婚約者が可愛い子猫ちゃんとやらに夢中で困っております

相馬香子

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前編

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「シリカ! 俺とソフィアの邪魔をするのは、いい加減やめてくれ!」

気持ちよい昼下がりに不釣り合いな声が学園の中庭に響き渡ります。私は紅茶の入ったカップをゆっくりとソーサーに戻し、声の主を見上げました。

ダークブラウンの長髪を一つに束ねた長身の美形。私の婚約者であるこの国の第三王子、レイダン・ハイドロジェン様です。

「……私は婚約者として、あなたの振る舞いを正しているだけですわ」

私がそう答えると、レイダン様の顔がくしゃりと歪みました。

「君はいつもそうだ! 俺に小言ばかりっ! 確かに君は侯爵令嬢として常に正しく完璧だよ。だが、俺が今求めているのは完璧な婚約者ではない! ソフィアなんだ!!」

ソフィアとは、我がクラスのマドンナ的存在です。そのあまりの愛らしさに、クラス中の人間が骨抜きになっているのですが、その症状が最もひどいのがレイダン様でした。

「レイダン様。私は別にソフィアと関わるなとは申しておりません。適切な距離を取ってくださいとお願いしているのです」
「適切な距離だと!? 君はあれほど愛らしい存在を前にして、距離を取れるというのか!?」
「いくら愛しいからと言って、常に追いかけ回すのはソフィアにとって迷惑なのですよ」
「迷惑だって!?」

レイダン様は全く気付いていませんでしたが、レイダン様がソフィアを追い回すようになってから、ソフィアは常に逃げ回っていました。このままではレイダン様がソフィアに嫌われてしまうと思ったから、私は良かれと思ってレイダン様にアドバイスをしたのですが、かえって彼の心を頑なにしてしまったようです。

「仕方ありません。レイダン様、あなたに真実をお伝えしますわ」
「……どういうことだ?」

これを聞いてしまったら、レイダン様はショックを受けてしまうと思い、今まで隠しておりましたが、これ以上黙っておくのはレイダン様にもソフィアにも良くないでしょう。

「レイダン様。ソフィアを愛しているのは、あなただけではないのですよ」

私はレイダン様の背後に付き従う側近候補たちに視線を向けました。彼らの肩がびくっと跳ねます。それを見たレイダン様は、驚愕の表情を浮かべました。

「ま、まさか、お前たちっ……!」

宰相子息のレニウム様、騎士団長子息のタングステン様、魔道師長子息のビスマス様、三人揃ってレイダン様から顔を背けました。

「彼らも、ソフィアと懇意にしておりますのよ? ねえ? 頭を撫でたり、膝に乗せたりしていましたものね?」
「何だとっ!」

レイダン様の目が吊り上がります。ご自分はまだそんなことさせてもらえていないからです。私は更にレイダン様を追い込むことにしました。

「それに、この私もソフィアと親しくしているのですわ。ソフィアはね……私が触ると、とても良い声で鳴くんですのよ……」
「なっ!? き、君は、まさか……ソフィアをだ、抱いているのかっ!?」

私はそれに答えることはせず、にっこりと微笑みました。ご想像にお任せしますわ。

「レイダン様。ソフィアは皆に愛されているし、ソフィアも皆のことが好きなのです。あなただけが特別ではないのですよ」
「う、嘘だ! ソフィアが最も愛しているのは俺だ! 俺はソフィアの特別なんだっ!」

聞き分けの無い婚約者に、さすがにイライラしてきました。こうなれば、最後の手段です。

「では、確かめましょう」
「……え?」
「あなたと私、どちらがよりソフィアに愛されているのか……当のソフィアに決めてもらえばいいですわ。ちょうどこちらへ来ましたからね」
「ソっ! ソフィアっ!!」

中庭で騒いでいたので、野次馬たちも集まっています。その人垣をすり抜けて、ソフィアがこちらへやってきました。
私とレイダン様の前で、ピタリと歩みを止めます。そして、その大きなブルーアイで戸惑ったように私とレイダン様を交互に見つめてきました。

「……レイダン様。ソフィアが駆け寄ってきた方が、真実ソフィアに愛されている人間ということでよろしいですね?」
「い、いいだろう! ソフィアは俺を選ぶはずなのだから!」

自信満々のようですが、そう上手くはいきませんよ。私たちは同時にソフィアに呼びかけます。

「ソフィア、こちらへいらっしゃい」
「ソフィアっ! 頼む! 俺の、俺の手を取ってくれっ!!」

タッとソフィアが駆け出しました。

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