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19. 厄介な解約

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「さぁ、遣るべき事が目の前に有るのなら其れから片付けてしまうぞ!」

そうニュールが声をかけた瞬間、建物自体に張ってある結界が揺らぐ。
爆音響き渡り、攻撃を受けた事を示す。

「気が早い者がお試しの攻撃を仕掛けてきたみたいだね…」

リーシェライルは、いつもと変わらぬ感じで状況述べる。
いくら儀式のために天輝石による結界から通常魔石による結界へ…と切り替えたとは言え、大賢者が持てる技術を駆使し…多重に描いた防御結界陣であり…この程度の攻撃は痛くも痒くもない。

ただ…時の経過により防御力が少しずつ低下していくのは否めないので、守護者解任の儀式に付随する作業が長引くと…若干影響が出る可能性はある。
直ぐに影響が出る可能性は低い…とは言え、リーシェライルは検討すべき事項として…念のため提案する。

「選択肢は2つあるけど、どうする? 今遣らなくても…後で落ち着いてから再挑戦…っていう選択もあるよ…」

「実行するには場が不安定だが、契約解消しとかにゃ…いざと言う時の足枷になりかねないな。遣る…か、遣らないか…微妙に悩むな…」

ニュールもリーシェライルの問題提起に若干心揺さぶられる。

既に覚悟持ち…割り切り…心定まっているフレイリアル。
2人の揺らぎを許さない。
選択見直すべきか悩む2人の背中を、当然のようにグイグイと強気に押し進める。

「2択じゃないよ! 選ぶのは "続ける" の1択だよ! 」

結局2人とも其の言葉に頷き、中断していた儀式を再開した。
滞っていた物事は1つ動き出すと…堰を切った様に…色々な事が大きく流れ始める。


ピオは襲撃者と思しき者が居ると予想される王城壁内にある森に辿り着く…が、既にもぬけの殻だった。

「…っちっ! 遅かったか…」

ド定番な…取り逃がした時の台詞吐きながら、ピオは早速…詳細な魔力の痕跡辿るため探索魔力を広げる。
隠すことなく残された魔力の痕跡は…、予想外にも大物で…ピオが珍しく本気で驚く。

「やはり、関わっているのはヴェステ…か。しかし何故に直接此処まで赴かれたのであろう?」

隣に控えるカームに…ではなく、自身へ向けて呟いているようであった。

「何にしても…相手方の素早き対応の原因が判明したのは重畳だが、収め処を探るのが難しくなった…かな」

一瞬だけとは言え…他の事そっちのけで思索に耽るピオ。
其の横に控えるカームが、微妙な表情でピオを見つめる。
本来なら…まず第一に確認すべき事項が欠落している事が気になるカーム、今まで黙って付き従っていたが口を開き問う。

「ニュールニア様の安否確認が必要では?」

「我が君は問題無いよ。余程の荷物を背負わない限り…世界が滅亡しても平然と生き残れると思う」

当然の事として気にすべき主君の安否を、確認不要…と言ってのけるピオ。
カームは微妙な表情を…今度は明らかに怪訝…と言った表情に変え不服そうにするが、ピオは一切気にしない。

「まぁ、そのうち分かるよ」

軽く流すだけだった。

大事変後連れてきカームには、ニュールがどんなに強くとも人である…と言う認識があった。
だが、ピオはニュールの存在する位置…次元を理解していた。

そもそも大賢者と言う存在自体、人間…と言う括りを越えたモノである。
寿命にしても、魔力の操作能力にしても遥かに常人を越えた能力を持つ…真に超人…と言える存在。

其の中でも単独1位で "世界の理から外れたモノ" となっているのがニュールと言う存在である。ピオは只人の中でも数少ない、ニュールの本質を理解する存在なのかもしれない。

だからこそ…世界に其の存在を示す事を…乞い願ってしまう。


青の塔に存在する…賢者の石と対になる天輝石。
そこに再度回路を築くためフレイリアルとニュールは天輝石の近くに立ち…冷んやりした感触の其れに触れ、今度はニュールの導きで繋ぎ直す。
今回のリーシェライルは傍観者であり…グレイシャムの器から抜けることを想定し、椅子に深く腰掛けて2人の状態を確認しながら指示を送る。

「繋ぐのは簡単でしょ?」

リーシェライルの声掛けに、ニュールとフレイリアルが答える。

「あぁ、何とかなったな…」

「此処までは完璧だし、此処からも楽勝だよ!」

ほぼ全ての工程行うのはニュールだが、安請け合いするフレイリアル。

「特に、負担も…問題も…無さそうだね」

ニュールは3役こなす事に多少気負っているようだが、フレイリアルは至って平常心だった。手短にニュールとフレイリアルの状態を確認したリーシェライルは、その先の指示に移る。

「此処からが本番だね。では次に、1度目の接続で見えた…絡まった繋がりを2人とも再度認識して下さい」

リーシェライルの口調が改まり、真剣さが伝わる。
その気持ちを受け取りながら目を瞑り…フレイリアルの体内魔石である賢者の石の周りで、複雑に絡み合った様々な繋がりを把握する。

2人が1回目の挑戦で辿り着いたところまで進んだのを見届けると、リーシェライルも意識下に戻るため…フレイリアルとの感覚の共有を試み始める。
そして準備を進め、リーシェライルはグレイシャムの中から最終的な指示を出す。

「さぁ、ニュール。君は大賢者として天輝石との繋がりを保ちつつ、力づくで…其の繋がりを…繋がってない状態を連想して強制的に断ち切って下さい! 容赦するな」

ニコリっ…とグレイシャムの器の中で輝き煌めく微笑み浮かべながら、ちょっと強めで違和感のある先生口調で…妙な圧力を放ちながら指示を出す。
少し恐々とした気分生まれ…手が抜けない。

「むしろ手加減すれば失敗するので、油断しないで! 上手くいけば…僕が此の人形の器から抜けると思う。そうしたら成功なので、透かさず承認を与えなさい」

リーシェライルが事も無げに、ニュールが遣るべき…何やら慌ただしい工程について伝えてきた。

「了解した」

手短な答えを返すと、ニュールは最初から言われた通りに本気で始めた。

本気を出すつもりで始めてはみた…が、今までにニュールが本気で…周囲から…自身から…魔力を導き…引き出し…放出した事が過去にあったかどうか…。

「魔力導出の完全解放…と言うのは制御伴ってこそ完全。だから…決して間違うな…」

リーシェライルから伝えられた助言を心に留めつつ…腹をくくり取り組む。


ニュールが大規模な魔力行使で思い当たるのは3回程。

大賢者としての覚醒時。
ヴェステの砂漠にある国境の町を、蹂躙した敵ごと消し去った時。
全てを失なったと思い…喪失感に埋もれ哀しみに我を失う狭間の記憶の記録。

そしてインゼルの白の塔、ニュールが持つ魔物魔石から出来た賢者の石が持つ…魔物で組み上げられた様な統合人格の…魔物の心に支配された時。
周辺一帯の生物の命運を掌中に収め、プチリプチリと生命の根源に繋がる回路を握りつぶしていった感覚。
一生許せぬ…許されぬ…記憶として残る、あの…半覚醒状態…暴走…っと言った状態。
かなりの魔力解放状態にまで導かれていた。
自身の中にある…忘れられぬ…忘れ得ぬ、おぞましいのに…甘美な…魔物そのものになった爽快感が…人としての罪悪感と共に甦る記憶。

最後のは…天空に留まった魔力塊がプラーデラの空を占めた日、それを処理し…比較的極限の魔力を導き扱った時。
称賛あふれ皆が高揚する中、勝利感持つのに冷静で…自身の喜び無き記憶。

3つ目の記憶が一番、制御…と言う言葉に近い状態かもしれないし…鮮明な記憶である。それでも意図して最大限の魔力を導き出した…と言う記憶ではなく、今までの記憶の中に完全に条件満たすような記憶は無かった。
其れら思い当たる…一番近い状況の記憶を鑑みると、回路見える意識下の様な場所で大魔力を放出する事に…戸惑いを隠せない。

『手加減無用…と言われても、そのまま魔力を流して良いものか…』

散々リーシェライルに手を抜くな…と注意を受けたが、それでも力振り絞ることに躊躇するニュール。

だが、何故その注意を受けたのか…言われた意味はすぐに分かった。

天輝石で回路の繋がる状態が鮮明になっているので、目を瞑るだけでフレイリアル側の意識下に繋がり…回路がこんがらがる状態が見える。

『まずは段階を踏んでみるか…』

その場所で…言われた通り、全ての回路を断ち切る状態を連想し…力を込める。
断ち切る為に繋がりへ向けて力を放出することで、 "躊躇うな" と言われた意味を初めて正しく理解した。

中途半端な魔力の放出は全て内在する賢者の石の周囲へ吸い込まれ消えた。
しかも…送った魔力から逆に繋がりを作られ、こちら側が絶とうとしても極小な回路が築かれ導き出しが止まらない。

『…成る程な。手加減が不味いって言う理由はこう言う事か…』

リーシェライルの真意を理解したニュールが不親切な説明に若干憤りながら、心の呟きを漏らす。

「ニュール大丈夫?」

フレイリアルの意識下…賢者の石に繋がる場所であり当然であるのだが、不意にフレイリアル自身が自身の眼前に構成され…認知できる存在として現れた事に少し驚く。

「あのね、リーシェがね… "ニュールは全てを説明しなかった事をキット不満に思うだろうけど、言ったって実感しなきゃ確認出来るまで言うこと聞かないでしょ?" …って伝えてねって!」

其のままの内容をフレイリアルは口にする。

「青の塔の先代様は、先を見通す目をお持ちだな…」

其の伝言に…チョットだけ嫌味っぽく返事をするニュール。
図星なだけに怒りや不満を向ける先もなく、つい大人気ない態度になってしまう。
もっとも伝言役のフレイリアルは我関せず…と言うか全く気にもせず…気付きもせず、師匠からの任務遂行に全力を注ぐ。

「ニュールは安心を得るか…追い詰められるか…じゃないと動けない性質だから、私が手を貸して安心を与えてあげなきゃいけないよっ…て言ってた」

リーシェライルからの手痛い指摘と、またしても疑わしい…不安を煽るような… "フレイリアルから助けを得るように" …と言う伝言と指示。

「目にするか体感するかじゃないとキット信じないから目に物見せてあげちゃいなって!」

そう言うとフレイリアルは、自身の体内魔石である賢者の石から魔力導き出し…賢者の石本体を守る様に結界を展開していく。

「これで少しだけ安心出来るでしょ?」

築き上げられた結界は…大事変の時に現れた魔力塊にも耐えられそうな頑丈さ持つ、最大の魔力純度と強度…そして最高の技術用いて築き上げられた最上の防御結界陣である。
ニュールにも、見た瞬間…其れが理解できた。

フレイリアルは緑の瞳を輝かせ嬉しそうにチョットだけ自慢気に微笑む。
その姿に、成長したフレイリアルの逞しさを感じるのだった。
守護すべきだったモノから受け取る安心感は格別であり、ニュールの魔物な心持ちの中に…温かい思いが広がる。

「あぁ、有難いぞ。此なら思い切り遣れるし、出来なきゃお前さんの守護者だった…なんて言えなくなっちまうからな」

ニュールの中の覚悟が固まる。
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