魔心を持つ大賢者の周りの子~一度出直して来いって本気?

3・T・Orion

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7.つきまとう影

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「あれって、樹海ん中の転移陣のある建物…館のところで感じたのと一緒のやつだよな…」

押し黙っていたモーイが口を開いた。
暗い力を帯びた魔力が、ゆっくりと蠢きながら所々に漂い…広がっている。一番濃い魔力を感じる場所は、既に感じるのではなく視認できる状態になっている。
先程は欠片も感じなかった魔力なのに、今はミーティにもハッキリと見えるぐらいに。
今までの逆上せた浮かた気分はサッパリと消え去り、一転して…深刻な表情で黙り込み現状に考え巡らすミーティ。

目にした魔力の塊は、負に傾いた…暗く歪な悪感情引き起こすような力だった。
闇石などが発生させる魔力と同じもの。死んだ者が持つ無念の思いと一緒に死者の魔力が地上に残ったものである。
塔と繋がる大賢者が存在する場所ならば、自然に往古の機構の流れの中に戻り浄化還元されていく。
ただし機構が稼働していない場所では還る流れ自体が存在しないため、自然の中を漂い長い年月をかけて浄化されるか、闇石が魔力を吸着して空間を浄化する…と言った感じの過程を経て空間から力が消えることが多い。

空間に漂う負の力帯びた魔力が、集まりやすい場所や条件などは存在する。
そして何処からともなく湧き出る様に集まり、集まったの中で流れを作りつつ漂い周囲に影響を与える事があるのだ。

「…居住圏の外壁には防御の結界陣を施してあるから、外からああいうモノは入り込まないはずなんだけど…」

ミーティは厳しい顔で呟いた。
魔力は魔力を呼び寄せる。
樹海は魔力溜まりの様な場所であり、恵みの魔力である天輝降り注ぐ事も多かったが、闇に傾いた負の魔力も集まり漂うことが多い。どちらにしても高濃度の魔力は有害事象を引き起こす原因になるので、対策は万全のはずだった。

「取り合えず行ってみよう」

何かが起こっているけど見当がつかない状態から抜け出すために、まず手近な所で確認をしてみることにした。


案内された離れから出て、ミーティとモーイは集落の長の家の母屋へ向かう。
そこでは先ほど門のところにいたラオブが、今回の件の指令所として使っている自宅にへ戻っているようだった。入り口すぐの大広間を執務室代わりにして、長代理として色々と指示を出している。

「集落内で魔力が湧き出ている事を、樹海の魔物に感知されるのはまずい。気付かれる前に、囮用の闇石を少し離れた場所に再度設置するんだ」

負の魔力…穢れた魔力は魔物を呼び寄せる。

「闇石の予備はあと2つ程あります。小さいものですが、両方とも中にある程度魔力が詰まってます。1名だと魔力動かし置いてくる時に引きずられ…持っていかれてしまう可能性が高いです。それよりも封じ込めを完了させるために使用した方が…」

「分かっている! そちらも語り部達とその補佐が更なる手を打っている」

普段から冷静なラオブであるが、事態の困難さに手を焼いたのか、苛つき…進言した者の言葉を切って捨てるように荒々しく言い放つのだった。


闇石は黒曜魔石の一種である。
ありふれた黒曜魔石だが、稀に青い魔力…空間を統べる魔力を内包するものがあり、魔石が持つ以上の魔力を保有する能力を持つ。それを特別に闇石と名付けて呼んでいる。

闇石が持つ魔力は、基本的に長い年月をかけて自然に溜め込んだ魔力であり、導き出せば通常の魔石同様に魔力を利用できる。
ただし含まれる魔力は暗い力を帯びた穢れた魔力であるため、使用者の意識に影響を及ぼし心を闇に沈めていく。
力を溜めていない闇石ならば、多少の気分の落ち込みや苛立ちなど様々な不快感を生み出す程度である。
力がある程度溜まっている闇石や、力弱くても闇石の力を連続使用したり、強く繋がってしまった場合…様々な意識への影響が強く出る。

闇石に突き落とされた気分の落ち込みは、自傷感情を引き起こし…煽られた苛立ちは、他害感情を昂らせ広める。
そして完全に心を持っていかれてしまえば、中身を失い…生物の根幹となる彼方との繋がりが断たれる。

「今は兎に角、外壁周囲を警戒して魔物の侵入を許すな。闇石の設置は俺が行く」

「危険です。それに、指揮するものが居なくなります」

「魔物が侵入してしまえば集落の被害は甚大だ。語り部達が湧き出しを闇石に封じきるまでは、周囲の魔物の目を他へ向けさせておかないと。集落の結界内に侵入されたらお終いだぞ!」

必死の形相で拳握りしめ、力振り絞るように指示を出す。
その不吉な輝き放つ闇色の石と集落に湧き出す負に傾く魔力がもたらす影響は、樹海の集落に深く絡みつき…根を張り…意思を持ち…そこに存在するものを含めて空間そのものを蝕み飲み込んでいくようだった。


「ラオブ兄…」

不意に現れたミーティの声掛けに、緊張感溢れる面持ちのまま振り返るラオブ。

「少し立て込んでるんだ…すまんが離れに居てくれ」

突然現れたミーティに怒り押し殺す口調で告げる。

「手伝える事あったら言ってくれよ!」

ミーティは…ミーティらしからぬ、懇願するような気弱な態度で声を掛けていた。
その言葉はラオブの中にある冷たい怒りを一気に増幅させ、一度収まった苛立ちを再燃させ表面に引きずり出す。それでも元々理性優位なラオブは、押し留めるように…10数えるぐらい視線を逸らしてから、ミーティに向かい答える。

「…これは集落内の問題だ。外部の…お客様には、関わって欲しくない。この地に留まっていた他のお客様も、集会所に避難してもらっている」

淡々と無感情に状況を伝え、更に続ける。

「外壁の守りにしても…この件に関わるには、全て賢者相当の強い回路と魔力操作技術が必要になる。貴方は未だ通常の内包者のままだろ? ここの集落では武力以外が重要なんです…そのために我々は努力してきた。資質あると言われていたのに甘えていた貴方とは違う…」

非難めいた言葉を散りばめ、ラオブは冷静に突き放すように…言葉の剣をミーティの心のド真ん中突き立てた。


樹海に住む者の内包率は元々高いが、集落の子供たちは全員何らかの魔石を内包する。
そして年齢問わず、内包出来た直後から修練を積み始め魔力回路鍛える道へと強制的に進まされる。

ミーティは鉱山主に嫁いだイラダの子供であり、子供の頃から頻繁に集落を訪れていたとはいえ、明らかに部外者だった。
だが語り部の長の孫であり、元々アクテの跡継ぎとして育てられたイラダの息子である。
その為、内包後は集落の子供たちと同じように修練の場に強制的に通わされた。
遊びの延長のような修練を行っていた頃は、同年代の子供達と遊ぶように学び楽しく過ごしていた。

一定の年齢を超えた樹海の深部に暮らす集落の者にとって、鍛錬することは遊びでは無くなる。
街のある樹海の辺縁で暮らしているミーティは、樹海の深部に存在する危うさを知らない。その為、能力高めることが生活に…生きることに繋がる…と言う切実さを理解できなかった。

鉱山に現れる敵は盗賊など人の領域であり、魔力より武力の方が役立つ。ミーティは剣術や体術など目に見えるものの方が理解しやすかったので、徐々に考え方に隔たりができていった。

結局ミーティは魔力回路鍛える修行に重要性を感じず、単調な修行に飽き…度々さぼり…他の者の進みの妨げとなる。
周囲の目に厳しさが増し、少しずつ友人だった者との心の距離も離れてしまい…集落とは母を通しての親族の繋がりのみになってしまった。
ミーティの集落を訪れる回数は減り…鉱山での地輝湧き出ることで起きた事故からは、数年に1度…と言った感じでしか足を運ぶことはなくなった。

それでも祖母のアクテはミーティに目をかけ期待する…。
語り部の内だけに秘された伝承による魔力の質の判定によるものであったが、周囲には只の孫バカにしか見えただろう。
実際ミーティ自身もそう思っているぐらい…。

「そうだな…オレはスウェル鉱山の人間だし、今はプラーデラ国王に仕えてるただの兵士だもんな。役に立たなくってゴメン…」

結局、負の魔力の正体を直接ラオブに尋ねることもせず、その場に背を向け逃げるように母屋から離れへ戻るミーティ。
モーイは無言のままミーティの後ろに付いて行く。
離れに付く直前、モーイは口を開きミーティに問う。

「…いいのか?」

「ここの奴らは子供の頃から訓練しているんだ…神殿の神官とか賢者の塔の賢者と同じような修行を積んでるんだ。オレはそう言う魔力操作を極めるのより、体動かすために魔術組み込む…って言うような方が得意だから、あんまり役にたたないのさ。大きな魔力動かして魔力主体で攻撃とか、操ったりするのは苦手だから…」

どう考えても言い訳にしか聞こえない内容を、くどくどと説明し続けるミーティ。

「何かミーティ変だぞ? イジケてんのか?」

「違うよ! オレは…オレは…客観的に見て…」

「客観的?? お前らしくないぞ! 今のミーティはアタシが凄いなぁ~って関心したミーティじゃないぞ」

「……オレ、凄い所ないし…」

ミーティの表に出ている虚勢が崩れていた。此処に来て予想外に自分でも心が折れていることに気付くミーティ。
うつむき固まり、普段見せる事の無い心の内側の弱さを晒すのだった。
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