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ゆるり

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錬金術士だよ?

(番外編)運営ちゃんの日常4

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 ゲームのシステム開発・運営を担う社員が集うフロアは、基本的にパソコンが並ぶ無機質な雰囲気だ。
 ところどころで屍と化した人が転がっているので、それが生活感(?)を生み出している。決して温かみはないけど。

「……あー、課長。なにしてるんです?」

 数多の視線に背中を押され、仕方なく外神課長に尋ねた。課長がおかしな行動をしてる時に関わりたくないのは、俺も他のみんなと同じなんだけど!

 いつも貧乏くじを引かされるの、いい加減どうにかしたい。
 同期入社の真希曰く「山倉くんなら大丈夫だと思って」らしい。でも、俺だって精神的に疲れることあるんだぞ?

「プロジェクターの設置だよ。今日、モフちゃんがカメレオンに挑むらしいから」
「カメレオンじゃなくて迷彩小竜カモフラミニドラゴンです」

 反射的に訂正しながら、俺を振り返って微笑む課長をジトッと見つめる。
 プロジェクターの設置をしてるのはなんとなくわかってた。それより知りたいのは、なぜそれをフロアの中央に据えているのか、だ。

 俺たちのやり取りを眺めていた庄條さんが口を開く。知りたいことに辿り着かないのがまだるっこしかったんだろうな。

「課長、それ最新の立体投影システム積んでるプロジェクターですよね!? 明るい部屋でもよく見えるっていう、超お高い機械! よく経費で落ちましたね!」
「自腹だよ」
「知りたいのそれじゃねぇんだわ……」

 ワクワクしてる機械オタクな庄條さんと、にこやかに意味わからない返答をしてる課長を見据えて呟いた。
 隣のデスクの真希が小声で「ふれーふれー、山倉くん」と言ってるけど、応援するより援護してほしい。俺には二人にツッコミを入れる技術はない。

「あの、課長。なぜ私物を課内に設置してるんですか?」
「戸刈さん……! ありがとうございます!」

 控えめながらもきちんと尋ねてくれた先輩を拝む。
 優しい人もいるから、ここでの仕事も続けられるんだ。……まぁ、戸刈さんもたまにとんでもないトラブルを引き起こしてくれちゃう人だけど。

「え? みんなもモフちゃんの活躍を観たいだろう?」

 至極当然と言いたげな表情で課内を見渡す課長に、全員が黙り込んだ。作業しつつ耳だけ傾けていた人が大半だったけど、タイピングの音すら一瞬止まる。

 だって、モフちゃんがなにをするか、観たいのは事実なのだ。課長のように、私物のプロジェクターを持ち込んで鑑賞しようと考える人はいなかったけど。

「……お気遣い、ありがとうございます」

 戸刈さんが苦笑しながら答えた。デスクに天兎アンジュラパイラストを置いて癒やされてる人なので、モフちゃん鑑賞が仕事より優先されてしまったのは仕方ない……のか?

「マジで、課長直々の、仕事サボり許可っすか……?」
「自分の仕事量はみんなわかってるだろう? スケジュール調整はそれぞれで考えるといい」
「でも、残業代……」
「このゲーム、売上がとても好調なんだ」

 にこ、という笑みが返ってきた。
 つまり、好調なゲームを担当している特権で、ちょっと融通が利くということか。それでいいのか、この会社。

「……いえーい、今日は鑑賞してから残業だー」

 庄條さんが都合の悪いことから目を逸らして棒読みで言う。課長がすでにここまでしてるんだから、鑑賞会は避けられないもんな。でも俺はちょっと気が咎めるので、仕事しながら観よう。

「楽しみだね」
「まぁ、そうだな」

 ふふ、と笑った真希に肩をすくめて返し、中断していた作業を再開する。できる限り残業しないようがんばるぞ。

「でも、モフちゃんのサーバーって、まだ【隠れ里】の開放率低いよね?」
「そういやそうだな」

 真希に言われて気になったので、ちょっと調べてみる。

 隠れ里というのは、各街のバトルフィールド内に点在する人里だ。街が市場や住宅で賑わっている場所で、隠れ里は種族ごとに分かれて作られた小さなコミュニティ。そこでは、独自の文化・技術が発展している――という設定だ。

「確か、染め士がいる隠れ里は見つかった気がするけど」
「ああ。ぬいぐるみ製作に熱心なプレイヤーが発見したはず」
「でも、ボムとかの、投げる攻撃アイテムを製作してる隠れ里はまだだよね?」

 無言で頷く。

「――つまり、モフちゃんの今回のボス戦は、初めて負ける結果になるかも?」

 残念そうに呟く真希に、俺は「どうだろうなぁ」と返した。

 真希が言う通り、北の森林のエリアボスとの戦いに置いて、ボムなどの投げる攻撃アイテムは必要不可欠なものだ。

 エリアボスに備えて、第二の街とその周辺の隠れ里には様々なお助けアイテムを用意してある。
 青乳牛サファカウのお守りや神殿でもらえる【身代わり守り】はその一部。

 隠れ里では、高品質な薬や様々なボム系アイテムを手に入れることができるし、エリアボスの弱点に関する情報を入手することも可能だ。

 どうやって隠れ里を見つけるかといえば、基本は冒険者ギルドからの指名依頼。
 順調にギルドランクを上げ、ギルドの受付嬢と仲良くなっていると、『隠れ里への物資運び』という依頼が出されるのだ。そこで隠れ里への地図をゲットできる。

 そうして必要なアイテムと情報を集めると、エリアボス戦が格段に楽になるのだが――今のところそこまで辿り着いているプレイヤーがいない。

「でも、モフちゃんだし、いけるんじゃね? 自力でボム作ってるし、ペイントボールっていうオリジナルのアイテムも用意してるし」

 貴重素材を使うボムをたくさん作れるのは、さすがモフちゃんだ。冒険者ギルドへの納品率が下がるくらい、店で買い取りをしてるだけある。
 そのせいで、プレイヤーの多くが冒険者ギルドとの関係が薄くなり、隠れ里の発見が遅れがちになってるんだけど。

 ペイントボール作りは、「まさか……」と言いたくなるくらい予想外だった。
 確かにゴム素材は用意していた。でも、それはで使われる予定で、まだ発見されないだろうと思っていたのだ。

 ……まぁ、ゴムが発見されたのは別に構わない。けど、それでペイントボールを作られるのは、正直ちょっと困った。

 なんせ迷彩小竜カモフラミニドラゴンの弱点は『』と設定されているのだから。ペイントボールはバッチリ該当してしまう。

 つまり、大して攻撃力を持たないはずのペイントボールでエリアボスをクリアできてしまう可能性があるのだ。
 隠れ里で手に入るマーカーはシール状のもので、他のステルス対策はスキルくらいしか考慮してなかったんだよなぁ……。

「ペイントボールはあんまり攻撃力ないし、クリティカルにならなきゃマーカーとしてしか使えないよね?」
「クリティカルにならなきゃ、な」

 真希と顔を見合わせる。
 モフちゃんのステータスは装備での上昇分を含めると、同じレベル帯では高めの方だ。特に幸運値の高さはサーバー内で上位。もともと幸運値が高い種族で、さらにアクセサリーで上乗せされてるからなぁ。

 クリティカル発生率には器用さが関係しているけど、幸運値も大きく影響する。幸運値が高くてある程度の器用さがあれば、クリティカルは高い確率で生じるのだ。

 特にモフちゃんはリアルラック値も高い疑いがあり、その影響力は計り知れない。なんせ、希少種の中でも確率が低い天兎アンジュラパを一発で引いた豪運の持ち主だから。

「――ま、とりあえず鑑賞会楽しみにしようぜ」


◇◆◇ 


 鑑賞会後。
 ご満悦な課長と「可愛くてカッコいい……!」と喜んでる戸刈さんはさておき、多くの同僚が頭を抱えてしまった。

 迷彩小竜カモフラミニドラゴンがファイアボムで大ダメージを負うのはいい。ファイアボムは攻撃力の高いアイテムで、設定した通りのダメージ量だから。

 でも、ペイントボールで呻くのはダメじゃね? 即死攻撃キャンセル、それでいいんか? めっちゃ弱く見えねぇか?

「……調整検討しますか?」
「いや、でも、現時点でペイントボール作れるのはモフちゃんだけだし……」
「残業代賭けてもいいですけど、モフちゃん、ペイントボールを売り出しますよ」
「……ああああ……」

 庄條さんが壊れた。デスクに突っ伏して動かない。新たな屍の誕生だ。

「『本当に倒せるの?』って言われてたんだから、これくらいの抜け道はあってもいいんじゃないかな……」
「それ、仕事したくないから言ってるんじゃね?」

 真希が目を逸らす。自覚があるようで俺は嬉しい。一緒に残業しよう?

「調整はしなくていいよ」
「課長、マジで言ってます?」
「うん。ペイントボールで攻撃キャンセルできたのは、幸運値の高さが大きく影響してるし。モフちゃんくらいステータス上げて挑むなら、それはプレイヤーの努力の結果でしょ。それでクリアするのはズルでもなんでもない」

 微笑みながら言う課長をまじまじと見つめる。
 課長が言うことは間違ってない……かな? 俺たちが、プレイヤーの努力によって得た道を閉ざすのは避けるべきだし。

「課長がそう言うなら了解です。俺だって、余計な仕事はしたくないですから」
「いつもご苦労さま。ノルマ終わったら帰って休むんだよ。みんなも」
「はーい」

 鑑賞会前に今日中に終わらせるべき仕事は済ませてある。つまりこのまま帰宅できるということ。
 モフちゃんの派手な行動で残業が生まれなかったのは初めてでは? 毎回こうなってほしいんだけど。

 パソコンをオフにして、ぐいっと体を伸ばす。
 さぁて、帰ってビールでも飲もうかな。たまには俺もゲームに入って遊んでみてもいいかもしれない。モフちゃんが楽しそうに遊んでるから、俺もしたくなる。異世界の酒場巡りしてみるかな。運営サイドだってバレないようにする必要があるけど。

「お先に失礼しまーす」
「おつかれー。ゆっくり休めよー」

 残業を続ける先輩たちが快く見送ってくれるから、やっぱりこの職場好きだなぁ、と思う。たまに面倒くさいことはあるけど、な。

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