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第三章 インゼル共和国編
25.前を見て進む者
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「インゼルでの戦況が激しくなりそうでしたので連れ帰らせて頂きました。少々戦闘らしきものにも巻き込まれてしまい、衝撃を受けていらっしゃると思いますので十分休養を取っていただけるよう暫く管理してあげて下さい」
モモハルムアとフィーデスは伯父がヴェステで買い付けた王都の屋敷に昼過ぎに送り届けられた。
それと共に今回の紹介者であるバルニフィカ公爵から、おおよその経緯を書いた手紙を伯父は受け取ったようだ。
送り届けたヴェステ王国軍、青の将軍旗下の者は事務的に処理すると立ち去る。
確かにモモハルムアは衝撃を受けていた…自身の不甲斐なさと弱さに…。
苦渋の思い味わいつつも何一つ出来なかった自分への苛立ちに…遣る瀬無い思いが後から後から沸き上がる。
インゼルで首都に向かっている船のなか、気軽に楽しみ浮かれていた自分への義憤。
モモハルムア達がいる船室からフレイリアルが外へ出た後も、モーイと女子的会話を満喫していた。今までにこれ程心開き語れる存在に出会ったことが無かったので、純粋に主目的を忘れ楽しかったのだ。
『同じ方に思いを寄せる者同士、通じる部分が多いのかもしれない…』
モモハルムアはこの巡り合わせに感謝していた。
お茶を入れ直そうと立ち上がった時、モーイが厳しい顔をしてモモハルムアの動きを手で制した。
「近くに気配がある…」
モーイが呟くその言葉は、何者かの害意を察知してのものだった。
警告を受け、モモハルムアも警戒感を高めた。その瞬間、扉が開き何かが投げ入れられる。
そこから立ち上る煙に涙し咽ていると、背後から近づく者が現れた。モモハルムアは防御結界を立ち上げ、素早く飛び退く。
モーイの方にも同様に近付き攻撃するものがあったようで、モーイは容赦なく一撃で片付けていた。
少人数での襲撃。金品を狙ったものか、人を狙ったものか…何者かは分からないがこれ以上増える気配もなく逃げる様に窓の外へ退避しようとする敵の姿。
フィーデスがこちらへ様子を見に向かって来る気配を守護者の繋がりで察知できる。
防御結界もしっかりと立ち上げてある状態で、襲撃者は自ら立ち入ったと言うのに既に逃げ腰に見える。
完全な状況把握が出来ているわけでも無いのに、モモハルムアは無意識に…状況の終息を予想し安心感を持ってしまった。
退けた襲撃者が何かを投げつける動作と、足元で硝子が砕け壊れる音がほぼ同時に起こる。
硝子の小瓶が足元で砕け、部屋に充満していた煙の臭いに更なる甘い香りが混ざり込む。
その香りが届いたと思った瞬間、モモハルムアの足の力が抜け意識が一瞬途切れる。
そして防御結界も崩れた。
「モモ!!」
モーイがモモハルムアの状況を察知し、呼びかけ助けに行こうとしたが一歩間に合わない。透かさず襲い来る敵にモモハルムアは抗うことも出来ず、確保されてしまった。
動けないが意識ある中、人質となったモモハルムアはモーイと後から来たフィーデスの自由を奪う枷となってしまったのだ。
全員捕らえられた後、薬にて完全に意識を奪われた。
自身の不甲斐なさにより導かれた成り行きに慚愧する。
『何て浅慮で弱い…』
自分で自分が許せなかった。
自分の弱さと甘さのせいでフィーデスは身動き出来ない状態となり、捕らえられたモーイとは離され…その後どうなったかさえ分からない。
他の皆の行方も…。
連れ帰られたモモハルムアには今回の襲撃の詳細は、何も伝えられなかった。
捕らえられた者から救い出されたのか…捕らえた者がここまで運んだのか…全く教えてくれない。
詳細を語らぬことからも後者なのだろうとモモハルムアは推察した。
つまりモモハルムア達を捕らえたのはヴェステの手の者、この国の全てが敵である可能性…。
一応安全な場所へ待避させられたが、インゼルに残る皆への思いを…ニュールへの思いを…モモハルムアは決して捨てることは出来なかった。
フィーデスは薬により強く抑制されているせいか、未だ動けないようである。
モモハルムアとは別の客間で休まされている上に、接触出来ないように入り口に見張りがついている。
インゼルに戻るなら自身の力のみで向かうしかない。
『私はそれでも進む…』
モモハルムアは新たに決意し誓うのだった。
昼時に屋敷に居た伯父は、王宮と繋がりのある貴族の方との晩餐に向かい不在にするとの事だ。
軍から外出せず休養を取るよう半強制的な助言があった様で、モモハルムアも叔父に言い含められ客間で休まされていた。
フィーデスを拘束する事で大して動く事は出来ぬと高を括る伯父の甘さに感謝しながら1人動き始める。
「伯父様はいらっしゃるかしら?」
侍女に問いかける。
実際は既に出発した事を確認済みであり、侍女からの返事も分かっていた。
「こちらに少しお世話になって休養を取るにしても、必要な物があるので宿舎に取りに行きたいの…あぁ、伯父様が途中で戻られたりして不在だと心配されると思うので、私からも一応お手紙を置いておきたいわ…」
まず外出ではなく、叔父の家から自分の居住する場所への移動と強調し幻惑し侍女の伯父からの指示を緩める。
そして言葉巧みに如何にも不安そうに困り顔で伝え…叔父宛の手紙を残すと言い侍女を納得させ、書斎に侵入した。
密かに転移陣用に用意してある蒼玉屑魔石を書斎の机より借り受ける。
念のため2包み程。
『こう言う時フィーデスが居ると適切な量を教えてくれるのだけど…』
つい人を頼るような考えを浮かべる自分を戒め、モモハルムアは自身で判断する。
屋敷での用を済ませ、砂蜥蜴の客車乗り場に向かう。
屋敷から無理やり叔父に同伴させられた貴族との食事会の後に研究所へ戻ったことがあるので、経路は分かる。
研究所へ行った先の計画は出来ていないが、何をしてでも陣を使う覚悟は出来ていた。
モモハルムアの手には、あの日使った金剛石の短剣があった。
鞘を握りしめ、あの日を思い願う。
『私に勇気と行動力を頂戴…』
積極的護身用に用意してあった攻撃力ある紅玉魔石入る腕輪を、今回は着けている。
『船で後悔したような思いは二度と味わいたくない…』
手立て無く、ただ見過ごすだけの自分で居る事はもう許さないと自分自身に誓った。
まだ夕時になるかならないかの時間で人の流れも残る中、砂蜥蜴の客車から降り足早に研究所内へ進む。
いつも出入りする時間とは違うが、いつもと同じように何食わぬ顔で門兵に微笑み通過するモモハルムア。
そしてとりあえず転移の間へ繋がる廊下へ至る。
「モモハルムア様!」
転移陣の間へあと少しと言う所で、エシェリキアに出会う。
「無事お戻りになられて良かったです」
戻ったことを心から喜んでいそうなエシェリキアにモモハルムアは心苦しさを感じるが、躊躇いなくハッキリ告げる。
「…エシェリキア、ごめんなさい。私はもう一度インゼルへ行くために此処へ来たの…」
エシェリキアはその言葉に顔色を変える。
納得出来ない思いを真っ向からぶつけ、語気強くそのモモハルムアの行動を否定する。
「無謀です!何故そこまでしてモモハルムア様はあの者達に関わるのですか!!合理的で有りません、奴らは不要です!」
エシェリキアの真実の思い籠る言葉だった。
ぶつけられた心からの思いに、モモハルムアも正直に返す。
「今インゼルに残るのは…私の根底に流れる思いと繋がれる人々なの。その人達を放置してしまったら、私が私では無くなってしまう…」
その思いは強かった。
今のモモハルムアからは、たとえエシェリキアが協力しなくても自力で希望を叶える気概を感じる。エシェリキアは密告してしまった負い目が有る分、モモハルムアの思いに沿って動かざるを得ない。
さすがに今回は贖罪の気持ちが、モモハルムアに対してはあったのだ。
「…陣はインゼルには繋がってると思います。ただし、クシロスかボハイラのどちらに繋がっているかは不明です」
「ありがとう、エシェリキア」
満面の笑み浮かべ礼を言うモモハルムアに対し、エシェリキアは心に痛みを感じる。
そこへ集団が近づく足音と共に、エシェリキアの背後からモモハルムアに声を掛ける一段が現れた。
「モモハルムア・フエル・リトス様、バルニフィカ公爵よりお呼び出しがあります。即対応をお願い致します」
慇懃無礼に伝えてくるその者達は、武力を厭わぬ様な雰囲気をまき散らし高圧的に指示してくる。
ただ幸いにも内包者や隠者賢者のような魔力を扱うものでは無い様だった。
いざとなったら魔力で対応するしかないだろう…モモハルムアは覚悟する。
だが、その中に気配が1名増える。巧みな隠蔽魔力を解除し、強力な魔力の気配漂わせる者が不意に現れたのだ。
「今度は我々に協力してくれないのですか?」
モモハルムアを止めに来た者達の最後尾より現れたのはサランラキブだった。
エシェリキアに声を掛けながら現れた。
そしてモモハルムアへのエシェリキアの隠された所業を告げる。
「おやっ、エシェリキア様の情報で第六王女を捕らえることができたのですよ…その様に簡単に主人を嵌めるような者は切り捨てるのが当たり前かと思ったのですが如何でしょう?」
「!!!」
モモハルムアの前で己の遣った事をばらされて、動揺するエシェリキア。
エシェリキアは自分で望んで手に入れた快適な場所が、自分の欲とねじまがった思い込みで崩れ無くなって行く様な気がした。
目線を逸らし、後悔と諦めで俯く。
エシェリキアは後ろに立つモモハルムアがどんな表情をしているか、怖くて見ることが出来なかった。
だが、予想外の答えをモモハルムアが返す。
「使われる者の不始末や暴走は、主の不始末。エシェリキアの行いの起点は私です。勝手な思い込みで決めつけないで下さい。貴方に我が手の者を切り捨てる警告を受ける謂れはありません」
そして続ける。
「決めるのは、この者との話し合いでのみです」
続けざまにモモハルムアはエシェリキアに問う。
「私は先へ進むことを望みます。貴方は私の協力者で居てくれますか?」
問われたエシェリキアは即答する。
「はいっ、お任せ下さい」
それ以外の答えも気持ちもエシェリキアは持てなかった。
予想外のモモハルムアの救済は、エシェリキアの捻じ曲がった思いを一時的かもしれないが真っ直ぐに作り替えたのだ。
「ありがとう。任せます」
エシェリキアは思いを受け、気持ちを入れた防御結界を展開してモモハルムアに指図する者達を弾き出し時間を稼ぐ覚悟をする。
モモハルムアはその場を背にし、すぐ先の転移の間に入った。
この陣の先が本当にインゼルに繋がっているかは賭けだった。
陣に手を触れ確認する。
陣が確かにインゼルに繋がっているが、最初に向かったクシロスのようだった。何回か陣に乗っている内にモモハルムアも行った事のある場所との繋がりなら、明確では無いが感知出来るようになっていた。
「例えクシロスであっても、この場所より皆の近くへ行ける…」
呟き自分の思いを確認する。
エシェリキアが足止めする時間も長くはないだろう…モモハルムアは即断した。
陣に乗る為に歩き出した時、部屋の端から声が掛けられる。
「もし一緒に乗せてくれるならばボハイラへと行き先を組み換えよう…」
「!!」
モモハルムアは不意の声掛けに驚き、声の方へ構える。
「詳細を話ししている時間は無いが、私はフレイを…エリミアの第六王女を救いたい者だ」
伝える声の真剣さと名前を呼ぶ響きに籠る思いを感じ、モモハルムアは一瞬で答えを出す。
「お願いします」
隠蔽を解き現れたのは背の高い男だった。
マントを目深に被り口許しか見えないが、その端正な作りと洗練された所作が無頼の徒では無いことを物語っていた。
その男は陣に手を当てると魔力を流す。
輝きとともに変位が起こり、申し出た通り行き先をボハイラへと変えた様だ。
モモハルムアも帰りはボハイラの新たに敷かれた陣を使った様で、意識なく運ばれたが繋がる場所の感覚は把握していた。
それにしても男の陣の組み換えは一方的で、補助魔石さえ使わぬ組み換えであり驚き呟いてしまう。
「…陣の片側からの強制的組み替えは、大賢者でもないと…」
思わず口から出たモモハルムアの言葉に振り返る男だが、フードから垣間見えた抜けるような空色の瞳と常に笑む口許が更に大きく優しげに本当の笑みを浮かべた。
「間に合わせる為に行きましょう」
男の言葉でモモハルムアは蒼玉魔石の屑を取り出し陣に魔力を供給し陣を動かした。
あらゆる事が間に合うように願いながら…。
モモハルムアとフィーデスは伯父がヴェステで買い付けた王都の屋敷に昼過ぎに送り届けられた。
それと共に今回の紹介者であるバルニフィカ公爵から、おおよその経緯を書いた手紙を伯父は受け取ったようだ。
送り届けたヴェステ王国軍、青の将軍旗下の者は事務的に処理すると立ち去る。
確かにモモハルムアは衝撃を受けていた…自身の不甲斐なさと弱さに…。
苦渋の思い味わいつつも何一つ出来なかった自分への苛立ちに…遣る瀬無い思いが後から後から沸き上がる。
インゼルで首都に向かっている船のなか、気軽に楽しみ浮かれていた自分への義憤。
モモハルムア達がいる船室からフレイリアルが外へ出た後も、モーイと女子的会話を満喫していた。今までにこれ程心開き語れる存在に出会ったことが無かったので、純粋に主目的を忘れ楽しかったのだ。
『同じ方に思いを寄せる者同士、通じる部分が多いのかもしれない…』
モモハルムアはこの巡り合わせに感謝していた。
お茶を入れ直そうと立ち上がった時、モーイが厳しい顔をしてモモハルムアの動きを手で制した。
「近くに気配がある…」
モーイが呟くその言葉は、何者かの害意を察知してのものだった。
警告を受け、モモハルムアも警戒感を高めた。その瞬間、扉が開き何かが投げ入れられる。
そこから立ち上る煙に涙し咽ていると、背後から近づく者が現れた。モモハルムアは防御結界を立ち上げ、素早く飛び退く。
モーイの方にも同様に近付き攻撃するものがあったようで、モーイは容赦なく一撃で片付けていた。
少人数での襲撃。金品を狙ったものか、人を狙ったものか…何者かは分からないがこれ以上増える気配もなく逃げる様に窓の外へ退避しようとする敵の姿。
フィーデスがこちらへ様子を見に向かって来る気配を守護者の繋がりで察知できる。
防御結界もしっかりと立ち上げてある状態で、襲撃者は自ら立ち入ったと言うのに既に逃げ腰に見える。
完全な状況把握が出来ているわけでも無いのに、モモハルムアは無意識に…状況の終息を予想し安心感を持ってしまった。
退けた襲撃者が何かを投げつける動作と、足元で硝子が砕け壊れる音がほぼ同時に起こる。
硝子の小瓶が足元で砕け、部屋に充満していた煙の臭いに更なる甘い香りが混ざり込む。
その香りが届いたと思った瞬間、モモハルムアの足の力が抜け意識が一瞬途切れる。
そして防御結界も崩れた。
「モモ!!」
モーイがモモハルムアの状況を察知し、呼びかけ助けに行こうとしたが一歩間に合わない。透かさず襲い来る敵にモモハルムアは抗うことも出来ず、確保されてしまった。
動けないが意識ある中、人質となったモモハルムアはモーイと後から来たフィーデスの自由を奪う枷となってしまったのだ。
全員捕らえられた後、薬にて完全に意識を奪われた。
自身の不甲斐なさにより導かれた成り行きに慚愧する。
『何て浅慮で弱い…』
自分で自分が許せなかった。
自分の弱さと甘さのせいでフィーデスは身動き出来ない状態となり、捕らえられたモーイとは離され…その後どうなったかさえ分からない。
他の皆の行方も…。
連れ帰られたモモハルムアには今回の襲撃の詳細は、何も伝えられなかった。
捕らえられた者から救い出されたのか…捕らえた者がここまで運んだのか…全く教えてくれない。
詳細を語らぬことからも後者なのだろうとモモハルムアは推察した。
つまりモモハルムア達を捕らえたのはヴェステの手の者、この国の全てが敵である可能性…。
一応安全な場所へ待避させられたが、インゼルに残る皆への思いを…ニュールへの思いを…モモハルムアは決して捨てることは出来なかった。
フィーデスは薬により強く抑制されているせいか、未だ動けないようである。
モモハルムアとは別の客間で休まされている上に、接触出来ないように入り口に見張りがついている。
インゼルに戻るなら自身の力のみで向かうしかない。
『私はそれでも進む…』
モモハルムアは新たに決意し誓うのだった。
昼時に屋敷に居た伯父は、王宮と繋がりのある貴族の方との晩餐に向かい不在にするとの事だ。
軍から外出せず休養を取るよう半強制的な助言があった様で、モモハルムアも叔父に言い含められ客間で休まされていた。
フィーデスを拘束する事で大して動く事は出来ぬと高を括る伯父の甘さに感謝しながら1人動き始める。
「伯父様はいらっしゃるかしら?」
侍女に問いかける。
実際は既に出発した事を確認済みであり、侍女からの返事も分かっていた。
「こちらに少しお世話になって休養を取るにしても、必要な物があるので宿舎に取りに行きたいの…あぁ、伯父様が途中で戻られたりして不在だと心配されると思うので、私からも一応お手紙を置いておきたいわ…」
まず外出ではなく、叔父の家から自分の居住する場所への移動と強調し幻惑し侍女の伯父からの指示を緩める。
そして言葉巧みに如何にも不安そうに困り顔で伝え…叔父宛の手紙を残すと言い侍女を納得させ、書斎に侵入した。
密かに転移陣用に用意してある蒼玉屑魔石を書斎の机より借り受ける。
念のため2包み程。
『こう言う時フィーデスが居ると適切な量を教えてくれるのだけど…』
つい人を頼るような考えを浮かべる自分を戒め、モモハルムアは自身で判断する。
屋敷での用を済ませ、砂蜥蜴の客車乗り場に向かう。
屋敷から無理やり叔父に同伴させられた貴族との食事会の後に研究所へ戻ったことがあるので、経路は分かる。
研究所へ行った先の計画は出来ていないが、何をしてでも陣を使う覚悟は出来ていた。
モモハルムアの手には、あの日使った金剛石の短剣があった。
鞘を握りしめ、あの日を思い願う。
『私に勇気と行動力を頂戴…』
積極的護身用に用意してあった攻撃力ある紅玉魔石入る腕輪を、今回は着けている。
『船で後悔したような思いは二度と味わいたくない…』
手立て無く、ただ見過ごすだけの自分で居る事はもう許さないと自分自身に誓った。
まだ夕時になるかならないかの時間で人の流れも残る中、砂蜥蜴の客車から降り足早に研究所内へ進む。
いつも出入りする時間とは違うが、いつもと同じように何食わぬ顔で門兵に微笑み通過するモモハルムア。
そしてとりあえず転移の間へ繋がる廊下へ至る。
「モモハルムア様!」
転移陣の間へあと少しと言う所で、エシェリキアに出会う。
「無事お戻りになられて良かったです」
戻ったことを心から喜んでいそうなエシェリキアにモモハルムアは心苦しさを感じるが、躊躇いなくハッキリ告げる。
「…エシェリキア、ごめんなさい。私はもう一度インゼルへ行くために此処へ来たの…」
エシェリキアはその言葉に顔色を変える。
納得出来ない思いを真っ向からぶつけ、語気強くそのモモハルムアの行動を否定する。
「無謀です!何故そこまでしてモモハルムア様はあの者達に関わるのですか!!合理的で有りません、奴らは不要です!」
エシェリキアの真実の思い籠る言葉だった。
ぶつけられた心からの思いに、モモハルムアも正直に返す。
「今インゼルに残るのは…私の根底に流れる思いと繋がれる人々なの。その人達を放置してしまったら、私が私では無くなってしまう…」
その思いは強かった。
今のモモハルムアからは、たとえエシェリキアが協力しなくても自力で希望を叶える気概を感じる。エシェリキアは密告してしまった負い目が有る分、モモハルムアの思いに沿って動かざるを得ない。
さすがに今回は贖罪の気持ちが、モモハルムアに対してはあったのだ。
「…陣はインゼルには繋がってると思います。ただし、クシロスかボハイラのどちらに繋がっているかは不明です」
「ありがとう、エシェリキア」
満面の笑み浮かべ礼を言うモモハルムアに対し、エシェリキアは心に痛みを感じる。
そこへ集団が近づく足音と共に、エシェリキアの背後からモモハルムアに声を掛ける一段が現れた。
「モモハルムア・フエル・リトス様、バルニフィカ公爵よりお呼び出しがあります。即対応をお願い致します」
慇懃無礼に伝えてくるその者達は、武力を厭わぬ様な雰囲気をまき散らし高圧的に指示してくる。
ただ幸いにも内包者や隠者賢者のような魔力を扱うものでは無い様だった。
いざとなったら魔力で対応するしかないだろう…モモハルムアは覚悟する。
だが、その中に気配が1名増える。巧みな隠蔽魔力を解除し、強力な魔力の気配漂わせる者が不意に現れたのだ。
「今度は我々に協力してくれないのですか?」
モモハルムアを止めに来た者達の最後尾より現れたのはサランラキブだった。
エシェリキアに声を掛けながら現れた。
そしてモモハルムアへのエシェリキアの隠された所業を告げる。
「おやっ、エシェリキア様の情報で第六王女を捕らえることができたのですよ…その様に簡単に主人を嵌めるような者は切り捨てるのが当たり前かと思ったのですが如何でしょう?」
「!!!」
モモハルムアの前で己の遣った事をばらされて、動揺するエシェリキア。
エシェリキアは自分で望んで手に入れた快適な場所が、自分の欲とねじまがった思い込みで崩れ無くなって行く様な気がした。
目線を逸らし、後悔と諦めで俯く。
エシェリキアは後ろに立つモモハルムアがどんな表情をしているか、怖くて見ることが出来なかった。
だが、予想外の答えをモモハルムアが返す。
「使われる者の不始末や暴走は、主の不始末。エシェリキアの行いの起点は私です。勝手な思い込みで決めつけないで下さい。貴方に我が手の者を切り捨てる警告を受ける謂れはありません」
そして続ける。
「決めるのは、この者との話し合いでのみです」
続けざまにモモハルムアはエシェリキアに問う。
「私は先へ進むことを望みます。貴方は私の協力者で居てくれますか?」
問われたエシェリキアは即答する。
「はいっ、お任せ下さい」
それ以外の答えも気持ちもエシェリキアは持てなかった。
予想外のモモハルムアの救済は、エシェリキアの捻じ曲がった思いを一時的かもしれないが真っ直ぐに作り替えたのだ。
「ありがとう。任せます」
エシェリキアは思いを受け、気持ちを入れた防御結界を展開してモモハルムアに指図する者達を弾き出し時間を稼ぐ覚悟をする。
モモハルムアはその場を背にし、すぐ先の転移の間に入った。
この陣の先が本当にインゼルに繋がっているかは賭けだった。
陣に手を触れ確認する。
陣が確かにインゼルに繋がっているが、最初に向かったクシロスのようだった。何回か陣に乗っている内にモモハルムアも行った事のある場所との繋がりなら、明確では無いが感知出来るようになっていた。
「例えクシロスであっても、この場所より皆の近くへ行ける…」
呟き自分の思いを確認する。
エシェリキアが足止めする時間も長くはないだろう…モモハルムアは即断した。
陣に乗る為に歩き出した時、部屋の端から声が掛けられる。
「もし一緒に乗せてくれるならばボハイラへと行き先を組み換えよう…」
「!!」
モモハルムアは不意の声掛けに驚き、声の方へ構える。
「詳細を話ししている時間は無いが、私はフレイを…エリミアの第六王女を救いたい者だ」
伝える声の真剣さと名前を呼ぶ響きに籠る思いを感じ、モモハルムアは一瞬で答えを出す。
「お願いします」
隠蔽を解き現れたのは背の高い男だった。
マントを目深に被り口許しか見えないが、その端正な作りと洗練された所作が無頼の徒では無いことを物語っていた。
その男は陣に手を当てると魔力を流す。
輝きとともに変位が起こり、申し出た通り行き先をボハイラへと変えた様だ。
モモハルムアも帰りはボハイラの新たに敷かれた陣を使った様で、意識なく運ばれたが繋がる場所の感覚は把握していた。
それにしても男の陣の組み換えは一方的で、補助魔石さえ使わぬ組み換えであり驚き呟いてしまう。
「…陣の片側からの強制的組み替えは、大賢者でもないと…」
思わず口から出たモモハルムアの言葉に振り返る男だが、フードから垣間見えた抜けるような空色の瞳と常に笑む口許が更に大きく優しげに本当の笑みを浮かべた。
「間に合わせる為に行きましょう」
男の言葉でモモハルムアは蒼玉魔石の屑を取り出し陣に魔力を供給し陣を動かした。
あらゆる事が間に合うように願いながら…。
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