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第一章 エリミア辺境王国編
15.暗がりに巻き込まれつつ
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王城の中で並び建つ賢者の5つの塔と王宮の建物は、エリミア辺境王国の在り方を的確に象徴している。
国に並び立つ二つの力。
二つの力の協力によって、生まれた長い間の平穏。平穏は余裕を生み出し、欲望へと向かう。複数ある力は、王城内に野心と思惑を醸し出す温床となり混乱を生み出す。繰り返される歴史がその愚かさを証明していく。
エリミアの王族は次代へ王位が引き継がれるとその代の王位継承権を持つものの継承権は消え、次代の者達へ引き継がれる。
先代の者たちは継承権を失い、再度得ることは無い。
継承権の無い王族は、国内で次代の継承権を得るため奔走したり、自身が管理する地域の開発を行ったりする。
その他、国から以来を受け各国に赴き外交を行ったり、積極的な者は自身で国外に赴き活路を切り開く者もいる。
国内に国外の者が入ることは少ないが、その分継承権の消えた王族たちが国外に飛び出し外交が繰り広げられる。
最初はチョットした軽い誘惑を受けただけなのだと思っていた。
「エシェリキア様は大変優秀でいらっしゃいますのに、王弟の第1子であると言うだけで継承外の順位とは嘆かわしいことでございます」
サランラキブが仰々しいほど畏まり持ち上げる。
「この国の制度も何もかもが古いと、お父様もいつも仰っている…」
「その通りでございます。忌々しき魔石も持たぬ厭わしき《取り替え子》が継承権を持つのに…まったく無念でございます」
「力も持たぬ癖に、人を虚仮にし厚顔無恥にも大賢者に取り入ってのさばるフレイルめ…」
エシェリキアは思わず、そのまま口に出していた。
「奴より下位に属さねばならぬとは、誠に口おしい限りでございます…」
サランラキブは如何にも悔しげに足を踏み鳴らす。
「その気持ち解るぞ…」
エシェリキアの父は先代の継承権所持者であり、継承権3位の者であった。
代替わりが起こる時、消滅した継承権の代わりに第2都市ドゥーエを任される者の一人となった。それなりに影響力のある地位に留まれたとは言え、父はいつでも不満そうだった。
その不満を自身の第一子であるエシェリキアに浴びせ続けた。
「この国の制度は歪んでいる。豊かさをつかみ取るためには矯正が必要だ」
父が周囲に伝え続けている持論である。
「本来あるべき体勢とは、王を支える由緒正しき者が周りに控え補佐し導くもの。それを行うためには、王の周りも代を重ね重厚な力を持つべきであり、能力だけで出てきた様な賢者が出しゃばるべきではない。賢者は由緒正しき者を敬い、その能力に溺れず出しゃばらず、王に従い仕える様な制度の国こそが正しく国と民を導けるんだ」
生まれた頃から聞かされたソレはエシェリキアの中でも正義になっていた。
最初に石樹の儀でフレイリアルを見かけたとき、エシェリキアは一目見ただけで変な奴だと思った。
魔石を内包出来なかった出来損ないの子供なのにそこに居る。正義の鉄槌を下してやらねば…と思った。手に入れたばかりの体内魔石の魔力を当てて驚かせて反省させてやるつもりだった。
どうせ当たっても少し目眩がする程度で害は無いと言うし、得たばかりの力を正しく使う道を選ぶ自分を凄いと思った。
しかも、高貴なる者の慈悲として手加減もしてやるのだから全く問題ないし、ありがたく思って欲しいぐらいだった。
なのに目眩と吐き気と高熱で倒れたのはエシェリキアの方だった。加わった仲間も同様に倒れた。
次に出会い憤りを感じることになったのは、王城内で選任の儀へ向けて通うことになる賢者の塔内にある学舎にてだった。
相変わらず皆と違う色をしてるのに、フレイリアルはのほほんとしていた。しかも噂によると大賢者様の指導を受け勉強しているらしい。実際に中央塔で、大賢者様と親しそうに話している姿を見た。
『身の程をわきまえろ!!』
そう叫びたかった。
父同様、賢者達が大きな顔でのさばるのは好ましくないと思ったが、大賢者の持つ強大な力に畏敬の念を抱いてもいた。だから不完全なのに大賢者から恩恵に与るフレイルは許しがたい存在だった。
そして、仲間を誘い制裁を加えたることにした。
なのに、また倒れたのはエシェリキア達の方だった。
今回倒れた時、以前より苦しさは無かった。しかしフレイリアルに向け放った魔力は、手のひらに握った魔石の魔力と共に体の中の魔力までを吸い出し流れ出すようだった。その流れが魔石と繋がっている気がして、咄嗟に手のひらにあった魔石を投げ捨てた。流れは止まったが、やはり倒れた。
投げ捨てた魔石も砂となっていた。
魔石を手放せなかった仲間は、前回同様かなり苦しい思いをしたようだ。
『おかしい!! こいつは危険だ』
エシェリキアは皆のためにも、自分の正義を貫かねばならないと思った。
このような危険な者は、王城に居てはいけない。
しかし、自身が巻き込まれてしまう事は得策ではない。エシェリキアは巧妙に考えを巡らせ、近づかずに排除するための手立てをあらゆる方面から得る努力をした。少し行いが人間的に美しくないと自分でも思えたが、大義のためにはどのような手でも使う覚悟を持つ。そんな自分が誇らしかった。
「間違ってるのは僕じゃない。あのような下賎の者をお側に置いた大賢者様や、目をつぶり看過し継承権を残している王の緩怠である。僕が正しく導く由緒正しき者となる」
強い思いが口をついて出た。
「国を思っての、ご立派なお考えでございます。私、サランラキブ、エシェリキア様のお言葉に感銘を受けました…ご慧眼に感服いたします。今、この身の継承順位を捨て、エシェリキア様に遣えさせて頂きます」
サランラキブが片膝つき頭を垂れ、その身を奉じることを誓った。
エシェリキアは目の前で自身に捧げられた忠誠に酔いしれ、それを受け入れた。そして、フレイリアルの排除を国のために実行すべきと指示した。
その周りの排除も含めて…。
『所詮は子供』
同じ子供ではあるが継承権47位のサランラキブはエシェリキアの子供らしい迂闊さを笑った。
「エシェリキアの言質は取ったし、記録も取れた。実行してくれそうな人達も手にいれたから、大賢者様には魔石の代わりにでもなってもらおうかな…それに、いと気高き至高なる御方が賢者の塔を手にするため、この国に入りやすいようにしておかないとね」
周りの影に潜む仲間たちに指示を出し、一つずつ実行へ移してゆく。
「さぁ、もうすぐ解放される」
仕事が捗り、サランラキブは晴々した気分になった。
サランラキブの見た目はエシェリキアと同年か年下にしか見えないが、本当の年齢はエシェリキアより4歳年上であった。
ほぼ見捨てられた同然の王族の子供に成り代わったのは本当の年齢で7歳の時。4歳と偽り石樹の儀を受けた。
この任務に着くための訓練を受けたのは自分の年齢で3才だった。
「魔石を確実に体の中に取り込むには、魔力が濃い場所に居続ける事が重要であると推測出来るんだ。サーラ、少し辛いかもしれないけど頑張っておくれ」
サーラと呼ばれた子供は、頭を優しく撫でられ心が踊った。
その人は定期的に来て頭を優しく撫でてくれた。与えられたソレは心を満たし、嬉しさで涙が出るような心持ちを毎回与えてくれた。
ここに来るまでの記憶は無かった。しかし、魔力酔いしそうな環境の中で過ごさなければいけない以外は至極快適で大切にされ、礼儀から勉強まで全てを与えらていた。
サーラに心が満たされる事を教えてくれた女の人が、時々お顔を見せに来て下さった。他の世話をする人達が事務的であったのに対し、その方だけは笑顔で対応して頭を撫でてくれた。
「また見に来るよ」
慌ただしく現れ、あっという間に去ってしまうがそれでも何時でも待ち遠しかった。少しの時間でもお顔を見せて下さることがサーラに取っての至上の喜びとなっていた。
最初にその方に会ってから3年。いつもサーラの前に現れて頭を撫でくれた方が、この研究所の所長であり、王族の一員でもある尊い御方であった事を知るのは、この任務を正式な場で言い渡された時だった。
今回は王族の一員として重大な任務を与えるために訪れたので貴賓室での対面となった。
普段も飾り気の無い姿の中に潜む妖艶さと慈しみ深さを近くで感じるだけで言い知れない胸の高鳴りを感じていたが、今回の王女然としたお姿は今まで以上に神々しくサーラは脳天を貫かれるような気持ちになっていた。
「サーラお願いがあるんだ」
その御方が、サーラに気さくに話しかけて下さる。会えるだけで天にも昇る心地となっていたのに、高貴で慈悲深いこの御方は自分に望みまで言って下さる。
サーラはその高貴なるお姿の前に跪き、頭を垂れることが出来る僥倖を味わった。そして、その姿勢のまま無言で御意の形を示し微動だにせず次のお言葉を待つ。
「私は賢者の塔が欲しい」
彼女はその麗しき口から望みを言葉にして下さり、更に続けた。
「…だから、エリミアに行って手に入れてきて欲しい」
『至高の御方が望むのなら全身全霊を傾け手に入れるてみせる』
サーラはその言葉だけで全てを受け入れる覚悟をした。
「一応、君があの国の王宮に入れるように、ありとあらゆる情報や知識は与えることが出来たと思う。君も頑張ってくれてたと思うよ」
手を伸ばし頭を撫で労ってくれる、不意に賜る礼賛にサーラは喜びで涙が出そうになった。そして、その御方は続けた。
「エリミアの第6都市ゼスの末端王族の子供に成り代わってもらい魔石を内包してもらいたい」
本来、内包者に成れるか成れないかは時の運。だがこの方は、結果を追い求め研究し、少しでもサーラが幸運を掴み取るための確率を上げる努力をしたくれた。
「必ずや貴女様の御手に賢者の塔を捧げます」
「君ならきっと出来るよ」
その御方は嬉しそうに微笑み退出した。
今までも此れからもそのお姿を垣間見て、目に焼き付けさせて頂く機会は山ほどあるだろう。しかし、正式な場で麗しきお姿に拝謁する行幸に預かれるのは、この仕事の、この機会だけだろうとサーラは思い至った。
幼い頃でさえも近くに来て頭を撫でてもらうたび、足元に跪きたい衝動にかられた。
何も持っていないサーラに、あの御方は慈愛を与えて下さっていたのだった。
そして今回サーラは実感した。
『この御方こそ僕の仕えるべき御方。唯一無二である至高の存在』
指令は下り、サーラはサランラキブとなり、見事試練を完遂し予定通り内包者となった。
そしてヴェステの第二王女であり王立魔石研究所所長であるサンティエルゼ様の狂信者サランラキブができあがった。
国に並び立つ二つの力。
二つの力の協力によって、生まれた長い間の平穏。平穏は余裕を生み出し、欲望へと向かう。複数ある力は、王城内に野心と思惑を醸し出す温床となり混乱を生み出す。繰り返される歴史がその愚かさを証明していく。
エリミアの王族は次代へ王位が引き継がれるとその代の王位継承権を持つものの継承権は消え、次代の者達へ引き継がれる。
先代の者たちは継承権を失い、再度得ることは無い。
継承権の無い王族は、国内で次代の継承権を得るため奔走したり、自身が管理する地域の開発を行ったりする。
その他、国から以来を受け各国に赴き外交を行ったり、積極的な者は自身で国外に赴き活路を切り開く者もいる。
国内に国外の者が入ることは少ないが、その分継承権の消えた王族たちが国外に飛び出し外交が繰り広げられる。
最初はチョットした軽い誘惑を受けただけなのだと思っていた。
「エシェリキア様は大変優秀でいらっしゃいますのに、王弟の第1子であると言うだけで継承外の順位とは嘆かわしいことでございます」
サランラキブが仰々しいほど畏まり持ち上げる。
「この国の制度も何もかもが古いと、お父様もいつも仰っている…」
「その通りでございます。忌々しき魔石も持たぬ厭わしき《取り替え子》が継承権を持つのに…まったく無念でございます」
「力も持たぬ癖に、人を虚仮にし厚顔無恥にも大賢者に取り入ってのさばるフレイルめ…」
エシェリキアは思わず、そのまま口に出していた。
「奴より下位に属さねばならぬとは、誠に口おしい限りでございます…」
サランラキブは如何にも悔しげに足を踏み鳴らす。
「その気持ち解るぞ…」
エシェリキアの父は先代の継承権所持者であり、継承権3位の者であった。
代替わりが起こる時、消滅した継承権の代わりに第2都市ドゥーエを任される者の一人となった。それなりに影響力のある地位に留まれたとは言え、父はいつでも不満そうだった。
その不満を自身の第一子であるエシェリキアに浴びせ続けた。
「この国の制度は歪んでいる。豊かさをつかみ取るためには矯正が必要だ」
父が周囲に伝え続けている持論である。
「本来あるべき体勢とは、王を支える由緒正しき者が周りに控え補佐し導くもの。それを行うためには、王の周りも代を重ね重厚な力を持つべきであり、能力だけで出てきた様な賢者が出しゃばるべきではない。賢者は由緒正しき者を敬い、その能力に溺れず出しゃばらず、王に従い仕える様な制度の国こそが正しく国と民を導けるんだ」
生まれた頃から聞かされたソレはエシェリキアの中でも正義になっていた。
最初に石樹の儀でフレイリアルを見かけたとき、エシェリキアは一目見ただけで変な奴だと思った。
魔石を内包出来なかった出来損ないの子供なのにそこに居る。正義の鉄槌を下してやらねば…と思った。手に入れたばかりの体内魔石の魔力を当てて驚かせて反省させてやるつもりだった。
どうせ当たっても少し目眩がする程度で害は無いと言うし、得たばかりの力を正しく使う道を選ぶ自分を凄いと思った。
しかも、高貴なる者の慈悲として手加減もしてやるのだから全く問題ないし、ありがたく思って欲しいぐらいだった。
なのに目眩と吐き気と高熱で倒れたのはエシェリキアの方だった。加わった仲間も同様に倒れた。
次に出会い憤りを感じることになったのは、王城内で選任の儀へ向けて通うことになる賢者の塔内にある学舎にてだった。
相変わらず皆と違う色をしてるのに、フレイリアルはのほほんとしていた。しかも噂によると大賢者様の指導を受け勉強しているらしい。実際に中央塔で、大賢者様と親しそうに話している姿を見た。
『身の程をわきまえろ!!』
そう叫びたかった。
父同様、賢者達が大きな顔でのさばるのは好ましくないと思ったが、大賢者の持つ強大な力に畏敬の念を抱いてもいた。だから不完全なのに大賢者から恩恵に与るフレイルは許しがたい存在だった。
そして、仲間を誘い制裁を加えたることにした。
なのに、また倒れたのはエシェリキア達の方だった。
今回倒れた時、以前より苦しさは無かった。しかしフレイリアルに向け放った魔力は、手のひらに握った魔石の魔力と共に体の中の魔力までを吸い出し流れ出すようだった。その流れが魔石と繋がっている気がして、咄嗟に手のひらにあった魔石を投げ捨てた。流れは止まったが、やはり倒れた。
投げ捨てた魔石も砂となっていた。
魔石を手放せなかった仲間は、前回同様かなり苦しい思いをしたようだ。
『おかしい!! こいつは危険だ』
エシェリキアは皆のためにも、自分の正義を貫かねばならないと思った。
このような危険な者は、王城に居てはいけない。
しかし、自身が巻き込まれてしまう事は得策ではない。エシェリキアは巧妙に考えを巡らせ、近づかずに排除するための手立てをあらゆる方面から得る努力をした。少し行いが人間的に美しくないと自分でも思えたが、大義のためにはどのような手でも使う覚悟を持つ。そんな自分が誇らしかった。
「間違ってるのは僕じゃない。あのような下賎の者をお側に置いた大賢者様や、目をつぶり看過し継承権を残している王の緩怠である。僕が正しく導く由緒正しき者となる」
強い思いが口をついて出た。
「国を思っての、ご立派なお考えでございます。私、サランラキブ、エシェリキア様のお言葉に感銘を受けました…ご慧眼に感服いたします。今、この身の継承順位を捨て、エシェリキア様に遣えさせて頂きます」
サランラキブが片膝つき頭を垂れ、その身を奉じることを誓った。
エシェリキアは目の前で自身に捧げられた忠誠に酔いしれ、それを受け入れた。そして、フレイリアルの排除を国のために実行すべきと指示した。
その周りの排除も含めて…。
『所詮は子供』
同じ子供ではあるが継承権47位のサランラキブはエシェリキアの子供らしい迂闊さを笑った。
「エシェリキアの言質は取ったし、記録も取れた。実行してくれそうな人達も手にいれたから、大賢者様には魔石の代わりにでもなってもらおうかな…それに、いと気高き至高なる御方が賢者の塔を手にするため、この国に入りやすいようにしておかないとね」
周りの影に潜む仲間たちに指示を出し、一つずつ実行へ移してゆく。
「さぁ、もうすぐ解放される」
仕事が捗り、サランラキブは晴々した気分になった。
サランラキブの見た目はエシェリキアと同年か年下にしか見えないが、本当の年齢はエシェリキアより4歳年上であった。
ほぼ見捨てられた同然の王族の子供に成り代わったのは本当の年齢で7歳の時。4歳と偽り石樹の儀を受けた。
この任務に着くための訓練を受けたのは自分の年齢で3才だった。
「魔石を確実に体の中に取り込むには、魔力が濃い場所に居続ける事が重要であると推測出来るんだ。サーラ、少し辛いかもしれないけど頑張っておくれ」
サーラと呼ばれた子供は、頭を優しく撫でられ心が踊った。
その人は定期的に来て頭を優しく撫でてくれた。与えられたソレは心を満たし、嬉しさで涙が出るような心持ちを毎回与えてくれた。
ここに来るまでの記憶は無かった。しかし、魔力酔いしそうな環境の中で過ごさなければいけない以外は至極快適で大切にされ、礼儀から勉強まで全てを与えらていた。
サーラに心が満たされる事を教えてくれた女の人が、時々お顔を見せに来て下さった。他の世話をする人達が事務的であったのに対し、その方だけは笑顔で対応して頭を撫でてくれた。
「また見に来るよ」
慌ただしく現れ、あっという間に去ってしまうがそれでも何時でも待ち遠しかった。少しの時間でもお顔を見せて下さることがサーラに取っての至上の喜びとなっていた。
最初にその方に会ってから3年。いつもサーラの前に現れて頭を撫でくれた方が、この研究所の所長であり、王族の一員でもある尊い御方であった事を知るのは、この任務を正式な場で言い渡された時だった。
今回は王族の一員として重大な任務を与えるために訪れたので貴賓室での対面となった。
普段も飾り気の無い姿の中に潜む妖艶さと慈しみ深さを近くで感じるだけで言い知れない胸の高鳴りを感じていたが、今回の王女然としたお姿は今まで以上に神々しくサーラは脳天を貫かれるような気持ちになっていた。
「サーラお願いがあるんだ」
その御方が、サーラに気さくに話しかけて下さる。会えるだけで天にも昇る心地となっていたのに、高貴で慈悲深いこの御方は自分に望みまで言って下さる。
サーラはその高貴なるお姿の前に跪き、頭を垂れることが出来る僥倖を味わった。そして、その姿勢のまま無言で御意の形を示し微動だにせず次のお言葉を待つ。
「私は賢者の塔が欲しい」
彼女はその麗しき口から望みを言葉にして下さり、更に続けた。
「…だから、エリミアに行って手に入れてきて欲しい」
『至高の御方が望むのなら全身全霊を傾け手に入れるてみせる』
サーラはその言葉だけで全てを受け入れる覚悟をした。
「一応、君があの国の王宮に入れるように、ありとあらゆる情報や知識は与えることが出来たと思う。君も頑張ってくれてたと思うよ」
手を伸ばし頭を撫で労ってくれる、不意に賜る礼賛にサーラは喜びで涙が出そうになった。そして、その御方は続けた。
「エリミアの第6都市ゼスの末端王族の子供に成り代わってもらい魔石を内包してもらいたい」
本来、内包者に成れるか成れないかは時の運。だがこの方は、結果を追い求め研究し、少しでもサーラが幸運を掴み取るための確率を上げる努力をしたくれた。
「必ずや貴女様の御手に賢者の塔を捧げます」
「君ならきっと出来るよ」
その御方は嬉しそうに微笑み退出した。
今までも此れからもそのお姿を垣間見て、目に焼き付けさせて頂く機会は山ほどあるだろう。しかし、正式な場で麗しきお姿に拝謁する行幸に預かれるのは、この仕事の、この機会だけだろうとサーラは思い至った。
幼い頃でさえも近くに来て頭を撫でてもらうたび、足元に跪きたい衝動にかられた。
何も持っていないサーラに、あの御方は慈愛を与えて下さっていたのだった。
そして今回サーラは実感した。
『この御方こそ僕の仕えるべき御方。唯一無二である至高の存在』
指令は下り、サーラはサランラキブとなり、見事試練を完遂し予定通り内包者となった。
そしてヴェステの第二王女であり王立魔石研究所所長であるサンティエルゼ様の狂信者サランラキブができあがった。
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