上 下
12 / 21

12.怒る男

しおりを挟む
 幸せそうなユアナを見れたのは嬉しい。
 一方で、ロナルドの方がどうなっているかと言うと――。

「おかしいじゃないか! 俺はずっとユアナの婚約者だったんだぞ! それをこんな一方的に婚約解消だなんて、リスト侯爵家を馬鹿にしているのか!?」

 ユアナとの交友を深めて、立ち去ろうと馬車までやって来たマリアとロイズは、憐れな様子で喚くロナルドの姿を目撃することになった。
 まだバレていないからと、ロイズの腕を引いて柱の陰に身を隠す。ロイズは「やれやれ、またゴシップ好きの血が騒いだのかな?」と呟きながらも従ってくれた。

「馬鹿になどしておりませんよ。婚約解消はリスト侯爵閣下との話し合いの末に決まったことでございますれば」

 それはそうだ、とマリアは思わず頷いた。婚約破棄ではないのだ。リスト侯爵も納得の上の婚約解消だろう。
 納得せざるを得なくなったのは、ロナルドのやらかしのせいであるのは間違いない。リスト侯爵はロナルドを叱っていないのだろうか。婚約者を子爵家の次男にとられたと、ロナルドは既に社交界の笑い者になっているはずだけれど。

「っ! ……執事じゃ話にならん! メルシャン伯爵と会わせろ!」
「お館様はただいま留守にしております。アポイントメントをお取りになった上でお越しいただきますよう、お願い申し上げます」
「このっ……! ユアナだ! ユアナを出せ!」
「ユアナ様は現在お客様を接待中でございます。アポイントメントをお取りになった上でお越しいただきますよう、お願い申し上げます」

 一つ返事をする執事に、ロナルドのこめかみに青筋が浮かぶ。

「血管が切れて倒れたりしないかしら。それでメルシャン伯爵家に責を擦り付けられたら、私が弁護して差し上げるけれど」
「ふはっ……マリアは友達思いだね」
「ユアナ様は良い方だもの」

 婚約者の問題から解き放たれて生き生きとしたユアナは、マリアの目から見ても魅力的な女性だった。友人として末長い付き合いをしたいというのは本心だ。

「接待って、誰だ!? 俺より優先されるというのか!?」
「リディクト伯爵家のマリア様でございます」
「なっ……!?」

 怒鳴るロナルドの勢いが止まった。マリアの名前は、ロナルドにも有効だったらしい。
 辞去を伝えてここにいる以上、マリアは既に接待を受けてはいないけれど、名前を使われていることに否やはない。ここでリカルドの名前が出されるより、平穏にロナルドを退けられるのは確かだろうから。
 マリアの存在に気づいていて、申し訳なさそうに目礼した執事に微笑み頷いてやる。

「……なぜ、マリア嬢がメルシャン家に」
「先日、お茶会にお越しになられた際に、メルシャン伯爵家の緑茶について、マリア様とのお取引が決まりまして。その際に、ユアナ様と個人的に仲良くなられたようです」
「ユアナと……マリア嬢が……」

 何故か愕然とした面持ちなのだけれど、そんなにマリアがユアナと友人付き合いをすることがおかしなことだろうか。
 首を傾げるマリアの耳元に息がかかる。くすぐったい。

「きっと、逃した魚の大きさに気づいたんだよ。マリアはあまり社交界での交友関係が広くないからね。仲良くなりたいと思っている人は数知れないけど。その栄誉をユアナ嬢が勝ち取ったとなれば、婚約者であった時なら自慢に思えるものだったんだろう」
「まあ……私、そこまで凄い存在だと思われているの? 忙しくて貴族のお友達をなかなか作れないだけなのだけれど」

 自分の名前が独り歩きしているようで気に入らない。不満さを籠めて呟くと、ロイズがフッと笑った。

「それが希少価値を生んで、ユアナ嬢の名誉回復に役立っているんだから、今は受け入れておきなよ」
「……あなたがそう言うなら、そういうことにしておくわ」

 ロイズの息が耳にかかるのが気になって、話の内容がどうでもいいことに思えてきた。咄嗟に柱の陰に引き込んだけれど、ロイズと密着することになったのは失敗だった。
 頬が熱くなった気がして、マリアはなんとか意識を他に逸らそうとする。ロイズが愉快そうに微笑んだ息遣いが、やけに大きく聞こえた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~

通木遼平
恋愛
 この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。  家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。 ※他のサイトにも掲載しています

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...