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第一章 エリミア辺境王国編

9.衝撃に巻き込まれ

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サージャの申し出を受け入れたニュール達は、最奥にあるサージャの執務机横にある扉まで進んだ。

「それじゃあ、そちらの応接室を使おう…あぁ、僕も是非そちらの方のお話を聞かせて頂きたいので、先にご挨拶させて頂くよ」

そう告げながら応接室に二人を導くと、サージャは改まってフレイの前で優雅な動作で片膝付き恭しく頭を垂れた。

「この度は第六王女フレイリアル・レクス・リトス様のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極でございます。私、このナルキサ商会の商会長を務めておりますサージャ・ナルキッシュと申します。一応、このニュールを雇い入れてる者としてご挨拶させていただきます。今回、お目通り叶いました事、僥倖であります。」

サージャの挨拶にニュールは動揺した。

『えっ? 王女? 女の子?? レクスって王位継承権のある王族の称号だ…って?』

今まで王城関係と言っても血縁末端の子供だろうと高を括っていた上に、予想外の女子判明にニュールは椅子の横に立ったまま固まり、頭の中は混乱の極致であった。
挨拶をされたフレイリアルは儀礼に従い、フードを外し手を差し出し挨拶を受けた。公式な礼儀に則った仕草は、ずたぼろマントのままでも高貴な雰囲気を漂わせ今までの子供とは違う者に見えた。

全員着席したが、重々しい無言の空間。

フレイリアルが最初に口を切る。

「説明…するね」

正面に座ったニュールに今までと同じフレイの口調で語る。

「名前や肩書きは省くよ。何でこんな騙すみたいに巻き込んでしまったのか…あそこで生まれて育ってきたのは本当だよ。だけど見た目がみんなとは違うせいで、昔から森の民との《取り替え子》って言われてる」

森の民。
この国の樹海側結界の外に住む人々を指す。

一応、樹海はエリミアとサルトゥス公国に半分ずつ属しているが、そこは全く別の世界であると言われている。実際、結界外の魔物は残忍で未知の物も多く、結界内で暮らすエリミアの民は樹海を忌避している。
そこに住む森の民は、黒い髪の琥珀魔石色の肌を持つ人々が多いようである。フレイの色合いはこの国の人々より、そちらに近いのでは…と周りから聞かされてきた。

第六王女であるのに継承順位が4位なのは、単純に上の王女達が結婚して籍を他国などへ移し、継承権を返上しているため。
見た目だけで拒絶する者も多く、継承権を剥奪するよう動く者もあった。一連の噂もその一部の者が流したと思われる。今回もあわよくば亡き者に…と思うような過激な王城関係者も居るようだ。

王城に閉じ籠って生活していただけなのに、悪意ある者に事実とかけ離れた噂を広められる。
王城外に出た噂は、《取り替え子》の姫君の恐ろしい物語を娯楽の一つとして、面白おかしく脚色したものが広められていった。

そして、実際に手を貸そうとする者は王城にも街にもいなくなったのだ。

「…私は手に入れたい天輝石を探しに行くため、自由になりたかったけど…他の誰かの自由を奪いたかった訳でもないよ」

大体の経緯を話し終え、最期にフレイは自分の希望を小さく呟くのだった。

「理由はわかった…でも何で俺が内包者インクルージョンだと判ったんだ?」

「荒れ地でニュールの探索の魔力を受けたときに気づいて、砦門で手紙を渡して握手したときに確認したの…」

今までの説明で、フレイに抱いた嫌悪と不審感は幾分和らいだが消えるものではなかった。ずいぶん前から自分の素性の一部が丸裸であったことが分かり、今の自分が迂闊で甘いことも再度認識した。
一通りの説明が終わると、ニュールの横の椅子で揺るりと腰掛け静かに耳を傾けていたサージャが声をかけてくる。

「多分、王女様はこの選任の儀での守護者選びは知ってても、それに伴って行われる留学と言う名の人質選びについては詳しく知らないと思うから僕が教えてあげるよ」

サージャの教えに対する対価が高額にならないことを、正気を取り戻したニュールはさりげなく願った。

「エリミアの商会連盟の会合で通達があったんだ、ニュールにはさっき広場で少し伝えたけどね…。儀式への参加者は17名、留学先は7か国。今回継承権を持っているのは王女様だけ。王女様であっても順位が下位ならば留学組になる…だから王女様が留学組に入るよう仕向け、尚且つ自身が残留できれば継承権も転がり込んでくる可能性が高い子達がいる。今回の参加者は次点で継承権が転がり込んできそうな子達が多いんだ…可能性があるのだから結構激しいやり合いになるよね」

サージャは二人の顔を順番に見つめてから話を続ける。

「王家の人達は皆、守護魔石を持っているでしょ? 今回は各参加者が持っているそれを取り合い、多く獲得した者順で決めるそうなんだ。奪われてしまうか、数が少ないかで留学決定。そして留学になった場合も、魔石の有無や数で行き先を選ぶ権利が得られるかどうかが決まる様だよ」

「では、このまま隠れてれば少なくとも留学先が選べる可能性が高いってことか?」

ニュールは関わりたくないため消極的な策で行きたいが、サージャはその質問に首を横に振る。

「もともと選任の儀で王城の者達は3つの力を示すことを求められるんだ。攻撃力と防御力、そして言葉の力。守護者でも本人でもどっちが示しても良いのだけど、今回もそれはチェックされていて、守護魔石で優劣が定まらないときはそちらも加味するらしいよ」

そしてサージャは口に人差し指をたて秘密を表すしぐさをすると続けた。

「それと、これは僕からだけの情報。選任の儀での王族および守護者候補の生死は問わないと言う御触れが内密に出されているらしいから…」

その言葉と同時に、建物外壁を吹き飛ばす攻撃を受け部屋が揺さぶられる。
しかし、そこにあるサージャご自慢の結界が部屋そのものが崩れるのを防いでいた。
そんな中で全く慌てることもなく優雅にお茶を飲みながら続ける。

「一応ルールは関係者以外を巻き込んでの戦闘は減点対象のようだけど、基本何でもありみたいだね。建物や物は、後で賠償すれば減点対象にはならないみたい。財力が無いと厳しいね~」

サージャは、自分の商会建物が攻撃を受け破壊されというという状況。なのに心から楽しそうな微笑みを絶やさず両手を軽く挙げ小首をかしげ、おどけてみせた。

「そう言えば時間は過ぎちゃってるけど、始まりは昼の鐘から儀式の始まる夕時の鐘まで。終了時間に儀式の間に居ることも条件らしいよ。否応なしに巻き込まれちゃってる様だけど、これを切り抜けないとニュールも行きたくない所に行くことになるかもしれないんじゃない? だから頑張ってね!」

「…マジかよ」

他人事にして逃げてるいるだけでは、待っている道が地獄への帰還となってしまう可能性が高確率で存在することが、ニュールにも実感できた。

そして次の攻撃が差し迫っていることが魔力の高まりや移動する気配で感じられる。

「さぁ姫さん! 人を巻き込み踏みつけてでも得ようとする根性があったんなら、うつ向いたまま諦めたりせず踏ん張れ。国内残留か快適な行き先を選べる立場をものにするぞ」


相手の魔力展開の感じから、取り敢えず遠隔での攻撃主体で攻めてくるようであるとニュールは判断した。
2射目もほぼ同じ場所に攻撃された。

『力はあるが、比較的単純な力押しと言う感じだな』

結界魔力を囮にして商会建物からの脱出を図る。
人少ない場所の建物だと財力ある儀式参加者は、今みたいに破壊に至るような攻撃を仕掛けてくる。普通の魔石での隠蔽魔力だけで、高度な探査の目を持つ者から視覚的にも魔力的にも隠れ続けるのは難しい。

攻撃を受けやすい人目少ない商会地区から逃れるため、魔石を使いモヤを発生させ囮として影を飛ばす偽装をし脱出した。
その後、雑多な祭りの中心地となってる中央広場へ人混みに紛れ向かうことに決めた。
ニュールは気持ちを切り替え、前向きに状況を改善させるために動いてみる事にする。しかし、ニュールから本気の嫌悪と怒気をぶつけられたフレイは未だにぎこちない。

商会地区からの脱出は上手くいった。
作戦が無難に成功したのか、あえて相手が見逃してくれたのか…無事人混みに紛れた。
ニュールは周りの人々に気づかれないよう繊細な探索魔力を広域に展開する。更に自分たちの周りに小さく強固な結界を張り、その上から結界ごと隠蔽魔力で覆った。

その様を横目で見ながらフレイは勇気を出して話しかけた。

「…ニュール…さん」

昨日からの付き合いであるにも関わらず、無理矢理なお願いを色々聞いてくれた。
自分勝手な行動や話に付き合い、何だかんだと助け、相手をしてくれた。
この短い間に、フレイにとってはリーシェについで頼れる数少ない心置き無く過ごせる相手となってくれていた。
甘えすぎて失ってしまっただろうものが取り返せないのか確認したかった。

「あ~何だ? 今さら~さんってのも無いだろ」

ちょっとぶっきらぼうに返してくる。
でも先程の冷たく突き放す様な雰囲気は消えていたのでフレイは望みを繋いだ。

「勝手に巻き込んでごめんなさい」

ニュールは、フレイの言葉を聞きながら前方上空を見つめていた。

「過ぎてしまった事を悔いてもしょうがないが今後の糧にはなる。お前の無邪気な行動であっても、人を破滅に導くことがあるって事を忘れるな」

不意に斜め上空に輝く点が煌めき、直後二人を包む結界に衝撃が走る。

「競争する奴はかなり本気で戦うつもりらしいぞ」

魔力の着弾で揺らいだ結界を強化しながらフレイに伝えた。

「生き延びるためには少し策が必要だな」
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