上 下
1 / 12

聞き捨てならない言葉

しおりを挟む
放課後の校舎は閑散としていた。最上級生が卒業を間近に控えたこの時季は授業も少なくなり、登校してくる人数も限られているからだ。
卒業後、仕事や結婚で忙しくなる前に、友人たちとの最後の交流を楽しむ――現在はそんな期間だった。

クローネ・フランは足音を忍ばせながら、こっそりと一つの教室へ向かっていた。
今日は久しぶりに彼女の婚約者であるレアル・シュケルが登校してきたので、一緒に帰ろうと思ったのだ。
こっそりと近づいたのは、驚かせたかったから。ただ、それだけ。
ただそれだけだったのに――

「レアルは卒業したらすぐに婚約者と結婚するんだろー?」

教室内から聞こえてきたのは、レアルの友人であるペソの声だった。

「ああ。クローネは花の多い季節に結婚式を挙げたいと言っていたからな」
「へぇ~。クローネ嬢は意外と乙女チックなんだな」

レアルが答えると、もう一人の友人であるユーロも会話に加わる。
教室に入ろうとしていたクローネは、自分が話題となっていることに気まずさを覚え、ドアの前で立ち止まった。

「クローネ嬢って、華やかさよりも機能性とか合理性を好みそうなイメージだったけど」
「そうか?」
「ほら、いつもキリッとしてるからさ。背も高いし、あんまり装飾品とか付けてないから、女の子っぽい物が嫌いなのかと思ってたよ」
「いや、クローネは割と可愛い物が好きだぞ? 特に犬や猫みたいな小動物には目が無いくらいだ」

話題がなかなか変わらず、室内に入るに入れないクローネ。どうしようかと悩んでいるとようやく話が自分から逸れ始めた。

「小動物か~。俺、彼女にするなら子猫みたいな子がいいな! 小悪魔っていうの? ワガママに振り回されたい!」

ペソがそう言うとユーロが反論した。

「猫は気まぐれだから俺は嫌だな。子犬のような子の方がいい」
「はぁ~? 何だよお前、彼女を調教したいの? ヤバっ」
「アホか! 俺はただ、まっすぐに俺だけを愛してほしいんだよ! 一途な子が好きなんだ!」

ペソとユーロには婚約者も彼女もいないので、女性に対する痛々しい理想を語り始める。何だか聞いていて気の毒になってきた。クローネはますます出ていけなくなったので、このまま帰るかとドアに背を向けたその時――

「レアルはクローネ嬢のどういうところが好きなんだ?」

ペソの質問に、足を止めてしまった。
婚約者が思う自分の好きなところ。そんなの、聞きたいに決まっている。
クローネはワクワクした気持ちでレアルの言葉を待った。

「そうだな……強いて言うなら……男らしいところか?」
「「……男らしい???」」

ペソとユーロがぽかんとした顔をする。
クローネはその場で固まった。

「クローネは、騎士の家系だから剣術を嗜んでいるし、護身術も身に着けている。チンピラ程度では彼女に傷をつけることもできまい」
「「お、おう……」」
「筋トレも欠かさないし、最近腹筋が割れてきたと嬉しそうに報告された」
「「そ、そうか……」」
「身体強化の魔術も使えるし、彼女の叔父である第二騎士団長もクローネの腕力はゴリラ並みだと褒めていた」
「いや、さすがにちょっと待て!」
「お前、女の子に対してゴリラって! 失礼にもほどがあるぞ!」

ペソとユーロがレアルを責め立てる。
その時、バンッと勢いよく教室の扉が開いた。

「ク、クローネ?」

突然現れた婚約者に、レアルが戸惑う。
クローネはふるふると拳を震わせながら、涙目でギッとレアルを睨んだ。

「ゴリラで悪かったわね! どうせ私は女の子らしくないわよ! レアルなんてもう知らないっ!」

そう言い捨てると、一年前に贈られたレアルからの婚約指輪を指から引き抜き、勢いよく振りかぶって投げた。指輪はカイーンといい音を立て、見事にレアルの額にヒットする。

「うぐっ」

レアルが痛みにうめく間に、クローネは教室から走り去った。

「うわあああ! クローネ嬢に聞かれてたあああ!?」
「レ、レアルっ! お前、早く追いかけて謝れよ!」

ペソとユーロが取り乱す中、呆然と投げ捨てられた婚約指輪を見たレアルは、ぽつりと呟いた。

「え…? クローネは一体、何で怒ったんだ……?」

嘘だろ――と、ペソとユーロは頭を抱える。
こいつ、さっきの言葉を悪口だと認識していないのか。

「あ、あんなこと言われて傷つかないわけないだろ!」
「女の子相手に、男らしいだのゴリラだの!」
「褒めたのにどうして傷つくんだ?」
「「褒めてたの!?」」

ペソとユーロの叫びが、教室にむなしく響き渡った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。 予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです

あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」 伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

姉の代わりでしかない私

下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。 リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。 アルファポリス様でも投稿しています。

婚約者は一途なので

mios
恋愛
婚約者と私を別れさせる為にある子爵令嬢が現れた。婚約者は公爵家嫡男。私は伯爵令嬢。学園卒業後すぐに婚姻する予定の伯爵令嬢は、焦った女性達から、公爵夫人の座をかけて狙われることになる。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

処理中です...