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8.違和感生まれる

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様々な集落の者達との遣り取りで少し心に影差したミーティを、モーイが温かい微笑と言葉で包み込む。

「アタシの知っているミーティは最後まで諦めが悪くて…小さな工夫で起死回生の機会を掴み取る凄い奴なんだけどな…」

そう言いながらモーイはニカッと…ニュールの様な親父くさい笑いを浮かべ、ミーティの顔を覗き込む。
ミーティの心は、その優しさと気遣いにギュンと鷲掴みされた。

「モーイ、ありがとう。ヤッパリ胸が前より少し膨らんだ分は、懐も広くなったんだな! まだまだ広げる余地も山ほどありそうだしな!!」

満面の笑みで、元気振り絞るようにおちゃらけて言葉を返してしまったミーティ。
自身の情けなさを隠すための軽口…のつもりだった。

「…?!!!」

その瞬間、モーイに驚愕の表情が現れ言葉失う…そして眉間のしわが一瞬深く刻まれ、こめかみからピキリと音がした気がした。
…その後…最期の審判下す天からの使いの如き…慈愛含む寂し気な微笑みが現れたと思った瞬間、それは制裁加える魔物の如き冷ややかな視線へと変化する。
モーイの取り扱いにおいて、胸の話題は厳禁であった。

ミーティが折角の機会を潰すヤラカシ大王の1人であるのはモーイも十分理解してはいたが、毎回許せるとは限らない。
1度目は良い雰囲気と…その後感じた違和感に気を取られ、突っ込みを入れる機会を失う。お陰で水に流してやる懐の深さを発揮出来た…と言うことにしてやった。
だが、2度目は見逃せない。
堪忍袋の大きさと懐の育ちが比例する訳ではない…と言うことを直ぐに証明したくなり、怒りの笑顔浮かべながら瞬間的に強烈な制裁を加える。

「懐は深くなるんだ…広がったからって寛容になるわけじゃねぇ!」

急所への見事な蹴りで天誅下し、乙女の敵に渇入れる。
ミーティは悶絶する痛みとともに前のめりに倒れこみ、絶句したまま自身の考えなしに動く口の軽さを悔いた。

だが、その懲らしめはミーティを迷いの中から救い出し、シャッキリした気分にさせた。
あまりにも嬉しそうに良い笑顔を浮かべるので、モーイは一瞬心配になり怪訝な表情のまま足元に転がるミーティに問う。

「お前…そう言う嗜好の奴だったのか?」

「ちっ違う…!! 今ので目が覚めただけだよ!!」
 
「変なことに目覚めないでくれよな…」

モーイのウゲッとした心底嫌そうな表情と言葉を受け、何とも言えない気持ちになるミーティ。
ホンノ一瞬だけ…足元から見上げるモーイを見て、その冷たい美しさに見惚れて "それも有りかも" …と思ったなどとは口が裂けても言えない。
自分の危うい趣向を頭を振りながら否定し、再度モーイに告げる。

「目覚めたんじゃなくて、目が覚めたんだよ! ウジウジ下向いて考えるより、考えなしに突き進む手段を思い付く努力する方がオレらしいからな」

ミーティは涙目で笑顔を作りつつ、肩の力を抜き気楽に前を向き動き始める。


集落は、元々木々が疎らな緩やかな丘状の地形を利用し作った場所である。
中心部の一番盛り上がった場所に木々を利用した監視塔作り、そこから広がっている様な形だ。
防御結界陣刻まれた外周壁は、樹海から30メル程度しか離れていない。集落が徐々に広がり開墾の難しい場所に到達していたからだ。
今は直径5キメル程度の少し歪な楕円形…と言った感じの範囲を探索と防御の魔法陣刻み込んだ外周壁で囲み内部を守っている。国家水準の境界壁の様に常時防御陣を発動させる魔力は維持できないので、魔力消費の少ない探索魔力で反応した時に防御陣は発動するようになっている。

「今度は門の所まで行ってみるか…」

ミーティは決断すると、モーイに声を掛け即行動に移す。
自分達の目で確認したかったので、母屋にまだ残っていると思われる今回の件を統括しているラオブには告げず密かに動くことにした。

ミーティの祖母の家は門と反対側の外周壁近くにあるので、いつも外周壁に沿って歩いて赴いていた。
集落の長の家に案内の者に導かれるままに向かった時、祖母の家に行くのと同じ外周壁に沿って歩き途中で折れて長の家へ辿り着く。
最短の道ではなかったが通い慣れた道だったため、その時は長の家に行く道筋として通常の経路でない…遠回りであると言うことは特に気にしなかった。

今回は最短経路である中央の通りを抜け、門まで行く。

長の家は集落中央から少し奥の付近にあったので、集落の中心部…家屋集まる場所を通り抜けることになる。
見えてきた集落にある家屋は、全て木々を利用した比較的簡易な小屋に近い作りであり、皆同じようなものを使用していた。
樹海の所々にある石拾いの為の小屋に近い外観で、個人所有…と言うよりは集団で維持管理し何時でも他の場所へ移動できるようにしてあるのだ。

集落には大人が老若男女合わせ200人程度が定住している。
それ以外に、商人や樹海での石拾い稼業の者達や狩りをする者達が出入りしていた。
その者達が立ち寄り・中継地点として使ったり、樹海の深くに踏み入る者達の拠点としての利用したりするのだ。常に400人程度の成人が集落内で活動している。

行きは夕暮れ時であり明るさかったので気にしなかったが、今は既に明かりを必要とする暗さになっている。
だが辺りに聞こえる音は、風が葉音鳴らす音や遠くで獣か魔物が鳴く声が微かに聞こえる音のみ…であり、静寂と言えるような状態だった。
家々に明かり灯す時間帯であるのに、灯る光も無い。
長の家からの明かりと夜空の輝きがなければ、闇に包まれる空間が出来上がるだろう。

「人が居ないように感じるのは、みんな避難してるから…なのか…?」

最初目にした集落中心部は、あまりにも不自然であった。目にした状況に驚き、思わずミーティに問い掛けるモーイ。
行きは居住区域を通らない外周経路で長の家まで案内されたので、全く気付かなかったのだが…とにかく人が活動しているようには見えない。

引き続き周囲を見回し、状況確認できそうな集落の定住者を探しながら門へ向けて歩いていたが、人を見かける事がなかったし、新たに明かり灯る家も無かった。
生活している者の気配…と言ったものが、全くと言って良いほど感じられなかった。

「集いがあるって言ってたから…あらかじめ集落への人の出入りを制限していたのかもしれないな…」

以前も儀式ある時など、重大事ある場合は制限をしていたのをミーティは覚えていた。

「…それにしても、人っ子一人居ないのはおかしいぞ!! 制限してた…って言うのなら、何で今回の訪問を打診したときに拒否しなかったんだ? 決して強制するような内容じゃ無かったよな…」

確かにニュールから要望を受けミーティガ確認した文書は、穏やかで至極真っ当な内容だった。

「途中で状況が変わったにしても、これは制限って水準じゃあない…全員で退避したって感じだ」

モーイの妥当な疑念にミーティは押し黙るしかなかった。

ニュールが扇鳥ハーピアルで事前の了承得るために送った書簡を、返事も合わせてミーティは隅々まで一緒に確認している。
行動しやすくするため公文書としての体裁も整えてくれて、プラーデラ王国から語り部の長へ依頼する様な形の文書だった。誤解を生むような内容でもなく、確実な要件の遣り取りが出来ていた…とミーティは覚えている。

少し意外だったのは、婆ちゃん宛て…語り部の長に宛てて送った文書だったが、集落としての正式な返信になっていた事と…集落の長の名前で返信されていた事に驚いたくらいだった。
通常は語り部の長に対しての書信は、公私ともに語り部の長として返信していた。ミーティが幼いころ、祖母に大量の文書が届くのをみて質問したことがあったので確かである。
確かに集落を取り仕切るのは集落の長であるが、集落を纏める部族の長が語り部の長であり…集落の全てを統べる者としての権限と地位が其処にあるためだ。

その時は気にしなかった違和感が、此処にきて少しずつ大きくなっていく。

『婆ちゃんは大丈夫なんだろうか…』

ミーティの中にあった違和感が不安へと形を変えていく。

「取り合えず行こう」

真剣な顔でモーイに声を掛け、外部の状況を確認するために門へ向かうことにした。

集落の中心部にはひとけが全く無かったため、望んだ情報を得る機会は無かった。
外周壁正門…一応外部からの出入りを管理する場所へ辿り着くと、丁度そこで8人程の集落の者が話し合いをしている最中だった。
2人の存在に気付くと会話はパタリと止まり、一斉に此方を向く。

その中の1名が門に付属している見張り小屋へと走り、入れ替わりでゆるりと表に出てくる者があった。
ミーティ達が立ち止まると、其の者は朗らかな笑み浮かべ目の前まで歩み寄ってきた。

「久しいなミーティ。1の年ぶりぐらいの訪れか?」

「前回はご挨拶もせず、申し訳ありませんでした…」

此の部分だけを見た者なら、旧知の者が来訪したことを喜んでいるように見えたであろう。
ミーティが挨拶をしたのは集落の長だった。

「礼儀は多少学んだか?」

柔らかな表情を浮かべ気遣いある言葉を掛けてきたが、次に続いた言葉は不躾であり声の中には全く情が含まれていなかった。
その場にいた他の者達は、冷ややかな表情の者…と、哀れみ浮かべるような申し訳なさそうな表情を作る者…と、様々な表情を浮かべている。

だが皆の雰囲気から共通して分かる事があった。
それは欠片も好意的な部分が存在しない…と言う事だった。人の心の機微に疎いミーティにもさえも感じ取ることが出来た。
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