出られるかもしれない。ていうかすぐに出られる」

バスティアンは意味がわからないといった様子で眉を顰める。
私は右の掌で自分の顔を覆った。顔だけじゃなく、前髪も乱れるようにぐしゃぐしゃにした。
アホだ。アホにもほどがある。すぐに出られる方法が身近にあったことに気づかないなんてアホすぎる。久しぶりにこれ以上ないほど自分自身に呆れた。

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