上 下
56 / 193
第二章 サルトゥス王国編

19.一つの流れに纏まっていく

しおりを挟む
ニュールはクリールにモーイを乗せボルデッケの街まで走る。

神殿前に辿り着く頃には既に夕時4つ過ぎ。もう宵時に近く、夜食と言う時間になりつつある。
神殿周りの店は既に閉まっていて、飲み屋街等も無いのでひっそりした雰囲気だ。

「ニュール!もう神殿は正門閉まってるって。明日は時告げの鐘が鳴ってからだって」

「この時間だからしょうが無い、こっちの情報では客車は確かに夕時3つ位に北門に入ったらしいと言うことだった…無事に運び込まれてはいる様だ」

既に神殿の活動を終えた時間。忍び込むにしても宵時のもう少し遅い時間…若しくは闇時の方が望ましい。

「じゃあ宿をとって様子見るしか無いね…」

モーイが珍しく積極的に今後の計画に参加している。

「だが、この時間もう…」

「有ったよ!何とか今の時間なら宿に入っても良いって言う所あったから前金払って取っといた!」

手回しがやけに周到だ。

「チャント神殿が見える近場の宿だよ!」

しかもどんな条件が必要かまで考えている。

「…1部屋だけどね!!」

「……」

ニュールはその状況に気圧される。
しっかり目を覚ましてないと恐ろしい策略に填まり、社会的に抹殺されるか…強制労働を課されてしまうか…どちらかの選択肢しか未来に無くなってしまう…。
ニュールは頭の中で大きな警告の鐘が響き渡るのを聞いた気がした。

宿にお願いし、軽く食事を用意して貰い部屋で摂る。
神殿の方を確認するとエリミアの王城並みに美しい夜景がそこにあった。

だが、ニュールが窓の外を眺める目にその場の美しい景色が映ることは無かった。
その目は警戒するための周囲の状況、近い未来に訪れるだろう戦いを見越した対策、相手の思惑を予期すべく分析思案するための材料、そう言った物しか入り込むことは無かった。

勿論モーイはそんな事にはお構いなく、別な意味で気合い十分だった。

こんな状況ではあるが立地と雰囲気は十分計算済み、お子様は囚われの身で不在、この好機を逃すような甘い育ち方はしてない…モーイはニュールに忍び寄る。

『この熱い思いを受け取って貰わねば…』

そして情熱の赤に自身もニュールも染めるために一歩ずつその可憐な美少女っぷりを武器にして近付き挑む…。

『赤く染めて…染まるのだ~!』

モーイの心の声が叫ぶ。
だが、その策略が実行される前に…神殿からの光で二人は文字通り赤く染まった。

その直後に届く爆発音。

「「…チッ!」」

モーイとニュールは敵が動き出した事に舌打ちした。
モーイの舌打ちした意味合いは若干違ったが、それにはニュールは気付かなかった。

「出るぞ」

ニュールの声掛けに無言で素早く対応するモーイ。
ただ心の中の声は怨み言駄々漏れだった。

『クッソォーこの絶好の機会を返しやがれ!期待させといてそりゃ無いだろ~!責任者出て来~い!!』

美少女感が崩壊するオヤジ感満載のモーイの心の呟きだった。




「何故此方を破壊されたのですか?」

《五》に涼しい顔で質問する少年とも言えるような年齢の青年が居る。ただその青年が破壊を許可したからこそ今の状態があるのだが…。
その青年の微妙な質問に《五》は質問で答える。

「殿下の恩情があってこそ叶った計画なのですがお気に召しませんでしたか?」

「いえ、計画をもう少し詳細に知りたいと思っただけです」

その清廉で聡明そうな青年こそサルトゥス王国王位継承権一位のフォルフィリオ・ディ・ルヴィリエだった。

「殿下の手には王冠と賢者の石を、我々の手にはエリミアの第6王女とその守護者を…殿下が場所と機会を下さったからこそ叶った計画ですので、相応の見返りを確実に提供させて頂ますのでご安心ください」

「手に入れる者の価値を正確に把握しないと損をしてしまうのでは無いかと心配になりましたので…」

その青年は隙の無い美しい笑みを浮かべ、一見廉直な面差しの中に利に聡く抜け目ない者が持つ瞳が光る。

「いえ、此方を所望しているのは然る貴族の方の酔狂ゆえ…貴方様がお気に留める程の事でもありません…」

「そうですか…分かりました。そう言うことにさせていただきます」

その非公式に会する機会は、青年の興味をヴェステに招待されている2人へと向けることになった。
その未だ幼く見える青年は聡く犀利な瞳で先を見据える。

「出遅れると損失が大きいかもしれません…その方たちに一度お会いしたいですね」
 
取引する者が立ち去った後に響く呟きは、色々な者の運命に影響を与えるのであった。




謁見の間より足早に私室へ戻るとそこには優しく微笑み迎えてくれる者が居た。

「アルバシェルさんお帰りなさい」

フレイが部屋で出迎えてくれた。

『何か暖かくて嬉しい…』

アルバシェルはフレイのが心配で急ぎ戻ったが、予想外のほんわかした雰囲気に頭のネジが吹き飛ばされた。

『本当は抱き締めて " ただいま " …と言いたかった』

心の呟きに促され、現在の状況を忘れて本能に従ってしまいそうになる。
タリクにまた痛い指摘を受けるので、近づいて頭を撫でるに留めた。
アルバシェルはフレイに触れていると自分の揺らぎが安定することを感じた。

『あれがフレイの言ってたギュッで安心…と言う奴だろうか』

その感覚はかつて姉に抱き締められたり撫でられていた時と同じ感じだった。
アルバシェルはフレイに触れる事で、少し精神的にも魔力的にも自身が過敏な状態になっていることが自覚できた。
大殿司の言葉に不安を煽られてしまったのもあるが、数日前に取り込みの儀式を行った影響も大きいと思われる。

『タリクと一緒に待機していたのにフレイに問題が起こることも少ないな』

そう思うと少し安心できた。


だが、目論む者達が時の回転を速めていく…。


先程の話の続きをしようとお茶の用意をタリクがしている時、窓から赤い光が差し込む。その直後の大音響での爆発音と振動。

「!!!」

窓に近寄り確認するが此処からは部屋の端の柵が邪魔になり見えない。窓には脱走及び侵入防止の結界が施してあり、窓を開けたりそこから出入する事は難しい。

「確認してまいります」

タリクがその言葉と共に扉から廊下に出て確認に赴く。
外の赤い光を見てフレイの瞳に不安が広がる…。

『不安な時はギュッとだ!!』

アルバシェルはフレイが言った事を思い出し、自分の不安定さを落ち着けるためにも行動に移そうとした…その時扉が叩かれる。

「祭主様、申し訳ありませんが北棟にて襲撃があったようです。事態収拾の為のご指示を得たく、一度、儀礼の間においで頂きたく…」

アルバシェルは扉越しでやり取りする。

「何故、儀礼の間?」

「ご来客のご指定で…」

使いで来た神職が要領を得ない。

「襲撃が有ったと言う様な非常時に一体誰が!」

「…はぁ…、こ、皇太子殿下が…」

口ごもりつつ答えた。

「!!!」

アルバシェルはその場へ赴くことに同意するしか無かった。支度を整えてから行くと伝え、扉外から伝令役を下がらせた。
上に羽織る服を祭司服に替えフレイ向き合う。フレイは美麗に彩られたアルバシェルを見てニコニコ顔だ。

「アルバシェルさん、とても似合っている…すごく綺麗でかっこいいね」

典礼用のガウンである祭司服は白を基調とし、全体に金糸銀糸の刺繍が施してあり、襟元から足元に向けての縦方向で帯状にアルバシェルの髪色と同じ深緑を更に加えた落ち着いた優しい雰囲気の刺繍が施してあった。

フレイの良い所は自身も様々に繋がれて自由にならない部分を持つため、他人のしがらみにも寛容である所だ。
フレイも一応サルトゥスに来るに当たっての勉強で、神殿の最高責任者の名称等はぼんやりと覚えていた。
なので、アルバシェルがどんな存在であるのかも予想はついていた。

「祭の主…ってお祭りやる人?」

青の間でのサルトゥスへ赴くにあたっての事前学習の時。
フレイのボケにニュールはいつものハイハイって顔で流している。
リーシェは諦めずに根気強く説明してくれる。

「祭主…それはフレイ達が転移陣を借りに行く闇神殿の一番偉い人の役職だよ。一応、王族だけど諸事情で厄介払いの様な感じで中央から離されてる感じでそこに所属しているらしい…」

「厄介払い?」

「…取り込みでやらかして忌み子扱いされてたからね…」

リーシェの表情が自身に向けられたのかその者に向けられたのかは分からないが、いつもの涼しげな表情の中に一瞬の強張った苦渋の表情を浮かべたのが印象的だったので覚えていた。

《忌み子》…その響きはかつてフレイリアルが言われていた《取り替え子》に近い雰囲気を感じ、言葉に込められた正確な意味は分からずともフレイが立ち向かいたいような気分にさせる言葉だった。

祭司服を纏うアルバシェルは自分の中の不安を払拭するたに無言でフレイに近づき強く抱き締めた。
何も言わずフレイも同じように返してくれた。
その雰囲気から、何らかの重い鎖と対峙するのであろうアルバシェルの心を気遣い願う。

『アルバシェルさんが心強く立ち向かえますように…』

ギュッとしてギュッとする輪の中で一瞬の癒しの魔力循環が起こり、そこに存在する歪みが整い重くまとわり付く思いが昇華される…。
アルバシェルは取り込みで溜め込まれた澱みや、滞っていた魔力の歪みが消えていくのを感じた。

「…ありがとう…すぐ戻るので待っていてくれ…」

アルバシェルは王宮の澱みを一身に受けて育ってしまったような第一王子と対峙するための心の支えとなる力を与えてくれたフレイに感謝した。




「では、予定通り行きましょう」

予定通り…《五》は勿論最善を目指している。だがいつも最悪の一手迄をも常に視野に入れ想定している。

『現実は誰にとっても甘くないですから…』

経験則が導く必定。
祭主様の呼び出しは確認されてるし、そのお付きの者も北棟で情報収集中。

「部屋にいるお嬢さんを連れてきなさい」

命令された禰宜の姿をした者は是非無く言われた通りを実行する。

その者はアルバシェルの部屋まで赴き入り口で扉を叩く。

「アルバシェル様からの伝言です。フレイリアル様の守護者様が転移の間にて御待ちです」

扉の外から中の者へ伝言を述べる。

「…でも」

ドア外の声に返事をしてしまった。
タリクが居たら、学習しない迂闊もの…となじられていたであろう。

「赴く場所を示したメモをご用意してありますので、宜しければ其れをご利用下さい。他の方が先に帰ってこられても、残しておけば安心して頂けると思います」

そして扉の隙間から差し込まれたメモを確認すると " フレイリアル様は転移の間に赴きます "と記されていた。

外からもたらされたニュール達の情報は、進まねばならぬ…と言うフレイの思いと重なり、行動に移す事を容易にしてしまった。

只、フレイは気付かなかったが、本物の神職の者ならアルバシェルの事を名前で呼ぶ事は無く祭主と呼ぶ。
そして、自分がまだアルバシェルに名前も含めた情報を全ては伝えてないと言う事を迂闊にもフレイは失念し気付かなかった。

そしてテーブルの上に残された、隠蔽の魔力が施してあったメモの文章は、時間で魔力が消えると消し去られた部分が現れる。

“守護者ニュール様 フレイリアル様は預からせて頂きました。転移の間に赴きお待ちしております。
                        元《14》の《五》より"

アルバシェルの部屋にニュール宛ての挑戦状が残された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

目の前で不細工だと王子に笑われ婚約破棄されました。余りに腹が立ったのでその場で王子を殴ったら、それ以来王子に復縁を迫られて困っています

榊与一
恋愛
ある日侯爵令嬢カルボ・ナーラは、顔も見た事も無い第一王子ペペロン・チーノの婚約者に指名される。所謂政略結婚だ。 そして運命のあの日。 初顔合わせの日に目の前で王子にブス呼ばわりされ、婚約破棄を言い渡された。 余りのショックにパニックになった私は思わず王子の顔面にグーパン。 何故か王子はその一撃にいたく感動し、破棄の事は忘れて私に是非結婚して欲しいと迫って来る様になる。 打ち所が悪くておかしくなったのか? それとも何かの陰謀? はたまた天性のドMなのか? これはグーパンから始まる恋物語である。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...