15 / 21
15.二人の決断
しおりを挟む
「君も、俺を、捨てるというのか……?」
静かな声だった。あまりの大きな変化が恐ろしい。マリアは思わず息を飲んで様子を窺った。
武道を修めているルリが傍にいる以上、ピアが傷つけられることはないだろうけれど、心配になるのは仕方ない。
ロイズもいつでもロナルドを押さえられるように、少し身構えていた。ロイズにあまり危ないことをさせたくないので、ロナルドが最低限の紳士的振る舞いを忘れなければいいのだけれど。
「……元々、ロナルド様が望まれた関係で、私はそれを拒否できませんでした。男爵家の妾の子が、侯爵子息様の言葉を拒むなんて不可能だったのです……! こうなってしまったのは申し訳ないと思っています。でも、ロナルド様は私と出会う前から、ユアナ様を虐げるような計画を考えていらしたのですよね? ……でしたら、このような結果になったのは、初めから分かっていたことなのでしょう……」
「ピア……! 君は、俺のことを愛しているんだろう!?」
「……ロナルド様に、愛を告げたことはございません。私は、ロナルド様と父の言葉に従っていただけなのです……」
「そんな……!」
ロナルドはピアに愛されていると思い込んでいたのだろうか。気落ちした雰囲気に嘘はなさそうだ。
なんだか少し可哀想になってくる。ユアナにしようとしていた仕打ちを考えると、救ってやろうとは思えないけれど。
それに、ロナルドだって、真面目に働こうと考えられたなら、領内でいくらかの仕事はできるはずである。それをプライドで拒んでいるから、軟禁という話が出ているだけで。後継ぎではない貴族男性のほとんどは、ロイズのように働いているのが普通なのだ。爵位がほしいと無い物ねだりしているのだから、侯爵に見放されても仕方ない。
「ロナルド様の計画を諌めることもできず、父の言葉に流されて従ってきた私も悪いのです。……私は貴族籍を放棄して、平民になるつもりです」
「っ、なんだと!? 平民になるなんて、そんな無様なことをするつもりか……!?」
ロナルドが愕然とした声を上げる。その言葉に、マリアは思わず眉を顰めた。
平民を無様と罵るのが気に食わない。マリアは貴族だけれど仕事仲間には平民も多いし、領民に対してもそのあり方を尊んでいるつもりだ。決して、蔑むような身分ではない。
そもそもマリアは、前世は普通の日本人だ。つまり平民という立場だったのだ。それを罵られて、いい気がするわけがない。
「……ええ」
平民の母親を持ち、元々母方の祖父母と暮らしたいと望んでいたピアにとっても、そんな選民意識は受け入れられないものなのだろう。声に苦々しさが滲んでいた。
それでも、自分の反省を示すつもりか、ロナルドに向けて言葉を続ける。
「――ロナルド様がそれでも私を愛しているとおっしゃるならば、共に平民になり、夫婦になりましょう。働けば、人並みの生活はできますよ」
自ら負債を背負おうとするような言葉だ。マリアは思わずその自己犠牲精神に眉を顰めたけれど、それがピアなりの責任の取り方なのだと納得した。
息を飲む気配がする。
「……自惚れるなっ! 俺がお前にそこまで執着するわけがないだろうが! いいだろう、お前との関係はここで切る! 今後一切、俺の前に姿を現すなよ!」
怒鳴ったロナルドが、足音も荒く立ち去る。ロナルドにとって、ピアへの愛はその程度のものだったようだ。
「あぁ……終わりました……。これで、私に悔いはない。もう、ロナルド様に、申し訳なく思うのはやめにします……」
涙が滲んだ声。ロナルドへ愛を抱くことはなかったけれど、ピアなりに親しみは持っていたのだろうか。関係が途切れたことに、安堵と共に寂寥を感じているようだった。
静かな声だった。あまりの大きな変化が恐ろしい。マリアは思わず息を飲んで様子を窺った。
武道を修めているルリが傍にいる以上、ピアが傷つけられることはないだろうけれど、心配になるのは仕方ない。
ロイズもいつでもロナルドを押さえられるように、少し身構えていた。ロイズにあまり危ないことをさせたくないので、ロナルドが最低限の紳士的振る舞いを忘れなければいいのだけれど。
「……元々、ロナルド様が望まれた関係で、私はそれを拒否できませんでした。男爵家の妾の子が、侯爵子息様の言葉を拒むなんて不可能だったのです……! こうなってしまったのは申し訳ないと思っています。でも、ロナルド様は私と出会う前から、ユアナ様を虐げるような計画を考えていらしたのですよね? ……でしたら、このような結果になったのは、初めから分かっていたことなのでしょう……」
「ピア……! 君は、俺のことを愛しているんだろう!?」
「……ロナルド様に、愛を告げたことはございません。私は、ロナルド様と父の言葉に従っていただけなのです……」
「そんな……!」
ロナルドはピアに愛されていると思い込んでいたのだろうか。気落ちした雰囲気に嘘はなさそうだ。
なんだか少し可哀想になってくる。ユアナにしようとしていた仕打ちを考えると、救ってやろうとは思えないけれど。
それに、ロナルドだって、真面目に働こうと考えられたなら、領内でいくらかの仕事はできるはずである。それをプライドで拒んでいるから、軟禁という話が出ているだけで。後継ぎではない貴族男性のほとんどは、ロイズのように働いているのが普通なのだ。爵位がほしいと無い物ねだりしているのだから、侯爵に見放されても仕方ない。
「ロナルド様の計画を諌めることもできず、父の言葉に流されて従ってきた私も悪いのです。……私は貴族籍を放棄して、平民になるつもりです」
「っ、なんだと!? 平民になるなんて、そんな無様なことをするつもりか……!?」
ロナルドが愕然とした声を上げる。その言葉に、マリアは思わず眉を顰めた。
平民を無様と罵るのが気に食わない。マリアは貴族だけれど仕事仲間には平民も多いし、領民に対してもそのあり方を尊んでいるつもりだ。決して、蔑むような身分ではない。
そもそもマリアは、前世は普通の日本人だ。つまり平民という立場だったのだ。それを罵られて、いい気がするわけがない。
「……ええ」
平民の母親を持ち、元々母方の祖父母と暮らしたいと望んでいたピアにとっても、そんな選民意識は受け入れられないものなのだろう。声に苦々しさが滲んでいた。
それでも、自分の反省を示すつもりか、ロナルドに向けて言葉を続ける。
「――ロナルド様がそれでも私を愛しているとおっしゃるならば、共に平民になり、夫婦になりましょう。働けば、人並みの生活はできますよ」
自ら負債を背負おうとするような言葉だ。マリアは思わずその自己犠牲精神に眉を顰めたけれど、それがピアなりの責任の取り方なのだと納得した。
息を飲む気配がする。
「……自惚れるなっ! 俺がお前にそこまで執着するわけがないだろうが! いいだろう、お前との関係はここで切る! 今後一切、俺の前に姿を現すなよ!」
怒鳴ったロナルドが、足音も荒く立ち去る。ロナルドにとって、ピアへの愛はその程度のものだったようだ。
「あぁ……終わりました……。これで、私に悔いはない。もう、ロナルド様に、申し訳なく思うのはやめにします……」
涙が滲んだ声。ロナルドへ愛を抱くことはなかったけれど、ピアなりに親しみは持っていたのだろうか。関係が途切れたことに、安堵と共に寂寥を感じているようだった。
33
お気に入りに追加
335
あなたにおすすめの小説
【完結】え、お嬢様が婚約破棄されたって本当ですか?
瑞紀
恋愛
「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」
婚約を公表する手はずの夜会で、突然婚約破棄された公爵令嬢、フェリシア。父公爵に勘当まで受け、絶体絶命の大ピンチ……のはずが、彼女はなぜか平然としている。
部屋まで押しかけてくる王太子(元婚約者)とその恋人。なぜか始まる和気あいあいとした会話。さらに、親子の縁を切ったはずの公爵夫妻まで現れて……。
フェリシアの執事(的存在)、デイヴィットの視点でお送りする、ラブコメディー。
ざまぁなしのハッピーエンド!
※8/6 16:10で完結しました。
※HOTランキング(女性向け)52位,お気に入り登録 220↑,24hポイント4万↑ ありがとうございます。
※お気に入り登録、感想も本当に嬉しいです。ありがとうございます。
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
男爵令息と王子なら、どちらを選ぶ?
mios
恋愛
王家主催の夜会での王太子殿下の婚約破棄は、貴族だけでなく、平民からも注目を集めるものだった。
次期王妃と人気のあった公爵令嬢を差し置き、男爵令嬢がその地位に就くかもしれない。
周りは王太子殿下に次の相手と宣言された男爵令嬢が、本来の婚約者を選ぶか、王太子殿下の愛を受け入れるかに、興味津々だ。
モブなので思いっきり場外で暴れてみました
雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。
そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。
一応自衛はさせていただきますが悪しからず?
そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか?
※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる