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第二章 サルトゥス王国編

4.流されて辿り着く先

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広げた探索の魔力の中、いつも塔で探していた時の天輝が降りる感覚を得た。
その時、頭に思い浮かんだのはたった一つの事だけだった。

『この樹海でなら天輝に出会う事が出来るかもしれない』

フレイリアルは小屋から飛び出しクリールを呼んで走り出す。
荒れ地で魔石を探し出す時の様に。

遠ざかる時ニュールが何か言ったような気もするけど、それ処では無い。

『近い…』

フレイは天輝の感覚を得た場所に近づいたので、クリールから降り歩き始める。
川沿いを暫く歩くと、少し川原が広がっているところがあった。

クリールに乗って来てしまったけど、今回は本当に天輝に出会えるかもしれない。それなら獣であるクリールはなるべく遠ざけた方が良いと考えた。
フレイは100メルぐらい川原から離れた距離にあった木の所でまで行く。そこで待っていてもらおうと連れてきたクリールにお願いするが聞いてくれない。
何にか警戒してるのか、落ち着きが無い。今回はあまり言う事を聞いてくれないので、木の枝に手綱を掛けて固定して待って貰うことにした。

人の気配はない。

ただ其処には濃厚な魔力の塊が川の流れと共に渦巻いている。
魔物とか居るわけではないが、凄く濃厚な魔力を感じる…極上の魔石に出会った様な感覚。

その時、上空にいきなり魔法陣が広がるような感覚がありソレは始まった。

一面見渡す限りに細かい揺れのようなさざめきが広がる。
その後、川原も川も無く輝きが広がって行き、その輝く光が小さな粒になって、更にそれぞれが輝き出す。
その輝きは、そこにある全てのものに伝わって行く。水にも空気にも大地にも空にも…。

そして、その一つ一つから光が立ち昇り光の粒は天へ向かっていく。

天と地の間でやり取りされる循環。
輝きが新たなる輝きを生み出す。

その間に居ることで自身にも力が染み渡り、内側から魔力が溢れ飛び散り自分ごと霧散する…その繰り返しで脈動する何かが生まれる…そんな感覚が身体を走る。
自分の中でも輝きの振動が更に輝きに変わり増幅し光を強めていく。

それが天輝だった。

フレイリアルは初めて天輝を自身で浴びることになった。

それは22層に居るとき以上の快適さ。

輝く川原に仰向けに寝転び存分に天輝を味わう。

『この中ならきっとリーシェだって普通に過ごせるはず…』

そう思うと悲しみが溢れてくるが、零れ出た悲しみさえ天輝の魔力は浄化し何も考えられなくなる。

「おいっ、子供。どけっ。そこに居たら私が持ってきた石に天輝が当たらぬではないか」

フレイリアルが寝転んでいた川原に現れた人影がしゃべる。
マントを目深に被った深い森の緑の影の様な人間が立っていた。

背の高いその男はフードの奥からかろうじて見える部分に不快そうな表情を表し、寝転ぶフレイリアルを見下ろす。侮蔑の篭る瞳に殺気まで滲ませ此方を見据える。

天輝がもたらした快適な魔力が消し飛んでしまうぐらいフレイは腹が立った。

フレイリアルが戦う心を目覚めさせることはとても珍しかった。
ゆっくりと起き上がるフレイは、今まで誰一人として見たこともない様な高貴で華麗で高飛車な雰囲気を呼び出し身に纏った。そして燃える新緑の瞳をその男に向け対峙した。

「これは、申し訳ありませんでした。此方の天から降り注ぐ恵みが貴方様の物とは存じ上げなかったもので…」

その男は、その気高く凜とした強気な態度にたじろいだ。
自身が不躾であった事に気づく良識もあったようで雰囲気を改めた。

「嫌っ、済まぬ。いきなりあの魔力の中に人型の者が居たので魔物の類いかと思った。失礼な物言いであったことは謝罪する。ただ、その下の魔石が此方のものであるのも事実なので退いてもらえないか」

背中に踏み潰して居た魔石を見つけてフレイは恥ずかしさにシュルシュルと音をたてて小さくなって行く感じでいつものフレイに戻った。

「ごめんなさい…」

消え入るような謝罪の言葉と先程の偉そうな態度は全くの別人のよう。
あまりの落差に、その慇懃無礼だった男でさえ笑い声をたてる。

「クックックッ、笑ってしまって済まん!」

緑の影の人は予想外に笑い上戸で寂しそうな空色の瞳の人だった。

フレイは目が放せなかった。

その空色の瞳が抱える色合いは見知ったものだった。自分と自分の周りの皆が共通で持つ色合いであり、受け止めてあげたくなった。
その瞳に思わず手を伸ばしてしまいそうになる。
そんな自身の行動に動揺し、ごまかすためフレイは男に尋ねた。

「貴方は此処に天輝が降りることを知っていたの?」

「この土地と魔力の状態が天輝を産むのは必然であろう。何故なら…」

男の回答は中途半端だったが、離れた所に繋いであったクリールの居る辺りで大きな音がした。
クリールがバタバタと暴れて繋いだ手綱を自身が傷つくまで暴れて切りはなそうとしている。遠目だが赤い不気味な輝きをどこからか発しているのが解った。

「魔力あたりを起こしてしまった様だな…」

その様を見て男が呟く。

フレイは激しく後悔した。
自分の思い付きで起こしたような行動で、クリールが獣から魔物に変わってしまうかもしれないと思うと、どうすれば良いのか解らなくなってしまった。

ニュールの言葉を思い出す。

“…お前は始末できるのか…”



「ねぇ、オレら馬鹿っぽくない?」

年若いが鋭い眼光を持つ少年が一人先を歩き、後ろの二人に問いかける。

「しょうがないです。指示を守るのは仕事の常識です」

若そうなのに頭の固そうな男がキッチリ反論する。もう一人の中年の冴えない男は無言でその若者たちの会話を聞き流す。
彼らはサルトゥスの辺境にある闇の神殿を持つ街ボルデッケで既に10日ほど滞在している。
あの出来事があった後、国の方針で派遣された影《五》と《7》と《30》。
転移陣にてヴェステより派遣され、現地で活動する予定…だったが標的が来ない。
大量の高級魔石を消費して飛んだ割に冴えない展開だった。
草からの情報だと標的はやっと昨日エリミアを出発したようだ。
今回の任務はエリミアからサルトゥスへ向けた使者2名を捕縛しヴェステへ持ち帰ること。

「遅いよね…つまんないなぁ!」

「こう言う時こそ研鑽を積むべきです」

「じゃあ、僕に挑んでみる?」

若者の会話に空気がヒリツク…。
今まで黙っていた男が口を開く。

「こう言うときは飯でも食いましょか!!」

無理やり場を納めるように2名の背を押し連れていく。
影の末端番号を持つ自分が、何故にこの一行の纏め役をやらなきゃいけないのか…理不尽さに溜め息が出た。

『血気盛んな若者には餌を与えとかないとコッチが噛みつかれる…』

心の中でぼやく。
長い間、影を続ける所以となっている一流の人扱いでスルリと心に入り込み、若者をその気にさせていく。

『やっぱり、甘いご褒美を用意してあげる事が一番。《五》には面白さを…《7》にはお得感を』

適切に人を読み操る。

「捕縛時に三人で事に当たれば指示を無視したことにはならないから、二人で途中の街まで奴らを迎えに行ってみるのはどうです?」

提案をしてみた。
伸るか反るかは自分より上位の若者二人に委ねた。




その深緑の森の使いの様な男は、川原を森に向かって走り出す。

「まだ大丈夫かもしれないぞ…」

男は走りながら情報を読み取り横に付いてくるフレイに向け伝えた。

軽やかに走り、振り払われたフードから現われたその顔は、20代になるかならないかの境界の姿をし、容貌は整い目を引く美しさであった。
深い緑を含むその艶やかな髪はしなやかに背後に流れ、菱苦土魔石と琥珀魔石を合わせたような色合いの肌は日の光に輝き煌めく。
双眸は澄んだ蒼天色をし、吸い込まれそうな気持ちになる清々しさだ。

瞳は快適な魔力を出す塔の天輝石と同様の力を持つように輝くのに、その中の心には寂しさと闇が含まれている。

木の所まで近づくとクリールの目の赤い輝きが増していた。口からは涎を垂らし、威嚇のために羽を広げる。魔物の持つ瞳へと完全に変わりつつあるのがわかった。

「押さえるから、額にこの魔石を付けて生活魔石のように魔力を動かせ!」

フレイに手を伸ばし、その男は魔石を渡す。

懐から取り出し渡したのは、見た目と魔力の質感は黄玉魔石である感じだが、手に触れると崩れそうな柔らかさを持つ不思議な魔石だった。

「??」

フレイの疑問の表情に簡単に答える。

「魔力を使いきり、崩れる手前の魔石だ。その状態にしておけば、ある程度魔力を取り込める」

『川原に転がっていた私が下敷きにして寝転んでいた場所にあったのと同じ…』

フレイは思い当たった事は取り敢えず置いておき、無言のまま頷くと指示に従うため構えた。

「行くぞ!」

フレイも男の掛け声と共に、通常に戻すべく凶暴なクリールに近づく。魔物化しつつあるクリールは体力が溢れ出てくるかのように暴れ続けている。
男が鎧小駝鳥の背後に周り、羽の部分を押さえると少し動きが緩慢になる。
しかし、その長い首と嘴で攻撃してくるため完全に温和しくさせるのは難しい。その男自身もクリールの攻撃で美しい顔を傷つけられていた。
男に言われたのは角が出る頭部から魔石に回路を繋げる事だったがフレイの感覚は、それだと間に合わないと囁く。
フレイも男と共にクリールに抱きつき魔石を羽に当て、願うように魔力を動かす。

『クリール戻ってきて!!』

クリールの中で高まっていた魔力は魔石へと流れる。その魔石の魔力は、触れてる手から更にフレイの中へと浸透していく。

暴れていたクリールはフレイが魔石によって魔力を導く事で、魔物化のきっかけになりそうな魔力を吸い出され落ち着きを取り戻した。

「この魔石はギリギリまで魔力を抜いてあるから、水が高い所から低い所に流れるように流れが出来れば他から魔力を奪う様な働きを持つんだが…」

呟きながら魔石とフレイを見比べ訝しむ…。
この魔石の許容範囲を越える魔力が見えたのに消えている。
天輝を直接浴びて快適そうにしていたこの娘が何者なのかと…。




ニュールはアリアの言うように川原に向かった。守護者の繋がりもそちらの方へ導くような力が感じられた。
その時、強い怒りからの高ぶりが伝わってきた。

『回路を辿ってる時は感情も伝わるのか…』

フレイにしては珍しい純粋な怒りの感情…辿る足が急かされた。
川原を回路の魔力に導かれ移動していると底から150メル程先の木のところでフレイが立ち尽くしていた。
今は怒りの感情はなく、安堵の感情のみ感じられ安心した。
なので一応一緒に居る男を警戒し、念のため隠蔽で気配を消して近づく。
もう10メルと言う距離になった時、回路から流れてきた感情。

『…尊崇…と、恋慕に近い思慕?!?』

ニュールはその後、更に驚愕する言葉を聞く事になった。

その場には血でマントを汚した背の高い男が傷ついたクリールを横にフレイと向き合っていた。

フレイの頭には衝撃が走っていた。
その男の魔石の扱いは今までのフレイの知識を凌駕していた。

『…この知識を極めれば…』

そう思い、思わず口に出して言ってしまった。



「…惚れました…。貴方に惚れました…」



その場に辿り着いたばかりのニュールと、フレイの正体を訝しんでいたその男は、両者とも虚を突かれる。
その男前な告白に凍った。
暫しの時間の経過後、フレイは言葉を続けた。

「貴方のその知識と技術に惚れました!是非弟子にしてください…」

『『紛らわしい!』』

確かにフレイはその男の持つ技術に恋い焦がれてしまったようだった。
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