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第一章 エリミア辺境王国編

11.危険な奴に巻き込まれ

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『骨折り損か…』

ニュールがそう思っていると、近くで一組様子を見ていた者達が近寄ってきた。

「こんにちは。つかぬことをお尋ねしますが、貴方の主に必要な物を譲って頂けるよう説得して下さいませんか?」

フレイと変わらない年齢の見かけだが、落ち着いた深窓の御令嬢と言った感じの子供が話しかけてきた。背後には圧し殺しても滲み出る殺気を纏う女騎士が控えている。

「もし、応じていただけるなら相応の報酬を出させて頂きますので任地に赴いた後ご自由になされば宜しいかと思います」

『行き先が選べるなら受けたいぐらいの申し出だ』

思わず本気で気持ちが傾いたが諸事情により諦めた。

「…残念なことに受けたくても受けられない事情もありますので、慎んでお断りさせて頂きます」

ニュールは慎重丁重にお断りさせて頂たつもり…だが、高貴な御方達の不興を被る要点が今ひとつ理解できないので、その応答が正解なのか多少不安だった。

「此方も残念だわ…とても良い出会いの気がしたのだけど…」

改めてその姿に目を止めた。金の髪と、砂色に紫水晶を混ぜ混んだような瞳の儚げな深窓の令嬢と言った風情のお嬢様が、頬に手を当てて残念そうに微笑みながら立っていた。
後10年もしたら男女問わず、出会った者全てがその足元に下僕としてかしずきそうな容貌と風格。
今でも、その後ろに控える者は心酔していると言った感じであり、会話しているニュールのことをずっと睨み付けていた。

お嬢様の言葉が切れた瞬間だった。
交渉が決裂したと判断した背後に控える者は、圧し殺していた殺気をニュールに遠慮無くぶつけた。その殺気と言う名の威圧の魔力を放つ女騎士に、隙は無かった。ギリギリの均衡を保ち、お互いが次への一手を探っていた。
先手は彼女らの近距離からの高出力の魔力による攻撃だった。その攻撃はニュールの結界に当たり勢い良く弾け飛ぶが、今度の対戦者の攻撃は他のものに被害を及ぼすことなく収束した。

「…?!」

ニュールは彼女らの連携した攻撃に驚いた。
そのお嬢様は守られるだけでなく戦いに参加していた。

自身が結界を展開し、背後に控えていた者が攻撃を担当する二人一組ツーマンセルでの攻撃。
しかも、お嬢様の結界は周りへの被害を考えて攻撃魔力ごとニュールを覆って閉じ込めるものだった。
攻撃を吸収できるぐらいの強度としなやかさを合わせ持つ結界。その結界を展開できる魔力操作技術は、感嘆すべきものだった。
故に、攻撃ごと覆うお嬢様の結界内に閉じ込められていたニュールの結界には、高度のダメージが生じていた。
ニュールが手にしてい魔石は、魔力を引き出し終えると崩れ去り一気に砕けた。
魔力の基となる魔石を手に持たない状態のニュール。結界は消え、そのまま無防備に対峙するしか無かった。

お嬢様とその守護者候補は、その隙を見逃さなかった。ニュールが次の魔石を取り出す機会を与えず、更なる大火力の攻撃魔力とそれを包む結界を仕掛けた。
二人の攻撃によって結界に閉じ込められた空間に爆風が吹き荒れ、その様子に一瞬二人の緊張が緩む。

その時、お嬢様の首に冷やっとする感触が伝わる。

背後に立って居るのはお嬢様の守護者候補ではなく短剣を握りしめ、お嬢様の首筋を捉えたニュールだった。
魔力体術を駆使し、攻撃と結界が展開される一瞬の間にその場をくぐり抜け、背後を取った。

お嬢様の守護者候補はギリギリと歯を食い縛り、怒りの中で今できる最善を最速の思考で巡らせたが、そこに踏みとどまるより無かった。

「…侮ってしまいました。敗けです」

刃で拘束したままだったが、お嬢様はそう呟くと懐から取り出したネックレス型の守護魔石を差し出した。自ら負けを認め対応してくれたので、ゆっくりと拘束を緩めた。

その瞬間、憎しみを滾らせ襲いかかろうとした女騎士をお嬢様は制止した。

「フィーデスお止めなさい! 私を貶めるつもりですか?! 完全な敗けを無かった事にするような恥知らずになるつもりはありません!!」

美しいお嬢様なのに、男前で潔い。
女騎士の目の炎は消えなかったが、主人の命令には逆らわず剣を鞘にしまった。

「改めまして。私、今回の選定に参加させて頂くモモハルムア・フエラ・リトスでございます」

微笑みながら名のるモモハルムアに、ニュールは思わず自然と深く礼をとり挨拶を返した。

「遅ればせながらご挨拶させて頂きます。私、最近ナルキサ商会の臨時雇としてヴェステより入国させて頂きました、ニュールと申します。高貴ならざる身ゆえ不束なる行いありましてもご容赦下さい」

既に情報として出回っているであろう、名前や勤め先出身国等を伝えた。

「ニュールさんは賢者…ですか? ヴェステに賢者が居たとは聞いてませんでした。そちらが、申し出を受けられない諸事情でしょうか?」

優雅な微笑みを浮かべながら直球で尋ねてきた。肉食獸が狙いを定めた獲物を襲うがごとく…。

「お気遣い痛み入ります。いやいや、大した事情ではありません。それがし、しがない庶民です。高貴なお方様が気になさるほどの者ではございません…」

「ふふっ、楽しい御方。とりあえず、今はそう言うことにさせて頂きます。いずれまたご縁もあるでしょうから」

艶やかな笑みを浮かべている爪鋭き美しき獣に、ガッツリと首根っこを押さえられてしまった。

『勝ったのに負けた気分だ』

ニュールは嫌な汗をかきながら礼を返した。

「勿体なきお言葉、ありがとうございます」



その頃、舞台前の席でフレイは身動ぎ一つせず前方を見つめていた。
手に汗握り、緊張感ほとばしる表情で睨むように前を向く。

舞台上の演者に。

初めて観る、目の前での迫力の出し物、魔石夢幻魔術団の幻想奇術。素晴らしくファンタジックな映像マジックのことは、王城でも噂だけは散々耳にしていた。
天輝が巡り魔石が天輝石に変化するまでを様々な魔石を操り観せてくれる。

キラキラとキラキラとキラキラの世界。

もうフレイの瞳自身がキラキラになり、魅いられてしまったと言って過言では無い状態。フレイは、周りのことなんて忘れていた。勿論ニュールの事も自分の現状も。

今回の祭りでは、半時を2つに分けて2回とも同じ演目をやる様だ。1回目を見終わって大興奮のフレイは、勿論そのまま継続観覧が当たり前…と言った感じで、次の回が始まる前から舞台しか目に入ってなかった。

次の回が始まってから暫くして、今まで居なかった隣の席に人が座っている気配があった。
横目で一瞬確認すると、ボーっとした感じの男の人が座っている。
でも、七色に輝く天輝が降りてくる映像をもう一度しっかり観たくてフレイリアルは舞台上に視線を戻す。
なのに、横の人物が声をかけてきた。

「幻想奇術好きなの?」

その男の人の周りにはフレイしか居らず、明らかにフレイに話しかけているようだ。真剣に観たいフレイにとってはチョット迷惑だったが、前を向いたまま答えた。

「うん! 初めて観たけど、とても綺麗だね。天輝が降りてきて魔輝石に変わる所が最高!!! 本当にその場に妖精が出てきて祝福しそうな感じが好き! いろんな魔法陣が浮かんで消えてとても幻想的! 何十回、何百回と観たいし他の人にも観せたい!!」

『リーシェにもニュールにも!!』

名前の所は一応フレイでも心の中で叫ぶだけにした。
それでも、好きという気持ちを語り出すと何でも力が入ってしまうフレイ。見知らぬ人のチョットした質問に力を入れて答えてしまった事に少し後ろめたさを感じ、舞台から目を離し、その人の顔を見た。

『ここの人達より、ちょっと髪色が濃い感じで眼も同じ感じ…ニュールにちょっと雰囲気が似てる。リーシェと同じぐらいの歳? とても綺麗だし優しそう。勿論リーシェの方が綺麗で優しいのは当たり前だけど…このお兄さん、どっかで見かけたかな』

「今まで観たこと無いの?」

「自分の周りには来なかったから…」

王城内に魔石幻夢魔術団が来た話しは聞いたことがあるし、毎年来ているようでもあった。
ただ、フレイには縁がなかった。観ることも出来たとは思うが嫌な思いをしてまで観る気は起きなかった。

「そうなんだ…。でも今回、観られて良かったね。僕もあの最後の場面、光飛び散り七色の輝き溢れる空の下で魔輝石に換わる瞬間、一緒に光になって吸い込まれて眠りに就くように死ねたら良いなっていつも思ってるんだ。君もそう思わない?」

蕩けるように幸せそうな笑みを浮かべて物騒な事を言うお兄さん。

『ちょっと危ないお兄さん…?』

チョット偏執的な人だと困るので少し警戒し答えた。

「もっと素敵なもの一杯観てからじゃないとそれは嫌だな」

フレイの返事に対し、その男の表情に哀れみが混ざる。

「本当は君みたいに素直で素朴な子供の願いは叶えてあげたいのだけど、ごめんね…」

丁度、舞台は先ほど話していた佳境の場面に入り、フレイはそのお兄さんの返事を途中までしか聞いてなかった。

光飛び散り七色の輝き溢れる空…一番の輝きが舞台に現れる場面。

その時お兄さんは襲撃者へと変貌した。横にいるフレイの方へゆったりと身体の方向を変える。いつの間にか両手に包んでいる魔石は、手から零れ落ちそうな大きさだ。

その瞬間は、フレイが生まれて二度目に観る幻想奇術の舞台が最高潮になる場面だった。自分の周りの厄介な状況などには全く気づかず、幸か不幸か舞台に集中する。嬉々とした面持ちで目を輝かせる普通の子供と同じように、楽しそうに正面の舞台から目を離さなかった。

「さようなら。楽しい夢を…」

襲撃者はフレイに優しく愛おしむように静かに声をかけた後、その強力で凶悪な魔石から極限まで一気に魔力を高め引き出した溢れ出る魔力をフレイへと放った。
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