上 下
8 / 21

8.婚約者

しおりを挟む
 上手いこと契約が済んでほくほく気分のマリアは、緑茶の豊かな香りを楽しみながらユアナとの歓談を続けた。
 同じ伯爵家といえども、ユアナの方が二つ歳上ということで、これまであまり付き合いがなかったのだ。ロナルドとの関係も気になるし、ここは少し仲良くなっておきたい。

 どうロナルドについての話を聞こうかと考えていたら、ユアナの方が先に口を開いた。

「――マリア様は婚約者の方と仲がよろしいのですね」
「え、……ええ。元々幼馴染みのようなものですから」
「トーナー子爵家といえば、リディクト伯爵家の縁戚でしたわね。……マリア様と婚姻されたら、婿入りなさるのですよね?」
「そうですね。まあ、マリアが既に領地運営も行っているので、私は婿という立場以上にはならないでしょうが」

 ロイズの答えにユアナの目が少し見開かれた。男性優位の貴族社会では、ロイズの考え方は珍しいものだろう。
 ロイズの家がマリアの家の寄子よりこのようなものだからこそ、成り立つ関係だ。ロイズ自身に出世心があまりないのも理由か。

「そうですの……。私の婚約者も、同じように考えてくだされば良かったのですが……」

 ユアナが俯きがちに呟く。その声音には、既に諦めの色があった。ユアナも現在噂されていることは知っているらしい。ロナルドの計画をどこまで把握しているかは知らないけれど。
 もし知っているなら、ユアナがどうこうする前に、メルシャン伯爵が動きそうなものだ。ロナルドがメルシャン伯爵家を乗っ取り、正統な血筋を離れに押しやるなんて、伝統を重んじる貴族が許容できることではない。親としての立場で考えると尚更だ。

「ユアナ様の婚約者は、リスト侯爵家のロナルド様でしたわね? ……あまり、良い噂を聞きませんが」
「……マリア様の耳にも入ってらしたのね。ロナルド様は、昔はもっと謙虚で素敵な方でしたのに……変わってしまわれましたわ……」

 困った様子で頬に手を添え、ユアナが過去を思い出すように目を細める。その様子に、ロイズが軽く肩をすくめた。それが気になって視線を向けると、ロイズは声を出さずに唇を動かす。

(ロナルド・リストは下の者に横暴だと、わりと昔から言われていたよ。婚約者関係の相手にだけ、良い顔をしていたんだろうね)
(まあ……ロイズも何かされたことがあって?)
(僕は幼い頃から君の婚約者に決まっていたからね。そこまで酷いことをされたことはないけど、友人たちが色々されているのは見たことがあるよ)
(……なんて人なの)

 無言のやり取りに、思わず眉間が寄ってしまいそうになるのを、必死に堪えた。ユアナに悟られて、これを説明するのは申し訳ない。既に傷ついているのに、追い打ちをかけるようなものだ。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたは知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

どうせ愛されない子なので、呪われた婚約者のために命を使ってみようと思います

下菊みこと
恋愛
愛されずに育った少女が、唯一優しくしてくれた婚約者のために自分の命をかけて呪いを解こうとするお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

平凡令嬢の婚約

西楓
恋愛
男女年齢問わず魅了する傾国の美貌の父をもつ平凡令嬢が、自分の幸せを掴もうと四苦八苦する話。平凡令嬢は穏やかな日々をおくることができるか。

処理中です...