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15.二人の決断

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「君も、俺を、捨てるというのか……?」

 静かな声だった。あまりの大きな変化が恐ろしい。マリアは思わず息を飲んで様子を窺った。
 武道を修めているルリが傍にいる以上、ピアが傷つけられることはないだろうけれど、心配になるのは仕方ない。
 ロイズもいつでもロナルドを押さえられるように、少し身構えていた。ロイズにあまり危ないことをさせたくないので、ロナルドが最低限の紳士的振る舞いを忘れなければいいのだけれど。

「……元々、ロナルド様が望まれた関係で、私はそれを拒否できませんでした。男爵家の妾の子が、侯爵子息様の言葉を拒むなんて不可能だったのです……! こうなってしまったのは申し訳ないと思っています。でも、ロナルド様は私と出会う前から、ユアナ様を虐げるような計画を考えていらしたのですよね? ……でしたら、このような結果になったのは、初めから分かっていたことなのでしょう……」
「ピア……! 君は、俺のことを愛しているんだろう!?」
「……ロナルド様に、愛を告げたことはございません。私は、ロナルド様と父の言葉に従っていただけなのです……」
「そんな……!」

 ロナルドはピアに愛されていると思い込んでいたのだろうか。気落ちした雰囲気に嘘はなさそうだ。
 なんだか少し可哀想になってくる。ユアナにしようとしていた仕打ちを考えると、救ってやろうとは思えないけれど。
 それに、ロナルドだって、真面目に働こうと考えられたなら、領内でいくらかの仕事はできるはずである。それをプライドで拒んでいるから、軟禁という話が出ているだけで。後継ぎではない貴族男性のほとんどは、ロイズのように働いているのが普通なのだ。爵位がほしいと無い物ねだりしているのだから、侯爵に見放されても仕方ない。

「ロナルド様の計画を諌めることもできず、父の言葉に流されて従ってきた私も悪いのです。……私は貴族籍を放棄して、平民になるつもりです」
「っ、なんだと!? 平民になるなんて、そんな無様なことをするつもりか……!?」

 ロナルドが愕然とした声を上げる。その言葉に、マリアは思わず眉を顰めた。
 平民を無様と罵るのが気に食わない。マリアは貴族だけれど仕事仲間には平民も多いし、領民に対してもそのあり方を尊んでいるつもりだ。決して、蔑むような身分ではない。
 そもそもマリアは、前世は普通の日本人だ。つまり平民という立場だったのだ。それを罵られて、いい気がするわけがない。

「……ええ」

 平民の母親を持ち、元々母方の祖父母と暮らしたいと望んでいたピアにとっても、そんな選民意識は受け入れられないものなのだろう。声に苦々しさが滲んでいた。
 それでも、自分の反省を示すつもりか、ロナルドに向けて言葉を続ける。

「――ロナルド様がそれでも私を愛しているとおっしゃるならば、共に平民になり、夫婦になりましょう。働けば、人並みの生活はできますよ」

 自ら負債を背負おうとするような言葉だ。マリアは思わずその自己犠牲精神に眉を顰めたけれど、それがピアなりの責任の取り方なのだと納得した。

 息を飲む気配がする。

「……自惚れるなっ! 俺がお前にそこまで執着するわけがないだろうが! いいだろう、お前との関係はここで切る! 今後一切、俺の前に姿を現すなよ!」

 怒鳴ったロナルドが、足音も荒く立ち去る。ロナルドにとって、ピアへの愛はその程度のものだったようだ。

「あぁ……終わりました……。これで、私に悔いはない。もう、ロナルド様に、申し訳なく思うのはやめにします……」

 涙が滲んだ声。ロナルドへ愛を抱くことはなかったけれど、ピアなりに親しみは持っていたのだろうか。関係が途切れたことに、安堵と共に寂寥を感じているようだった。

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