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第四章 タラッサ連合国編

8.籠る思い

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「お初にお目にかかります。この度、大賢者リーシェライル様にお目通り叶いました事、恐悦至極に存じます」

モモハルムアは跪き恭しく頭垂れ、賢者の塔・中央塔謁見の間にて大賢者リーシェライルに対する。

そして跪いた位置から顔を半分上げ目に入る美しさに息を呑む。
月光降り来る煌めきが凝縮し描く流麗で艶やかな髪を身の半分に被せ、小首を傾げ楽しそうに柔らかな宵闇の星含み輝く瞳を此方へ向け笑む。

噂に違わぬ眩いぐらい端整な面差しであった。
だが、王宮で会ったどの貴人方よりも油断ならぬ雰囲気を感じる。
絡め取られたら最後、怖くて恐ろしいのに身体の芯から魅せられてしまいそうだ。

『心に思う方が居ても、最初からこの体たらく…心して当たらねば…』

モモハルムアは気を引き締めるのであった。

「初めまして…君がモモハルムアなんだね、フレイから話は聞いていたよ」

微笑み答える様は艶麗であり、目に映る一挙手一投足の優雅さに溜息が出そうである。
そんな中、心強く持ち冷静に対応するモモハルムア。

「見知っていて頂けたこと感謝致します」

「此方こそフレイを助けてくれてありがとう…僕はこんなだから直接赴くこと叶わぬ故に、周りで手を貸してくれる者達にとても感謝しているんだよ」

リーシェライルの表情が悲しげに曇ると、周囲に控える者全てが一斉に物悲しい気分を現す表情になっていた。
モモハルムアはその一種異様な光景に却って頭が冴えた。

『引きずられてはいけない…この御方が悪かは分からないが善でないことだけは分かる』

心に愛しい人を思い浮かべながらインゼルへ至る所からヴェステへ辿り着くまでの同行した部分の報告を始める。

「…そして、今はタラッサへ向かうためヴェステを出発してプラーデラを進んでいると思います」

「そうなんだね…報告有り難う」

目を上げると、そこには手に爪食い込ませ、唇噛みしめるリーシェライルがいた。

「…あぁ、済まないね…。自分の力なさに…情けなくてね」

端麗な顔に力なき苦い笑みが浮かぶ。

「自分が守りたい者に手が届かず人任せにせねばならぬ己の憫然たる様に、忸怩たる思い噛みしめてしまうのだよ…」

『…この御方も同じ思いを抱くのだ』

モモハルムアの鉄壁の警戒心が少し崩れる。
その存在自体に疑問を抱きそうな者への疑いが薄れる…。

「此を…フレイリアルに届けてくれないか?」

側仕えを通して渡される小箱。

「一行はプラーデラからの船着くタラッサ連合国の港へと、近々辿り着くだろう…おおよそ10の日後…だ」

ある程度具体的に状況を把握しているようだ。

「ここからタラッサの首都にある陣まで飛ばしてあげるから、そこから船が着く港へ行ってくれないかな?」

「ここから…ですか?」

思わずモモハルムアが疑問を挟む。

「ここの陣でも他所に飛べるよ…今まではやらなかったけどね。だって知ってしまったら…大切な者が逃げてしまうかもしれないでしょ?」

艶然と微笑むそこには、毒含む本性曝すリーシェライルがいた。
美しい姿を包む透明な毒の衣を纏い、近付く者を静かに巻き込み絡めとり養分とする…モモハルムアは自身の答えに否は許されないのだと悟った。

「帰りは王宮に新設した陣へ飛ぶと良い…だが、そちらは自分で手配しておくれ」

帰りは自力での帰還が必要らしい。

「君だって会いたい者に会えるのだから良いでしょ? それにニュールが手を貸してくれるかもしれないよ」

心に潜む欲を晒され思わず赤面してしまうモモハルムア。
その姿にリーシェライルが甘く笑む。

「僕も直接あの子に触れ、抱き締めたい…君の思いとも重なるこの思いを届けておくれ…」

いつの間にか、気配なくモモハルムアの前に立つリーシェライル。
モモハルムアの手を取り立ち上がらせた。
見つめる柔和な笑みと優しい手は、モモハルムアへ向けられたものではなかった。
モモハルムアを通して彼の者へ届けたい思いであると理解できた。

だが、その光景は一見勘違いを誘い動き出す者を生む。
他方向から進言する者も現れる。
モモハルムアとリーシェライルの仲を取り持ち、自身の利を得ようと画策する者達を呼び寄せる。
そして、更にその者達を利用しようとする者も…。



魔力少ないプラーデラ王国は転移陣持たぬ国であった。

その分、公共の交通機関等は発達していた。街道も整備されている。定刻通りに出発する船や、大叉角羚羊プロングホーンや、それに似た多少小ぶりの高叉角羚羊イリンゴが引く客車等、何便も都市間を往復している。
深夜便もある上、客車や荷車の貸し出しもある。
王都近郊は更に整い、時告げの鐘に従い運行していた。

「タラッサ行きの船が、時始めの鐘と共に第一便として出港する。それに乗るぞ!」

まずは王宮からの脱出だった。
だが此はニュールの非常識な力で解決した。
白の塔周辺ほど無闇には出来ないが、地点登録を行った場所へと赴くことや座標分かる陣へと辿り着く事は出来たのだ。
そして、王宮へ連れて来られる道程に既に地点登録を行っておいた。

途中、ニュールは一度手洗いを所望した。

「申し訳ないのですが、一度そこいらの店でも木陰でも良いのでお手洗いを…」

ちょうど使者の気分が下がり冷えた雰囲気の時だった。ニュールのその申し出に使者の表情が一段と曇り、空間の温度が凍てつく。
皆でニュールを睨み、誰とは無しに心の内で思う。

『空気読まない者の仲間は、やはり空気読みゃあしないって事か!』

『流石にオヤジ臭さがすぎるぞ…』

『モテてもオヤジにはなりたくないなぁ…あっ、でもこれでニュールの株が爆下がりじゃね? お気の毒~』

仲間の視線刺さる中、使者は店ではなく途中の木陰を無言で指し示しニュールを外に出した。

魔力感知板は街道上おおよそ30メル毎に設置されてあるようで、指し示した木陰はそこから10メルの距離だった。
下方向+内向きに範囲を制限しつつ10人程度が乗れる陣の大きさを仮定し陣を想起し、魔力を固定する。一瞬感知板が反応するかと思ったが問題なかった。

あらゆる可能性を考えての行動だったのだが、戻った時の使者だけじゃなく皆の冷々した顔を忘れられない。

「あん時、皆の顔の冷たさったら無いよなぁ…皆を置いてトットト逃げちまおうかと思ったぜ!」

皆目線が泳いだ。
心の中で結構悪し様に…ボロクソに思っていたのがバレバレだった。

「まぁ気にしてないぜ!」

そう言って、一番目を逸らしたミーティの背中にボフンッと強めに喝を入れた。


ニュールが起点になる陣をその場に刻み、乗り込む。
足元に薄青く陣が輝く。
話の読めなかったイストアだけがその場に留まっていたので手を差し出し行動を促す。

「ここら辺は土地や周囲の魔力量が少ないから、ほぼ全て自前の魔力なんで急いでくれると有り難い…」

その言葉にフレイが反応する。

「ニュール、手伝う?」

「今のところ大丈夫だ。此を更に5回続けろってなった時は…宜しく頼むよ」

ニカッと久々にオヤジ臭い…でも安心できるような心強い笑みを見せてくれた。
躊躇していたイストアも陣に乗る。

「行くぞ!」

全員に告げ魔力を動かし転移陣を起動させる。
瞬間、王城門へ続く一本道の途中、ニュールが道中客車を降りた場所だった。

「!!!」

初めての陣の使用にイストアが目を丸くする。

「すっげぇ! ニュール凄いなぁ~吃驚したよ!」

その後に出てきた言葉は素直な驚きと称賛だった。ちょっとテレるニュール。

「クリールを迎えに行くついでに、王宮で足を拝借してくる…」

その時フレイがニュールの手を掴み無理やり魔力の移譲をする。
いきなり繋がり流し込まれる大容量の魔力に、目を白黒させるが他に漏れ出さないよう細心の注意をして受け取る。
そしてフレイなりの気遣いに礼を言う。

「ありがとうな! お前らは先に進んでろ、呉々も魔力感知板には注意しろ。魔力を使うなら必ず魔力に方向性を付けろ…こんな感じだ」

そう言うと起点の陣を描く。
周囲に仄かに輝く陣特有の光は感じるが、魔力を感じない。魔力が内と下へと方向付けられているのを感じる。
ニュールが陣に立とうとすると、声を掛けられた。

「オレも行くよ」

ミーティが申し出た。
警戒役と連れ出し役、2人居るに越したことはない。
申し出に従い頼む。

「助かる!」

ミーティに声を掛けた後、皆にも声を掛ける。

「さぁ、見つからないうちにそれぞれ進むぞ!」



王が意識失い倒れる地下、奥の間。

「ありゃりゃぁ~もう行っちゃったのかぁ…挨拶しようと思ったのに失敗したなぁ」

そこで、倒れている王を放置し独り呟く一見気弱そうな男。

「ここの王様は好い人っぽい感じだったけど…お嬢さんの姿に煽られちゃって自制が効かなくなっちゃったのかな?」

あちら此方を物色するように見回しながら歩き、独り言を続ける。

「確かにあのお嬢さんの爆裂体型はヤバイよね…僕だってクラクラして目がくらんで手が伸びちゃいそうだったもの。辛抱出来なくなっちゃったのにも同情するなぁ~」

目的物を見付けると嬉しそうに微笑む。

「あのお嬢さんが、自身を捧げても手に入れようとしたなら本物でしょう…」

片手に持ち上げ、まじまじとソレを見ながら怪訝そうな顔をする。

「只の石にしか見えないけどね…」

そして懐より魔石を取り出す。

「まぁ専門家が判断してくれるでしょう!」

取り出した魔石には陣が刻まれていた。

「こんなもん作り出せちゃうんだから、追われてもしょうがないよね…色々と活用できそうだし…」

その男が取り出した魔石は蒼玉魔石であったが、其所に小さな陣が刻まれていた。
石こそ高級魔石になっていたが、それは以前フレイリアルがサルトゥスの森で自身の武器として作り出した転移陣を刻んだ魔石と同じ作りの物だった。

手にしていた石と周辺にある稀少そうな文献の横に陣つきの魔石を配置し、魔力を流し起動させる。
すると魔石だけが残り他の物は消えた。
魔石を回収して呟く。

「あのお嬢さんを差し出したら、あの御方でもガッツリ掴んで武者振り付いちゃうんだろうか?…興味深い! 是非実行して観察せねば! 俄然遣る気が出ましたぁ」

そう言うと地上に戻り廊下に出て叫ぶ。

「大変です! 王がお倒れになっています!! 天空の天輝石が奪われてます!」

隣室に控えていた側近や兵が集まりはじめる。
近侍が地下へ降り確認して、王を連れ出す。

慌ただしく非常警戒体制が敷かれ、慌ただしく灯り点され王宮が闇夜の中に浮かび上がる。


周囲との違和感は無いが、この非常事態に1人怯え廊下を歩いている様に見える男がいた。
だがもし、その男が呟く内容をしっかりと耳に入れる者が居たらとしたら、不埒で如何わしい内容の呟きに驚いたであろう。

「僕の好みとしては、皆が夢中になってるアノお嬢さんの乳より、金髪のお嬢さんの尻の方が好みですかねぇ…アノお嬢さんは不確定要素が多すぎて危険ですしね…でも、お嬢さん方を捕まえ侍らせ酒池肉林三昧…悪くない発想です…」

その男は巧妙に周囲に紛れ込み、先ほどの場所から移動する隠者Ⅸだった。

標的にご挨拶は出来なかったが、主な仕事を終え立ち去る前に戦利品を頂き、帳尻をしっかりと合わせた。
後はご挨拶代わりに嫌がらせで追手を仕向けるよう導き、自身は一旦報告を兼ね国へ戻る予定である。
その合間の、暇潰し的思考が漏れ出た呟きだった。

「そう考えると男としては元《三》はムカつく存在ですね…ほぼ願えば叶っちゃいそうですからね…」

淡々と楽しげに独り言を続ける。

「確かに許せないですねぇ。だから皆こぞって、元《三》やお嬢さんを奪い手に入れようとするんですかね…う~んお嬢さん達を自分の周りに侍らせ、強者である元《三》を足元に跪かせる! 心満ち足りる光景…王道、男の浪漫ですかねぇ~」

そんな皆が望みそうな結末に、共感できない訳でもない。

「だけど、僕が本当に望むのは…魔王の如く全てを見下し冷えた目をした元《三》がお嬢さん達を侍らせ、その足元に第一の側近として僕が跪き仕える…それが出来たら、どんな至福の時を得られる事でしょうか…」

恍惚とした表情浮かべ涎垂らしそうに陶酔し独り言ちる。その一方的歪んだ思い届けば、ニュールの背中は間違いなく泡立ち寒気走るであろう。
全く人様の迷惑顧みず夢見るように浸る隠者Ⅸなのであった。
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