上 下
16 / 30

16 ネオンサイド その2

しおりを挟む
「お兄さま! 急いでください! お姉さまを見失いますわ!!」

俺は今、末の妹に腕を引っ張られながら広場を走らされている。
以前テルルが言っていたセレンのデートの尾行をしているわけだ。
まさか本当に実行することになるとは……。

セレンにバレないように、二人とも一応変装はしている。俺もテルルも黒髪のカツラをかぶり、色の濃いサングラスをかけた。服装も普段とテイストを変え……両親からは“やんちゃ系カップル”などという不名誉な称号を得た。絶対に知り合いには見つかりたくない。

「お兄さま! お姉さまが声をかけましたわ! あれがお相手のようです!」

テルルが指した方を見れば、セレンが平凡な顔立ちの男に声をかけていた。
え、あれがセレンの相手なのか? ……普通過ぎないか?
いや。外見はともかく、大事なのは中身だ。俺とテルルは二人の会話が聞こえる距離まで接近した。

盗み聞きをしてみれば、なかなか見どころのある男じゃないか。きちんとセレンを褒めている。女慣れしていないのが丸わかりだが、そこがまたいい。

「お兄さま…あの方の着ている服、“エルリッツェ”ですわ…! ただの平民に手の届くブランドではないですわよ…!」

テルルのチェックが発動した。刺繍好きのテルルは服飾関係の目利きもできる。
“エルリッツェ”を普段着にできるということは、ある程度の財力はある男なのだろう。

「お姉さまがすっかり恋する乙女状態ですわ…! あの男、やりますわね…。しかも、的確にお姉さまの好みを突いてくる……。見事です……!」

テルルよ。お前はどういう立ち位置なんだ?

その後、二人を追ってハンバーグ屋に入った。
ロマンティックのかけらもないような外観の店だが、味は抜群だった。
俺も今度はスズを連れて来よう。

しかし、あいつらもう恋人同士なんじゃないのか?
あのいちゃつきぶりで友人とか、無理があるだろ。

「お姉さま、可愛い……尊い……」

テルルがうっとりとセレンを見つめる。
え、お前、本当にどういう立ち位置なの?


結局、サーカス観覧中もカフェで感想を言い合う間も、セレン達は終始いちゃついていた。
一日張り付いていた感想としては、砂を吐きそうなほどに胸やけしたということだ。
俺としては、セレンを大事にしているようだし誠実そうな男だから、このまま見守る方針でいいかと思うのだが……。

「キセノ、というお名前らしいですわね。これから情報を集めないと」

セレンたちが去った後もカフェに残り、カリカリとメモを取り続けるテルル。

「…そこまでしなくてもいいんじゃないか?」
「まあ、お兄さま。キセノさんとやらに、もしも浪費癖や借金などがあったらどうするのです? 今日見た限りでは人間性には問題なさそうですが、まだ安心するのは早いですわよ」
「……そうか。まあ、お前の気のすむようにすればいいが、問題無ければセレンの結婚相手として認めるのか?」
「ええ。問題無ければ」

あっさりと答えたテルルに、俺は驚いた。あれだけセレンに執着していたのに、意外とすんなり認めるんだな…。

「お前もとうとう姉離れする気になったのか?」

からかうような俺の言葉に、テルルはぷくっと頬を膨らませた。

「お兄さま。わたくしがお姉さまのお側にいるのは、時間が無いということを分かっているからですわ」
「どういうことだ?」
「お姉さまもわたくしも、もう子供ではありません。お姉さまは卒業したら、魔術研究所の寮に入るおつもりです。そうしたらもう、今までのようにいつも一緒にはいられませんわ」
「……そうだな」
「もしどちらかが遠くにお嫁に行ったら、それこそ年に一度会うことも難しくなるでしょう」

テルルが真剣な目で俺を見据えた。

「…あと一年しかありません。お姉さまはわたくしのせいで周囲から心無い言葉をぶつけられて、ご自分の恋愛について消極的になっています…。だから、わたくしがお姉さまを幸せにしなくてはと…」
「テルル」

俺はテルルの言葉を遮った。
……テルルはずっと傷ついていたんだ。おそらく、セレンと同じくらい深く。
自分と比較され、大好きな姉が傷つけられる。それは大きなトラウマとなったのだろう。

思えばセレンは、妹よりも地味だと言われ最初はめそめそと泣いていたが、いつからかしっかりと前を向くようになった。あれは…テルルが部屋に引き籠り始めた頃か。
周囲の声を気にせず、オシャレを楽しみ笑顔が増え、友人をたくさん作るようになった。
そしてテルルを部屋から連れ出し、テルルと相性の良さそうな令嬢を紹介していた。

セレンが前向きになったのは、自分がいつまでも泣いていたらテルルを傷つけると気付いたからだろう。本当に俺の妹たちは……。

「テルル、いいか? 確かにセレンは昔、周りからひどいことを言われていたが、それは絶対にお前のせいじゃないんだよ」
「お兄さま……」
「うじゃうじゃ人間がいれば、ろくでもないヤツが混じってるのは仕方ないことだ。そんなクズのためにお前が傷つくことはない。それにな、お前が傷つけば俺も両親も、そしてセレンも悲しむんだぞ」

テルルの瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。

「お前が学園に入学したら…もしかしたらまた、同じようなことが起こるのかもしれない。だが、気にするな。セレンはもうそんなことで傷ついたりしない。お前が笑顔でいれば、セレンも笑っていられるんだ。…分かったな?」

ポロポロ涙をこぼしながら頷くテルルの頭を撫でてやる。

俺の大事な可愛い妹たち。いつの間にかどちらも大人になっていたんだな。
少し寂しい気もするが、俺はお前たちの幸せを願うよ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど『相手の悪意が分かる』から死亡エンドは迎えない

七星点灯
恋愛
絶対にハッピーエンドを迎えたい! かつて心理学者だった私は、気がついたら悪役令嬢に転生していた。 『相手の嘘』に気付けるという前世の記憶を駆使して、張り巡らされる死亡フラグをくぐり抜けるが...... どうやら私は恋愛がド下手らしい。 *この作品は小説家になろう様にも掲載しています

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

〘完〙なぜかモブの私がイケメン王子に強引に迫られてます 〜転生したら推しのヒロインが不在でした〜

hanakuro
恋愛
転生してみたら、そこは大好きな漫画の世界だった・・・ OLの梨奈は、事故により突然その生涯閉じる。 しかし次に気付くと、彼女は伯爵令嬢に転生していた。しかも、大好きだった漫画の中のたったのワンシーンに出てくる名もないモブ。 モブならお気楽に推しのヒロインを観察して過ごせると思っていたら、まさかのヒロインがいない!? そして、推し不在に落胆する彼女に王子からまさかの強引なアプローチが・・ 王子!その愛情はヒロインに向けてっ! 私、モブですから! 果たしてヒロインは、どこに行ったのか!? そしてリーナは、王子の強引なアプローチから逃れることはできるのか!? イケメン王子に翻弄される伯爵令嬢の恋模様が始まる。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

婚約者がハーレムの一員となったのですが・・・え? そんな理由で?

相馬香子
恋愛
リィン・カルナッタ伯爵令嬢には悩みがあった。 彼女の最愛の婚約者が、こともあろうにハーレムの一員となってしまったのだ。 その理由が、リィンにはとても理解しがたいものであった。 常識をぶちこわす婚約者に振り回される、リィンの明日はどっちだ!? 女装、男装が入り乱れる学園ドタバタラブコメディです。 基本的に主人公は溺愛されてます☆

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...