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第三章 インゼル共和国編

15.進む推測と確信

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『既に魔物魔石と繋がり大賢者に至っているニュールが、更に塔を操る賢者の石を取り込んだら…何が起こるのか…』

反発か融合か最強か破滅か…ニュロの思考が奥へ奥へと真理を求めて踏み込んで行く。

通常、賢者から大賢者へ至るに当たって賢者の体内魔石は賢者の石の一部となり吸収され、体内には賢者の石が宿る。

体内に入った魔石が何処に存在するのか…生きている間でないと取り出せないが、生きている間は体内に感じることはない。
これはヴェステの魔石研究所でも至上の命題の一つとして取り上げられ、過去何度も残酷非道な決して口にできないような実験が繰り返されてきた。

白の巫女達の話や状況などから現在考え得る内容で、無限意識下集合記録と言う存在を推測してみる。

そして、集合知であり意志であり魔力を含むその無限意識下集合記録が存在する場所を彼方であると仮定する。
そうすると、魔石が生きている間でないと存在が消滅してしまうことが多いのは、生きている内しか彼方と繋がっていないからでは…と推論できる。

彼方と切れることで生命も事切れる。

故に魔力暴走による痛手は死に繋がるが、体内魔石と自身の回路が許容量以上の魔力の使用で断絶したとしても死へは繋がらない。

インゼルの白の塔とサルトゥスの時の神殿を比べると、同じ様に大賢者と繋がらぬ塔であるにも関わらず塔の持つ能力差は明らかであった。
サルトゥスは境界壁と塔や陣を維持している。
一方のインゼルは、塔の魔力さえ維持できず白の巫女達が自らを捧げ取り出す彼方からの魔力で塔の維持をしているが、国土を完全に水没から防ぐような力は失われているようだ。

『塔と繋がる大賢者が不在とは言え、賢者の石が人に取り込まれているサルトゥス。生物との繋がりが…生命そのものが彼方との扉となっているのか…』



そして、ニュロは自身が魔石を取り込み魔石になった時の事を考えた。

20年以上前の砂漠での日。

ニュールを確実に救うため…そして自身の冒険心が止められなかった為、風前の灯火となった砂漠王蛇ミルロワサーペントから魔石を取り出したのだ。
そして魔石自身がニュロの中へ入って来ようとしたので受け入れた…これも探究心と言う名の好奇心だった。取り込めると思ったが代を重ねた砂漠王蛇の魔石であり、ニュロ自身が取り込まれそうになって苦痛に苛まれる。

既にニュロ自身の生物としての生命力の限界も感じている状態だったので、望んで自身の手で魔石の中へ身体ごと取り込まれた。

ソレをニュールが取り込んだ。

冷静に自身が魔石となった状況を分析し、他の賢者の石…魔石の状況を予測する。

自身の行ったあの魔石の取り出しは、ニュロは9割方の能力を維持したまま取り出せたと思っている。
ここ白の塔の魔石は、塔の能力から考えて完全な状態で取り出せていないと思われ、おおよそ3割。
サルトゥスは6割方。
エリミアの記録では先代大賢者の亡くなる瞬間、一番近くにいた賢者見習いだった現在の大賢者リーシェライルが偶々受け継いでしまったと言われているが詳細な記録は残っていないようであった。
しかしその能力は最強であり、完全に塔の回路と同調し繋る。
塔との親和性が半端ない様だ。
取り出しと継承を効率から推測すると、賢者の石の能力9割~10割得られているのかもしれない。

賢者の石継承後の能力や大賢者になった後の能力は様々であり、多少は個人の能力に左右されるだろうが基本は魔石の能力次第だろう。

ニュールの場合もともとが内包者インクルージョンで無かった為なのか、表面上の大賢者へ至る条件は取り込んだ瞬間に整っていたはずだが、その時点では大賢者には至らず魔物魔石の内包者でしかなかった。

『ニュールが大賢者へ至ったのは、あの時の爆発的な力の取り出しと強い思いのせいだと思われる。そして内包者の場合、条件が整っていれば…仮定する彼方との回路が出来上がっているため即…』

ピタリピタリと仮定する欠片で埋まり、強化される推論。

「ニュロ、どうしたんだ?」

昔の記憶と推論の中で漂うように過ごしているとニュールが声を掛けてきた。

『あぁ、昔を思い出していたんだ…』

「昔?」

『魔物を退治し取り込んだ遠いあの日を…』

ニュールが内在する記憶を検索出来ると認識してからも、ニュロの記憶の記録や感情や思いを決して覗かないことをニュロは知っていた。
だがニュロも自身の存在を意識できるようになってから、通常は意識を拡散し個人として表出する事は避けニュールの尊厳を守るようにしてきた。

お互いそれぞれの本心は把握してない。

『ニュール…後悔してるかい?』

ニュロは直接聞いてみた。

『魔物魔石を取り込んでしまった事…』

「あれは後悔しようの無い流れだったんだと思う…」

『流れ?』

「だってそうだろ?助けてもらわなきゃオレの人生終わってたし取り込んでしまったのだって、あの魔石を綺麗だと思って親父に見せたかったからだ!」

ニュロはその言葉に救われた。
ずっとこの道に引き込んでしまった大元の魔石を…自身も宿る魔物魔石を渡してしまった事を後悔していたのだ。
ニュールも何かを決意したように中のニュロへ向き合う姿勢が感じられた。
そして、この機会に聞いてみる決心をしたようだ。

「ニュロこそオレと偶々会ってしまったばかりに砂漠王蛇と戦うはめになって…人生そこで終わっちまって…後悔してないのか? 心残りは無かったのか…」

恐ろしく神妙だ。

『後悔は無いわけじゃないが、今になって叶ってるから良いんじゃないかな?』

「叶う?」

『あぁ、だって望んだのは家族と共にあることと生涯研究に携われること…だからね!』

47歳のオヤジ姿なのに顔をプイッと反らし照れているニュールの姿は、本来の年齢相応の27歳の表情だった。
そして更にニュールが気になっていた事を聞いてきた。

「思いを残す人は居なかったのか?」

『僕はニュールは程真面目じゃなかったから、程々楽しく遊べる娘と遊んでたからそう言うのは無いかな!』

ニュロの余裕ある涼しげな雰囲気から悟る。

「もしかしてモテ自慢か?」

『そんな事無いよ!それにニュールだってモテてるじゃないか…子供とか子供とか子供女子達に!』

さりげなく甥をからかう伯父だった。

「くぅぅぅぅ~クソォ!まだ現実が終わった訳じゃない!あぁ、この塔に居るの子供ばっかだぁ~」

『くっくっくっ、もっと早くに話してれば良かったね』

「そうだな、スッキリしたよ!」

其処に肩を組める肩は存在しない。だが気持ちの上ではニュールとニュロはしっかり肩を組み、背中を叩きあっていたのだった。

『ニュール、ついでに今までを検証して起こり得るこの先の事も検討してみよう』

そしてニュールに推論に対する考察を提示し慎重に検討していくのだった。



モモハルムアは叔父からニュールの情報を得てから気もそぞろとなっていた。

ニュールが囚われる様な状況が深刻なものである事が想像に易かったからこそ、心配でならなかったのだ。

強くて優しくて真面目で可愛らしくて見守り包み込んでくれる暖かさを持ち自ら手を差し出してくれるような人…。
モモハルムアにとってのニュールはそんな感じの人だった。

だがバルニフィカ公爵が教えてくれたエリミア第6王女の守護者は、残忍冷酷と言われている影の中でも精鋭中の精鋭と言われる特殊数《三》まで背負った者であったと言う。
あのエリミアでの忘れない1日に、ヴェステの影が現れニュールが対等に渡り合っていたことも、漏れ聞こえてくる会話から想像される立場も何とは無しに理解はしていた。

しかし、その残忍な功績を持つヴェステの人と、エリミアで出会った自分の中のその人と相容れない印象の者が一人の人物として語られるチグハグな感じがモモハルムアは凄く嫌でたまらなかった。

それなのにエシェリキアは嬉々として衰亡の賢者としてのニュールの情報を集めてくる。

「生きとし生けるものの生存を許さず、ダメ押しで街を爆炎で焼き尽くすような残忍な殲滅を行う輩だったらしいです。抵抗軍の殲滅命令時に、指令だけでは飽きたらず上司を惨殺したあげく逃走したようです」

とてつもなく嬉しそうに語るのであった。
モモハルムアはそういった話を聞くたびに、心の中に住む小さな小鳥が何かを叫ぶのが聞こえるような気がした。

「エリミアに潜り込んだ後何をするつもりだったやら…クックッ、エリミアと関係が切れて何よりです。そんな狂暴凶悪な輩なぞ…」

パシッ…と音がして、頬を叩かれ赤くするエシェリキアが立っていた。
予想外に叩いたのはフィーデスだった。

「…少なくともお前のその口より奴の方が潔く清々しい!口を閉じる気が無いのならモモハルムア様の周りから去ね!!」

静かな怒りを秘めた目をしていた。
共に戦い本質を知るものだけが持つ違和感をフィーデスも持ち、面白可笑しく話題にしたエシェリキアを許せなかったのだ。
モモハルムアの心に住む小鳥が必死に訴えていたのはこれだった。
モモハルムアの目からボロボロと涙が溢れていた。

「例えニュール様がその苛烈な破滅をもたらす賢者であろうと…何者であろうとも…私はお慕いしているのです…側にいたいのです」

真剣な表情のまま述べ、ひたすら涙を流し続けるモモハルムア。
それを見てフィーデスもエシェリキアもただ見守ることしか出来なかった。
いつの間にか本当に心の拠り所として思いを寄せていた事に、モモハルムア自身も驚いていた。
だが、それに気づくことで心のモヤモヤが薄れた。
自分の気持ちをしっかり把握できたモモハルムアには、もう戸惑いも躊躇もない。

「私はニュール様の背中を預かるに相応しい者を目指します。もう、一切の迷いは有りません!」

早速インゼルヘ向かうための手段を調べる。

「私は簡単には諦めないのです…」

呟くモモハルムアの口調は逞しく楽しげであった。

エシェリキアは今までの非礼を詫び、心入れ替え…る訳がない。
表面上は非礼を詫びたが、自身の策の浅はかさを悔いただけだった。

『思った以上の絆と執着ですね…でも、そこで諦めず前を向くモモハルムア様だからこそ、私は仕えたいと思ったのです』

策は失敗したが選択の正しさに、ほくそ笑むエシェリキアだった。

『手強い程遣り甲斐がありますし、私の策に落ちないなら落ちないで仕える甲斐のある主人と言うことですね…』

まだまだ、この少年の主人試しは続きそうであった。
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