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第一章 エリミア辺境王国編

32.もう巻き込まれるだけではない

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ニュール達は目の前の驚異が取り去られ安心したが、その後の状態が把握できないことで気持ち的に疲労が溜まっていく。
取り敢えず、三人以外残っていないその場に留まり、砂漠王蛇ミルロワサーペントが居た階段に皆無言で座っていた。
夕時三つ前には外の状況も含め全ての決着がついたようで、賢者の塔所属者が纏うマントを身につけた塔の管理者達が、何処からともなく現れ後片付けをし始める。

夕時より始まる予定だった選任の儀だが、今は既にその三つ過ぎ。
夕食の頃合いはとっくに過ぎている時間、状況が落ち着けば落ち着いたで腹も減ってくる。しかし周りで動く管理者達からは大した情報は得られないし、フレイリアルも未だ戻る様子はない。

片付けをしている管理者の一人がニュール達に近づき声をかけてくる。

「大賢者様より、伝達がございました。本日予定の儀式は明日以降に延期となりましたので、取り敢えず賢者の塔の貴賓の間にご案内するよう申し付けられました。遅めとなりますが、此方で御夕食なども用意させて頂きますので以後の連絡をしばしその部屋でお待ちください…とのことです」

連絡を受け、其れを伝えに来たようだ。

三人は抜け落ちた気力を振り絞り立ち上がる。

「…うっ」

フィーデスが呻き声を漏らす。
先程モモハルムアをかばって受けた傷が痛むようだ。
満足な手当てもまだしてない状態だったので、管理者が救護室での手当を勧めるがモモハルムアの側を離れることを拒む。

「…今度はちゃんと守る…」

ニュールが呟く。

「お前なぞ!」

「主を安心させるのも騎士の役目じゃないのか?」

フィーデスは先ほどのニュールの不甲斐なさを思い出し怒る。
だが冷静に対応するニュールの言葉と、横でフィーデスを心配し胸を痛めるモモハルムアの不安そうな様子。それに気付き、唇を噛みつつ不満一杯の表情で渋々と救護室へ向かった。

「それでは我々も移動しよう」

モモハルムアも人の心配をしていたが十分傷つき疲れきっているようだった。
ニュールは疲れ切っていて動くのが辛そうなモモハルムアの負担を減らすため抱え上げ運ぶことにする。
ニュールに声をかけられた後、モモハルムアは不意にフワッと抱き抱えられる。
フレイを小脇に抱えた時と同じ感覚で、運ぶために持ち上げたのだ。

しかしニュールは忘れていた、自分が熱い思いを向けられていることを…。

ニュールが思い出した時は既に遅かった。
最初こそ固まり真っ赤になっていたモモハルムアだったが、その真剣な思いを全て忘れているであろうニュールに思い知らせるチャンスだと言うことに気付いた。

モモハルムアを抱き抱え、先導する塔の賢者の後に従うニュール。

暫くするとソロリと首に腕が巻き付く。落ちそうなのかと思い下を確認すると蕩けるような表情で悪戯っぽく笑みを浮かべるモモハルムアがそこにいた。
ニュールは腕の中にいる甘える顔をした魔物女が、鋭い牙で首を掻き切ろうとしている瞬間なのかと思った。
不意に顔が近づきニュールの頬に触れる甘い吐息と優しい感触。そして《四》と戦った時の肩の傷があるだろう場所に触れて囁く。

「ありがとうございます、私の大切な御方…私の騎士様」

『まっっずっい!』

思わず落としそうになった。

でもそれ以上に不味いのは、貴賓の間の手前で手当を終えたフィーデスが今のやり取りを全部見ていた事。

入り口前で立ち尽くすフィーデスだったが、こちらに向ける目は既に無の境地を表し、天からの使いの如く不埒ものに天誅を与えんと素早く目の前へ移動してきた。
そして怪我の無い足でニュールの足に鉄槌を下した。
とうとう実力行使に至る。
ニュールは、フィーデスによる自分への抹殺計画が着々と進行している気がした。


貴賓の間の扉を開けると、フレイリアルが待っていた。
ニュールの顔を確認し、安心感で潤む目には喜びと達成感が溢れていた。

「大賢者様を助けることは出来たか?」

ニュールの問いに頷き答える。

「もちろんだよ! ニュールも助けてくれてありがとう!!」

その声には明るく前へ向かって進んでいく力が溢れていた。


起こっていたことに対する処理の大まかな内容をフレイから聞いた。
そして、明日、賢者の塔・謁見の間にて選任の義の仕切り直しを行うことを説明された。
一般の人々が受ける儀式は昨日の事件が起こる前に、王城門入り口広場にて昼前に行われたようで明日は王族の儀式のみを行う予定らしい。

守護者の選任、及び認定も行う。

遅い夕食を摂りながら色々な説明を受けた。
王宮からの報告もあったそうで、王妃の無事も確認されたそうだ。

食事が終わり各自が休む部屋を用意され案内を受けると言う時、今まで何か言い出そうとして言い出せないといった雰囲気だったフレイが、決意を決めたようにニュールに向かう…がモジモジ状態だ。

「ニュール…うやむやに巻き込んだままじゃ良くないよね…。だから改めてお願いします…私の守護者になって下さい。私はリーシェのために天空の天輝石を見つけ出したいので手伝って下さい」

今までみたいに適当に誤魔化さないと言う気持ちが見えた…叶えたい未来のために踏み出す決意も。

「ちっ、オレは女子供と動物、食い物、酒には弱いんだよな…引き受けてやるよ。ただし十分役に立てるかは分からんし、こっちの事情に巻き込まないとも限らんぞ…」

「大丈夫! ニュールはまるごとニュールだから何とかなるよ」

にへらっ…と満面の笑みを浮かべて安請け合いするフレイが、ニュールの持つ全てのしがらみを軽く吹き飛ばしてくれた。



賢者の塔・中央塔・謁見の間にて選任の儀が執り行われる。

大賢者が守護者と選任の儀を受ける者の間に回路を繋ぎ確認する儀式。

今回は辞退者や不慮の事故で参加できなくなったものなど参加者が17名から12名に減っていた。

王と王妃の御前で儀式は着々と大賢者により執り行われ進んでいく。
儀式を受ける両者が天輝石に触れ、そこに大賢者が魔力を導き通す。回路が繋がっていると両者に流れた魔力で光るので、それを王と王妃が確認し守護者認定を出す。

大体の者が軽く光る程度だが、体内魔石の状態や回路の流れによって光り方は変わってくる。

モモハルムアとフィーデスは繋がりも魔石の状態もよく、目映い位ぐらいに輝いていた。

トリを務める事になったのはフレイリアルとニュールであった。体内魔石を持たないフレイリアルは最初から守護魔石を代用して行う予定だったが、大賢者リーシェライルはそれを却下した。

フレイは一瞬戸惑うが、リーシェが小さくつぶやいた。

「大丈夫だからやってごらん」

周りは二度手間になるであろうと失笑する。真剣に儀式に臨むのはフレイリアルとニュール。そしてモモハルムア達と大賢者のみが真剣に見守る。
リーシェライルが二人の手を天輝石まで導き、そこに天輝石より魔力を流す。導き出された魔力は二人の中に流れ、その魔力が二人の魔力を導きだし天輝石の中で混ざり二人へ還っていく。

その時回路は開き、膨大な量の魔力の循環が起こり目映い魔力が輝きだした。新緑色と萌黄色、蒼天色の煌めきを放ち出し、皆、激しく目が眩んだ。
そこに居た全員が、否応なくそれを確認させられた。

「塔なし…だけどヤッパリそうなんだね…」

大賢者リーシェライルは儀式を執り行う中で小さく小さく呟いた。



「フレイリアル・レクス・リトスの守護者としてニュールを承認する」



高らかに述べられた王の宣言。示された証に誰の異議もなく承認された。
王の御前にて、正式にフレイリアルの守護者ニュールとなった。

儀式が終了し、王は退出した。
大賢者リーシェライルが謁見の間より、選任の儀に参加した者達を美しい微笑みを浮かべ見送る。その時、ニュールにだけそっと声を掛けた。

「後でお部屋に迎えを出しますので、僕の最終試験を受けてくださいね」

満面の微笑みと共に、リーシェライルは鋭利な短剣を喉元に突きつける様な危険な毒を含む瞳を一瞬ニュールに向け誘った。
受けないわけにはいかない、最大の試練と言えるかもしれないものだった。


「お疲れ様、ニュール…その前に改めて、初めましてになるのかな?」

気軽に後ろから話しかけてくる声の方を向くと、そこには艶然と佇むリーシェライルがいた。
呼び出され案内された部屋は無人だと思っていたのにいつの間にか背後にいた。この一連の対戦でだいぶ勘を取り戻したニュールは、決して気を抜いていた訳ではなかった。

「今回はフレイのこと守ってくれてありがとう」

微笑み礼を伝えるリーシェライルは、端から見れば心優しき大賢者様が愛弟子のようなフレイリアルを補助してくれたことへの感謝の気持ちが溢れるような対応に見えたであろう。

しかしニュールには狡猾に立ち回る得体の知れない老獪さを持つ魔物が、隙あらば襲いかかろうとしているように感じた。

「僕はフレイリアルの保護者代理兼、上司でもあるんだよ。魔石収集の依頼を出したりしているからね。フレイの守護者になった君も僕の部下も同然かな…」

ずっと浮かべている笑顔は誰が見ても完璧で完成された美しさの、心酔してしまいそうな笑顔であった。
だけどニュールは関わってはいけない人間に近づいてしまった事を悟った。
今までも厄介な上司の元で強制的に働かされ、生命を脅かされた事もある。
だが、コレは命どころか根本から巻き込み絡め取り、沈め、永遠に魂までも養分にしそうだ。
捕まってしまったら戻れない道を強制的に歩かされるだろう。
そんな奴に、フレイ経由とはいえ繋がりを持ってしまった。

『出来る限り抗うしかない』

ニュールはそう覚悟を決め、リーシェライルに伝える。

「俺は部下なんて大層な者にはなれませんから…」

リーシェライルから発せられる魔力を含むかのような笑み。男女なく魅了し、運命さえねじ曲げる様な威圧感。圧倒的なそれを身に受けながら必死に抵抗した。

「そうか残念だな…。でもフレイのことはしっかりと頼むね、あの子むちゃくちゃだから…」

フレイの事を語る大賢者様の笑みは優しく温かく、この思いやる気持ちは真実であると感じた。

『それにしても、この大賢者様にむちゃくちゃと言わしめるとは…』

ほんの一日の出来事なのにフレイの行動に頭を抱えた数々の事を思い起こし、この恐ろしい大賢者様に少し共感を覚えるニュールであった。

「最後にひとつ質問を良いかな?」

質問と言っても可否なく受けなければいけない詰問と言ったもののようで、ニュールの返事を待たずに問いは続けられた。

「もし、謂われ無き事態に巻き込まれる前に戻れるとしたら君は戻りたいかい?」

ニュールはその質問が、今回の事ではなく過去の出来事に対しての問いであること、それを把握されている事を察知した。
この答えによって自分が傀儡のように変化させられ、封じられてしまうのでは無いか…と感じた。

「…今現在が選び取り歩んできた道ですので、戻ろうとは思いません」

「ふふっ、合格かな…」

その場を支配していた、魔力を超える様な圧が消えた。
そして心底可笑しそうに微笑み佇むリーシェライルが居た。

「大丈夫、怖くないよ。楽しませてくれるうちはね…」

こうして魔物の親玉の様な大賢者様の試練をくぐり抜けた。

その事で、更にニュールは大賢者様お墨付きまで得たフレイリアルの守護者となってしまった。
あの魔物の王を保護者にする底抜け姫の守護者。

『…本当に魔物の王は保護者なんだろうか…』

ニュールはリーシェライルの内にある捻れを感じ、向かっている方向や目的に漠然とした猜疑心が沸き上がるのを抑えた。

『今はこのままで良い』

ニュールは自分が庇護することになった天測ことわり破りの姫君の元に、自分が留まることで何を引き起こすのか全く読めなかった。
だが、そこに不安だけでなく喜びも待ち受ける未来があることを切に願った。
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