26 / 30
26. 大賢者達はゆるっと流れに身を任せる
しおりを挟む
「特に問題は無さそうだから挨拶に来たんだが…」
至って平和な数日が経過し、一応今後の展望についての最終確認と…帰国を告げるため…ニュールは単独で青の間を訪れた。フレイリアルはモーイとの別れ際近くの一時を過ごすため不在であり、リーシェライルが1人穏やかに迎えてくれる。
「やぁニュール。予定通りに帰るんだね」
ここ数日ですっかり見慣れた、グレイシャムの金の器を使うリーシェライルが朗らかに声をかける。
「あぁ、ソロソロ戻らせてもらう」
「寂しいなぁ…」
美麗な表情曇らせ、心から寂しそうに呟くリーシェライル。
こういう表情は、以前の…銀糸の髪…灰色がかった青紫の瞳持つ…繊細な可憐さ秘めた端麗な容貌であった頃にも、存分に向けられ…慣れていたはずであった。
だが違う容姿で向けられる思いは、予想外に…心に響く。
今の姿も整った姿形ではあるが、以前の儚げな姿よりも逞しく…友…と呼んでも良いぐらいの雰囲気持つ。
そのため構えずに対応してしまい、心の防御力が甘くなっていた…のかもしれない。
僅かばかり紅潮し…目を泳がせ戸惑うニュールに、リーシェライルは容赦なく言葉で切り込む。
「ニュールってば、以前の僕自身の見た目より今の器が好みなんだねぇ。僕的には…チョット残念だなぁ」
そして心から残念そうな表情と共に…チョット呆れたような表情を浮かべた。
ニュールが掛けられた言葉の意味合いを把握する前に、リーシェライルの表情が更に変化し…憐れみ含む感じの視線となり…言葉と共に贈られる。
「中身は変わらないんだけどなぁ…。もし…そんなに気に入ったのなら、僕が…新たな器を手に入れたら譲ってあげても良いよ? 煮るなり…焼くなり…食べるなり…愛でるなり…何でも好きにして! あぁ、勿論…僕が抜けてからにしてよね! 僕はそういう趣味って無いから付き合えないんだ、ごめんね…」
申し訳なさそうにニュールに告げる言葉は、まるでニュールの趣味が通常と別の方向指しているように聞こえる。
「いやっ、オレは女が良いし…そんな趣味はない!」
慌てて否定するニュールに向けられた視線は、疑わしさ滲ませるものである。
「…大丈夫だよ。付き合うことは出来ないけど…否定はしないよ」
そして慰めるようにニュールの肩を叩くリーシェライル。
「だぁあああ! 違うぞ」
思わず頭掻き毟り冷や汗かきながら否定するニュールは、出会った頃のような状態で弄ばれていた。
魔物入るニュールを楽し気に揶揄うリーシェライルは、其れ以上に魔物懸かる。
「はははっ! そうだったね…見境のない美しいもの好き! 幼女から美青年まで各種いけるんだよね!」
「あがぁぁぁぁ!!!」
ニュールの口からは最早言葉はではない音だけが出る。
コロコロと笑いながら…チョットだけ意地悪そうに愉し気に微笑みニュールを揶揄うリーシェライルの姿は、其の内側に冷徹で陰惨な思考持つようなモノには一切見えず…年相応の青年に見えた。
「まったくニュールってば、1年経っても…魔物魔石を受け入れても…そういう所が変わらなくて嬉しいな」
その言葉には、心からの…仲間に対する思い…の様なものが感じられた。
「そうだね。あまり長居すると僕が君を足止めしちゃいそうだし…、それにアレが動き始めるのが此処とも限らないからね…」
リーシェライルはニュールが王宮から戻った後の気配を思い出し、美しい表情を若干歪ませる。
ニュールがエリミアの王宮…国王イズハージェスの前から退出した後、青の間で報告と今後の対策を兼ねた話し合いをしていた。
夜も更け…話し合いを終わらせ…皆が立ち上がった瞬間、エリミアの王宮方面から独特な気配が漂うのを感じる。
気を抜いてしまえば通常の生物に紛れてしまいそうな気配、だが…かけ離れた存在であると示す…此の世界では感じないような力が漏れ出ていた。
大事変起きた契約の日…彼の地に在り感じた、強く印象残る…記憶と繋がる…忘れえぬ感覚。
2度と関わらず遭遇する事はないと約束したモノが、悠然と此の世界に存在する事を…感知する。
ニュールのヴェステでの報告も…今日ピオからの王宮庭園にて某国王の気配が察知された事も…聞いていた。そして十分に理解もしている。
其れでも実際に感じる不快感は想像以上であった。
表情無く…リーシェライルとニュールは視線を交わす。
フレイリアルは若干嫌な感じはしたようだが、何処で得た感覚かは思い出せない。
ピオが行った報告については、意地でも聞く気が無かったので…状況を把握せず。
「報告通り直接来てたんだな」
「実際に感じるとブッ潰したくなるだろ?」
「何か腹立たしくて嫌な感じ気配があったけど…何かあるの?」
3人が3人とも…詳細を理解せぬフレイリアルでさえも、本能として感じるような憤りを得る。
そして今感じている気配は、ヴェステ国王の器としての気配以上に…中身そのものの気配だった。
だが、様子を見ている内に完全に其れは消失した。
何事も無かった様な穏やかな時間の中…確実に各所で様々な物事が動き、不穏さ持つ怪しい予感が…ジワジワと押し寄せて来るのを感じるのだった。
青の間に…用があり顔出していたニュールだが、必要事項そっちのけで一方的に揶揄われ…遊ばれていた。
其れでも軽口言い合い過ごすリーシェライルとの他愛ない時は、守護者任命を受けた始まりの頃を思い起こさせ…懐かしささえも感じる。
そんな中…自分だけに伸し掛かるかのような重圧に馬鹿馬鹿しさを感じ、思わず目の前にいるリーシェライルに愚痴の様な苦言を漏らしてしまう。
まるで気心知れたモノに向けるように…。
「やはり…他の者に任せるより、貴方が国の頂点に立ち指揮を執った方が良い方向に進むんじゃあないか?」
リーシェライルに対し、文句の様な…意見の様な…物言いになってしまうニュール。
「僕は統べるモノではあっても…導くモノでは無いんだ。数多の不特定な者達のために動くのは好きじゃあ無いんだよ」
至極真っ当に、リーシェライルから正直な言葉が戻る。
「それに君みたいに被虐嗜好は持ってないんだ!」
明るく朗らかに、ニュールを再度…別視点から切って捨てる。
「貴方は間違いなく嗜虐的だからな…」
今度はニュールも動揺せずに切り返す。
「僕は両方の趣味持つほど多彩じゃあ無いからね」
にっこりと流麗な笑み浮かべ見つめるリーシェライルだったが、その時…予想外の行動を起こす。
いきなり立ち上がったリーシェライルは、ニュールの真横にポスリと座り…満足げにニュールの肩を抱き…もたれ掛かる。
「!?!?!?」
今までに見たことのないような驚愕の表情で固まるニュールが…其処に居た。
「君だから色々任せられるし、近づきたいと思えるんだよ…有難う!」
その青天の霹靂のようなリーシェライルの言動に、思考が止まり…赤面しつつ…冷たい汗を流すニュール。
先ほど否定したばかりだと言うのに、否定できなくなるような反応を返してしまう。
30年近く生きてきた人生で、艶麗なる美男に此処まで接近接触されるのは初めて…だった。
「ぷふふっ、あーはっははっ、うふふふっ!!」
悪戯っぽい表情で、チラリとニュールの姿を横目で確認し、リーシェライルは吹き出す。そして、これまた見たことのないぐらいの大爆笑に陥り…涙を流しながら転がりまわる。
「…あぁ…やっぱりニュールは最高だね! 僕の玩具兼、友人…って事でこれからも宜しくね」
思いっきりリーシェライルに遊ばれたようだ。
全くの予想外の言動を見せるリーシェライルに、ニュールは返す言葉を失う。
「僕らは暫くしたら、此の国を出て旅をしようって話しているんだ。その時には君の国に寄るから…友人として十分にもてなしてね」
ドギマギした状態から未だ抜けられぬ気の毒なニュールに、リーシェライルが温かみ持つ声で今後の予定を教えてくれた。その暫く…が、どれくらい先になるのかは分からないけれど…波乱に満ちた訪問になるであろう事を予感する。
帰りは一応記録を残すために、青の塔18層の転移陣を利用して戻ることになった。
「それじゃあ行くぞ」
「うん、気を付けてね!」
長いようで短い旅路が終結する。
「繋がりが切れたからって羽目を外すなよ」
「もう小さな子供じゃあないんだから当たり前でしょ?!」
ニュールの注意する言葉に、啖呵を切るフレイリアル。
だが今現在、リーシェライル入るグレイシャムに背後から密着され…強く抱きしめられた状態でニュールの前に立つ。
リーシェライルはニュール達の事など見向きもせず、フレイリアルの大地の色した髪に口付け落とすように顔を埋め…抱きしめつつ全身を撫で擦っている。
そう…小さな子供じゃないモノへ、至近距離での…熱い思い込められた接触…。
ニュールと共にプラーデラに戻る面々も、興味深げに其の様子に見入っていた。
ピオはまじまじと興味本位に観察し、モーイはその状態に若干目を逸らしつつ恥じらう。他の者達も見ぬ振りしながらジックリ横目で観察し、更に何かが起こる事を期待する目で眺める。
ニュールの眉間のシワが刻々と深まる。
『違う意味で心配になる…』
守護者の繋がりは切れても、父さん気分は断ち切れないニュール。
だが此の状態になったのは…リーシェライルを煽ったニュールのせいである。
このエリミア来訪で…元々の目的であった守護者解任は無事に成立したが、そこに至るまでと至ってからで色々と余計な事態が生じ…望まぬ関わりが強まってきている。
それなのに結局フレイリアルは、新たなる守護者選任を行わず…直近で守護するモノが居ない。
その事は、2の年近く守護者こなしてきたニュールにとって…大きな心の引っ掛かりとなっていた。
だから、つい遣らかしてしまった…リーシェライルの嫌がることを。
今の状態について…アルバシェルに報告してしまったのだ…。
其れは直ぐに…リーシェライルの気付く処となる。
バレた後の問い質しがキツかった…。
「ニュール…君は遣ってはならない事を遣ってしまったんだね…」
リーシェライルの冷え冷えとした冷酷無残な声が響き、ニュールの恐怖と悔恨を強制的に呼び起こす。
『どれだけヤバイコトをヤラカシテしまったのか…』
今更ながらニュールは悟る。
まるで呪いの扉を開いたかの如く、怨嗟籠る暗く深い思いをリーシェライルから引き出してしまった。
後悔とは後で悔いること、だが悔いる暇さえ与えないような…恐れを抱かせるための凍った視線が送られる。
言葉少なに責める態度が恐怖を煽っていく。
何かが起こるかもしれないが…何時かは分からない…、そんな恐れをニュールに植え付けた。
「僕はこの仕打ちを一生…忘れられないかもしれないなぁ…」
憂い含む美しい表情で残念そうに寂しそうに呟く言葉が、無数の剣となりニュールの心を突き刺す。
「…少しは近しい…心届く存在だと思っていたんだけどなぁ…」
言葉の中の憂いが、次第に甚振り…企み…喜ぶ声へと変化していく。
そこには既に玩具を踏み潰す、大型魔物の存在しか感じられなかった。
ニュールは此の仕打ちを受け止めながら考える。
魔物の心を受け入れ融合したモノは、本能優位の冷酷さ持つ存在であったとしても…ヒトであった心情を持ち続ける。生来のヒトの心が魔物に傾倒ししてしまったモノ、ヒトから変化してしまったモノと比べた時…どちらがより魔物なのであろうと…。
『どんどん完全なる隷属へ導く鎖が増えていく気がする…』
大魔物に捕らえられた小魔物は自由と安寧を得るために、今後も必死に足掻くしかないと覚悟する。
出立間際…転移陣に魔力注ぎながらニュールが最後の声掛けをする。
「それじゃぁな。ちゃんと定時連絡はとるんだぞ!」
「そっちこそ忙しくても忘れないでよね!」
離れて暮らす家族への言葉のようだ。
「大丈夫だよフレイ…ニュールは心配性だから、決して仲間認定されてる僕らを見捨てる事はないからさ。それに今だって心配で心配でしょうがないお父さんみたいな顔してるよ!」
「お父さん?」
「そう、フレイと僕のお父さん!」
「それ良いね!!」
「お前らの父親なんて勘弁だ…」
そう言いつつ…フレイリアルとリーシェライルの楽し気な遣り取りに入り込もうとするニュールは、本当に父親のようだ。
「お父さんは心配させると近付いてくるからチョット心配させると良いと思うよ!」
「…心配?」
「そう…こんな風に…」
そう言うと、リーシェライルはフレイリアルを強く抱きしめ…隠すことなく皆の目の前でいきなり口付ける。
グレイシャムの器使っては初めてのものである。
極軽い口付けではあるが…去り際のニュールには驚きであり…動揺しまくる。
「ぐあぁぁぁぁ!?!?」
その瞬間…魔力満たされた転移陣は、ニュール達をプラーデラへ運ぶ。
転移する瞬間に出た呻きは、またしてもニュールの言葉にならない思い表す叫びとなって消えていった。
「ほらね! これで…きっと直ぐに連絡があるし…直接会える日も近いんじゃない?」
「ホントだねぇ!」
無理やりこじつけるリーシェライルと呑気なフレイリアル。
皆が出立した後も…微笑み交わしながら会話する2人と、最後の最後で心配を押し付けられたニュール。
意外と楽しく過ごした日々を先々に繋げるべく…皆其々、動き出すのだった。
至って平和な数日が経過し、一応今後の展望についての最終確認と…帰国を告げるため…ニュールは単独で青の間を訪れた。フレイリアルはモーイとの別れ際近くの一時を過ごすため不在であり、リーシェライルが1人穏やかに迎えてくれる。
「やぁニュール。予定通りに帰るんだね」
ここ数日ですっかり見慣れた、グレイシャムの金の器を使うリーシェライルが朗らかに声をかける。
「あぁ、ソロソロ戻らせてもらう」
「寂しいなぁ…」
美麗な表情曇らせ、心から寂しそうに呟くリーシェライル。
こういう表情は、以前の…銀糸の髪…灰色がかった青紫の瞳持つ…繊細な可憐さ秘めた端麗な容貌であった頃にも、存分に向けられ…慣れていたはずであった。
だが違う容姿で向けられる思いは、予想外に…心に響く。
今の姿も整った姿形ではあるが、以前の儚げな姿よりも逞しく…友…と呼んでも良いぐらいの雰囲気持つ。
そのため構えずに対応してしまい、心の防御力が甘くなっていた…のかもしれない。
僅かばかり紅潮し…目を泳がせ戸惑うニュールに、リーシェライルは容赦なく言葉で切り込む。
「ニュールってば、以前の僕自身の見た目より今の器が好みなんだねぇ。僕的には…チョット残念だなぁ」
そして心から残念そうな表情と共に…チョット呆れたような表情を浮かべた。
ニュールが掛けられた言葉の意味合いを把握する前に、リーシェライルの表情が更に変化し…憐れみ含む感じの視線となり…言葉と共に贈られる。
「中身は変わらないんだけどなぁ…。もし…そんなに気に入ったのなら、僕が…新たな器を手に入れたら譲ってあげても良いよ? 煮るなり…焼くなり…食べるなり…愛でるなり…何でも好きにして! あぁ、勿論…僕が抜けてからにしてよね! 僕はそういう趣味って無いから付き合えないんだ、ごめんね…」
申し訳なさそうにニュールに告げる言葉は、まるでニュールの趣味が通常と別の方向指しているように聞こえる。
「いやっ、オレは女が良いし…そんな趣味はない!」
慌てて否定するニュールに向けられた視線は、疑わしさ滲ませるものである。
「…大丈夫だよ。付き合うことは出来ないけど…否定はしないよ」
そして慰めるようにニュールの肩を叩くリーシェライル。
「だぁあああ! 違うぞ」
思わず頭掻き毟り冷や汗かきながら否定するニュールは、出会った頃のような状態で弄ばれていた。
魔物入るニュールを楽し気に揶揄うリーシェライルは、其れ以上に魔物懸かる。
「はははっ! そうだったね…見境のない美しいもの好き! 幼女から美青年まで各種いけるんだよね!」
「あがぁぁぁぁ!!!」
ニュールの口からは最早言葉はではない音だけが出る。
コロコロと笑いながら…チョットだけ意地悪そうに愉し気に微笑みニュールを揶揄うリーシェライルの姿は、其の内側に冷徹で陰惨な思考持つようなモノには一切見えず…年相応の青年に見えた。
「まったくニュールってば、1年経っても…魔物魔石を受け入れても…そういう所が変わらなくて嬉しいな」
その言葉には、心からの…仲間に対する思い…の様なものが感じられた。
「そうだね。あまり長居すると僕が君を足止めしちゃいそうだし…、それにアレが動き始めるのが此処とも限らないからね…」
リーシェライルはニュールが王宮から戻った後の気配を思い出し、美しい表情を若干歪ませる。
ニュールがエリミアの王宮…国王イズハージェスの前から退出した後、青の間で報告と今後の対策を兼ねた話し合いをしていた。
夜も更け…話し合いを終わらせ…皆が立ち上がった瞬間、エリミアの王宮方面から独特な気配が漂うのを感じる。
気を抜いてしまえば通常の生物に紛れてしまいそうな気配、だが…かけ離れた存在であると示す…此の世界では感じないような力が漏れ出ていた。
大事変起きた契約の日…彼の地に在り感じた、強く印象残る…記憶と繋がる…忘れえぬ感覚。
2度と関わらず遭遇する事はないと約束したモノが、悠然と此の世界に存在する事を…感知する。
ニュールのヴェステでの報告も…今日ピオからの王宮庭園にて某国王の気配が察知された事も…聞いていた。そして十分に理解もしている。
其れでも実際に感じる不快感は想像以上であった。
表情無く…リーシェライルとニュールは視線を交わす。
フレイリアルは若干嫌な感じはしたようだが、何処で得た感覚かは思い出せない。
ピオが行った報告については、意地でも聞く気が無かったので…状況を把握せず。
「報告通り直接来てたんだな」
「実際に感じるとブッ潰したくなるだろ?」
「何か腹立たしくて嫌な感じ気配があったけど…何かあるの?」
3人が3人とも…詳細を理解せぬフレイリアルでさえも、本能として感じるような憤りを得る。
そして今感じている気配は、ヴェステ国王の器としての気配以上に…中身そのものの気配だった。
だが、様子を見ている内に完全に其れは消失した。
何事も無かった様な穏やかな時間の中…確実に各所で様々な物事が動き、不穏さ持つ怪しい予感が…ジワジワと押し寄せて来るのを感じるのだった。
青の間に…用があり顔出していたニュールだが、必要事項そっちのけで一方的に揶揄われ…遊ばれていた。
其れでも軽口言い合い過ごすリーシェライルとの他愛ない時は、守護者任命を受けた始まりの頃を思い起こさせ…懐かしささえも感じる。
そんな中…自分だけに伸し掛かるかのような重圧に馬鹿馬鹿しさを感じ、思わず目の前にいるリーシェライルに愚痴の様な苦言を漏らしてしまう。
まるで気心知れたモノに向けるように…。
「やはり…他の者に任せるより、貴方が国の頂点に立ち指揮を執った方が良い方向に進むんじゃあないか?」
リーシェライルに対し、文句の様な…意見の様な…物言いになってしまうニュール。
「僕は統べるモノではあっても…導くモノでは無いんだ。数多の不特定な者達のために動くのは好きじゃあ無いんだよ」
至極真っ当に、リーシェライルから正直な言葉が戻る。
「それに君みたいに被虐嗜好は持ってないんだ!」
明るく朗らかに、ニュールを再度…別視点から切って捨てる。
「貴方は間違いなく嗜虐的だからな…」
今度はニュールも動揺せずに切り返す。
「僕は両方の趣味持つほど多彩じゃあ無いからね」
にっこりと流麗な笑み浮かべ見つめるリーシェライルだったが、その時…予想外の行動を起こす。
いきなり立ち上がったリーシェライルは、ニュールの真横にポスリと座り…満足げにニュールの肩を抱き…もたれ掛かる。
「!?!?!?」
今までに見たことのないような驚愕の表情で固まるニュールが…其処に居た。
「君だから色々任せられるし、近づきたいと思えるんだよ…有難う!」
その青天の霹靂のようなリーシェライルの言動に、思考が止まり…赤面しつつ…冷たい汗を流すニュール。
先ほど否定したばかりだと言うのに、否定できなくなるような反応を返してしまう。
30年近く生きてきた人生で、艶麗なる美男に此処まで接近接触されるのは初めて…だった。
「ぷふふっ、あーはっははっ、うふふふっ!!」
悪戯っぽい表情で、チラリとニュールの姿を横目で確認し、リーシェライルは吹き出す。そして、これまた見たことのないぐらいの大爆笑に陥り…涙を流しながら転がりまわる。
「…あぁ…やっぱりニュールは最高だね! 僕の玩具兼、友人…って事でこれからも宜しくね」
思いっきりリーシェライルに遊ばれたようだ。
全くの予想外の言動を見せるリーシェライルに、ニュールは返す言葉を失う。
「僕らは暫くしたら、此の国を出て旅をしようって話しているんだ。その時には君の国に寄るから…友人として十分にもてなしてね」
ドギマギした状態から未だ抜けられぬ気の毒なニュールに、リーシェライルが温かみ持つ声で今後の予定を教えてくれた。その暫く…が、どれくらい先になるのかは分からないけれど…波乱に満ちた訪問になるであろう事を予感する。
帰りは一応記録を残すために、青の塔18層の転移陣を利用して戻ることになった。
「それじゃあ行くぞ」
「うん、気を付けてね!」
長いようで短い旅路が終結する。
「繋がりが切れたからって羽目を外すなよ」
「もう小さな子供じゃあないんだから当たり前でしょ?!」
ニュールの注意する言葉に、啖呵を切るフレイリアル。
だが今現在、リーシェライル入るグレイシャムに背後から密着され…強く抱きしめられた状態でニュールの前に立つ。
リーシェライルはニュール達の事など見向きもせず、フレイリアルの大地の色した髪に口付け落とすように顔を埋め…抱きしめつつ全身を撫で擦っている。
そう…小さな子供じゃないモノへ、至近距離での…熱い思い込められた接触…。
ニュールと共にプラーデラに戻る面々も、興味深げに其の様子に見入っていた。
ピオはまじまじと興味本位に観察し、モーイはその状態に若干目を逸らしつつ恥じらう。他の者達も見ぬ振りしながらジックリ横目で観察し、更に何かが起こる事を期待する目で眺める。
ニュールの眉間のシワが刻々と深まる。
『違う意味で心配になる…』
守護者の繋がりは切れても、父さん気分は断ち切れないニュール。
だが此の状態になったのは…リーシェライルを煽ったニュールのせいである。
このエリミア来訪で…元々の目的であった守護者解任は無事に成立したが、そこに至るまでと至ってからで色々と余計な事態が生じ…望まぬ関わりが強まってきている。
それなのに結局フレイリアルは、新たなる守護者選任を行わず…直近で守護するモノが居ない。
その事は、2の年近く守護者こなしてきたニュールにとって…大きな心の引っ掛かりとなっていた。
だから、つい遣らかしてしまった…リーシェライルの嫌がることを。
今の状態について…アルバシェルに報告してしまったのだ…。
其れは直ぐに…リーシェライルの気付く処となる。
バレた後の問い質しがキツかった…。
「ニュール…君は遣ってはならない事を遣ってしまったんだね…」
リーシェライルの冷え冷えとした冷酷無残な声が響き、ニュールの恐怖と悔恨を強制的に呼び起こす。
『どれだけヤバイコトをヤラカシテしまったのか…』
今更ながらニュールは悟る。
まるで呪いの扉を開いたかの如く、怨嗟籠る暗く深い思いをリーシェライルから引き出してしまった。
後悔とは後で悔いること、だが悔いる暇さえ与えないような…恐れを抱かせるための凍った視線が送られる。
言葉少なに責める態度が恐怖を煽っていく。
何かが起こるかもしれないが…何時かは分からない…、そんな恐れをニュールに植え付けた。
「僕はこの仕打ちを一生…忘れられないかもしれないなぁ…」
憂い含む美しい表情で残念そうに寂しそうに呟く言葉が、無数の剣となりニュールの心を突き刺す。
「…少しは近しい…心届く存在だと思っていたんだけどなぁ…」
言葉の中の憂いが、次第に甚振り…企み…喜ぶ声へと変化していく。
そこには既に玩具を踏み潰す、大型魔物の存在しか感じられなかった。
ニュールは此の仕打ちを受け止めながら考える。
魔物の心を受け入れ融合したモノは、本能優位の冷酷さ持つ存在であったとしても…ヒトであった心情を持ち続ける。生来のヒトの心が魔物に傾倒ししてしまったモノ、ヒトから変化してしまったモノと比べた時…どちらがより魔物なのであろうと…。
『どんどん完全なる隷属へ導く鎖が増えていく気がする…』
大魔物に捕らえられた小魔物は自由と安寧を得るために、今後も必死に足掻くしかないと覚悟する。
出立間際…転移陣に魔力注ぎながらニュールが最後の声掛けをする。
「それじゃぁな。ちゃんと定時連絡はとるんだぞ!」
「そっちこそ忙しくても忘れないでよね!」
離れて暮らす家族への言葉のようだ。
「大丈夫だよフレイ…ニュールは心配性だから、決して仲間認定されてる僕らを見捨てる事はないからさ。それに今だって心配で心配でしょうがないお父さんみたいな顔してるよ!」
「お父さん?」
「そう、フレイと僕のお父さん!」
「それ良いね!!」
「お前らの父親なんて勘弁だ…」
そう言いつつ…フレイリアルとリーシェライルの楽し気な遣り取りに入り込もうとするニュールは、本当に父親のようだ。
「お父さんは心配させると近付いてくるからチョット心配させると良いと思うよ!」
「…心配?」
「そう…こんな風に…」
そう言うと、リーシェライルはフレイリアルを強く抱きしめ…隠すことなく皆の目の前でいきなり口付ける。
グレイシャムの器使っては初めてのものである。
極軽い口付けではあるが…去り際のニュールには驚きであり…動揺しまくる。
「ぐあぁぁぁぁ!?!?」
その瞬間…魔力満たされた転移陣は、ニュール達をプラーデラへ運ぶ。
転移する瞬間に出た呻きは、またしてもニュールの言葉にならない思い表す叫びとなって消えていった。
「ほらね! これで…きっと直ぐに連絡があるし…直接会える日も近いんじゃない?」
「ホントだねぇ!」
無理やりこじつけるリーシェライルと呑気なフレイリアル。
皆が出立した後も…微笑み交わしながら会話する2人と、最後の最後で心配を押し付けられたニュール。
意外と楽しく過ごした日々を先々に繋げるべく…皆其々、動き出すのだった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

聖女は聞いてしまった
夕景あき
ファンタジー
「道具に心は不要だ」
父である国王に、そう言われて育った聖女。
彼女の周囲には、彼女を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなっていた。
聖女自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という治癒道具になりきり何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々を過ごしていた。
そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。
旅の中で心をとり戻し、勇者に恋をする聖女。
しかし、勇者の本音を聞いてしまった聖女は絶望するのだった·····。
ネガティブ思考系聖女の恋愛ストーリー!
※ハッピーエンドなので、安心してお読みください!

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる