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19.満たされる空間

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モーイは自分が目にしている者が何者かは理解し感じているのだが、あまりにも違うその姿に思わず言葉にして問う。

「あのぉ…婆ちゃん…だよな」

「他に誰が居るってんだい?」

「だって若くて綺麗だぞ?」

「ワシだって昔からシワクチャ婆さんって訳じゃないぞ。ワシだけど集合意識のワシだから、ワシ単品じゃないんだい…だから一寸した差をつけてある」

『何かわからないけど…若干人格までも違う気がするのだが…』

モーイは感じたが、口には出さなかった。だが意識下である上に繋がり作って潜っているので、大体は伝わっていた。

「まぁ、混ざってるが基本人格はワシだから気にすんな! 半分は自分の好みの問題だしな」

楽しそうにヒョヒョヒョと笑うが、今の見た目と言動の落差が激しい。
思わず気が抜ける。
だが、アクテはそんな様子は気にも留めずモーイに告げる。

「さぁ、この意識の中からミーティを連れてくるだい。手分けするよ! 見つかったら強く呼び掛ければ繋がるから安心しな」

そう言葉を残すと、早速アクテは消えていた。
驚きはしたが…何だか全てが納得できたので、1人残されてしまったが現状を把握するために周囲を観察してみる。

やはり "懐かしい" と思える此の空間…類似している場所を、知っているからだ。
ヴェステの地下牢から抜け出るため…回路にまで致死的傷を負ってしまったモーイだったが、生きながらえ回復を待つためにニュールの人形にしてもらっていた間…置いてくれていた内側と同じ場所。
…そこが意識下であるのをモーイは実感した。
辺りに時々ミーティが現れ消えたが、探している今のミーティで無いことは判別できる。

記憶の残像ではないかと思われた。
父母と幸せそうに過ごすミーティ─鉱山で楽しそうに過ご過ごすミーティ─父を無くすミーティ─集落で謂われ無き言葉を投げつけられ、寂しそうにするミーティ─自分たちとの旅を心から楽しむミーティ。

どんな場面でも真の危機にさらされると、前を向き先へ進もうとする力強い瞳のミーティが其処に居た。

「…ミーティ」

色々な姿で過ぎ去るミーティを見ていたら、モーイは心から会いたくなり名前を呟いていた。
すると、再びミーティが現れる。

但しモーイにとって "ナンジャコリャ? " と言う状況だった。

椅子に腰かけるミーティの回りには、色取り取り…選り取り見取りなお姉さん達が集まり、ミーティは囲まれ、嬉しそうに鼻の下伸ばし…幾つものポヨポヨの中に埋まってポヨポヨしながらプルルンとした状況を心底ウキウキと楽しんでいる様子。

モーイは眉間に皺寄せながらも平常心を心掛け、マワレミギ…をしてその場を回避しようとした。

所が、ミーティはその状況から立ち上がり走り寄ってきた。
走り寄ってきたミーティは、そのままモーイを強く抱き締め呟く。

「モーイにやっと会えた…とても会いたかったんだ…」

心からの思いが伝わり、モーイは今の状況忘れドキドキして言葉が返せない。

「オレ、モーイの事が好きだ。あの時は言い損ねちゃったけど、凄い好きだ…」

その言葉と勢いのまま、ミーティはモーイを強く抱き締め…思いのまま激しく口付ける。意識化での口付けは心そのもに響き、思いが直接心臓に届き熱く包み込む。
唇を深く重ねるごとに、モーイは胸の高鳴りが外にまで響くような気がして恥ずかしかった。

「もっと触れたいし、ずっと一緒にいたい…」

ミーティの瞳の熱さと素直な言葉がモーイの心を揺さぶる。

「たとえ埋もれるほどの胸がなくても、モーイの胸に心に触れたい…」

「……はいぃ? 今、何か聞き捨てならぬ事を耳にした気がするんだけど?」

モーイの瞳からスッと熱が引き…冷ややかなモノが押し寄せてくる。

「あれっ? 何でオレの意識下でモーイが喋ってるんだ?」

ミーティは自分がいる場所が意識下であるのは理解していた。
…理解していたと言うか、都合の良い妄想を生々しく体感できる世界…ぐらいにしか思っていなかった。
直後、此処が都合の良いだけの世界で無いことを実感した。

モーイの極寒の寒気もたすような表情と、周囲に湧き上がる威圧感にミーティは固まる。その直後、ミーティが抱きしめていた腕の中から瞬間移動したかと思うようにモーイは最適距離に移動し…脳天直撃する回し蹴りを頭部に落とす。
最後に目に映ったのは、すらりと伸びた均整のとれた美しいモーイの足の残像だった。
意識下なのに一瞬意識が飛ぶミーティ。
それは喜びや快感…と言う感覚同様、恐怖や痛み…と言う感覚も得られる世界であることを認識するに至る出来事であった。

「えっ? 現実?」

それでも未だに状況把握しきれないミーティ。
そこへ、アクテが現れた。

「…ん? 母さん…いやっ、婆ちゃん???」

「おうっ、流石に意識下だと見た目が違っても判るか! あの姉ちゃん達に紛れてやろうと思ったが、あまりにも良い女過ぎて気付かず襲われちゃても困るかと思ってたが、大丈夫そうだったかのぉ。何にせよ、立派に男の子で安心しただい!」

色々と理解及んできて、身内に色々目撃されていた…と認識できると、ミーティは赤面すると同時に顔面蒼白な気分になる。
しかも、モーイまで一緒だったとは…オワタ…全ての気力が萎えていく。

「…何か色々ごめん」

取り敢えず神妙な雰囲気で謝ってみた。
一応心からの謝罪であるのは、此の場所柄理解はしてもらえた。

「お前、どんな状況でも呑気だな…」

モーイからの冷めた言葉。
そして伝わる思いが、大半呆れる思いで埋め尽くされているのは仕方のない事…。
それでも、更に奥底に無事に呑気な状態を確認できた事への喜びも入っているのを感じとり、ミーティは心が温かくなる。

「さぁ、こんな所でじゃれあっていても、埒が明かんから! さっさと片付けちまうだい」

アクテが場を仕切り直す。

「そんだら、まずは此の機会にアレを全部集められるだけ集めちまうだい!」

今後の遣るべき事…溢れ出た穢れた魔力の回収…を、一見余裕ある素振りでアクテは宣言する。

「えっ? 集めるってオレん中に? そんなにいっぱいは集めらんねぇだろ! オレが取り込んだ魔石って、結構小さな欠片だったぞ」

「たわけ者が!! 魔石は大きさより、質が大切だい! 其ぐらいは何度も説明聞いとるじゃろうが…図体ばっかり育ちおって! 少しは頭も育てい…だから周囲から甘く見られるだい…」

思わず小言の嵐をぶつけてしまうアクテだが…片付けねばならぬ重大時の前であり一応途中で言葉飲み込む。
慣れっこのミーティは、いつもの様に右から左だから気にもしてない。

「お前さんが取り込んであった闇石は空じゃったから…まぁ、何とかなる…って言うか、遣らざるを得ないんだい…」

「何でだ?」

アクテの表情が強張り口が重くなる。

「さっきワシはお前を探す前に、導かれた…内包する闇石に溜まる穢れた魔力の状態を確認していたんじゃが…」

ミーティもモーイもアクテの次の言葉を待つ。

「連鎖が続いている…」

そして、事件の始まりの状況を分析し語り始めた。

「ラオブがあの場所で闇石の魔力動かしたのは、魔力が収束する連鎖を期待したんだとは思う。そして、処理しきれない魔力をお前にぶつけるためだったんじゃろう。お前が闇石を内包する者でなければ、ラオブの目論見通りお前さんも穢れた魔力に呑まれとったかもしれんな…」

アクテは現実に起こり得た可能性と…更に続けて、此れから先に待ち受ける可能性を語る。

「それに、あのまま暴走すれば…聖域への道も破壊される事になっただろう。それによって此の地が…穢れた魔力を集めると言うお役目果たせなくなれば、樹海の均衡が崩れ…被害は甚大じゃったい。そして…此の状態のままでは、未だに其の結果が導かれてしまう可能性が高いんじゃよ…」

「樹海の均衡が崩れる…って」

今まで横で聞いてるだけだったモーイの口から、小さな呟きの様な疑問が漏れた。
それは、モーイが耳にした事がある言葉だったからだ。

「樹海の均衡が崩れると、樹海には遷化の波が押し寄せるじゃろう…」

モーイは、かつて裏の仕事請け負うため出入りしていた酒場で…その言葉を耳にした事があった。情報売って稼ぐ詩歌う詩人が、めずらしく情報売らずに歌って稼いでいた時の詩の内容だった。

遷化の波…膨大な無制御状態の魔力に晒され、あらゆる生物が魔力暴走引き起こし魔物化するようなこと。

往古の機構が破壊された原因とも…機構が破壊されたから起こったとも言われる事態であり、作られた物語…とも、実際にあった事柄の伝承…とも言われる話である。
樹海の均衡が遷化の波に影響しているという話はあまり聞かない話ではあったが、詩歌う詩人が用いる…往古の世界壊れる時の描写として、遷化の波については詩的に用いられることがあった。
モーイはたまたま其れを聞いたのであろう。

「時間は少ないが…知るべきこと。少しだけ集落の昔について聞くだい…」

アクテが集落の昔語りを始める。
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